学位論文要旨



No 212807
著者(漢字) 徳永,朋祥
著者(英字)
著者(カナ) トクナガ,トモチカ
標題(和) 三次元堆積盆シミュレータの開発と実堆積盆地への応用
標題(洋)
報告番号 212807
報告番号 乙12807
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12807号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 増田,昌敬
内容要旨

 炭化水素鉱床の探鉱は、現在の我々の科学のレベルにおいても未だにリスクが高い活動であり、そのために石油会社、石油関連機関等で現在までに多くの研究開発が行われてきつつある。しかし、そのような努力によっても試掘井の成功率が飛躍的に向上しない理由の一つは、発展した弾性波探査の手法によっても地下深部にある流体が石油・ガスであるかどうかを判断できないところにあると考えられる。従って、我々は、間接的な情報から鉱床の存在の有無を推定せざるを得ないのが現状である。

 近年の石油成因論、移動に関する理論や実験、堆積盆地の形成に関する理論の発達、フィールドでの知見の蓄積と最近の著しいコンピュータ技術の進歩によって、堆積盆シミュレーション技術が従来の手法の限界を補い、より定量的な堆積盆評価を可能にするものとして注目されてきつつある。しかし、このような目的に用いる堆積盆シミュレータは、現段階では必ずしも探鉱用の道具として十分な機能を持つに至っていない。

 これらの現状から、本研究では、今後、探鉱対象が中・小規模油田や既存油田の近傍構造になっていくと考えられることから、そのような対象に適用可能な実用的な三次元堆積盆シミュレータの開発を行うと共に、このようなシミュレータを用いるうえで最も重要な問題として捉えられている石油の一次移動を表現するパラメータの評価を行うための室内実験を行った。さらに、開発した堆積盆シミュレータを用いて、様々な地質発達史を示す堆積盆地への適用性の評価とパラメータの感度解析を行った。そのうえで、実際の堆積盆地のデータを用いて、実スケールの堆積盆地への適用性の検討を行ったものである。

 本研究により得られた成果の要点は以下のとおりである。

 (1)地質時間に亘って起こる堆積物の圧密過程、有機物の熟成過程および炭化水素生成過程、二相流体流動過程、熱移動過程、粘土鉱物からの脱水過程、水圧破砕現象、をモデル化し、実堆積盆スケールを対象とした実用的な三次元堆積盆シミュレータBASIN3D2Pを開発した。さらに、シミュレーションで用いる物性について包括的なレビューを行い、それらをモデル化した。さらに、地質時間という長期を対象とした非線形性の強い連成問題を安定的に解くために、初期推定値の推定、直線探索法を用いたNewton-Raphson法、タイムステップの取り方について検討し、数千万年に亘る三次元堆積盆発達過程の計算を可能にした。

 (2)侵食過程を含むような複雑な堆積盆発達史を示す堆積盆地や、急激な過剰間隙水圧の発生に伴う水圧破砕現象を起こすような条件を示す堆積盆地での適用可能性の検討を行うために、仮想的な堆積盆地を用いた数値解析を行い、このような複雑な歴史を経てきた堆積盆地に対してもBASIN3D2Pは適用可能であることを明らかにした。

 (3)堆積盆発達史を数値解析的手法を用いて評価する場合に三次元モデルが必要であることを、仮想的な堆積盆地の二次元断面モデルと三次元モデルとの解析結果の比較を行うことによって明らかにした。ここでは、二次元断面モデルの問題点として、流体流動方向が断面方向のみしか考えられないために起こる問題と、ある構造に集積する炭化水素を生成するのに貢献している根源岩の体積の見積が二次元断面モデルと三次元モデルとでは大きく違ってくることによる集積量の違いの問題とを指摘し、三次元モデルの必要性を示した。

 (4)地質時間に亘る炭化水素の移動に関する地質学的、石油地化学的知見の整理を行い、それを数値計算において適切に表現するための格子分割法を提唱した。この格子分割法では今までの一般的な格子分割法による計算と比較して計算時間はほとんど変化しないことを示し、さらに、細分格子による計算結果との比較から、今回提唱した格子分割による空間分割法によって十分良い精度で貯留層内の炭化水素の移動を表現できることを示した。

 (5)泥質堆積物の浸透率の圧密に伴う変化を明らかにするために、泥質スラリーを出発物質とした一次元圧密試験と、泥質岩を出発物質とし、三軸圧縮試験機を用いたK0圧密試験を行った。その結果、両方の実験において、浸透率と間隙率の関係は両対数グラフ上で直線関係を示しながら変化していくことが明らかとなった。さらに、両対数グラフ上での直線の傾きは、第一近似的には試料の粘土含有率によって決定されることを実験的に示した。

 (6)浸透率と間隙率の関係について議論している過去の論文に関する包括的なレビューを行い、それらのデータのほとんどが、今回の実験結果から得られた関係を満たしていることを確認した。さらに、これらの結果を実堆積盆へ適用することが可能であるかどうかの検討を行い、基本的には適用が可能であるとの結論を得た。

 (7)間隙率が小さい領域(0.3以下)では、(5)(6)で示された関係が成り立たないことを指摘し、その領域での浸透率と間隙率の関係を明らかにするためには、BASIN3D2Pのような堆積盆シミュレータを用いた繰り返し計算が必要であることを示した。さらに、このような計算の繰り返しによって適切な関係を得るためには、坑井データの間隙率と間隙水圧とを適切に再現するような関係を得るようにすべきであることを数値解析の結果を用いて示した。

 (8)泥質岩を出発物質とし、三輪圧縮試験機を用いたK0圧密試験から、圧密過程、除荷過程におけるK0値の変化を高圧圧密領域まで計測し、正規圧密過程においてはK0値は一定値を示すことを明らかにした。

 (9)堆積盆シミュレータにおける物性の感度解析の例として、堆積盆内の過剰間隙水圧の発生と、石油の一次移動に対する物性の感度の比較を行った。その結果、泥質堆積物の浸透率と間隙率の関係がどちらの現象に対しても重要であることが示され、今回行った泥質堆積物の浸透率変化に関する実験的、数値解析的手法を用いた検討が本質的に重要であることを明らかにした。

 (10)新潟沖の堆積盆地を対象地域として実堆積盆スケールへのBASIN3D2Pの適用性の評価を行った。ここでは、まず、対象地域の種々のデータを総合的に評価することによって、三次元的な地質構造、地層分布等を適切にモデル化することを行った。その過程で、熱流量史を再現するに当たって一般的なビトリナイトを用いた熱流量史再現が本堆積盆地に適用できないことを指摘し、ビトリナイトを用いた手法の問題点を述べた。また、三次元ケーススタディでは、BASIN3D2Pを用いて実スケールの堆積盆地を対象とした解析が可能であることを示し、また、いくつかのパラメータに関して、地質学的に妥当な範囲でより適切な値を用いることによって、実際の現象に近い計算結果を得ることが可能であることを示した。さらに、堆積盆シミュレーションにおいては、絶対年代をどのように評価するか、即ち、計算期間をどのように設定するかが非常に重要であることが示された。

 (11)堆積盆シミュレーションの計算結果の評価手法について議論し、ヒストリーマッチング的な手法を用いた地質現象のトレンドまでを含んだ評価が必要であることを指摘した。さらに、そのような手法を用いるためには、過去の時点における物理量を推定する技術開発が必要であることを示した。

 以上、本研究の成果は、今後、探鉱上重要なツールの一つとなることが考えられる三次元堆積盆シミュレータの開発に成功し、それが実堆積盆を対象とした問題にも適用が可能であることを示したこと、このようなシミュレーションを行ううえで本質的に重要である泥質堆積物の浸透率の変化過程を実験的手法と数値解析的手法を用いて推定する方法を明らかにしたこと、シミュレーションの評価手法に関する提案を行ったこと、と要約される。

審査要旨

 炭化水素鉱床の探鉱は、現在の我々の科学のレベルにおいても未だにリスクが高い活動であり、そのために石油会社、石油関連機関等で現在までに多くの研究開発が行われてきつつある。しかし、そのような努力によっても試掘井の成功率が飛躍的に向上しない理由の一つは、発展した弾性波探査の手法によっても地下深部にある流体が石油・ガスであるかどうかを判断できないところにあると考えられる。従って、我々は、間接的な情報から鉱床の存在の有無を推定せざるを得ないのが現状である。

 本論文は、今後、主たる探鉱対象となるであろう中・小規模油田や既存油田の近傍構造に適用可能な実用的な三次元堆積盆シミュレータの開発を行うと共に、このようなシミュレータを用いるうえで最も重要な問題として捉えられている石油の一次移動を表現するパラメータの評価を行うための室内実験を行ったものである。さらに、開発した堆積盆シミュレータを用いて、様々な地質発達史を示す堆積盆地への適用性の評価とパラメータの感度解析を行い。その上で、実際の堆積盆地のデータを用いて、実スケールの堆積盆地への適用性の検討を行ったものである。

 本論文により得られた成果の要点は以下のとおりである。

 (1)地質時間に亘って起こる堆積物の圧密過程、有機物の熟成過程および炭化水素生成過程、二相流体流動過程、熱移動過程、粘土鉱物からの脱水過程、水圧破砕現象、をモデル化し、実用的な三次元堆積盆シミュレータBASIN3D2Pを開発した。また、シミュレーションで用いる物性について包括的なレビューを行い、それらをモデル化した。さらに、地質時間という長期を対象とした非線形性の強い連成問題を安定的に解くために、初期推定値の推定、直線探索法を用いたNewton-Raphson法、タイムステップの取り方について検討し、数千万年に亘る三次元堆積盆発達過程の計算を可能にした。

 (2)地質時間に亘る炭化水素の移動に関する地質学的、石油地化学的知見の整理を行い、それを数値計算において適切に表現するための格子分割法を提唱した。この格子分割法では今までの一般的な格子分割法による計算と比較して計算時間はほとんど変化しないことを示し、さらに、十分良い精度で貯留層内の炭化水素の移動を表現できることを示した。

 (3)泥質堆積物の浸透率の圧密に伴う変化を明らかにするために、泥質スラリーを出発物質とした一次元圧密試験と、泥質岩を出発物質とし、三輪圧縮試験機を用いたK0圧密試験を行った。その結果、両方の実験において、浸透率と間隙率の関係は両対数グラフ上で直線関係を示しながら変化していくことが明らかとなった。さらに、両対数グラフ上での直線の傾きは、第一近似的には試料の粘土含有率によって決定されることを実験的に示した。

 (4)間隙率が小さい領域(0.3以下)では、(3)で示された関係が成り立たないことを指摘し、その領域での浸透率と間隙率の関係を明らかにするためには、BASIN3D2Pのような堆積盆シミュレータを用いた繰り返し計算が必要であることを示した。さらに、このような計算の繰り返しによって適切な関係を得るためには、坑井データの間隙率と間隙水圧とを適切に再現するような関係を得るようにすべきであることを数値解析の結果を用いて示した。

 (5)新潟沖の堆積盆地を対象地域として実堆積盆スケールへのBASIN3D2Pの適用性の評価を行った。ここでは、まず、対象地域の種々のデータを総合的に評価することによって、三次元的な地質構造、地層分布等を適切にモデル化した。その過程で、熱流量史を再現するに当たって一般的なビトリナイトを用いた熱流量史再現が本堆積盆地に適用できないことを指摘し、ビトリナイトを用いた手法の問題点を述べた。また、三次元ケーススタディでは、BASIN3D2Pを用いて実スケールの堆積盆地を対象とした解析が可能であることを示し、また、いくつかのパラメータに関して、地質学的に妥当な範囲でより適切な値を用いることによって、実際の現象に近い計算結果を得ることが可能であることを示した。

 (6)堆積盆シミュレーションの計算結果の評価手法について議論し、ヒストリーマッチング的な手法を用いた地質現象のトレンドまでを含んだ評価が必要であることを指摘した。さらに、そのような手法を用いるためには、過去の時点における物理量を推定する技術開発が必要であることを示した。

 以上、本研究の成果は、今後、探鉱上重要なツールの一つとなることが考えられる三次元堆積盆シミュレータの開発に成功し、それが実堆積盆地を対象とした問題にも適用が可能であることを示したこと、このようなシミュレーションを行ううえで本質的に重要である泥質堆積物の浸透率の変化過程を実験的手法と数値解析的手法を用いて推定する方法を明らかにしたこと、シミュレーションの評価手法に関する提案を行ったこと、と要約される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50993