学位論文要旨



No 212824
著者(漢字) 清水,純一
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ジュンイチ
標題(和) 農協の経営分析
標題(洋)
報告番号 212824
報告番号 乙12824
学位授与日 1996.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12824号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荏開津,典生
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 助教授 生源寺,眞一
内容要旨

 農協の経営を信用事業を対象として,財務統計の個表による統計分析・アンケートを含む実態調査の二つの手法により分析した.ここでは分析の中心となった前者の統計分析により得られた主要な知見を記す.

 データは『農業協同組合経営分析調査』(農林水産省・全国農業協同組合中央会)の平成5年度の個表を使用した.まず,主要財務指標の分布を調べたところ,一部の例外を除いてほとんどの指標が正規分布をしていないことが確認され,平均値で分析することの問題点が明らかになった.

 続いて,16の財務指標による主成分分析を行ない農協の類型化を図った結果,第1表にみられるように四つの主成分(F1:総合財務力,F2:規模,F3:生産結集度,F4:金融結集度)が抽出され,累積寄与率が79%に達した.

 次に各主成分の得点をもとにレーダーチャートを描いて農協のパターン分類を試みたところ,多くの農協が第1図〜第3図に示されているような3パターン(一般型,財務・生産並立型,首都圏型)に分類された.

第1表 主成分分析結果第1図 農協のパターン分類(一般型)第2図 農協のパターン分類(財務・生産並立型)第3図 農協のパターン分類(首都圏型)

 最後に,金融自由化対応の有力な手段とされている農協合併を推進するうえで,前提にあると考えられる信用事業の規模の経済性が実際に存在するかを検証するため,以下のようなCobb-Douglas費用関数を計測した.

 log C=a0+a1log Y,ここでC:費用,Y:信用事業の産出高

 この場合,U字型の費用関数を排除してしまうので,全サンプルを対象とした計測の他にYの規模でサンプルの農協を2つのグループに分けてそれぞれのグループごとに計測も行った.

 Yを貯金残高でとった推定結果をみると,全サンプル・大規模・小規模の3グループとも,貯金残高の係数(a1)は有意で1より小さく,規模の経済性が認められた.規模の経済性(=1-a1)の大きさは,小規模(0.063)<全サンプル(0.069)<大規模(0.113)の順で,大規模農協ほど規模の経済性そのものが大きいことになる.

 実際にどれくらいの規模拡大の効果が生じるのか,大規模グループを例にとって計算してみると,大規模グループの平均で約416億8,694万円の貯金を約40億7,380万円の費用で生み出しており,仮に1億円貯金を増加させたとすると867万円の費用増になる.規模の経済性が0で費用が貯金と比例的に増加すると977万円の増加になるので,この場合と比べて110万円の費用の節約が生じることになる.

審査要旨

 日本において農業協同組合は、事実上半官半民的性格を帯びており、一方政府によって保護育成されると同時に、他方行政の末端を担って発展して来たが、近年の規制緩和の流れの中で、その民間経営体としての効率性が重要な問題となっている。本論文は、このような実用上の必要に応じて、計量的手法を用いて農業協同組合(以下「農協」と略称)の経営分析を試みたものであり、全体は2部5章に加えて、問題の所在を明らかにした序章と、研究を総括した終章とから成っている。

 第I部は「農協経営の統計分析」と題され、本研究の中心をなす三つの章からなる。第1章は、この研究の基本データである「農業協同組合経営分析調査」(平成5年度)の個票に関して、その資料の性質を明らかにすると共に、主要財務指標の分布と相関を検討したものであって、第I部の導入部となっている。分布の指標としては、代表値として平均値および中央値、分散指標として標準偏差と変動係数、更に歪度(skewness)と尖度(kurtosis)を計算した。その結果は、全16の財務指標のほとんどが非対称で「左に偏りかつスソの長い分布」をしていることが明らかになった。この結果は、奥野忠一等による一般企業の財務指標の分布とはかなり異なるものであり、農協の財務分析に当って、財務指標の分布型に関し一般企業とは異なる配慮の必要であることが明示された。また財務指標間の相関に関する有意性検定の結果、貯貸率および労働生産性の二指標が相対的に見て独立性の高いものであることが明らかになった。

 次に第2章は、以上に分析した16の財務指標に主成分分析を適用することによって、総合経営指標を抽出することを試みたものであり、本研究の最も重要な貢献となっている。まず16の財務指標をそれぞれの平均値と標準偏差によって基準化したのち主成分分析を適用したが、結果は最初の4個の主要分について極めて明瞭な意味が認められ、かつ累積寄与率が79パーセントに達するという良好な成果が得られた。

 本研究では、以上に得られた主成分を更に明確にするため基準バリマックス法によって因子負荷量の軸の回転を行った。その結果、回転後の4個の因子の意味は、それぞれ「総合財務力」、「規模」、「生産結集度」、「金融結集度」を示すものであることが、極めて明瞭に検出された。

 以上の結果に基づいて、分析対象である個別農協の因子スコアを計算し、それぞれの因子の大小によって農協の経営状態を類型化したのが、第2章第4節であり、またその上に立って4因子を結合して総合評価指標を作成することを試みたのが同じく第5節である。いずれも興味深い結果が得られている。

 第3章は以上のクロスセクション分析と異って平成7年に至る20年間の平均財務指標の時系列を追跡したものである。本章でも、トランス・ログ費用関数の計測その他を通じて、農協経営の計量分析が試みられ、特に農協合併との関係で現在重要な問題となっている信用事業の規模の経済性が検討されている。

 第II部は「農協経営の実態分析」と題されていて、二つの章からなっている。第4章は、農協の金融自由化対応、ことにその中心をなす農協合併についてのアンケート調査による分析である。これは著者が所属する農林水産省農業総合研究所において独自にアンケート調査を行った結果の分析であって、多くの貴重な知見が得られている。

 第5章は「実態調査による農協の現状分析」と題され、都市農協の金融自由化対応の事例として三鷹市農協と横浜南農協、農協の与信と機関保証の事例として栃木市農協他2農協、農協と地域開発の事例として片品村農協(群馬県)の観光開発などが分析されている。

 終章は簡単な総括である。

 以上を要するに、本研究は現在実際上極めて重要性の高い農協の経営問題に関して、アンケート調査および長年にわたる事例実態調査の分析の上に立って、始めて本格的な計量的手法による接近を試みたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文にふさわしいものであると判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50994