学位論文要旨



No 212797
著者(漢字) 中村,孝夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タカオ
標題(和) SrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造のSrTiO3基板上へのエピタキシャル成長と表面・界面に関する研究
標題(洋)
報告番号 212797
報告番号 乙12797
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12797号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 酸化物超伝導体の素子応用研究は盛んに行われている。超伝導量子干渉素子に代表される平面型素子については応用レベルに近い素子特性が得られているが、絶縁体/超伝導体、金属/超伝導体等の積層型素子については予測される特性が得られていない。この原因として超伝導薄膜表面の不安定性に起因する界面特性が議論されている。本研究は酸化物超伝導体の素子応用を目指した絶縁体/超伝導体積層構造の作製とその薄膜表面・界面の評価を試みて、界面特性とその素子特性の関係を明確化することを目的とした。材料系としては広く応用が検討されているSrTiO3/YBa2Cu3O7-xを対象とした。良好な界面を得るため、清浄な表面を有するYBa2Cu3O7-x薄膜に相互拡散を無視し得る成膜温度でSrTiO3薄膜を連続成膜することを目指した研究を行った。さらに、この積層化技術を素子特性が界面特性に大きく影響される超伝導電界効果型素子へ適用し、伝達コンダクタンスについて検討した。

 まず、積層構造の下地となるYBa2Cu3O7-x薄膜の表面特性を理解するため、10-10Torr台の超高真空下で薄膜の表面処理・評価が可能な装置を開発した。低速電子線回折法により、大気に曝したYBa2Cu3O7-x表面が結晶性を示さない変成層で覆われていることを確認し、この変成層を除去するため超高真空中での加熱処理が有効であることを見いだした。さらに表面特性、電気特性の加熱処理温度依存性を調べ、350〜400℃の温度範囲の加熱処理により清浄性・結晶性・超伝導性を併せ持つYBa2Cu3O7-x表面が得られることを明らかにした。しかし、この清浄化したYBa2Cu3O7-x表面は超高真空中でのみ安定である。この知見を基に良好な界面をもつ積層構造を再現性よく得るため、超高真空と基礎とした成膜装置と表面評価装置を接続した超高真空成膜・評価装置を開発した。この装置ではYBa2Cu3O7-x薄膜表面を清浄化プロセスなしに評価できる。さらに、SrTiO3薄膜を積層することも可能である。成膜にはオゾンを酸化源とする反応性共蒸着法を用いた。図1はこの装置により作製したYBa2Cu3O7-x薄膜の低速電子線回折像である。格子状に配列した回折パターンが得られており、最表面まで結晶性を示していることが分かる。これは、成長表面の汚染を防ぐため超高真空環境下から成長開始し、液化したオゾンを気化させたものを直接装置に導入することで酸化ガスの純度を高めた効果による。さらに他の表面評価から、得られたYBa2Cu3O7-x薄膜表面が積層構造の下地薄膜の必要条件である清浄性・結晶性・超伝導性・平坦性を併せもつことを明らかにした。

 電気的に性質の異なる層が積み重なった構造をもつYBa2Cu3O7-xの最表面原子層に関する知見は素子応用のみならず表面科学の分野にも有益である。最表面原子層を同定するため低速イオン散乱法により評価を行った。図2に示すようにYBa2Cu3O7-x薄膜からのスペクトルはCuOから得られるものと類似している。低速イオン散乱法では、表面1〜2層から散乱される入射イオンを検出するため、YBa2Cu3O7-x表面がCu,Oからなる原子層で安定化されていることを示している。YBa2Cu3O7-xにはCu,Oからなる原子層が3種類存在する。YBa2Cu3O7-x薄膜を真空中で加熱処理することで酸素のスペクトル強度が低下することから、CuとOの結合エネルギーが最も低いCu-O chain面が最表面原子層であることを明確にした。さらに、YBa2Cu3O7-x薄膜表面の不完全性が分析に及ぼす影響を除外するため、原子層レベルでの膜厚方向の組成分析を低速イオン散乱法により行い、表面第2層がBa原子で構成されていることを示した。この結果は最表面原子層がCu-O chain面であることをさらに裏付けるものである。なお超高真空中でのみYBa2Cu3O7-x清浄表面が安定であることは、低速イオン散乱法によっても確認された。

図表図1 YBa2Cu3O7-x表面の低速 / 図2 YBa2Cu3O7-x,CuO表面からの低速イオン散乱スペクトル

 良好なSrTiO3/YBa2Cu3O7-x界面を得るためにはYBa2Cu3O7-x清浄表面上にSrTiO3薄膜を連続成膜する必要がある。オゾンを酸化源とする反応性共蒸着法によりSrTiO3薄膜を成膜し、その結晶性・誘電特性の成膜温度、膜厚依存性を調べた。反射高速電子線回折法よりSrTiO3薄膜はSrTiO3基板上に成膜温度300℃より結晶成長することを明らかにした。この温度は他の成膜方法に比べ100℃以上低い値である。さらに480℃で成膜した膜厚の異なるSrTiO3薄膜の誘電率の温度依存性を調べた。図3に示す様に膜厚250nmのSrTiO3薄膜の比誘電率が35Kで825を得た(図3)。この値は反応性共蒸着法で報告されているSrTiO3薄膜の誘電率として最も大きい。さらに、800を越える比誘電率は、積層構造作製に広く用いられているパルスレーザ堆積法では成膜温度650℃以上でしか得られない。反応性共蒸着法では成膜速度を低く抑えるが可能であり、150℃以上の成膜温度の低温化が図られたことを示している。

図3 SrTiO3薄膜の比誘電率の温度依存性

 YBa2Cu3O7-x薄膜にSrTiO3薄膜を積層する場合、界面における相互拡散を考慮する必要がある。一般に、相互拡散の評価にはイオンエッチングと表面評価法を組み合わせた方法が用いられる。この方法では膜厚方向の分解能が10nm程度の平均的な組成分布しか得られない。酸化物超伝導体を用いた積層型素子では遷移領域を数nm以下に抑える必要がある。そこで、成膜・加熱処理による表面組成の変化をその場観察する分析法を開発し、SrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造の界面における個別元素の拡散挙動を数nmの精度で定量化した。その結果から、以下に示すSrTiO3の成膜温度(Ts)依存性に基づく相互拡散モデルを導いた。

 

 相互拡散は認められない。

 YBa2Cu3O7-xのBaのSrTiO3中への拡散が顕著となる。活性化エネルギーとしては2.4eVである。SrTiO3のTiのYBa2Cu3O7-x中への拡散が顕著となる。活性化エネルギーは4.4eVである。

 以上の結果は、オゾンを酸化源とする反応性共蒸着法により得られる清浄な表面をもつYBa2Cu3O7-x薄膜に、相互拡散がほとんど無視できる600℃以下の成膜温度でSrTiO3薄膜を連続成膜すれば、良好な界面を有するSrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造を得られることを示している。次に、この積層化技術を超伝導電界効果型素子に適用した。SrTiO3薄膜の成膜温度は電気特性評価から最適化を図り530℃とした。素子の電気特性の評価から、SrTiO3を650℃以上で成膜したパルスレーザ堆積法で作製した素子に比べ臨界温度Tcにより規格化した温度において高い伝達コンダクタンスgmを得た(図4)。清浄なYBa2Cu3O7-x表面にSrTiO3を相互拡散しない温度で成膜したため良好な界面が得られたことを示している。

図4 電界効果型素子の伝達コンクタンスの動作温度依存性
審査要旨

 本論文は,「SrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造のSrTiO3基板上へのエピタキシャル成長と表面・界面に関する研究」と題し,酸化物超伝導体の素子応用を目指した絶縁体/超伝導体積層構造の作製と,薄膜表面・界面の評価を試みて,界面特性と素子特性の関係を明確とする研究についてまとめたもので,7章より構成される.材料系としては広く応用が検討されているSrTiO3/YBa2Cu3O7-x,素子としては超伝導電界効果素子を対象としている.

 第1章は序論であり,研究の背景と目的について述べている.まず素子特性の明確化のため界面に関する課題を明確化し,清浄な表面を有するYBa2Cu3O7-x薄膜表面に相互拡散を無視し得る成膜温度でSrTiO3薄膜の連続成膜を行う重要性について述べている.

 第2章は「スパッタ法,パルスレーザ堆積法によるYBa2Cu3O7-x薄膜の作製とex situ評価」と題し,主に低速電子線回折法により積層構造の下地となるYBa2Cu3O7-x薄膜表面を評価している.大気に曝したYBa2Cu3O7-x表面が非晶質層で覆われており,この非晶質層を除去するためには,超高真空中での加熱処理が有効であることを見いだしている.さらに,350〜400℃の温度範囲の加熱処理により清浄性・結晶性・超伝導性を併せ持つYBa2Cu3O7-x表面が得られることを明らかにした.

 第3章は「反応性共蒸着法によるYBa2Cu3O7-x薄膜の作製とin situ評価」と題し,第2章で得られた知見をもとに開発した超高真空成膜・評価装置を用いてYBa2Cu3O7-x作製し,その表面特性を検討している.成膜にはオゾンを酸化源とする反応性共蒸着法を用いている.この成膜法により作製したYBa2Cu3O7-x薄膜表面は,積層構造の下地薄膜の必要条件である清浄性・結晶性・超伝導性・平坦性を併せもち,その最表面原子層がCu-O面であることを明確としている.電気的に性質の異なる層が積み重なった構造をもつYBa2Cu3O7-xの最表面原子層に関する知見は,素子応用のみならず表面科学分野にも有益である.

 第4章は「反応性共蒸着法によるSrTiO3薄膜の作製」と題し,オゾンを酸化源とする反応性共蒸着法によりSrTiO3薄膜を成膜し,その結晶性・誘電特性を検討している.SrTiO3薄膜をSrTiO3基板に成長させる場合,他の成膜方法に比べ100℃以上低い温度でエピタキシャル成長することを示している.さらに480℃で成膜した膜厚250nmのSrTiO3薄膜の誘電率として,35Kで825を得ている.この値は反応性共蒸着法で報告されているSrTiO3薄膜の誘電率として最も大きい.さらに,800を越える誘電率は,積層構造作製に広く用いられているパルスレーザ法では成膜温度650℃以上でしか得られず,150℃以上の成膜温度の低温化を図っている.これは半導体素子用の絶縁材料作製にも適用できる技術である.

 第5章は「SrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造の作製と界面評価」と題し,成膜・加熱処理による表面組成の変化をその場観察する分析法を開発し,SrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造の界面における個別元素の拡散挙動を数nmの精度で定量化している.この深さ分解能は,従来のイオンエッチングと表面評価法を組み合わせた方法に比べ,5倍以上の向上が図られている.この方法によりSrTiO3の成膜温度による相互拡散モデルの提案を行っている.その結果から600℃以下の成膜温度では界面における相互拡散がほとんど起こらないことを明らかにした.以上の結果は,オゾンを酸化源とする反応性共蒸着法により得られるYBa2Cu3O7-x薄膜清浄表面に,600℃以下の成膜温度でSrTiO3薄膜を連続成膜すれば,良好な界面を有するSrTiO3/YBa2Cu3O7-x積層構造を得られることを示している.

 第6章は「電界効果型素子の作製と評価」と題し,これらの積層化技術を超伝導電界効果型素子に応用し,その素子特性について検討している.まず,SrTiO3薄膜の成膜温度の検討を行い,530℃が素子作製に最適であることを示した.この積層化技術により作製した電界効果型素子の電気特性評価から,SrTiO3を650℃以上で成膜したパルスレーザ法で作製した素子に比べ,規格化した温度において高い変調効率を得ている.

 第7章は「結論」を述べており,本研究で得られた知見を要約している.

 以上を要するに,本論文は酸化物超伝導体の素子応用にとって重要な絶縁体/超伝導体積層構造,特にSrTiO3/YBa2Cu3O7-xについて,相互拡散しない温度で成膜する技術を開発し,その評価を行い,さらにその技術を超伝導電界効果素子に適用するなど有効性を示したもので,超伝導工学分野へ貢献するところ少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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