ある同一の欲求を満たす財または同種の便益を与える財が複数存在するとき、通常消費者はそのうちの1種類の財しか選択しない。基本的な欲求は一つの財によって満たされるからである。この種の財にあっては、一方の財を買えば他方の財は決して買わない。また、財が階層構造(ヒエラルキー)をなしているときには、当該の財を購入するための所得の閾値がある。この閾値以下では消費者はその財を購入しないが、閾値を越えると一定量の財の購入を始める。このような選択は、財を購入するかしないかという不連続な選択(離散選択)とどのくらいの量を購入するかという連続的な選択が同時になされるので、離散/連続選択といわれている。 離散/連続選択ではある財を購入する消費者の集団が決まってくるために集計需要関数を得るためにはその集団を確定しなければならない。伝統的な需要理論では、一定数の種類の財をすべての人がどの財をも購入すると仮定していたのでこの問題は起きなかった。従って、価格変化の総需要に及ぼす影響は個人の代替効果と所得効果をを集計したものとして表わされると考えていた。そこでは何人かの消費者が価格の変化により財の選択を切り替える(スィチする)という現象は全く無視されていた。このことは、計測された価格弾力性に誤った解釈を与えている。実証分析においては、Logit Modelのような手法が開発されているが、これは伝統的な、確実性のもとでの主体的均衡理論の基礎を持つものではない。 食料品の多くも従来までは、一つの食品は同質であると考えられていた。しかし、同じ米であっても消費者は明らかに銘柄や産地を識別している。一般的には財を種類を大きく分類すれば離散/連続選択は起こらず、分類を小さくしてゆくに従いこの問題は重要性を増してくる。しかし離散/連続選択の下で消費者の主体的均衡を基礎に持った集計需要関数は経済学においても未開拓な状態にあり、この問題を考える上で既存の経済学の知識を援用することはできない。そこでこの論文では、伝統的理論の代表的消費者の考え方では、離散/連続選択のもとでの市場の需要は代表的消費者から類推することはできないことを明らかにし、一般的な消費財の離散/連続選択のもとでの需要理論の構築を試みる。従って本論文では一般的な需要理論という形で議論を展開するが、結論はすべて食料品の細目分類別需要関数に適用可能なものである。 この論文では離散/連続選択が起こる主要な3つの場合を取り上げる。 1.水平的差別化のある場合 ニュメレール財をx、n個の水平的に差別化された財をxi(i=1,…,n)効用関数はxをニューメレール財,x1,x2,…,xnをn個の完全代替財とする。完全代替財の性質から、消費者の効用関数は で表わされる。ここに、ai(i=1,…,n)は消費者の嗜好を表わす正の定数である。上の式は消費者にとってa1単位のx1はai単位のxi単位と等価であることを意味する。効用関数の型はいずれの消費者についても同じであるとし、消費者の嗜好の係数を並べたベクトルを とすると、消費者はaによって識別される。また、消費者の効用最大問題は以下である。 問題は、価格{p1,…,pn}が与えられた時、どの範囲の嗜好の係数{a1,…,an}を持つ消費者が第k財を選ぶかである。これが確定しないと需要関数を集計することができない。 筆者は、q=(1/p1,…,1/pn)というベクトルを導入することにより、空間がn個の凸錘に分割され、ベクトルaがどの凸錘に含まれるかによりどの財が購入されるかが決定されることを明らかにした。この結果集計需要関数を求めることができるようになり、それによって得られる需要関数はそのヤコビ行列がnegative dominant diagonalになるという優れた性質を持っていることを明らかにした。 2.垂直的差別化がある場合 xをニューメレール財,x1,x2,…,xnをn個の完全代替財とするとき、これらの完全代替財が垂直的に差別化されるとき、 という効用関数により表わされることは既にMuellbauerによって指摘されていたが、どの所得階層がどの財を選択するかは解らなかった。間接効用関数の高さが所得水準によりどのように並ぶかが複雑すぎて決めることができなかったからである。筆者はh(u)=,ai>0という関数を仮定するならば、個々の財は所得階層別に整列するために、どの所得階層がどの財を選択するかを指名することができることを明らかにした。その結果集計需要関数を求めることができるようになった。これによって求めた需要関数は、chain linkedな関数であり、そのヤコビ行列はnagative dominant diagonalという性質を持っていることを明らかにした。また、このモデルは財が市場に存在できる条件を説明するものであり、市場における財の出現、消滅の理由を明らかにした。 3.階層構造のある財 ある財を購入するための所得の閾値があり、この閾値以下では消費者はその財を購入しないが、閾値を越えると一定量の財の購入を始めるという場合がある。このように所得の上昇とともに追加的に次々と財の購入が開始されるような状況を伝統的な需要理論は説明できなかった。しかし、これらについての基本的なアイデアは既にカール・メンガーによって提出されていたのであるが、その後の経済学者によってはこれは全く無視されていた。そこで、筆者はメンガーの真に言わんとしたことを現代的な手法で再構成し、所得が閾値を越えると追加的に財の購入が開始される理由を主体的均衡の観点から説明を与え、需要の所得弾力性が減少する理由について新しい解釈を提出した。またこれは、実証分析で用いられるTobit分析の理論的基礎となるものである。 |