学位論文要旨



No 212814
著者(漢字) 舟山,徹
著者(英字)
著者(カナ) フナヤマ,オサム
標題(和) ペルヒドロシラザンから得られるセラミック前駆体ポリマーに関する研究
標題(洋) Study on preceramic polymers derived from perhydrosilazane
報告番号 212814
報告番号 乙12814
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12814号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 窒化珪素や炭化珪素はその耐熱性から、高温構造材料として応用が期待されている。しかし、その賦形性の悪さ、信頼性の低さのため実用化に至っていない。前駆体ポリマーを用いるセラミックス合成法は、これらの欠点を克服できる可能性のある手法として注目されている。本研究は、ペルヒドロシラザンから工業的応用が可能なセラミック前駆体ポリマーを得ることを目的とする研究結果を纏めたものである。

 第1章は序論であり、研究の目的と粉末冶金による窒化珪素および炭化珪素の製造法とその問題点、窒化珪素、炭化珪素前駆体ポリマーのレビューならびにペルヒドロシラザンの高分子量化法について述べた。ペルヒドロシラザンは、ジクロロシランのピリジン錯体とアンモニアとの反応で得られる油状液体である。ペルヒドロシラザンは、ピリジンなどの塩基性溶媒中で加熱することで、分子量の向上が図れる。アンモニア共存下で反応を実施した場合には合わせて窒素の導入も可能である。このように、反応条件により分子量と窒素量が制御可能であることから、ペルヒドロポリシラザンは窒化珪素等のセラミックス前駆体として有望と考えた。

 第2章は窒素含有量の異なるペルヒドロポリシラザンから得られる窒化珪素繊維の耐熱性に関する研究結果である。窒素中での焼成により、窒化珪素の化学量論組成に近いペルヒドロポリシラザンからはほぼ化学量論組成の窒化珪素繊維が得られ、1300℃まで高強度を保持する。引張強度は室温で最高4300MPaを示した。一方、窒素含有量の少ないペルヒドロポリシラザンからは、珪素過剰の窒化珪素繊維が得られた。この繊維では1100℃で珪素結晶の析出が認められ、引き続き1200℃で-Si3N4の結晶化が観測された。窒化珪素の結晶化に伴い、引張強度が著しく低下した。耐熱性と高強度を兼ね備えた窒化珪素繊維の前駆体には化学量論組成に近いペルヒドロポリシラザンが有望であることを示した。

 第3章はペルヒドロポリシラザンのアンモニア中におけるセラミック化過程に関する研究結果である。化学量論組成に近いペルヒドロポリシラザンが耐熱性と高強度を兼ね備えた窒化珪素繊維の前駆体となることを第2章で示したが、このペルヒドロポリシラザンは熱的に不安定なため、窒化珪素繊維の大量生産に用いることができない。そこで、熱的に安定な窒素不足のペルヒドロポリシラザンを紡糸し、アンモニア中で焼成することで、ほぼ化学量論組成の窒化珪素繊維が得た。アンモニア中におけるセラミック化過程を検討した結果、1000℃までの焼成過程は、3段階に分けられた。1)400℃以下では、重量減少は残留溶媒に起因し、ペルヒドロポリシラザンの構造は変化しない。2)400℃から600℃では、アンモニアとペルヒドロペリシラザンとの反応により、重量増加が認められ、ペルヒドロポリシラザンの構造は窒化珪素の構造へ焼成温度とともに変化した。3)600℃以上では構造は大きく変化しない。これより、400℃〜600℃の窒化過程が重要であることを明らかにした。この研究で得られた結果をもとに、ペルヒドロポリシラザン繊維をアンモニア中600℃で焼成後、窒素中1300℃で焼成することにより、白色のほぼ化学量論組成の窒化珪素連続繊維が得られた。

 第4章は硼素を含有する窒化珪素系セラミックスに関する研究結果である。窒化珪素繊維は1400℃で結晶化による強度低下が起こる。高温構造材料の強化繊維として、より耐熱性が望まれている。

 1)ペルヒドロポリシラザンとトリメチルボレートとの反応により、Si、B、O、N、C、Hから成るポリボロシラザンが得られた。ポリボロシラザンにはB-N結合が存在する。アンモニア中、1000℃の熱分解により、80%の収率で非晶質セラミックスに変換できる。この熱分解物をさらに窒素中、1700℃で熱処理を実施したところ、非晶質を保つことが明らかになった。高温で非晶質を保つ機構として、i)非晶質BNが非晶質窒化珪素の応力を緩和するため、ii)非晶質BNが結晶化に伴う物質移動を阻害するため、と推論した。

 2)1)で得られたポリボロシラザンのアンモニア中でのセラミック過程を検討した。1)400℃以下では、アンモニアとSi-Hとの反応により、窒素の導入が認められ、Bに結合していたメトキシ基の脱離によりB-H結合が生成する。ii)400〜600℃で3次元的なSi-O-Si、Si-O-B、Si-N-Si結合のネットワークが形成される。iii)600〜800℃でメタンの発生により、炭素はほぼ消失する。iv)800℃以上では、水素の発生とともに窒化珪素の骨格形成が進行する。

 3)1)で得られたポリボロシラザンを乾式紡糸後、アンモニア中で熱分解し、引き続き窒素中で焼成することによりSi-B-O-N繊維が得られた。アンモニア中800℃、窒素中1600℃の条件で最高強度2.5GPaを示した。繊維中には約15%の空隙の存在が明らかになった。

 第5章はポリボロシラザンの低酸素化に関する研究結果である。第4章で得られた硼素を含有する窒化珪素系セラミックスには約10%の酸素が含まれており、高温でのクリープ等が懸念される。ペルヒドロシラザンとトリスジメチルアミノボランとをアンモニア存在化で反応させ、低酸素ポリボロシラザンを得た。このポリボロシラザンにはボラジン環が存在する。窒素中の熱分解で、1700℃まで非晶質を保つセラミックスが得られる。ポリボロシラザン中とセラミックス中のSi/B比はほぼ等しい。これはBがポリマーの骨格内に取り込まれているので、熱分解過程でBの飛散が起こりにくいためと推測した。熱分解物の酸素含有量は1.1wt%であった。

 第6章はアルミニウムを含有する窒化珪素系セラミックスに関する研究結果である。SiAlONは高温構造材料用セラミックスとして期待されている。その前駆体ポリマーのSi、Al、O、N、C、Hから成るポリアルミノシラザンをペルヒドロポリシラザンとエチルアセトアセテートアルミニウムジイソプロポキシドとの反応により得た。このポリマー内にはAl-N結合の存在が示唆された。Si/Al=11で合成したポリアルミノシラザンの熱分解物の結晶相は’-SiAlONの単相であった。報告されているセラミック粉末から得られる結晶相と組成は、前駆体ポリマーを経由した結晶相と組成から異なっていることが明らかになった。これは前駆体ポリマー中では、元素の分布がセラミック粉末と比較して、均一なためであり、また、固溶体の形成が非晶質から結晶質への転移中に容易に起こるためと推論した。

 第7章は熱硬化性の炭化珪素前駆体に関する研究結果である。熱可塑性の炭化珪素前駆体ポリマーと熱硬化性のペルヒドロポリシラザンまたはポリボロシラザンとの共重合体が熱硬化性を示すことを明らかにした。

 1)ポリカルボシランとペルヒドロポリシラザンとの共重合体の架橋基としてチタンn-ブトキシドを用いた。窒素中、1500℃の熱分解で微結晶質の-SiCが得られた。セラミックス中の遊離炭素は、共重合体の組成比を変えることで制御できる。得られた共重合体を乾式紡糸後、窒素中、1500℃で焼成することで、引張強度1.8GPaを示すセラミック繊維を試作した。この繊維は、窒素中、1700℃の焼成で-Si3N4-Si3N4-SiCの結晶が析出し、著しい強度劣化が認められた。

 2)ポリシラスチレンとペルヒドロポリシラザンとの共重合体の架橋基としてジルコニウムn-ブトキシドを用いた。窒素中、1500℃の熱分解で微結晶質の-SiCが得られた。微結晶質の-SiC相を保つためには、1)で得られるセラミックスよりも多くの遊離炭素が必要である。これはポリシラスチレン由来の炭素には安定な6員環構造のものが含まれており、珪素と反応してSiCを形成しにくいためと推論した。得られた共重合体を乾式紡糸後、窒素中、1500℃で焼成することで、引張強度1.0GPaを示すセラミック繊維を試作した。この繊維は、窒素中、1700℃の焼成で-Si3N4-Si3N4-SiC、ZrNの結晶が析出し、著しい強度劣化が認められた。

 3)ポリカルボシランとポリボロシラザンの共重合体形成には架橋基を用いず、ポリカルボシランに官能基を導入し行った。硼素は炭化珪素の結晶成長抑制と-SiC→-SiC転移の促進効果が明らかになった。得られた共重合体を乾式紡糸後、窒素中、1800℃で焼成することで、引張強度1.2GPaを示すセラミック繊維を試作した。1)〜3)の結果から、熱可塑性ブロックと熱硬化性ブロックの間には結合を形成する必要があることが明らかとなった。

 第8章では本研究の成果を総括した。本研究はペルヒドロシラザンを用いて応用可能なセラミック前駆体製造を試みたものであり、セラミック前駆体研究には、前駆体に関する知見、熱分解に関する知見、セラミックスに関する知見が必要なことが明らかとなった。今後、関連のある材料の認知と研究の活発化が期待される。

審査要旨

 窒化珪素および炭化珪素セラミックスは、その高強度、耐熱性から高温構造材料として応用が期待されているが、その賦形性の悪さ、信頼性の低さのため実用化はまだわずかな用途に限られている。前駆体ポリマーを用いるセラミックス合成法は、これらの欠点を克服できる可能性のある手法として注目されている。本論文は、ペルヒドロシラザンから工業的応用が可能なセラミック前駆体ポリマーを得ることを目的として行われた研究結果をまとめたものである。

 本論文は全8章から構成される。第1章は序論であり、研究の目的と意義、および研究背景を述べている。ペルヒドロシラザンは、反応条件により分子量と窒素量が制御可能であることから、窒化珪素等のセラミックス前駆体として有望であることを述べている。

 第2章では、窒素含有量の異なるペルヒドロポリシラザンからの窒化珪素繊維の作製に関する研究結果を述べている。窒化珪素の化学量論組成に近いペルヒドロポリシラザンを窒素中で焼成することにより、ほぼ化学量論組成の窒化珪素繊維が得られることを見い出している。1300℃まで高強度を保持し、引張強度は室温で最高4.3GPaが得られている。高強度窒化珪素繊維の前駆体には、化学量論組成に近いペルヒドロポリシラザンが有望であることを明らかにしている。

 第3章では、ペルヒドロポリシラザンのアンモニア中におけるセラミック化過程に関する研究結果を述べている。化学量論組成に近いペルヒドロポリシラザンは熱的に不安定なため、窒化珪素繊維の大量生産に用いることができない。そこで、熱的に安定な窒素不足のペルヒドロポリシラザンを紡糸し、アンモニア中で焼成することを試みている。アンモニア中における窒化およびセラミック化では、400℃〜600℃の熱処理過程が特に重要であることを明らかにしている。この結果をもとに、ペルヒドロポリシラザン繊維をアンモニア中600℃および窒素中1300℃で焼成することにより、化学量論組成の窒化珪素連続繊維が得られている。

 第4章では、硼素を含有する窒化珪素系セラミックスに関する研究結果を述べている。窒化珪素繊維は1400℃で結晶化による強度低下が起こるため、高温構造材料の強化繊維としてはより高い耐熱性が望まれる。ペルヒドロポリシラザンとトリメチルボレートとの反応により得られたポリボロシラザンの、アンモニア中での熱分解と窒素中での焼成により、Si-B-O-N繊維を得ることに成功している。アンモニア中800℃、窒素中1600℃焼成の条件で、2.5GPaの最高強度が得られている。高温でも高強度を示す非晶質が保たれる機構として、i)非晶質のBNが非晶質窒化珪素の応力を緩和するため、ii)非晶質BNが結晶化に伴う物質移動を阻害するため、と推論している。

 第5章では、ポリボロシラザンの低酸素化に関する研究結果を述べている。ペルヒドロシラザンとトリスジメチルアミノボランとをアンモニア中で反応させることにより、低酸素ポリボロシラザンが得られることを見い出している。窒素中の熱分解により、酸素含有量は1.1wt%まで低下し、1700℃まで非晶質を保つセラミックスが得られている。

 第6章では、高温構造材料用セラミックスとして期待される、アルミニウムを含有する窒化珪素系セラミックス(SiAlON)に関する研究結果を述べている。その前駆体ポリマーが、ペルヒドロポリシラザンとエチルアセトアセテートアルミニウムジイソプロポキシドとの反応により得られることを示している。前駆体ポリマーを経由した場合、元素分布が均一なため、固溶体の形成が非晶質から結晶質への転移中に容易に起こることを推論している。

 第7章では、熱硬化性の炭化珪素前駆体に関する研究結果を述べている。熱可塑性の炭化珪素前駆体ポリマー(ポリカルボシラン、ポリシラスチレン)と熱硬化性のペルヒドロポリシラザンまたはポリボロシラザンとの共重合体が、熱硬化性を示すことを見い出している。高強度化のためには、熱可塑性ブロックと熱硬化性ブロックの間に結合を形成する必要があることを明らかにしている。

 第8章では本研究の成果を要約し、総括を行っている。

 以上、本論文は、ペルヒドロシラザンを用いて応用可能なセラミック前駆体の作製を試み、様々な高強度・耐熱性連続繊維の作製を実現させるとともに、前駆体構造制御、熱分解過程、および高強度化機構に関する基礎的知見を得たものである。それらの成果は、無機材料の構造と物性の制御に関する新しい設計法とその実現手法を示すものであり、将来の材料科学の進展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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