インテグリンは細胞表面に発現され細胞-細胞間あるいは細胞-細胞外マトリクス間の相互作用に関わる細胞接着分子群で、細胞の分化、増殖、免疫反応、血液凝固、ガン化、ガン転移などの生命現象の調節、維持に深く関係していることが知られている。その中の1インテグリンは共通の1鎖とそれぞれ異なる鎖よりなるヘテロダイマーであり11、21、31のようにコンプレックスを形成しており、現在まで少なくとも9種類知られている。また1インテグリンはVLAともいわれそれぞれVLA-1,VLA-2,VLA-3のように呼ばれることもある。この1インテグリンはおもに細胞外マトリクス蛋白質であるフィプロネクチン、ラミニン、コラーゲンのレセプターであることが示唆されており、細胞と細胞外マトリクスとの接着を仲介し、様々な生命現象に関わっていることが知られている。VLA-3はポリオーマやSV-40のDNAウイルスで繊維芽細胞をトランスフォームした際に発現量が上昇する糖蛋白質として同定された。また、ある種のメラノーマではこの分子の発現量と浸潤度との間に相関関係があることが知られており、メラノーマの悪性挙動にVLA-3が関与している可能性が示唆されている。VLA-3は抗体を用いた細胞接着阻害実験によりフィプロネクチン、ラミニン、コラーゲンの受容体であることが示唆されているが、これについて異論を唱えるような報告もあり未だリガンドについては十分な情報が得られていない。また、トランスホームされた形質およびメラノーマの浸潤にどのように関わっているのかについても全く解明されてはいない。 そこでこのVLA-3の機能および役割を解析するため、まずVLA-3のリガンドについて検討を行うとともにさらにVLA-3の未知の機能を検索することを目的として本研究を行った。 1、VLA-3を介した細胞-細胞外マトリクス間の接着について VLA-3はモノクローナル抗体を用いた細胞接着阻害実験等によりフィプロネクチン、ラミニン、コラーゲンの受容体であることが示唆されてはいるものの、これまで多くのインテグリン研究においてVLA-3を発現する多くの細胞株のフィプロネクチン、ラミニン、コラーゲンに対する接着は抗VLA-3抗体によって阻害されないことが示唆されている。その理由として抗体がVLA-3の接着部位を認識していないことや、多くの細胞株はフィプロネクチン、ラミニン、コラーゲンに接着する複数のVLAを発現しておりVLA-3の接着活性のみを阻害したとしても他の分子が依然として接着に寄与していることがが考えられる。そこでVLA-3のリガンドの検討をするためにはそのような他の受容体が比較的少なくしかもVLA-3を発現していないような細胞株にVLA-3を強制発現させて親株との接着性を比較することが必要と考えられる。当研究において以前cDNAクローニングされたヒト3インテグリンcDNAを今回発現ベクターRC/CMVに組み込みヒト白血病細胞株K562に導入して安定なVLA-3発現株を得、これらを用い従来VLA-3のリガンドとされているフィプロネクチン、ラミニン、コラーゲンに対する接着性を検討した(図1)。 図1 K562(親株)、K3-9,K4-15(トランスフェクタント)のフィブロネクチン(FN)、ラミニン(LM)、タイプIコラーゲン(COLL typeI)に対する接着性の比較 その結果、トランスフェクタントは親株に比ベフィブロネクチン、ラミニン、コラーゲンに対する接着性が高いといったことはなかった。これによりフィブロネクチン、ラミニン、コラーゲンはVLA-3のリガンドではない可能性も示唆されたが、K562に発現させたVLA-3に活性がないことも考えられた。そこでトランスフェクタントの方が親株よりも強く接着するような細胞外マトリクスが存在するかどうかスクリーニングしたところ、血管内皮細胞株由来の細胞株ECV304の作る細胞外マトリクスはトランスフェクタントの方が強く接着し、しかもこの接着は抗VLA-3モノクローナル抗体によって阻害されることが判明した(図2)。 図2 K562とK3-9のECV304細胞の作る細胞外マトリクスに対する接着性と抗VLA-3モノクローナル抗体の影響 これらのことよりVLA-3は接着分子として機能し、従来示唆されているリガンドであるフイプロネクチン、ラミニン、コラーゲンはVLA-3のよいリガンドとはいえないこと、さらに親和性の高いリガンドが存在することが示唆された。 2、抗VLA-3モノクローナル抗体によって引き起こされる細胞-細胞間接着について 近年インテグリンは活性化、非活性化の平衡状態にあることが示唆されており、リガンドや抗インテグリン抗体が結合することによって非活性化から活性化の状態に移行しインテグリンが活性化し新たなリガンドに接着するようになることが知られている。またリガンドに接着することによって生じる細胞内シグナル伝達は、抗インテグリン抗体が結合することによっても生じる場合があり、抗体はインテグリンの機能を調べるうえで特に重要な道具である。VLA-3の場合他のインテグリンよりも研究状況が遅れている原因として、ひとつには抗体の種類が乏しいことが挙げられる。そこで新たに抗VLA-3モノクローナル抗体作製し、VLA-3の新たな機能を抗VLA-3モノクローナル抗体を用いて検索することにした。その過程においてこれらの抗VLA-3モノクローナル抗体が細胞を強く凝集させることを見いだし、この現象について解析を行った。 ヒト膀胱ガン細胞T24をマウスに免疫し、ハイブリドーマの産生する抗体をトランスフェクタントと親株の結合性の違いを指標にしてスクリーニングしたところ2種のモノクローナル抗体が得られた。これらの抗体はいずれもVLA-3を発現する細胞株を強く凝集させた。また、一方ハイブリドーマをVLA-3を発現する細胞の凝集活性を指標にスクリーニングしたところ特に強い凝集活性を持つクローンが2つ得られた。これら抗体のトランスフェクタントと親株に対する反応性を調べてみたところ、トランスフェクタントに反応し親株には反応しないことがわかった。またこれらの抗体をもちいて細胞の可溶化物を免疫沈降したところVLA-3に一致する分子量にバンドが認められ、これらのことよりVLA-3を認識する抗体はVLA-3を発現する細胞を強く凝集させること、また強い凝集活性を持つ抗体はVLA-3を認識していることが判明した。 つぎにこの細胞凝集活性は単に抗体による細胞間の架橋によって生じる可能性も考えられ、まずVLA-3を発現する細胞と発現しない細胞の間でも細胞間の接着が生じるかどうか検討した。その結果抗VLA-3モノクローナル抗体によりトランスフェクタントと親株の間でも接着が生じることがわかり、この抗VLA-3モノクローナル抗体によって引き起こされる細胞間接着は抗体の架橋によるものではないことが判明した。 またこの細胞間接着が生じているときのVLA-3の分布を蛍光顕微鏡を用いて調べたところVLA-3は細胞と細胞の接着面にパッチを形成していることが判明した。またこの凝集は4℃では起こらず温度依存的であることがわかったが、4℃ではそのうようなパッチは形成されず細胞表面に一様に分布していることが判明した。このことよりこの細胞間接着がおこるためには温度依存的な細胞膜上でのVLA-3を含めた分子の動的挙動が関与している可能性が示唆された。 以上のように抗VLA-3モノクローナル抗体によって細胞-細胞間の接着が生じることが判明したが、その原因として、抗体がVLA-3に結合することによりVLA-3を介したシグナルが細胞内に伝達された結果、細胞-細胞間の接着が生じること、つまり抗体がある特定のVLA-3のリガンドの作用を模倣していることが挙げられる。またあるいは細胞の接着面にVLA-3が存在することを考えれば、抗VLA-3モノクローナル抗体によりVLA-3が活性化されVLA-3が直接未知のリガンドと接着している可能性も挙げられる。いずれにせよVLA-3が細胞と細胞との接着にも関与しているという可能性が示唆された。 3、マウス3インテグリンのcDNAクローニング VLA-3の生体内での役割を調べるためにはノックアウトマウスが有効な手段だと思われる。そのための第一段階としてマウス3インテグリンのcDNAをクローニングすることにした。3インテグリンはハムスター繊維芽細胞株NILのポリオーマウイルスによる形質転換により発現量が増大するが、同様にマウス繊維芽細胞株BALB/3T3をSV-40でトランスフォームしたSV-T2細胞でも発現量が増大していることが、ハムスター3インテグリンcDNAプローブを用いたノザン分析の結果明らかになった。このSV-T2細胞よりPoly(A)RNAを調整してgt10ライブラリーを作製しハムスター3インテグリンcDNAのプローブを用いてスクリーニングした。その結果取得されたcDNAはハムスター3インテグリンと翻訳されたアミノ酸レベルで93%、ヒトで89%と高いホモロジーを示した。またサザン分析の結果3インテグリン遺伝子は単一コピー遺伝子であることが判明しており取得されたcDNAはマウス3インテグリンcDNAであることが示唆された。 4、まとめ VLA-3は線維芽細胞の悪性形質転換およびメラノーマの浸潤との関連が示唆され注目を浴びている分子であるが、機能や役割については不明な点が多い。本研究において細胞外マトリクス中にリガンドが存在しVLA-3が確かに接着分子として機能することを明らかにしたとともに、新たに細胞-細胞間接着にも関与している可能性を示唆した。これらの機能がメラノーマの悪性挙動等にどう関わってくるかは未だ不明であるが、これまで機能が謎であったインテグリンにいくつかの糸口を見いだしたと思われる。またマウス3インテグリンのcDNAクローニングを行った。 |