内容要旨 | | 日本で初めて,地下石油備蓄基地を岩手県久慈市,愛媛県菊間町,鹿児島県串木野市に建設した。石油を貯蔵する岩盤タンクは,水封方式を採用しており,その特徴は,地下水面下に空洞を掘削し,スチールあるいはコンクリートの覆工を行うことなく,自然または人工の地下水圧で液密・気密を確保するシステムである。また,水封式岩盤タンクの設計は,菊間実証プラントの実験結果による。それは,局所的な割れ目による地下水挙動を除き,全般的には,岩盤の透水係数を平均化した均質多孔質体モデルによる理論解を実用的に適用可能できるというものである。 しかし,実際に岩盤タンクを建設する過程で,設計時に想定されなかった種々の現象が発生し,その時々で仮説をたて対応し,3基地を完成・操業させるにいたった。このように,自然の岩盤を対象にした実用規模では,理論や実証実験と異なる現象が発生することは避けられず,施工段階等で,より高い精度の割れ目に対する水封評価技術が要求される。 従来の研究では,水封評価を透水係数や割れ目密度等で試みているが,"水みち"の連続性が決めてであり,透水性状に関する岩盤・割れ目の分類および評価法はない。 従って,本論文は,この観点から,水封式岩盤タンクの割れ目について,新しい水封評価法を提案するもので,3基地のデータを整理し,これらの現象の発生機構を明らかにした上,割れ目を透水性状によって分類し,さらに,割れ目を含めた岩盤を分類した水封評価法である。 また,水封機能を確保するためには,以上の分類に基づき,湧水量変化による管理法を提案している。以下にその概要を述べる。 1.種々の現象を"水みち"という観点から分類すると次の通りである。 (1)久慈・串木野基地では,岩盤を均質多孔質体とはとても考えられない"水みち"が存在し,これが,水封機能を確保するうえでの支配的阻害要因となっている。 (2)人工水封方式を採用した久慈・菊間基地では,注水ポーリング孔の注水量が少なく,このような小口径では"水みち"に当たる確率が小さいことが判った。その結果,岩盤タンク周辺の岩盤には,不飽和域が存在していると考えられる。 (3)グラウト等で湧水抑制を実施するとき,水が抜けきった亀裂とか,水が減少した亀裂は,見逃す確率が大きく,潜在"水みち"となり,不飽和域を構成する。 (4)一度,水位が低下した高透水帯を,小口径の注水ボーリング孔で注水しても水位を回復させることは難しく,不飽和域となる。 (5)水位測定孔の水位は,孔内の水収支であり,4種類のタイプを示す。 (1)孔の周辺の岩盤が,一様な透水帯と考えられるもの。 (2)孔の上部で,風化帯に連なる亀裂があるもの。 (3)孔の下部で,水封トンネルまたは岩盤タンクに通ずる亀裂が連なっているもの。 (4)(2),(3)の両方の要素を持ち,孔の上部,下部の亀裂が詰まる,開く等の影響で,時々水位が大きく変化するもの。 (6)久慈基地では,地震により湧水量,供給水量,水位が変化した。 (7)"水みち"は目づまりする傾向がある。 2.現象の発生した岩盤を詳細に調査し,分析・検討した結果,次のことが判った。 (1)"水みち"となる岩盤の割れ目には (1)湧水が急激あるいは短時間に抜けきってしまう割れ目がある。 これについては,久慈基地の断層および高透水帯が該当する。また,串木野基地の岩盤タンクの底盤以下に水位が一部低下していた高透水帯も,これに分類される割れ目である。 (2)湧水が経時的に減少し,建設中,注水等の対応をしなければ水が抜けきれるか,またはその恐れがある割れ目がある。 (3)常に滴水または湿潤状態にあり,ダルシー則が適用される割れ目がある。 これについては,菊間基地および串木野基地で見られた。 以上3タイプあり,現象の発生は(1)および(2)の割れ目による。また,これらの割れ目は複雑であり,現場的にはパイプ状と考えたほうが実際的である。 なお,本論文では,(1)をL,(2)をM,(3)をSタイプの名称を付けた。その物理的な意味あいについて単一「割れ目」の例で以下の図に示す。 単一「割れ目」の間隙水圧・湧水量変化 (2)水封機能にとっての岩盤および割れ目の見方については 本工事では,水封機能を確保するために,数多くの調査・測定項目について実施したが,その中から,絶対的なものとして,地質条件には,岩盤の割れ目間隔,断層,亀裂帯および亀裂状況,水理的には湧水状況を抽出し,3基地の岩盤を分類・整理した。さらに,その岩盤分類と発生した現象との関係および前述のL,M,Sとの関係を分析・検討した結果,よく対応することが判り,水封機能にとっての岩盤および割れ目の見方を明らかにした。 本論文では,これを"水みち"モデルの名称を付け,次に示す。 "水みち"モデル(岩盤・亀裂の見方) 以上の表に分類され,マトリックスL,Mに相当する岩盤は,水封機能を確保するための対応が必要である。 また,湧水の有無の判定には,現場のミクロな観察だけで判断するのでなく,マクロな地質・水理状況を考慮する必要がある。 なお,マクロ的に見て湧水が最初から少ない断層・破砕帯については,1〜2ランクを格上げする。 3.数値解析による現象の再現 さらに,"水みち"モデルを解析条件とし,2成分2相3次元非定常浸透流解析によって,現象の再現を試みた。その結果,調査段階から操業にいたる各段階で計算値を実測データによく整合させることができ,かつ,L,M,Sの存在を確認した。従って,水封機能を対象とする場合,本論分の"水みち"モデルは妥当であると考える。 なお,この解析モデルを使って,多雨年,渇水年,地震および水封水供給能力が低下した各ケースについて予測解析した結果,水封機能の健全性を判断するうえでの有力な判断材料の一つになり得ることが判った。 4.水封機能に関する管理法の提案 水封機能に関する管理法は,これまではっきりしたものがなかったが,以上のように,実際の水封機能に影響する要因が明確になったことから管理法を提案する。 その骨子は (1)いかに早い段階で,割れ目L,Mを見つけられ得るか。 (2)水位を低下させないで,岩盤タンクを掘削するにはどうすればよいのか。 (3)万一,水位が低下した場合の対応はどうすればよいのか。 であり,調査から操業の各段階で具体的な管理ポイントを示した。 以上,本論文は,水封式岩盤タンクの水封機能に関する知見を蓄積し,割れ目に関する水封評価法と水封機能確保のための管理法を提案したものである。 |
審査要旨 | | 久慈・菊間・串木野基地の水封式岩盤タンクの水封の設計は,実用上岩盤を平均的な透水係数を持った均質多孔質体と見なした浸透流解析によって実施した。なお,これは菊間実証試験結果によったものである。しかし,このような大規模な岩盤タンクの岩盤は,断層や割れ目が存在し,これによる水封機能への局所的な影響が懸念された。石油を安全に貯蔵するためには,この局所的な問題についても無視することはできないことから,実際の岩盤の割れ目等に対応した水封評価方法が要求されたが,従来の研究では,透水係数や割れ目密度で水封評価を試みてはいるが,現場で実際の割れ目に対応した水封評価方法に関する研究は見当たらない。 この課題解決のため,本論文は,3基地建設時に発生した設計思想とは異なる現象について分析し,割れ目の水の連続性に着目した水封評価方法を提案したものである。論文は,既往の文献調査および課題解決のアプローチを記述した序文,水封機能の設計手法について記述した章,発生した現象例とその分祈について記述した章,"水みち"の性状を明らかにし,岩盤および割れ目の水封評価方法とその管理法の提案について記述した章,"水みち"の性状に関する数値解析について記述した章および結論より構成されている。以下に,本論文に記載された重要な結論を審査する。 1.現象の分析では,実際の岩盤の地下水挙動を把握するうえで有効な現場データを取得し,水封機能を阻害した要因を以下のようにまとめ,問題点を明確にしている。 (1) 岩盤を均質とは取り扱えないような大きな"水みち"の存在によって,水封機能が阻害される。 (2) 注水ボーリング孔による人工注水では,十分な水が供給されないこと,そのため,水位を一度下げると水位回復が難しいことから,不飽和域が発生する。 (3) 水が抜けきった割れ目や,水が減少した割れ目は,グラウト対象から見逃す確率が大きく,潜在"水みち"となり不飽和域となる。 2."水みち"の性状分析では,岩盤を調査し,割れ目の水の連続性に着目することを提案し,"水みち"を以下のように分類している。 (1) 水が急激に抜けてしまう"水みち"(Lと定義) (2) 水量が経時的に減少する"水みち"(Mと定義) (3) 水量が建設期間中ほとんど変化しない"水みち"(Sと定義)が存在し,現象の発生は,LおよびMによるとしている。 3.現象およびその対応策の程度が岩級区分(割れ目の間隔による区分)と,前述の"水みち"の性状を組み合わせたマトリックス("水みち"モデルと定義)と調和することから,岩盤および割れ目の水封評価方法として提案し,併せて水封機能を確保するための管理法を提案している。 4.断層および高透水帯を解析条件とした2成分2相3次元非定常浸透流解析によって,"水みち"L,M,Sの存在による影響を確認し,かつ,調査から操業の各段階で計算値と実測データがよく整合し,現象が再現できている。 以上,本論文は,3基地の現象を分析し,水封機能に関する知見を蓄積し,割れ目に関する新しい水封評価方法と水封機能確保のための管理法を提案したものである。これには,割れ目の水の連続性に注目した,筆者独自の考えが組み込まれており,かつ,建設の実績に裏付けられたものであり,今後の地下開発技術の発展に資するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |