学位論文要旨



No 212812
著者(漢字) 佐藤,直紀
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ナオキ
標題(和) ナノシステムの新しい分散、凝集、自己組織化現象
標題(洋) Novel Phenomena of Dispersion,Coagulation and Self-Organization in Nano-Systems
報告番号 212812
報告番号 乙12812
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12812号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 戸嶋,直樹
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 白石,振作
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
内容要旨

 本論文では、"ナノシステム"を少なくとも1つの次元がナノメーターのスケールにあるものと定義し、特に超微粒子と2分子膜に焦点をあてて、それらの液体中での新しい凝集、分散及び自己組織化現象について研究した結果をまとめたものである。

 本論文の構成は5章よりなり、第1章のGeneral Introductionの後、第2章では金属超微粒子の有機溶媒中での分散現象と光による凝集機構の解析、及び分散技術の開発に関して報告する。第3章では液相中に分散した超微粒子のブラウン運動を利用した高分解能固体NMRによる超微粒子分析法の開発とその応用ついて、第4章は界面活性剤の作る2分子膜が数百ナノメーターの長距離を隔てて相互作用を及ぼし合い、自発的に規則構造を形成する現象の解析を行う。第5章では第2章から第4章で扱った現象をブラウン運動と電磁波との相互作用という視点でまとめた。以下に各部の要点を述べる。

Chapter 1General Introduction

 ナノシステムは注目する系が幾つナノメーターオーダーの次元を持つかによって、3D-ナノシステムから1D-ナノシステムまでのランクに分けられる。それぞれのランクに応じてどのような物理化学的効果やそれによる機能が期待できるかについて概説した。これら、ナノシステムが本来の機能を発揮するためには、系の集合形態、即ち、凝集-分散-構造形成をコントロールする必要性がある。本論文の目的はこれらナノシステムが液体中で凝集、分散し、更に組織的な構造(規則構造)を形成する現象の研究を通じて、これらの現象を理解し、制御しようとするものである。

Chapter 2Dispersion Stability and Light Induced Coagulation of Nano-Particles in Organic Liquids

 ガス中蒸発法によって作成した金属の超微粒子を有機溶媒中に直接補集すると、溶媒と超微粒子の金属種の組み合わせによっては良好に分散し、その分散状態は数年以上にわたって安定であることが知られている。例えば、金超微粒子は、エタノール中に界面活性剤などの第3成分の添加なしに安定に分散する。また一方、溶媒と金属の組み合わせによっては安定な分散液を得ることができずに起微粒子は直ちに凝集してしまう。例えば、マグネシウム超微粒子はエタノール中に全く分散させることができず直ちに凝集する。この現象は金属超微粒子本来の表面の性質を反映しているものと考えられる。

 この安定な分散系は、光照射によって不安定となり凝集/融合成長するという興味深い現象を世界で初めて見い出した。例えば、金超微粒子はイソプロパノール中に10年以上安定に分散するが、紫外〜可視域の光の照射により容易に凝集する。興味深い点は、その凝集過程の初期においては超微粒子は1次元的に凝集/融合成長していくことであり、それに対応して表面プラズマ振動による可視域の光吸収スペクトルが変化する。更に、凝集現象の波長依存性から、この分散不安定化の際に可視光と紫外光とは別々の役割を果たしていることが明らかとなった。凝集は可視光により引き起こされて、また紫外光は超微粒子の融合成長に関与している。この凝集/融合成長の機構として、可視光による凝集にプラズマ振動による引力的相互作用の存在が、また紫外光による融合成長の過程に光化学反応が介在する可能性が示唆された。

Chapter 3Characterization of Chemical Structure of Nano-Particles in Liquid by NMR Technique

 一般に固体のNMRは信号が広幅化し、情報量が少ない。しかし液体中に分散した超微粒子からの信号は、微粒子自身の激しいブラウン運動により尖鋭化(モーショナルナローイング)し、分解能の高い情報が得られることが期待できる。実際、固体を超微粒子化し、液体中に分散させてNMRを測定すると、高分解能シグナルが得られることを初めて示すことに成功した。この手法は新しい超微粒子のキャラクタリゼーション手法として有用であるばかりか、従来の方法では高分解能化できなかった強い相互作用のある系の固体高分解能シグナルの検出、および液体中での固体表面の研究への応用など幅広い展開が期待される。

 まずイオン性結晶であるフッ化アルミニウム(AlF3)の超微粒子をメタノール中に分散させ、起微粒子中の27Al核のNMR信号を検討した。AlF3を通常の固体高分解能NMR(MAS NMR)によって観察した場合、27Al核に隣接する6個の19F核による強い相互作用により、非常に広幅化した信号しか得られない。しかし、AlF3を超微粒子化し、メタノール中に分散すると、27Al核の信号は尖鋭化することが明らかとなった。分解能の向上に伴い、27AlNMR信号は少なくとも5本のピークに分れる。大きさによって超微粒子を分別したところ、これらのうち-16ppmのものは比較的大きな超微粒子(D=ca.9nm)から、-5,-8,-12ppmのシグナルは小さい超微粒子(1<D<3nm)から、10ppmのシグナルは遊離のイオン種からのものであることが明がとなった。微粒子のサイズが小さくなるに従って、27AlNMRのケミカルシフトが低磁場側ヘシフトしていく事実は、粒子サイズの減少によりAl-Fのイオン結合性が変化してくることを示唆する。実際、XPSによりAlF3超微粒子のフッ素のオージェパラメーターを調べたところ、粒子サイズの減少にともない、Al-F結合のイオン性が減少することが示唆された。

 さらに、この微粒子化NMRの手法により、従来、非常に困難であったプロトシ固体高分解能NMBの測定が可能であることを、テレフタル酸の超微粒子分散液を用いて示した。

Chapter 4Iridescent Phenomena by Ordered Structure of Nano-Membranes

 これまで、特殊な界面活性剤の希薄水溶液が発色現象を示すことが報告されていた。この発色現象にいくつかの共通点を見い出すことができた。それらは(1)発色を示すのはいずれも疎水的な界面活性剤である。(2)1〜2wt%の極く狭い濃度領域でのみ発色する。(3)濃度によって色が変わる。(4)見る角度によって色が変わる。(5)機械的な振動により容易に色が消失する、等である。(3)〜(5)の観察はこの発色現象が溶液構造によるものであることを示している。本章で、この発色現象を示す2種の界面活性剤水溶液の溶液構造について詳細に検討した結果、この発色現象が界面活性剤の単一の2分子膜が規則構造をとることにより生ずる可視光の回折現象であり、疎水的な界面活性剤に一般的に起きうる現象であることを初めて示すことができた。

 アルケニルコハク酸水溶液は熱力学的に安定な発色を示し、構造解析に適する系であることを見い出した。窒素レーザー(=337.1nm)を光源とする光学回折計を自作し、紫外光の回折像を観察した。その結果、1〜2wt%の溶液からブロードではあるが非常に強い回折像が得られた。ブラッグの式から求めた格子定数は溶液の色をよく説明する。このことから、この発色が溶液中の規則構造による可視光の回折現象であることが明らかとなった。しかし回折の高次の反射が得られず、この段階では、その構造が具体的にどのようなものであるのかは判らなかった。一方、X線回折の結果から、高濃度領域の構造はラメラ型の液晶構造であることがわかったが、発色現象を示す希薄領域の構造の情報は得られなかった。そこでモデル化により高濃度領域の横造が希薄領域まで維持されているのかどうか検討した。もし溶液中にラメラ構造が均一に形成されていたとすると面間隔dと(1-C)/C(Cは重量濃度)は線形関係となるはずである。実際に、dを(1-c)/cに対してプロットしたところ、X線回折より得られた高濃度側のプロットと紫外光回折から得られた低濃度側のプロットは単一の直線上にのることが判った。またそのy切片から構造の単位が2分子膜によるものであることが明らかとなった。従って、発色溶液の構造は単純に2分子膜が数千オングストロームという非常な長距離を隔てて規則的に並んだラメラ構造であることが明かとなった。また、水を加えると、その割合で単純に面間隔を広げていく現象が観察されることから、膜間に働く力としては斥力のみが支配的であることが示唆された。

Chapter 5General Discussion and Conclusions

 第5章では以上の現象とその解析結果をまとめた。本研究の対象であるナノシステムの分散/凝集/自己組織化現象は、これらの系が液体中で激しくブラウン運動しながら、様々な形で電磁波と相互作用した結果、観察されたものである。第2章では金属超微粒子が可視光によりプラズマ共鳴を起こすことにより引力的相互作用を行いうること、また第3章では超微粒子のブラウン運動の相間時間がマイクロ波の周期程度となったときにNMR信号の高分解能化が起きること、第4章では2分子膜が液体中で自己組織化することによりX線から可視光までの光を回折し発色することを初めて示すことができた。

審査要旨

 本論文は、少なくとも1つの次元がナノメートルのスケールよりなる"ナノシステム"、特に超微粒子および2分子膜が示す、液体中での新しい凝集、分散および自己組織化現象に関するものである。近年、新しい材料の開発とも関連し、ナノシステムの重要性が指摘されているが、本論文は、代表的なナノシステムである超微粒子と2分子膜について、従来ほとんど知られていなかった新しい現象を見いだし、それらに理論的根拠を与えているものであり、全5章からなる。

 第1章は序論であり、本研究の行われた背景と研究の目的および意義を述べている。

 第2章は、ガス中蒸着法によって作製した金属超微粒子の有機溶媒中の分散安定性と光誘起凝集現象について述べている。金属超微粒子の有機溶媒中での分散安定性は、金属と有機溶媒の種類に大きく依存することが知られている。例えば、金超微粒子は、エタノール中で、界面活性剤などの第3成分の添加なしに安定に分散できるが、マグネシウム超微粒子は、同じ溶媒中に全く分散させることができずに直ちに凝集する。この現象は、金属超微粒子自身の表面の性質を反映しているものと考えられる。

 本論文提出者は、この安定な分散系が、光照射によって不安定となり、凝集/融合成長するという興味深い現象を世界で初めて見いだしている。例えば、通常の状態では10年以上イソプロバノール中に安定に分散している金超微粒子が、紫外から可視光の照射により、容易に1次元状に凝集/融合成長することを、表面プラズマ振動による可視域の光吸収スペクトル変化などから明らかにし、この凝集は、可視光により引き起こされており、紫外光は超微粒子の融合成長に関わっていると結論している。

 第3章は、ナノ粒子の液体中の化学構造を核磁気共鳴(NMR)法により検討したものである。一般に固体のNMRは、信号が広幅化し、情報量が少ないが、固体を超微粒子化し、液体中に分散させることにより、尖鋭化した高分解能シグナルを得ることに初めて成功している。この方法は、新しい超微粒子のキャラクタリゼーションや液体中の固体表面の研究にも有用であると期待される。

 この方法で、イオン性結品のフッ化アルミニウム超微粒子のメタノール分散系の27Al核のNMR信号を検討し、微粒子のサイズに応じて異なる5本のピークに別れることを明らかにし、X線光電子分光法の結果と合わせ、粒子サイズの減少に伴いAl-F結合のイオン性が減少すると結論している。この手法は、さらにテレフタル酸超微粒子分散系のプロトン固体高分解能NMRにも適用している。

 第4章は、ナノメートルスケールの超薄膜の規則的な構造に基づく発色現象について論じている。これまで、特殊な界面活性剤の希薄水溶液が発色現象を示すことが報告されていた。この発色現象には、いくつかの共通点が見いだされ、(1)発色例は疎水的な界面活性剤でのみ見いだされる、(2)1〜2重量%程度の狭い濃度領域でのみ発色する、(3)濃度により色が変わる、(4)見る角度によって色が変わる、(5)機械的振動によって色が消失するなどである。本章では、このような発色現象を示す界面活性剤水溶液の溶液構造について詳細に検討し、この現象が、界面活性剤の単一の2分子膜のとる規則構造に由来する可視光の回折現象であり、疎水的な界面活性剤に一般に起こり得る現象であることを初めて明らかにしている。

 本論文提出者は、アルケニルコハク酸水溶液がこのような発色を示し、しかも熱力学的に安定で、構造解析に適する系であることを見いだした。そこで窒素レーザーを光源とする自作光学回折計を用いて、紫外光の回折像を観察し1〜2重量%の溶液からも広幅ではあるが、非常に強い回折像を観察している。この回折像よりブラッグ式で求めた格子定数は溶液の色を良く説明でき、この発色が溶液中の規則構造による可視光の回折現象であることを明らかにしている。一方、X線回折では、希薄領域の構造はわからないが、高濃度領域の構造はラメラ型の液晶構造であることが示された。そこで、モデル化により、高濃度領域の構造が希薄領域でも保持されており、溶液中にラメラ構造が均一に形成されていると仮定して解析したところ、X線回折から得られた高濃度側の関係と、紫外光回折から得られた低濃度側の関係が単一の直線で表される線型関係にあることを明らかにしている。換言すると発色溶液の構造は、2分子膜が数千オングストロームという非常に長距離を隔てて自発的に規則正しく並んだラメラ構造であり、膜間に働く力としては斥力のみが支配的であると結論している。

 第5章は全体の総括であり、これらナノシステムの分散凝集現象を電磁波との相互作用という見地から論じている。

 以上述べたように、本論文は、近年注目されているナノシステムの典型的な例として、超微粒子および2分子膜をとりあげ、その液体中の凝集、分散および自己組織化現象に関して、新しい現象を見いだし、それらに理論的な裏づけを与えている。これらの成果は、ナノシステムの科学の新しい方向を示すものであり、材料科学、界面化学などの分野の今後の発展に大きく貢献するものと考えられ、基礎、応用いずれの見地からも高く評価できる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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