本論文は、消化管の運動及び機能がアデノシン関連化合物によって調節されることをin vivoで解明し、さらにアデノシン関連化合物が消化管運動疾患治療薬として臨床的に応用できるという可能性を明確に示した結果が述べられている。消化管の薬理におけるアデノシン受容体の重要性に関する多面的な研究成果を集大成したものである。 第一章では、ラットを用いて結腸の伝播性大収縮(GMC;giant migrating contraction)を初めて観察し、これを定量的に記述する方法を開発した結果を示している。3本のカテーテル型圧トランスデューサーを麻酔したラットの肛門から挿入し、先端付近のセンサー部を結腸内の3箇所に留置し、結腸内圧変動を連続的に記録するという方法を新たに開発し、グリセロールをラットに浣腸してGMCを起こさせ、GMCの薬剤感受性について調べている。グリセロール誘発GMCはリドカイン、ヘキサメソニウム、クロニジンで完全に抑制され、アトロピンでも強く抑制され、ラットにおけるグリセロール誘発GMCは主にコリン作動性神経を介して起こると考えられた。また、グリセロール誘発GMCは排便の惹起とも密接に関連することが示された。 第二章及び第三章では、GMCのアデノシン作動薬に対する感受性について検討した結果が述べられている。ラットにおけるグリセロール誘発GMCは主にコリン作動性であるという上記の知見と、アデノシンがコリン作動性神経伝達を減弱するという従来のin vitroの知見から、アデノシンがグリセロール誘発GMCを抑制することが予想された。しかし、アデノシン受容体サブタイプに選択的な作動薬を用いて実験を行ってみたところ、グリセロール誘発GMCはアデノシンA1作動薬により抑制されたが、アデノシンA2作動薬では影響されないことが判明した。さらに、アデノシンA1作動薬による抑制が末梢性アデノシン拮抗薬で解除されることを示し、末梢のアデノシンA1受容体の刺激を介してグリセロール誘発GMCが抑制されたことを示すことに成功した。 第四章では、アデノシン拮抗薬のラット消化管機能に対する作用が検討された結果が述べられている。アデノシン拮抗薬を用いての消化管機能の検討はこれまでは試みられていなかったが、上記のようにアデノシンA1作動薬が排便に密接に関連するGMCを抑制したことから、アデノシンA1拮抗薬は内因性アデノシンによるGMCの抑制を解除し排便量を増加することが予想された。実際にラットを用いて実験を行うと、アデノシンA1拮抗薬は下痢を伴わずに排便量を顕著に増加することが判明した。一方、アデノシンA2拮抗薬は排便量に影響しなかった。また、アデノシンA1拮抗薬による排便増加はアデノシンA1作動薬処置で打ち消されたが、アデノシンA2作動薬処理では影響されなかった。これらの成績から、学位申請者は内因性アデノシンがアデノシンA1受容体の刺激を介して排便を持続的に抑制している、という結論を導いた。さらにこれらの作用は、結腸特異的であることが示唆された。 第五章では、アデノシンA1拮抗薬が便秘治療薬として使用するという可能性が追及されている。ラットの成績によれば、アデノシンA1拮抗薬は胃や小腸には作用せず、結腸特異的に作用し、下痢を伴わない点が特徴であった。すなわち、ここで用いられた新規の化合物は、副作用を伴わない優れた便秘治療薬となる可能性が高かった。 第六章では本研究の途上で発見された、「アデノシンA2a作動薬の結腸運動促進作用」がどのようメカニズムで起こるか解明した結果が述べられている。摘出モルモット回腸において、アデノシンA2a受容体の刺激がコリン作動性収縮の増強と結びつくことを支持する成績を得たことより、消化管においてもアデノシンA2a受容体刺激によってアセチルコリン遊離が促進されることが初めて示唆された。 以上述べたように、学位申請者都丸淳之の研究成果は、(1)ラットにおける結腸の伝播性大収縮の測定法を確立した点、(2)消化管の薬理のなかで未知であったアデノシン作動性メカニズムという新たな視点を導入した点、(3)これに基づいて新しい優れた便秘治療薬の開発に成功した点、等に関して大きな意義を持つものである。これらの研究成果は消化管の薬理学及び薬物治療学に資するところが大であり、学位申請者都丸淳之は博士(薬学)の学位を受けるに十分であると判断した。 |