本論文は、少なくとも1つの次元がナノメートルのスケールよりなる"ナノシステム"、特に超微粒子および2分子膜が示す、液体中での新しい凝集、分散および自己組織化現象に関するものである。近年、新しい材料の開発とも関連し、ナノシステムの重要性が指摘されているが、本論文は、代表的なナノシステムである超微粒子と2分子膜について、従来ほとんど知られていなかった新しい現象を見いだし、それらに理論的根拠を与えているものであり、全5章からなる。 第1章は序論であり、本研究の行われた背景と研究の目的および意義を述べている。 第2章は、ガス中蒸着法によって作製した金属超微粒子の有機溶媒中の分散安定性と光誘起凝集現象について述べている。金属超微粒子の有機溶媒中での分散安定性は、金属と有機溶媒の種類に大きく依存することが知られている。例えば、金超微粒子は、エタノール中で、界面活性剤などの第3成分の添加なしに安定に分散できるが、マグネシウム超微粒子は、同じ溶媒中に全く分散させることができずに直ちに凝集する。この現象は、金属超微粒子自身の表面の性質を反映しているものと考えられる。 本論文提出者は、この安定な分散系が、光照射によって不安定となり、凝集/融合成長するという興味深い現象を世界で初めて見いだしている。例えば、通常の状態では10年以上イソプロバノール中に安定に分散している金超微粒子が、紫外から可視光の照射により、容易に1次元状に凝集/融合成長することを、表面プラズマ振動による可視域の光吸収スペクトル変化などから明らかにし、この凝集は、可視光により引き起こされており、紫外光は超微粒子の融合成長に関わっていると結論している。 第3章は、ナノ粒子の液体中の化学構造を核磁気共鳴(NMR)法により検討したものである。一般に固体のNMRは、信号が広幅化し、情報量が少ないが、固体を超微粒子化し、液体中に分散させることにより、尖鋭化した高分解能シグナルを得ることに初めて成功している。この方法は、新しい超微粒子のキャラクタリゼーションや液体中の固体表面の研究にも有用であると期待される。 この方法で、イオン性結品のフッ化アルミニウム超微粒子のメタノール分散系の27Al核のNMR信号を検討し、微粒子のサイズに応じて異なる5本のピークに別れることを明らかにし、X線光電子分光法の結果と合わせ、粒子サイズの減少に伴いAl-F結合のイオン性が減少すると結論している。この手法は、さらにテレフタル酸超微粒子分散系のプロトン固体高分解能NMRにも適用している。 第4章は、ナノメートルスケールの超薄膜の規則的な構造に基づく発色現象について論じている。これまで、特殊な界面活性剤の希薄水溶液が発色現象を示すことが報告されていた。この発色現象には、いくつかの共通点が見いだされ、(1)発色例は疎水的な界面活性剤でのみ見いだされる、(2)1〜2重量%程度の狭い濃度領域でのみ発色する、(3)濃度により色が変わる、(4)見る角度によって色が変わる、(5)機械的振動によって色が消失するなどである。本章では、このような発色現象を示す界面活性剤水溶液の溶液構造について詳細に検討し、この現象が、界面活性剤の単一の2分子膜のとる規則構造に由来する可視光の回折現象であり、疎水的な界面活性剤に一般に起こり得る現象であることを初めて明らかにしている。 本論文提出者は、アルケニルコハク酸水溶液がこのような発色を示し、しかも熱力学的に安定で、構造解析に適する系であることを見いだした。そこで窒素レーザーを光源とする自作光学回折計を用いて、紫外光の回折像を観察し1〜2重量%の溶液からも広幅ではあるが、非常に強い回折像を観察している。この回折像よりブラッグ式で求めた格子定数は溶液の色を良く説明でき、この発色が溶液中の規則構造による可視光の回折現象であることを明らかにしている。一方、X線回折では、希薄領域の構造はわからないが、高濃度領域の構造はラメラ型の液晶構造であることが示された。そこで、モデル化により、高濃度領域の構造が希薄領域でも保持されており、溶液中にラメラ構造が均一に形成されていると仮定して解析したところ、X線回折から得られた高濃度側の関係と、紫外光回折から得られた低濃度側の関係が単一の直線で表される線型関係にあることを明らかにしている。換言すると発色溶液の構造は、2分子膜が数千オングストロームという非常に長距離を隔てて自発的に規則正しく並んだラメラ構造であり、膜間に働く力としては斥力のみが支配的であると結論している。 第5章は全体の総括であり、これらナノシステムの分散凝集現象を電磁波との相互作用という見地から論じている。 以上述べたように、本論文は、近年注目されているナノシステムの典型的な例として、超微粒子および2分子膜をとりあげ、その液体中の凝集、分散および自己組織化現象に関して、新しい現象を見いだし、それらに理論的な裏づけを与えている。これらの成果は、ナノシステムの科学の新しい方向を示すものであり、材料科学、界面化学などの分野の今後の発展に大きく貢献するものと考えられ、基礎、応用いずれの見地からも高く評価できる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |