学位論文要旨



No 212806
著者(漢字) 豊田,正敏
著者(英字)
著者(カナ) トヨタ,マサトシ
標題(和) 高レベル放射性廃棄物深地層処分の処分概念に関する研究 : 処分場のニアフィールド挙動及びレイアウトに関する考察
標題(洋)
報告番号 212806
報告番号 乙12806
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12806号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 大久保,誠介
内容要旨

 高レベル放射性廃棄物の処分問題は、わが国において原子力開発を円滑にすすめるにあたって残された最も重要な課題である。

 その円滑なる推進をはかるためには、当面の研究開発の促進、地下研究施設の位置付けとその具体化、諸制度の整備及び実施主体などについて遅滞なく計画的にすすめることが必要である。これとともに処分概念、レイアウトについて安全確保を大前提とした上で、経済性に配慮した合理的処分概念を構築することが肝要である。

 本研究では、このような考え方の下に一つの試みとして処分場の対象岩種として結晶岩及び堆積岩を設定し、それぞれの処分深度を800及び500mと仮定し、暫定的に人工バリヤの仕様及び処分場のレイアウトを表-1に示すような前提及び要因設定条件の下に、その妥当性、実現可能性について検討した。

 これらの検討の前提の中には実験などにより充分に確かめられていないものもあるが、これらについては出来るだけ控え目な仮定の下に検討した結果は、表-1の右欄及び特に本論文の主題である処分場のニアフィールドにおける力学的相互作用については表-2に示した。これらの検討結果を総合的に判断すると今回設定したそれぞれの仕様は実現性の高いものであると考えられる。

表-1 各要因設定条件と検討結果表-2 解析結果の一覧表

 しかしながら、上述のように前提条件の中には実験などのデータが充分でないものもありその充実をはかるとともに解析手法もより信頼性の高いものにする必要がある。このような観点から今後行われるべき実験及び解析手法について考察した。

 先ずオーバーパックの腐食については、圧縮ベントナイトに取り囲まれ腐食に伴い発生する水素ガス雰囲気の状態下では腐食速度が時間とともにかなり減少すると考えられるので実験条件を吟味のうえ長期間の実験を必要とすること及び生成される腐食生成物の性状について確認することが必要であることについて考察した。また、腐食に伴い発生する水素ガス圧力によるベントナイトへの影響及び微生物によるオーバーパックの大速度腐食の可能性についても考察した。

 次に堆積岩及びベントナイトの力学特性については処分場の場合数千年乃至数十万年の長期に亘る力学挙動を明確にする必要がある。このためには堆積岩及びベントナイトを、粘性乃至クリープ特性を考慮した粘弾塑性体として取り扱う必要があり、経時変化を考慮した力学的挙動を表す解析モデル(構成方程式)の選定、必要とする実験条件、実験方法及び実験にあたつての留意点などについて考察した。また、このような解析モデルにより有限要素法による力学的相互作用を解析する場合の解析手法、境界条件などについても考察した。

 最後にわが国における高レベル廃棄物処分のすすめ方について考察した。現在わが国では高レベル廃棄物の処分問題が必ずしも計画通りすすんでいるとは言えず、これを今後どのように進めるべきかについて4名の学識経験者の参加を得て検討した。また、特に地下研究施設についてこれをサイト予定地選定までの一般地下実験所とサイト予定地選定後のサイト地下特性調査施設に分けてその意義と役割について述べ、この考え方に基づき現在進められている一般地下実験所について測定データ及び解析モデルの開発、確証など今後行うべき研究開発項目も含めてそのすすめ方について検討した。

審査要旨

 本論文は、高レベル放射性廃棄物(HLW)を深地下に処分する場合に際し、処分場の安全性と経済性にとってとくに重要な基本的パラメータについて、総合工学的観点からの解析を行ったものであり、第1章序論、第2章論文の構成、第3章人工バリアの基本仕様及びレイアウトに関する考察、第4章処分場のニアフィールドにおける力学的相互作用の考察、第5章オーバーパックの腐食に関連する問題点、第6章堆積岩及びベントナイトの粘弾塑性体としての力学的挙動とニアフィールドにおける力学的相互作用の解析手法の検討、第7章日本におけるHLW処分とくに地下研究施設の進め方に関する検討、の7章から構成されている。

 第1章及び第2章においては、研究の目的と論文の構成とが、それぞれ、述べられている。

 第3章では、処分場の仕様とレイアウトがHLW処分の安全性及び経済性に重要な影響を及ぼすことから、その基本となるパラメータをシステム設計工学的に設定している。日本の地質的多様性を考慮して、対象とすべき岩種を結晶質岩系と堆積岩系の2種類に分け、力学的安定性などの見地から、処分場の深度として、結晶質岩系については800m、堆積岩系については500mを、それぞれ、設定している。廃棄物の埋設方法としては、ベントナイトの施工技術などの視点から、横置き法が妥当としている。オーバーパックの厚さに関しては、腐食代、耐圧強度、放射線遮蔽の3つの観点から解析し、いずれの岩種に対しても200mm程度が適当であるとしている。次に、ベントナイトの厚さについては、廃棄物の埋設ピッチを4m、坑道間隔を20mに設定して、周辺岩壁の温度上昇による影響及び放射性物質の保持機能を解析し、700mm程度が適切であるとしている。さらに、坑道の内径について、力学的安定性と施工性の観点から検討し、円形断面を対象とした理論解を基に、2.3mが最適値であるとしている。

 第4章では、岩盤の地圧による変位、及びベントナイトの膨潤とオーバーパックの腐食膨張による力学的相互作用について考察している。岩盤の地圧による変位に関しては、結晶質岩と堆積岩のそれぞれについて理論的解析を行うことにより、坑道壁面の径方向変位を、それぞれ、1.4mm、5.0mmと評価し、力学的安定性は維持できるとしている。さらに、ベントナイトとオーバーパックの相互作用に関しては、処分場閉鎖後の長期的挙動に着目して、結晶質岩系を対象に2次元解析を行っている。具体的には、(1)オーバーパックの腐食膨張に伴う変位量を求める、(2)ベントナイトの変位量に対する密度及び変形係数を求める、(3)ベントナイトの変位量より圧縮応力を算出する、(4)オーバーパックの反力による膨張変位を求める、(5)ベントナイトの平衡応力を求める、(6)同平衡応力から岩盤への応力及び変位を求める、(7)坑道壁面応力を求め、それに坑道掘削直後の壁面応力を加える、(8)さらにオーバーパック健全部の応力を求め、オーバーパックが破損するまでの時間を算出する、という方法に従っている。解析結果によれば、ベントナイトの体積膨張率が2〜3、弾性係数が2x103〜2x104kgf/cm2の範囲では、破損圧力は930〜940kgf/cm2となり、腐食速度を仮に0.1mm/yrと仮定してオーバーパック健全部の厚さを閉鎖後は100mm程度とすると、早い場合には4,000〜5,000年後に破損に到る。処分の安全性の評価では、1,000年後程度からの放射性物質の漏れを想定することが多いが、この解析結果は、そのような想定が安全評価の上からは妥当であることを示唆している。

 第5章では、オーバーパックの候補材料である炭素鋼の腐食速度及び腐食生成物の性状について言及している。地下水圧下での圧縮ベントナイトを用いた既報の実験結果を解析し、水素ガス雰囲気下での腐食速度が時間とともに減少し、平均的に0.005mm/yr以下と評価し得ることを提案している。このことは、オーバーパックの寿命が、力学的特性も含めて10,000年以上になる可能性のあることを示唆している。また、微生物による大速度腐食の可能性についても検討されており、実際の環境条件如何によってその可能性を安全評価の上から排除できない場合には、炭素鋼にかわってチタン系材料を採用することを提案している。

 第6章では、堆積岩系の場合の岩盤とベントナイトとの粘弾塑性体としての力学的相互作用を検討している。まず、堆積岩系については、粘弾塑性体としてのクリープ破壊を検討しておく必要のあることを指摘し、応力・変形・浸透連成解析による解法の手順を提示するとともに、その解析に必要な実験データを整備する際の留意点を整理している。さらに、この相互作用によってベントナイトの流動性が顕著になる可能性のある場合に対する対策についても具体案を例示的に示している。

 第7章では、HLW処分技術開発に必要な地下研究施設について論及している。岩盤の力学特性、地下水の水質、地下の環境中での物質移動、人工バリアの特性変化などを把握するためには地下研究施設の役割が重要であることを指摘するとともに、新規施設の立地を図るばかりでなく、既存施設を有効に活用すべきであることを提案している。

 以上を要するに、本論文は、HLW処分の処分場の設計にとって重要な多くの知見を得ており、システム量子工学の分野、とくにシステム設計工学の分野に寄与するところが少くないと判断される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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