n型半導体としてのTiO2表面では光照射下に水(H2O)を酸素(O2)に酸化するアノード反応がかなり卑な電位で起こる(本多・藤嶋効果)。この現象を金属防食用被覆として用いる最初の試みはAg次いでステンレス鋼に適用されその有効性が確認された。この中で、TiO2の化学的な安定性とカソード防食の本性とによって、自らは消耗せずかつ被覆に不可避な欠陥があってもかまわないという大きな長所が見出された。本論文は同法が、銅を熱力学安定域に完全防食しうること、普通鋼への防食にも適用可能なことを示し、それぞれに必要な被覆・下地処理の条件を明らかにしたもので全6章よりなる。 第1章は序論で、半導体電気化学・半導体/金属一界面の性質・TiO2被覆に用いるゾルーゲル法についての文献調査結果および本論文の構成をのべている。 第2章では、TiO2被覆銅が光照射下に示す電位(光電位)に及ぼすゾルーゲルTiO2の焼成のための温度・時間条件、ついでカソード還元処理・被覆厚さ・液pHの影響を調べ、最適焼成温度は600〜700℃で、例えば、窒素ガス中650℃・20minの焼成・1回塗り(約0.1m厚)のTiO2被覆によって、脱気しない液中でも広いpH(4〜12)範囲で金属銅の光電位を熱力学的安定域に維持して完全防食を達成できることを示した。 第3章では前章で採用した銅上TiO2被覆の構造と光電位卑化との関係をX線回折・X線光電子分光・グロー放電分光などを用いて詳細に検討した。被覆特性は、まずTiO2の結晶性に依存し、低温側の非晶質からアナターゼへの結晶化が完結する400℃が焼成のための臨界温度にまず対応する。600〜900℃におけるルチル化は大きな効果を与えない。さらに重要な特性支配因子はCu/TiO2界面にあり、両者の仕事関数(4.65eV)/電子親和度(4.33eV)から数字通り0.32eVのショットキー障壁が介在すれば、光照射により生成する伝導電子のCu下地への輸送が妨げられる。障壁高さはTi3+密度に依存し、真空ないし還元性雰囲気中における上述臨界温度以上の高温での焼成により十分なTi3+が生成するので、上述の障壁は解消される。さらにカソード還元処理あるいは紫外光照射は水素注入によりTiO2特性を改善し、高温空気中での焼成が有害である事実もTi3+密度の観点から説明しうるとしている。 第4章は炭素鋼への適用研究で、不動態化が期待されるアルカリ性(pH11)水溶液環境での検討を進めた。従来のその他金属と異なり、研磨まま試片へのTiO2直接被覆はほとんど光電位を卑化しないという観察を出発点として、予備酸化により-Fe2O3を表層に生成させてのちTiO2被覆を施し、これを400〜500℃で焼成することにより、光電位の大幅な卑化を実現しうることを見出した。 第5章ではTiO2被覆への約10種類の元素の添加(ドーピング)を検討した。光電流からみてTiO2の特性を著しく改善する元素は見出せず、同等ないし若干の改善効果のあるもの(Ta,Nb,Zr,Al)のほか、著しく劣化させるもの(Cr,Fe,Ni,Cu)を見出した。後者はステンレス(Cr,Fe,Ni)・銅(Cu)・炭素鋼(Fe)へTiO2を被覆する場合の焼成の際に生成する下地界面でのTiO2に取り込まれる金属元素とみなせ、ここでの結果は被覆条件の考察に有用なものと指摘している。 第6章は総括である。 以上のように本論文は、新しい原理に基づく金属防食法の開発に取り組み、銅の完全防食を確認するとともに、普通鋼への適用可能性を実証して現用の有機塗装システムに代わる新しい防食法の可能性を示した。これらは金属表面工学への貢献が大きく、金属防食法の発展への大きな寄与が期待される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |