学位論文要旨



No 212798
著者(漢字) 諸橋,信一
著者(英字)
著者(カナ) モロハシ,シンイチ
標題(和) 超伝導X線検出器用高品質ジョセフソン接合作成に関する研究
標題(洋)
報告番号 212798
報告番号 乙12798
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12798号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 2つの超伝導体を非常に薄い酸化屠で挟んだ構造をもつジョセフソン接合をX線検出器として用いた場合にはエネルギー分解能が数eVと,既に動作原理に基づく量子限界にある半導体検出器に比べて1桁以上も高性能であることが理論的に予測されており,実験でも半導体検出器のエネルギー分解能を越える値が得られつつある。しかしながら,室温と極低温との熱サイクルによる素子特性の劣化を如何にふせぐか,超伝導X線検出器として動作する上で重要なリーク電流を如何に小さくするか,X線で励起される準粒子の生成・収集効率を如何に高めるか,等の解決すべき技術課題がある。

 本論文は,金属層表面を酸化して形成される金属酸化層をバリアとするNb接合で,超伝導X線検出器を実現するため,(1)安定でかつ,nAオーダーのリーク電流値をもつ高品質な素子特性を得るために,バリア材料としてどの金属酸化屠を選択すべきか,金属層と金属酸化層に求められる条件は何か,接合界面で何を制御すべきかについて検討した。更に,(2)準粒子の生成・収集効率を高める接合構造・材料について検討した。

 始めに,金属層表面を酸化して形成される金属酸化層をバリアとするNb接合で高品質な素子特性を得るために,バリア材料としてどの金属酸化層を選択すべきか,又,金属層及び,金属酸化層に求められる条件はなにかについて検討した。材料の反応理論に基づいて,Nb下部電極と直上の金属層との界面で反応が起きやすいかどうか,更には,Nbが金属層表面に析出しやすいかどうかについて考察した。金属層がAl等の非遷移金属の場合は,Nbと容易に反応する傾向があること,これに対して,Zr等の遷移金属の場合は反応しにくい傾向をもつことが判った。また,Al等の非遷移金属の場合はその表面エネルギーがNbより小さく表面偏析しにくい性質をもっていること,これに対して,Nbと同じ遷移金属の中ではZr,HfのみがNbより小さな表面エネルギーをもつことが判った。

 次に,光電子分光分析で,材料の反応理論による考察を基に選択した金属層のNb下部電極に対する被覆性を調べた。非遷移金属に比べて遷移金属のほうがNb下部電極に対する被覆性が良好であることが判った。更に,金属層表面に形成される僅か1nm程度の厚さである金属酸化層の絶縁性を,この光電子分光分析が金属層の被覆性評価と同時に非破壊で判定でき,バリア材料探索の有力な評価手段となることを明らかにした。この分析によって被覆性,絶縁性が優れている金属酸化層-金属層は非遷移金属ではAlOx-Al,遷移金属ではZrOx-Zr,HfOx-Hfであることを明らかにした。

 光電子分光分析で調べた金属層を用いた接合作成をおこない,AlOx,ZrOx,HfOx金属酸化層をバリアとするNb接合で,リーク電流の小さな良好な素子特性が得られた。なかでも,AlOx金属酸化層を用いた接合が最も優れた素子特性を示した。これらの結果は,光電子分光分析との良い一致を示し,良好な素子特性を得るために金属層の被覆性と金属酸化層の絶縁性の両方を満足することが必要であることを明らかにした。なお,HfOx金属酸化層は本研究の金属層の被覆性,金属酸化層の絶縁性に関する系統的な材料探索で本研究で見いだしたバリア材料であり,4.2Kでの素子特性はVmパラメータ値で40mVと,AlOx金属酸化層をバリアとする接合と同程度の高品質性を示した。

 高品質な素子特性が要求される超伝導X線検出器用接合として,バリア材料の検討から選択したNb/AlOx-Al/Nb接合について,接合作成時の基板冷却および,Nb,Alの堆積方法が素子特性にどのように影響を及ぼすかについて検討した。更に,この実験で得られた素子特性を近接効果理論を用いて接合界面考察をおこなった。その結果,上部電極側ではNb初期成長層が,下部電極側ではAl金属層/Nb下部電極界面の乱れ及び,残存Al層が近接層として作用しているとする,近接効果理論を修正化したモデルを考えると,実際の電流-電圧特性を説明できることを示した。これらの検討から,接合の素子特性は特に,Al金属層/Nb下部電極界面の乱れが大きく影響し,良好な素子特性を示すためにはAl金属層/Nb下部電極界面の乱れを抑制すること,更には,この接合界面制御のためには接合作成時の熱的,物理的損傷をできるだけ小さくすること,が必要であることを明らかにした。この検討を基に,基板冷却および,Nb,Alとも熱的,物理的損傷の小さなDCマグネトロンスパッタで成膜して,4.2KでのVm値が80mVとNb/AlOx-Al/Nb接合の4.2Kでの素子特性としては最も優れた素子特性を得た。しかしながら,デジタル応用上では十分小さなリーク電流値ではあるが超伝導X線検出器として動作する温度での素子特性としては未だ不十分であり,接合作成時の接合界面への熱的,物理的損傷を抑制する接合作成技術とともに,バリアを含む接合界面で何らかの制御が必要であることが判った。

 高品質な素子特性を得るために,Nb下部電極と金属層,金属酸化層とNb上部電極,の接合界面がどうなっているか,SIMS分析,断面TEM分析及び,ラマン散乱分析手段を駆使して調べた。その結果,接合作成装置からの脱ガスが,接合の金属層,バリアである金属酸化層及び,接合界面に影響を与えており,接合作成時の接合界面への熱的,物理的損傷を小さくすることと同時に,接合作成装置からの脱ガスを制御して接合界面を形成することが,高品質な素子特性を得るために重要であることを明らかにした。

 超伝導X線検出器の動作原理に基づき,準粒子の生成・収集効率を高めるために,準粒子寿命が永く,X線阻止能が大きいTa層を準粒子生成層とする新しい接合構造を考えた。同時に,接合界面分析の結果に基づきAl金属層を高堆積速度で堆積して,Al金属層内の脱ガスの取り込みを小さくして接合を作成することを検討した。これらの検討に基づいて,Al金属層を高堆積速度で成膜したNb/Al-AlOx-Al/Ta/Nb接合を作成した。図1はNb/Al-AlOx-Al/Ta/Nb接合を低Al堆積速度(6nm/min)及び,高Al堆積速度(150nm/min)で作成した接合の2.0Kでの素子特性を示す。Al堆積速度以外の作成条件は同一である。超伝導X線検出器として動作する上で重要となるリーク電流値は高Al堆積速度で作成した接合では200nAと非常に高品質な素子特性を示した。接合作成時の接合界面への熱的,物理的損傷を小さくすることと同時に,接合作成装置からの脱ガスを制御して接合界面を形成したことによって,このような高品質な素子特性が得られた。この接合に6keVのエネルギーをもつ放射性同位元素55FeからのX線を照射して,超伝導X線検出器として動作することを実証した。測定系の雑音を分離して,エネルギー分解能として150eVという優れた値を得た(図2)。

図表図1 Nb/Al-AlOx-Al/Ta/Nb複合の素子特性のAl堆積速度依存性(a)Al堆積速度:6nm/min,(b)Al堆積速度:150nm/min接合面積:50×50m2.測定温度:2.0K下部電極側Al膜厚/上部電極側Al膜厚:10nm/10nm縦軸:(a)0.5mA/div.(b)2.0mA/div.横軸:0.5mV/div / 図2 X線照射による接合からの信号(〓高分析器による処理後) 高Al堆積速度で成膜したNb/Al-Al0x-Al/Ta/Nb 接合 (接合面積:50×50m2.接合の動作温度:0.5X.3-Al.C-Al〓厚:20nm)にX線を照射.電荷型〓増幅器にバルサーから一定パルスを与えてE,(検出器および電荷型〓増幅器までで発生する雑音)とE,(電荷型〓増幅器から〓高分析器までで発生する雑音)の分析をおこなう。Eとして250eV.E.として150eV.E.として200eVが得られた。縦軸は計数.横軸はチャネル数 本研究によって,準粒子の生成・収集効率を高める構造で,安定でリーク電流が小さな高品質な素子特性を持つジョセフソン接合の作成が可能となり,高性能な超伝導X線検出器開発のみとうしが得られた。
審査要旨

 本論文は「超伝導X線検出器用高品質ジョセフソン接合作成に関する研究」と題し,従来の半導体検出器に比べて1桁以上も超高感度,超高分解能が期待されている超伝導X線検出器の実現に必要不可欠な,リーク電流が小さい高品質なジョセフソン接合を作成するための接合材料探索,接合作成技術及び,接合構造の高度化について述べたもので7章からなっている.

 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,および本論文の構成についで述べている.

 第2章は「接合の作成プロセスと作成装置」と題し,これまでの接合材料および,接合作成プロセスに関する研究成果について整理した上で,信頼性を高めるために新たに考案した接合作成プロセスについて述べている.

 第3章は「バリア材料の選択」と題し,超伝導X線検出器用ジョセフソン接合として必要不可欠な熱的に安定でリーク電流が小さい高品質な接合を,金属層表面を酸化して形成される金属酸化層をバリアとするNb接合で実現するためのバリア材料選択について,材料の反応理論に基づいた接合界面の考察と,光電子分光分析による金属層のNb下部電極に対する被覆性の実験から検討している.次に,これらの検討に基づいて選択したバリア材料を用いた接合を作成し,素子特性評価を行っている.理論検討と光電了分光分析による金属層の被覆性と金属酸化層の絶縁性評価は,バリア材料選択の有効な手段であること,および金属層の被覆性と金属酸化層の絶縁性が良好な素子特性を得るために重要であることを示している.

 第4章は「接合作成法と素子特性」と題し,高品質な素子特性が要求される超伝導X線検出器用接合として,前章のバリア材料の検討から選択したNb/AlOx-Al/Nb接合について,接合作成時の基板冷却および,Nb,Alの堆積方法が素子特性に及ぼす影響について検討している.さらに,近接効果理論を修正したモデルを考え,この実験で得られた素子特性との比較検討を行い,接合界面考察を行っている.これらの検討から,接合の素子特性はAl/Nb界面の乱れによって大きく影響を受けること,良好な素子特性を示すためにはAl/Nb界面の乱れを抑制すること,さらに,この接合界面制御のためには接合作成時の熱的,物理的損傷をできるだけ小さくすることが必要であることを明らかにしている.この検討をもとに,基板冷却および,Nb,Alとも熱的影響の小さいDCマグネトロンスバッタで成膜することで,4.2KでVmパラメータ80mVの優れた素子特性を得ている.また,一万個直列の接合を作成し,接合の臨界電流の均一性,信頼性,安定性についても調べている.

 第5章は「分析による接合界面評価」と題し,SIMS分析,断面TEM分析およびラマン散乱分析によって,Nb下部電極と金属層,金属酸化層とNb上部電極の接合界面を検討している.接合作成装置からの脱ガスが,接合の金属層,バリアである金属酸化層,および接合界面に影響を与えており,第4章で明らかにした接合作成時の接合界面への熱的,物理的ダメージを小さくする接合作成方法とともに,接合作成装置からの脱ガスを制御して接合界面を形成することが,高品質な素子特性を得るために重要であることを明らかにしている.

 第6章は「新構造で高品質な超伝導X線検出器用接合の作成」と題し,超伝導X線検出器の動作原理に基づき,準粒子の生成・収集効率を高めるために,準粒子寿命が長く,X線阻止能が大きいことから準粒子生成層としてTa層を接合電極とする新しい接合構造を考えている.同時に,第5章の接合界面分析の結果に基づいて,Al金属層内の装置からの脱ガスの取り込みを小さくすることを目的に高堆積速度でAl金属層を堆積する接合作成を検討している.これらの検討に基づいて作成したNb/Al-AlOx-Al/Ta/Nb接合のリーク電流は100Vのバイアス電圧値で200nAとなり,非常に高品質な素子特性を得ている.しかも,6keVのエネルギーをもつ55FeからのX線をこの接合に照射して,150eVという優れた値のエネルギー分解能をもつ超伝導X線検出器として動作することを実証している.さらに,より高性能な超伝導X線検出器として動作させるため,接合の上下電極のエネルギーギャップが対称な構造をもつTa/W/AlOx-Al/Ta/Nb接合を考案,作成している.将来の超伝導X線検出器システムとして展開するために必要な,位置分解能機能をもつ超伝導X線検出器についても検討している.

 第7章は「総括-本研究で得られた成果」と題し,本研究で得られた結果を要約して述べている.

 以上を要するに,本論文は高性能な超伝導X線検出器の実現のために必要不可欠な,高品質ジョセフソン接合を作成するための接合材料探索,接合作成技術,および接合構造の高度化について検討を行い,特に準粒子の生成・収集効率を高める新しい構造の提案など,高性能化の方法とその実現法を示したもので,超伝導工学分野へ貢献するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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