学位論文要旨



No 212811
著者(漢字) 家澤,徹
著者(英字)
著者(カナ) イエザワ,トオル
標題(和) 大型鋼構造物の溶融亜鉛めっきにおける熱影響部の液体金属ぜい化(亜鉛われ)とその防止に関する研究
標題(洋)
報告番号 212811
報告番号 乙12811
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12811号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 助教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 都井,裕
内容要旨 1本研究の背景及び目的

 溶融亜鉛めっき鋼構造物は耐食性に優れ,メンテナンスコストの低減が計れることから,今後需要が大幅に伸びると予想される。現在,亜鉛めっき大型鋼構造物の代表は送電鉄塔と橋梁であるが,これらを亜鉛めっきする場合の最大の技術的問題点は,めっき中に発生する熱応力・熱ひずみと,めっき前に存在する溶接残留応力により,溶接熱影響部(以下HAZと略称)に発生する液体金属ぜい化の一種の亜鉛ぜい化われ(以下亜鉛われと略称)である。

 従来,亜鉛われについては鉄塔分野で比較的多くの研究があり,亜鉛われ感受性当量CEZを規定した鉄塔用590MPa鋼が1988年にJISに制定されている。

 しかし,この鋼材は鋼種により亜鉛われ感受性(以下亜鉛われ性と略称)が高いことが鉄塔製作過程で明らかとなった。また,橋梁では構造や使用鋼種等が鉄塔と大きく異なるが,鋼材の亜鉛われ性やめっき中の応力挙動に関する研究は乏しかった。

 本研究は,亜鉛めっき大型鋼構造物を対象として,めっき時にHAZに発生する亜鉛われ現象に関する鋼材要因及び設計施工要因の影響を解明して亜鉛めっき用鋼材の適正合金成分条件及び構造物の設計指針を提示することと両者を総合した亜鉛われ防止技術の確立を目的とした。

2亜鉛われ性に及ぼす金属組織の影響解明

 亜鉛われ性に及ぼすHAZの金属組織の影響を検討し,

 (1)HAZの粒界は,旧オーステナイト()粒界を界面とするA界面とフェライトが生成し旧粒界の位置がもはや界面でないB界面に分けられる。

 (2)亜鉛の拡散侵入はA界面で優先的に生じ,B界面では殆ど認められない。

 (3)そのため,マトリックスがベイナイト組織主体のHAZの亜鉛われ性は,旧粒界に占めるB界面の比率(以下粒界フェライト占有率と称す)により支配され,粒界フェライト占有率が増加するに従い,亜鉛われ性が直線的に向上する。

 (4)亜鉛が拡散侵入したA界面には,母相とエピタキシー関係を持つ析出相Fe3(Zn,Mn)C0.5が観察される。

 ことなどを明らかにした。

3亜鉛われ性に及ぼす化学成分の影響解明と新当量式の提案

 鉄塔用590MPa鋼は前述のようにCEZの規定があるが,実際の製作では耐われ性が不十分なことから,強い影響が想定される微量のボロン(B)に着目して,亜鉛われ性に及ぼす合金元素の影響を検討し,

 (1)亜鉛ぜい化度(亜鉛がある時と無いときの切欠破断強度の比)は,図1に示す如く,C,Mn等の多少にかかわらず4mass ppm以下の微量なB量で著しく低下する。

 (2)その原因は,Bが粒界に濃化して粒界焼入性を高め,粒界フェライトの生成を抑制するためである。

 ことなどを明らかにした。これらの結果に基づき,新たな亜鉛われ性当量(CEZmod)を導き出し,JIS改訂を提案した。

図1 亜鉛ぜい化度に及ぼすBの影響
4亜鉛われに及ぼす設計施工要因の影響解明と設計指針の提案

 橋梁部材で面外変形を伴う亜鉛われとめっき中の応力・変形挙動の関係について検討し,

 (1)亜鉛われはパネルに発生するめっき時の最大圧縮熱応力とパネル座屈強度の比(以下Rmaxと略称)と良い相関を示す。

 (2)めっき時のパネル座屈の影響で圧縮塑性変形をうけた補剛材端部では,変形の回復過程で引張ひずみが発生し,そのため亜鉛われが発生する。

 (3)引張ひずみとRmaxに良好な関係があり,HAZの限界ひずみとの比較から,Rmaxのわれ発生限界値が鋼種別に存在する。

 (4)Rmaxは橋梁部材の形状寸法から回帰式で推定可能である。

 ことを明らかにし,亜鉛われ防止の設計指標としてRmaxを用いること及びそれをわれ限界値の8以下とすることを提案した。

 また,面外変形が生じない場合の応力挙動についても検討し,橋梁用亜鉛われ対策鋼の必要亜鉛ぜい化度を,鋼種別に明らかにした。

5亜鉛われ防止法の確立

 上記の鋼材面及び設計施工面を総合した大型鋼構造物の亜鉛われ防止法の検討を行なった。先ず,めっき橋梁用の亜鉛われ対策鋼の開発検討を行い,

 (1)鋼材強度を確保しつつ亜鉛われ性を向上させる製造条件としてTMCP(水冷型)が有効である。

 (2)最適成分系として粒界焼入性の低い中C-低Mn系が優れている。

 ことを明らかにし,この系に適した亜鉛ぜい化度の化学成分の回帰式を提案した。この結果に基づきめっき橋梁用490及び570MPa級鋼を現場転炉で溶製し,母材特性,亜鉛われ性とも開発目標値を十分満足することを確認した。

 次に,面外変形が大きい場合には鋼材面の対策のみではわれ防止ができないことから,設計施工上の対策を検討し,通常の交差部構造のままで,応力集中低減型の補剛材先端形状を採用する方法及び補剛材同士を溶接接合して隙間部をなくす方法が有効であることを確認した。

 これらの鋼材面及び設計施工面を総合した亜鉛われ防止法を,めっき可能な最大サイズの非分割形箱桁の実橋製作に適用し,亜鉛われ防止に成功したことを確認した。

6研究成果の実現状況

 以上の研究成果は,鉄塔関係では送電鉄塔用鋼材の亜鉛われ性当量CEZ式の改訂(1995年3月官報公示)に,めっき橋関係では(社)日本鋼構造協会の「溶融亜鉛めっき橋梁の設計・施工指針」(1996年1月発行予定)に反映された。

 これらにより今後益々増える亜鉛めっき鋼構造物が使用性能的にも安全で,且つ経済的に製造できることを確信する。

審査要旨

 本論文は送電鉄塔,橋梁などが近年大型化したのにともない,高強度鋼が使用されようになったが、この構造物を溶融亜鉛めっきする際に溶接熱影響部で粒界われが生じるという技術課題を液体金属脆性という材料学的要因とめっき中の熱応力による鋼構造の変形という構造設計的要因との両面から研究し,高強度大型鋼構造物の亜鉛割れ防止に成功した一連の研究をまとめたものである。

 論文は7章よりなる。

 第1章は序章である。大型化し,軽量化が強く要請されるため強度を高めた鋼材を利用する送電鉄塔や橋梁の製造の最大の問題は,維持管理費を軽減するためにほどこされる溶融亜鉛めっき防食処理の際に溶接熱影響部に粒界われが発生することである。このわれを防止するためには,溶融亜鉛めっきの際の急速加熱過程および,その後の水冷による急速冷却過程で過渡的に発生する熱応力,熱ひずみを軽減することがまず求められるが,このようなめっき施工技術上の対応には限界があり,亜鉛ぜい化特性に優れた高強度鋼材の開発が必要なこと,またこのためには従来の亜鉛われ感受性を規定する合金成分回帰式が不十分であることが述べられている。

 第2章では液体金属脆性に関するこれまでの研究を調査し,鋼の亜鉛われが金属組織や合金元素の組合わせで如何に変化するか従来行われた研究成果を整理し記述している。そして亜鉛われ防止技術上の重要課題は微量ボロンをはじめとする鋼の化学組成が金属組織に及ぼす影響の解明と,溶融亜鉛めっき中の熱応力,熱ひずみ挙動の理解にあることを指摘している。

 第3章は溶接熱影響部の組織と亜鉛われとの関係を金属組織学的に調べている。その結果この鋼の亜鉛ぜい化度が溶接熱影響部の硬度よりは、初析フェライトの生成がない旧粒界の割合に支配されているということが見出された。さらに分析電子顕微鏡による亜鉛拡散侵入の観察を行い、初析フェライトが生成した結晶粒界では亜鉛の拡散侵入が著しく阻害されていることを実験的に明らかにしている。

 第4章は亜鉛われに及ぼす鋼化学組成の影響を合金成分回帰式のかたちで検討している。従来使用されてきたJIS規格の割れ感受性当量式が微量ボロンの影響を正しく評価していないと結論し,新しい当量式を導出している。昨年JIS改訂が行われた際に採用されたのがこの式である。さらに、微量ボロンの影響は,旧粒界で初析フェライト生成を妨げるという機構に基ずくものであることを明らかにしている。

 第5章では橋梁をめっきする際に発生する応力,変形挙動を熱弾塑性解析している。めっき時,温度分布の不均一に起因するパネル座屈の影響で圧縮塑性変形をうけた補剛材の端部では,温度分布の均一化にともなう座屈形状の回復過程で伸びひずみが発生し,このため亜鉛われが発生することが結論されている。

 第6章では,第5章までに積み上げられた知見をもとに,亜鉛われ防止対策を施した中炭素低マンガン570MPa級鋼を開発し,この鋼を用いて橋梁部材を実際に試作し特性を調べている。補剛材の先端形状をかえて応力集中を軽減させるなど設計上の工夫を加えて実橋を製作し,溶融亜鉛われの防止に成功している。

 第7章は総括である。

 以上,本研究は大型鋼構造物の溶融亜鉛めっき時に生ずるわれの要因を金属組織と熱応力の両面から調べ,亜鉛われを防ぐ技術を確立したもので,鉄塔用高張力鋼管のJIS規格の改訂と溶融亜鉛めっき橋の設計施工指針の確立となって結実した。大型鋼造物溶融亜鉛めっき技術に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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