生体内のレセプターと相互作用することにより、薬効・薬理作用を発揮する薬物が数多く開発され、種々のアンタゴニストおよびアゴニストが医薬品として疾病の治療に供せられている。これらの薬物群には、多種類(最大で32種類)の同種同効薬が開発されているが、それらの臨床薬学的比較が十分に行われていないため、薬物療法の多様化と混乱を招く一因となっている。また薬効・薬理作用のみならず、副作用・毒性作用も種々のレセプターとの相互作用を介して惹起する薬物も少なくない。例えば-遮断薬では、本邦で26種類もの同種同効薬が市販されており、それらの用量には薬物間で最大600倍の相違が見られているが、各薬物間での薬効・薬理作用および用法・用量の相違に関する解析はなされていない。さらに-レセプターを介する副作用・毒性作用として徐脈、悪夢、喘息様症状などが報告されているが、各薬物間における副作用強度の定量的比較も行われていないのが現状である。これらの同種同効薬の薬物作用(薬効・薬理作用および副作用・毒性作用)の定量的評価が可能となれば、医師あるいは薬剤師が適切な薬剤の選択に基づく処方設計を理論的に実践することができ、薬物療法の質的向上に寄与すると考えられる。本研究では、非臨床と臨床試験データの統合による薬物作用の定量的評価法を確立し、医薬品の至適用法・用量の解析とその適正使用のための合理的な処方設計への応用を目的とした。 1.方法 アドレナリン、ドパミン、ムスカリニックアセチルコリン、およびセロトニンレセプターなどと相互作用して薬効・薬理作用を発揮するアンタゴニストおよびアゴニスト、さらに数種のレセプターと同時に相互作用して多様な副作用・毒性作用を惹起する抗うつ薬を対象に、薬物とレセプターとの結合占有に着目して、結合占有率と常用量との関係を検討した。また、至適結合占有率からの投与量の再構築と新規薬物の常用量を予測するための方法論を構築した。さらに、アゴニストおよびアンタゴニストの薬物作用を定量的に記述する三元複合体モデルを構築し、血中薬物濃度からレセプター結合を経て薬物作用に至る関係を解析して、薬物作用強度の画一化を試みた。最終的に、これら非臨床と臨床試験データの遡及的解析結果を統合した薬物作用の予測システムを構築し、薬物開発時における臨床試験への支援と臨床における適正な処方設計への支援の可能性について検討した(図1)。 図1.本研究の概念図2.レセプター結合占有理論による薬効・薬理作用の解析 同種同効薬の薬物作用を解析する場合、薬物動態学および薬力学を加味したレセプター結合占有率が最も良い入力関数になると考えられる。そこで、各薬物を常用量投与した後のレセプター結合占有率をレセプター結合占有理論を基に算出するモデルを構築した。種々のアンタゴニストおよびアゴニストの常用量投与時の平均レセプター結合占有率を、レセプター近傍の薬物濃度およびレセプター結合解離定数(Kd)の報告値を用いて遡及的に算出した(表1)。その結果、各薬物群における同種同効薬の常用量およびそれを投与後の血漿中濃度は各薬物間で100倍以上異なるものの、レセプター結合占有率はほぼ同等であり、同種同効薬の常用量評価にレセプター結合占有率が有用な指標であることが示された。 表1-1.アンタゴニストの常用量投与時の平均結合占有率表1-2.アゴニストの常用量投与時の平均結合占有率3.常用量の予測法の構築 上記で得られた各薬物群の平均レセプター結合占有率を、臨床使用における至適レセプター結合占有率として定義することにより、新規薬物の常用量を推定することが可能となる。その予測法として、a.薬物の体内動態も物理化学データから予測してin vitro動物実験データのみから常用量を予測するシステム、b.In vitro動物実験データと第I相臨床試験データから常用量を予測するシステム、c.レセプター結合占有率が算出不可能な場合としてEC50比を基にしたin vitro動物実験データと第I相臨床試験データから常用量を予測するシステムを構築した。これらに用いる動物実験データがヒトへの外挿に適しているかを確かめるためKd値の測定法による相違と動物種差を予め検討した結果、本研究における対象薬物においては放射性リガンドを用いた結合阻害実験から得たK1値よりも、薬理学的実験から得たKB値の方が精度良く予測できることと、結合親和性の動物種間の差が少ないことが分かり、動物実験データからヒトへのアニマルスケールアップの妥当性が確認された。 これらの予測法を用いて、種々の薬物群の同種同効薬の常用量を遡及的に予測し再構築した結果、予測値と実測値との間に有意な相関関係が得られた(表2)。本予測システムが十分な予測精度を有することが確認され、in vitro動物実験データと第I相臨床試験データから既存薬物の常用量の再構築と新規薬物の常用量の予測が可能であることが示された。 表2.アンタゴニストとアゴニストの常用量の予測精度4.レセプター結合占有率による薬効・薬理作用の持続時間の解析 -遮断薬であるオクスプレノロールの消失半減期は1.5時間、ピンドロールは3.5時間であるが、常用量投与時の作用持続時間は前者が13.2時間、後者が8.3時間と血中濃度の持続と薬物作用の持続に相違が見られている。これらをレセプター結合占有率の時間推移から検討した結果、結合占有率の半減期は前者が21.3時間、後者が16.2時間と薬物の血中濃度推移からでは説明のできない薬効の持続時間をレセプター結合占有率から分類整理できる可能性が示された(図2)。 図2.種々の血漿中消失半減期の-遮断薬の血漿中濃度(A)と1-レセプター結合占有率(B)の時間推移(オープンシンボルは1日3回投与、クローズドシンボルは1日1回投与の薬剤)5.レセプター結合占有率と薬効・薬理作用および副作用・毒性作用との関係の解析とその予測 レセプター結合占有率と薬物作用強度との関係を定量的に解析するために、イオノトロピックトランスミッション型レセプターとメタボトロピックトランスミッション型レセプターに関して、アゴニストとアンタゴニストの薬物作用解析モデルを構築した。本モデルにより、臨床におけるアゴニストとアンタゴニストのレセプター結合占有率と薬物作用との関係を理論的に表現することが可能となり、メタボトロピックトランスミッション型レセプターに関しては三元複合体モデルを用いることにより余剰レセプターの概念をも表現することができた。本モデルを用いて-遮断薬の頻脈治療効果と呼吸器系副作用(図3)、-遮断薬の中枢性副作用、-遮断点眼液の全身性副作用、-刺激薬および遮断薬の低血圧および高血圧治療効果、-遮断薬の排尿障害治療効果と循環器系副作用、抗うつ薬の多様な副作用を定量的に解析した結果、レセプター結合占有理論と三元複合体モデルを統合することにより各同種同効薬のレセプター結合占有率と薬効・薬理作用あるいは副作用・毒性作用強度の関係を普遍化することができた。 図3.-遮断薬の1-および2-レセプター結合占有率と薬効(A)および呼吸器系副作用(B)との関係■:メトプロロール、●:プロプラノロール、◎:チモロール、○:アテノロール、◆:アセプトロール、×:オクスプレノロール、□:ピンドロール、△:ベフノロール6.副作用軽減化に向けた適正な処方設計のためのレセプター結合占有率の応用(1)体内動態と薬力学を統合した安全係数 薬物の薬効・薬理作用と副作用・毒性作用を定量的に比較して安全性を評価するために、現在薬効に関係するレセプターへの結合親和性と副作用に関係するレセプターへの結合親和性の比が用いられている。これには薬効あるいは副作用を発現する部位中での薬物濃度が加味されておらず、常用量投与時の安全性の評価には必ずしも適切ではない。そこで従来の結合親和性の比をSI1、体内動態を考慮して作用部位中濃度を加味したレセプター結合占有率の比をSI2、最終的な安全性の評価である薬効と副作用の比をSI3として、-遮断薬の狭心症・不整脈治療における呼吸器系副作用の危険性を検討した。SI1で100倍もの相違が示されていたアテノロールとチモロールが、SI2およびSI3では数倍の相違しか認められず、SI1では安全性を過大評価する可能性が示された(表3)。また、-遮断薬の安全性評価においても同様の結果が得られた。 表3.-遮断薬の呼吸器系副作用に関する安全係数(2)処方設計への応用 本研究で開発した薬物作用強度の予測システムを用いて、種々の用法・用量における薬物作用を予測することにより、理論的な処方設計を支援することが可能と考えられる。呼吸器系疾患患者に慎重投与とされている1-選択性のアテノロールを、1日1回100mg投与したときと1日1回50mgを2回投与したときの薬効・薬理作用と副作用・毒性作用を予測した結果、薬効・薬理作用としての心拍数減少率には両投与計画において大きな差は見られなかった。呼吸器系副作用としてのFEV1減少率は1日1回50mgを2回投与したときの方が1日1回100mg投与したときに比べて最大値が約2/3に抑えられ、呼吸器系副作用誘発の危険性を低減させた安全な慎重投与の方法であることを理論的に示すことができた(図4)。同様に、-遮断薬投与時の中枢毒性低減化のための処方設計支援、-遮断点眼薬の点眼方法としての涙嚢部圧迫の効果、-遮断薬を排尿障害に用いる場合の増量による薬効と副作用強度の予測に基づく処方設計支援を合理的に示すことが可能となった。 図4.アテノロールを1日1回100mg服用(●)したときと1回50mgを1日2回服用(○)したときの効果と呼吸器系副作用の予測値結論 レセプターと相互作用する医薬品の薬効・薬理作用と副作用・毒性作用の定量的評価は、非臨床試験(in vitro動物実験)と臨床試験(第I相試験)に基づいたデータの薬物動態理論、レセプター結合占有理論、および三元複合体モデル等を用いた統合的解析によって可能となった。そして医薬品開発時には非臨床と第I相臨床試験データから最適な用量・用法を予測できる可能性が示された。また体内動態データを入力関数として、臨床での有効かつ安全な薬物投与計画を合理的に設定できる可能性が示され、医薬品の適正使用のための新しい方法論を開発することができた。 |