学位論文要旨



No 212803
著者(漢字) 宮武,孝之
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタケ,タカユキ
標題(和) 酸化物超伝導体YBa2Cu4O8に関する研究
標題(洋)
報告番号 212803
報告番号 乙12803
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12803号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内野倉,國光
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
 東京大学 助教授 高木,英典
 東京大学 助教授 岸尾,光二
 東京大学 助教授 前田,京剛
内容要旨

 これまで発見された数多くの高温超伝導酸化物の中でYBa2Cu4O8は、化学量論組成で超伝導を示す唯一の物質である。この性質は、高温超伝導体の研究でつきものであるキャリアドーピングにともなう構造の乱れや相分離の問題から開放してくれるものであり、物性研究にとって重要な因子である。ところが、YBa2Cu4O8は、当初、高圧酸素中でのみ合成可能と考えられていたため、高圧酸素熱処理技術をもつグループでしかこの物質の研究に着手できなかった。そのため、YBa2Cu4O8の物性研究は、他の物質に比べて大幅に遅れることとなった。本論文では、YBa2Cu4O8の物性研究における基本的な課題、あるいは高温超伝導のより深い理解に重要と思われる課題として、多結晶合成、超伝導転移温度と正孔濃度およびZn置換効果、転移温度の圧力効果、臨界電流密度と微細組織の関係、そして単結晶育成について研究した。

 多結晶の合成については、以下の研究成果を得た。

 汎用装置である酸化雰囲気HIP装置を用い、YBa2Cu4O8の不純物フリーのTc=82Kの良質多結晶試料の高酸素圧下での合成条件を明らかにした。さらに、YBa2Cu4O8の合成条件が微細組織とTcに与える影響を調べた。高酸素圧合成試料に比べて、低酸素圧合成試料は乱れた構造を有することを明らかにした。低酸素圧合成試料のTcが低い原因が、結晶の秩序度が低いことにあることを指摘した。したがって、物性研究用試料としてYBa2Cu4O8を合成する場合、高酸素圧合成プロセスを採用すべきとの指針を示した。

 超伝導転移温度と正孔濃度およびZn置換効果については、以下の成果を得た。

 YBa2Cu4O8のCa置換による正孔濃度の適正化でTcは91Kまで上昇することを見いだした。さらに、YBa2Cu4O8系とYBa2Cu3系では、TcとCuO2面内の正孔濃度の関係が同じであることを指摘した。YBa2Cu4O8のTcは、Zn濃度とともに直線的に減少(-21K/at%)し、超伝導は3.73%という非常に小さいZn量で消失することを明らかにした。そして,YBa2Cu4O8は,Tcが消失するZn濃度でも抵抗率の温度依存性は金属的であるが,帯磁率には局在モーメントが生じることを示した。Zn置換によるTcの減少は、CuO2面内の反強磁性相関の破壊が原因であることを指摘した。

 転移温度の圧力効果については、(Yb0.7Ca0.3)(Ba0.8Sr0.2)2Cu3Oz系と(Y1-xCax)Ba2Cu4O8系とTcの圧力係数の正孔濃度依存性およびLnBa2Cu4O8系のTcの圧力効果のLnイオン依存性を研究し、以下の成果を得た。

 (Yb0.7Ca0.3)(Ba0.8Sr0.2)2Cu3Oz系において圧力係数dTc/dPは、Tcが正孔濃度とともに増加する領域では正となり、正孔濃度とともに減少する領域では負となることをはじめて実験的に示した。これらの結果は、圧力の印加がCuO鎖からCuO2面への正孔の再分布を示唆する。常圧下でのTcと正孔濃度の関係が、最適正孔濃度を中心として対称であるにもかかわらず、dTc/dPの関係が非対称であることを明らかにした。この結果から、圧力による面内の結合の増大がTcの上昇に寄与することが示唆された。(Y1-xCax)Ba2Cu4O8のdTc/dPは、Ca置換によるTcの上昇とともに減少することを示した。しかし、同程度のTcを有するYBa2Cu3系に比較すると、そのdTc/dPは2〜3倍大きい。これは、圧力印加によるCuO2面内の結合の増大の程度がYBa2Cu3系より大きいためと推論した。

 LnBa2Cu4O8のdTc/dPは、Ln元素によりTcが異なるにもかかわらず一定であることを示した。また、LnBa2Cu4O8の(002)X線回折ピークの半値幅が、Ln元素イオン半径およびTcと相関することを明かにした。これらの事実から、LnBa2Cu4O8のTcのLn元素依存性が正孔濃度の変化により生じるのではなく、Ln元素のイオン半径の差から生じる構造の乱れに起因することを明らかにした。

 臨界電流密度と微細組織の関係については、熱的に安定でかつ90KのTcを有する(Y1-xCax)Ba2Cu4O8(x=0.0,0.1)の5Kと77Kでの結晶粒内臨界電流密度Jcと、高酸素圧下および低酸素圧下で合成した微細組織の異なるYBa2Cu4O8の種々の温度での結晶粒内Jcを調査した。この結果、以下の成果を得た。

 YBa2Cu3と比較すると、(Y1-xCax)Ba2Cu4O8のJcは低く、外部磁場に非常に敏感であること実験的に示した。(Y1-xCax)Ba2Cu4O8の低いJcの一因は、熱力学的臨界磁場の差から生じるYBa2Cu3と比較して小さい要素的ピン止め力にあることを明らかにした。

 YBa2Cu4O8のJcの大きさは、高酸素圧合成試料より5倍程度低酸素圧合成試料が大きいことを示した。このJcの差は、高酸素圧合成試料がほぼ完全な結晶性をもつのに対し、低酸素圧合成試料がかなり多くの積層欠陥を含むことから起因することを明らかにした。Jcの磁場依存性は、外部磁場HについてH-nに比例し、nは温度とともに0.5から1.5に増加する。この挙動はYBa2Cu4O8の二次元性から生じるものと示唆された。さらに、Jcの温度依存性から、30Kを境界に前後の温度域でピン止め機構が変化することを示した。

 単結晶育成については,以下の成果を得た。

 酸化雰囲気HIP装置中での、BaOおよびCuOのフラックス組成を変化させたYBa2Cu4O8結晶育成実験を通して、YBa2Cu4O8の比較的大きな結晶(1.0x1.0x0.05mm3)が育成できる適正組成範囲が65〜67mol%のCuO組成領域であることを見いだした。また、これまで多結晶試料で検討されてきた相図をもとに、P(O2)=20MPaのもとで同じ組成の試料から結晶成長温度を変化させることで、YBa2Cu4O8(1000℃)およびY2Ba4Cu7(1050℃)の結晶が育成できることを実証した。

 上記のとおり、本論文では、YBa2Cu4O8の合成から物性まで包括的な像を示すことができた。

審査要旨

 この論文は、高温超伝導体として代表的な物質であるYBa2Cu3におけるCuO鎖を2つのCuO鎖で置き換えた構造をもつYBa2Cu4O8に関する研究である。YBa2Cu4O8は、液体窒素温度よりも高い超伝導転移温度Tc(80K)をもち、酸素含有量が変わり得るYBa2Cu3系に比べて高温まで酸素量が安定な性質をもつ。さらに、数多くの高温超伝導酸化物の中で唯一化学量論組成で超伝導を示す性質を有する。これらの性質を持つYBa2Cu4O8は実用的観点からも基礎物性の観点からも重要な物質と位置づけられていた。それにもかかわらず、合成の困難さから、その研究の進展は他の高温超伝導物質に比べて大幅に遅れていた。本研究では、材料科学的立場から合成条件がYBa2Cu4O8の微細組織やTcに及ぼす影響、そして単結晶の育成方法とその条件、物性研究の立場からYBa2Cu4O8系のTcの正孔濃度依存性およびZn置換効果、それにTcの圧力効果、応用の立場からYBa2Cu4O8系の臨界電流密度を調べることにより、YBa2Cu4O8系物質の骨格を明かにしようとしている。これらに対して、いずれの研究項目においても世界で初あるいは最も早い時期の実験を通じてYBa2Cu4O8の基礎から応用にわたる包括的な像を示している。

 論文は8章からなり、第1章は序論である。

 第2章は試料評価及び実験手段に当てられている。

 第3章は、YBa2Cu4O8の合成条件が微細組織とTcに与える影響を検討している。高酸素圧合成したYBa2Cu4O8試料に比べて低酸素圧合成試料における低いTcの原因はこれまで不明のままであった。本研究で直接合成条件の異なるYBa2Cu4O8試料を比較することによって、高酸素圧合成試料に比べて低酸素圧合成試料では多量の積層欠陥が含まれることを示し、低いTcとの関係を述べている。この結果を通じて物性研究用試料としては高酸素圧下で合成すべきであることを提言している。

 第4章は、YBa2Cu4O8系のTcと正孔濃度およびZn置換効果についての記述である。Tcの正孔濃度依存性は、YBa2Cu4O8が不足ドーブ状態にあることを示し、YBa2Cu4O8とYBa2Cu3系でのTcとCuO2面内の正孔濃度依存性の類似を議論している。この実験から熱的に安定でかつ90KのTcを有する実用性の高い超伝導組成Y1-xCaxBa2Cu4O8を見出している。また、また、YBa2(Cu1-xZnx)4O8の研究で見出したTcが消失するZn濃度において抵抗率は金属的振る舞いを示しながら帯磁率に局在モーメントが現れる特性は基礎的観点から重要である。

 第5章は、YBa2Cu4O8とYBa2Cu3系のTcの圧力効果についての記述である。不足ドーブ域から過剰ドープ域にわたる(Yb0.7Ca0.3)(Ba0.8Sr0.2)2Cu3Oz系のTcの圧力係数の正孔濃度依存性をもとにY1-xCaxBa2Cu4O8系の圧力係数の正孔濃度依存性を議論している。また、LnBa2Cu4O8(Ln:ランタニド元素)におけるTcの圧力係数のランタニド元素依存性の実験結果について述べている。

 第6章は、YBa2Cu4O8系の臨界電流密度Jcに関する記述である。90KのTcをもつYBa2Cu3ど比較すると、Y1-xCaxBa2Cu4O8のJcは低く、外部磁場に非常に敏感であること実験的に示している。また、高酸素圧下および低酸素圧下で合成した微細組織の異なるYBa2Cu4O8の結晶粒内Jcを調べ、そのJcは完全な結晶性をもつ高酸素圧合成試料より多量の積層欠陥を含む低酸素圧合成試料が約5倍大きいことを述べている。

 第7章ではYBa2Cu4O8の高圧酸素熱処理装置中でのフラックス法による単結晶育成について述べている。まず、BaOおよびCuOのフラックス蒸気と高圧酸素熱処理装置の発熱材との反応損傷を防止する装置改善を示している。この改善によってフラックス組成を変化させた高圧酸素中でのYBa2Cu4O8結晶育成実験が可能となり、良質のYBa2Cu4O8単結晶が育成できる適正組成フラックス範囲を議論している。

 第8章は、研究成果の要約と意義、今後の展開である。

 材料探索の手段としての高圧酸素下での超伝導物質合成や単結晶育成方法の確立は、申請者による本研究が本邦で初めてである。この点は、本研究の大目的ではないものの、高い評価が与えられる。さらに、申請者が見出した熱的に安定でかつ90KのTcを有する実用性の高い超伝導組成Y1-xCaxBa2Cu4O8は官民複数研究機関によって線材化の試みがすでになされている。この事実から、本研究内容の工学的価値がきわめて高いとして評価されてしかるべきである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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