学位論文要旨



No 212810
著者(漢字) 袁,江南
著者(英字)
著者(カナ) エン,コウナン
標題(和) TiO2被覆による防食
標題(洋) CORROSION PROTECTION BY TiO2 COATING
報告番号 212810
報告番号 乙12810
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12810号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 助教授 木村,薫
内容要旨

 金属材料の耐食性の向上を目的として、ゾルーゲル法による表面のTiO2被覆が試みられている。TiO2はn型酸化物半導体としての性質を持ち、光照射時には非照射時と比較して低い浸漬電位を示す。したがって、光照射時にTiO2被覆した金属材料の電位を、不感域まで卑下して全面腐食を防ぐ、あるいは局部腐食の臨界電位より卑にしてこれを防ぐ、というカソード防食ができる可能性がある。本論文ではゾルーゲル法によって作製したTiO2膜を中心に、種々の金属材料の非犠牲カソード防食の可能性について調査した。

 銅上のTiO2膜の光電気化学挙動について調査し、その光効果は、TiO2被覆の際の熱処理によって大きく左右されることが判明した。銅上のTiO2膜がn型半導体の光効果を呈するには、焼成を400℃以上で施すことが必要なことがわかった。これより低い温度の熱処理では、TiO2膜による光効果を得られない。400-500℃で焼成したTiO2膜は、極めて卑な光電位を呈する。600-700℃では最も卑な光電位を呈しており、最良の熱処理条件となった。800℃以上では、温度の上昇とともに逆に光電位が貴化する。400〜500℃でのTiO2被覆膜において、光照射直後現れるp型半導体の光挙動は、カソード処理によって軽減できた。また、この処理により、400℃以下の温度にて熱処理した試料に対しても、n型半導体の挙動を示した。

 TiO2の膜厚の増加は、非脱気の溶液中において光電位を卑化させる。これは膜厚とともに増加したアノード電流が、溶存酸素還元反応を相殺することによる。しかしながら、脱気した溶液中においては、溶存酸素還元反応が極めて低いために、実験で用いたどの膜厚の膜においても、その光電位はほぼTiO2のフラットバンド電位に等しく、すなわちその光電位が膜厚に依存しなかった。図1からわかるように、pHを4-12の範囲で調整した0.3%NaCl溶液中におけるTiO2被覆銅の光電位は、脱気、及び非脱気の両溶液中において銅の電位-pH図中の不感域に属し、このことから、ゾルーゲル法TiO2被覆銅基板は、光照射下において防食されうることが示された。

Fig.1 Photopotentials after two hours of illumination for TiO2-coated Cu plotted in the E-pH diagram of Cu at25℃.Heat treatment condition for TiO2 coating:650℃ for 20 minutes.Test solution:0.3%NaCl at room temperature.

 銅上のTiO2膜の、その特異な電気化学特性を理解するために、銅基板上TiO2被覆膜の構造特性と光効果との関係を明確化した。XRD分析により、TiO2の非晶質からアナタース結晶への構造変化は、約300-400℃において起こることがわかった。GDS分析よりTiO2膜の厚みは、高温で焼成したものほどその収縮割合が大きく、800℃で焼成したものは200℃のものに比べほぼ半分の厚みであることが判明した。これらの構造の変化は、TiO2膜の光効果の増大に結びつく。銅上のTiO2膜におけるp型半導体の光挙動は、400℃以下、または400〜500℃において焼成したものに対し光照射直後にみられるが、その原因はXPS分析により、TiO2被覆膜中に膜焼成の際に生じた酸化銅のためと特定された。

 さらなる調査により、酸化銅の存在や光効果の急激な増加といった要因は、極めて卑な電位を示すTiO2被覆銅基板に対する400℃の臨界熱処理温度にとってさほど寄与していないことが判明し、TiO2膜と銅との界面におけるショットキー障壁が光電気化学反応において重要な役割を担っていることが想定された。400℃の臨界焼成温度を境にした光電位の急激な変化は、光励起された電子の移動に対して、このエネルギー障壁が大きな障害であること、及び高温度で焼成したTiO2膜においては、この障壁が軽減されていくことによって説明されよう。

 TiO2被覆した炭素鋼のアルカリ溶液中における光電気化学挙動を調べ、TiO2膜の熱処理過程で基板の酸化鉄のスケールが成長し、その結果、TiO2膜中に鉄イオンが拡散し、TiO2膜の光効果を大きく失わせることが判明した。しかし、TiO2膜を被覆する前に、炭素鋼を大気中で500℃以上で熱処理し、炭素鋼表面に酸化鉄の層を形成、つまり炭素鋼とTiO2膜との間に酸化鉄の層を挟むことにより、上記のFe拡散の問題を解決できた。鉄の酸化物のうち、より卑な光電位を得るには、-Fe2O3が最も重要であった。すなわち、炭素鋼のTiO2膜の光効果が元来、電子の移動過程により支配されている為、その酸化処理により-Fe2O3とTiO2のへテロ接合が界面に形成され、その-Fe2O3の特性変化が炭素鋼のTiO2膜の光挙動に影響を与えると思われる。このため酸化処理温度のドナー濃度への影響、また-Fe2O3のフラットバンド電位への影響に関して、さらなる議論を行った。

 光照射下でのTiO2による局部腐食の防食可能性として、基板炭素鋼の酸化処理およびTiO2膜焼成を最適条件で行ったTiO2被覆炭素鋼は、図2に示すように脱気した溶液中において炭素鋼の再不働態化電位より、ずっと卑な電位を示した。

Fig.2 Effect of coating thickness on the photopotentials of TiO2/steel in both aerated and deaerated 1 m mol/l NaHCO3(pH11)at room temperature.The steel specimens were oxidized in air at 900℃ for 10 minutes with TiO2 coating being heated at 400℃ for 10 minutes.The dotted line represents the repassivation potential,ER.CREV,of carbon steel and the dashed line is the hydrogen evolution potential,EH,at pH11.

 理論上、TiO2膜の光電流を増大できれば、より卑な光電位を得ることができる。そのため、各種添加元素のTiO2膜光効果に対する影響を体系的に調べた。4よりも小さいイオン価数の元素を添加したものは、原子価の増加とともにTiO2膜の光電流を減少させる傾向がある。ゾルーゲル法により各種元素を添加したTiO2膜は、概ねその光効果が減少し、添加元素の有害性が示された。このことは金属基板上のTiO2膜にとって、界面における金属からTiO2膜へ基板元素の拡散が、光効果を減少させる可能性を示唆し、その悪影響を明確化できる点で、極めて重要な意味を持つ。すなわち、これらの添加元素が、多くの金属や合金にとって重要な成分である以上、今まで調査していない基板に対してゾルーゲル法によりTiO2膜を被覆する際、想定しうる問題点を予め提示している。一連の添加元素の影響の研究の中で、光効果の増加が認められたのはNbを添加した場合であったが、ゾルーゲル法によりNbを添加することは、TiO2膜の電気伝導性を向上させる効果があると思われる。

審査要旨

 n型半導体としてのTiO2表面では光照射下に水(H2O)を酸素(O2)に酸化するアノード反応がかなり卑な電位で起こる(本多・藤嶋効果)。この現象を金属防食用被覆として用いる最初の試みはAg次いでステンレス鋼に適用されその有効性が確認された。この中で、TiO2の化学的な安定性とカソード防食の本性とによって、自らは消耗せずかつ被覆に不可避な欠陥があってもかまわないという大きな長所が見出された。本論文は同法が、銅を熱力学安定域に完全防食しうること、普通鋼への防食にも適用可能なことを示し、それぞれに必要な被覆・下地処理の条件を明らかにしたもので全6章よりなる。

 第1章は序論で、半導体電気化学・半導体/金属一界面の性質・TiO2被覆に用いるゾルーゲル法についての文献調査結果および本論文の構成をのべている。

 第2章では、TiO2被覆銅が光照射下に示す電位(光電位)に及ぼすゾルーゲルTiO2の焼成のための温度・時間条件、ついでカソード還元処理・被覆厚さ・液pHの影響を調べ、最適焼成温度は600〜700℃で、例えば、窒素ガス中650℃・20minの焼成・1回塗り(約0.1m厚)のTiO2被覆によって、脱気しない液中でも広いpH(4〜12)範囲で金属銅の光電位を熱力学的安定域に維持して完全防食を達成できることを示した。

 第3章では前章で採用した銅上TiO2被覆の構造と光電位卑化との関係をX線回折・X線光電子分光・グロー放電分光などを用いて詳細に検討した。被覆特性は、まずTiO2の結晶性に依存し、低温側の非晶質からアナターゼへの結晶化が完結する400℃が焼成のための臨界温度にまず対応する。600〜900℃におけるルチル化は大きな効果を与えない。さらに重要な特性支配因子はCu/TiO2界面にあり、両者の仕事関数(4.65eV)/電子親和度(4.33eV)から数字通り0.32eVのショットキー障壁が介在すれば、光照射により生成する伝導電子のCu下地への輸送が妨げられる。障壁高さはTi3+密度に依存し、真空ないし還元性雰囲気中における上述臨界温度以上の高温での焼成により十分なTi3+が生成するので、上述の障壁は解消される。さらにカソード還元処理あるいは紫外光照射は水素注入によりTiO2特性を改善し、高温空気中での焼成が有害である事実もTi3+密度の観点から説明しうるとしている。

 第4章は炭素鋼への適用研究で、不動態化が期待されるアルカリ性(pH11)水溶液環境での検討を進めた。従来のその他金属と異なり、研磨まま試片へのTiO2直接被覆はほとんど光電位を卑化しないという観察を出発点として、予備酸化により-Fe2O3を表層に生成させてのちTiO2被覆を施し、これを400〜500℃で焼成することにより、光電位の大幅な卑化を実現しうることを見出した。

 第5章ではTiO2被覆への約10種類の元素の添加(ドーピング)を検討した。光電流からみてTiO2の特性を著しく改善する元素は見出せず、同等ないし若干の改善効果のあるもの(Ta,Nb,Zr,Al)のほか、著しく劣化させるもの(Cr,Fe,Ni,Cu)を見出した。後者はステンレス(Cr,Fe,Ni)・銅(Cu)・炭素鋼(Fe)へTiO2を被覆する場合の焼成の際に生成する下地界面でのTiO2に取り込まれる金属元素とみなせ、ここでの結果は被覆条件の考察に有用なものと指摘している。

 第6章は総括である。

 以上のように本論文は、新しい原理に基づく金属防食法の開発に取り組み、銅の完全防食を確認するとともに、普通鋼への適用可能性を実証して現用の有機塗装システムに代わる新しい防食法の可能性を示した。これらは金属表面工学への貢献が大きく、金属防食法の発展への大きな寄与が期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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