学位論文要旨



No 212826
著者(漢字) 井上,公基
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,コウキ
標題(和) 森林作業の労働負担に関する研究
標題(洋)
報告番号 212826
報告番号 乙12826
学位授与日 1996.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12826号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 助教授 酒井,秀夫
 農林水産省森林総合研究所 労働科学研究室長 豊川,勝生
内容要旨

 本論文は、森林作業における機械化に伴う作業システムの変化から生ずる森林作業者への労働負担を、従来型作業から高性能林業機械化という流れの中でそれぞれの労働負担の特性を明らかにした。以下に各章ごとに得られた結果を要約する。

 第1章は、序論であり、第2章では森林作業における労働負担測定項目を取りあげた。

 第3章では、従来型の森林作業の労働負担の特性や具体的な労働負担の評価を行った。従来型作業としてのチェーンソー作業は、傾斜地での作業姿勢が労働負担に関係しており、特に作業後の背筋や握力の低下と作業中の姿勢とが密接に関係していた。平坦地および緩傾斜地では、チェーンソー重量の違いが心拍数に影響を及ぼし、作業中の心拍数の増加は勾配とチェーンソー重量が関係していた。急傾斜地の作業では、心拍数や疲労感の回復が遅くなり、特に重いチェーンソー使用時に作業効率が低下する傾向が認められた。また、チェーンソー作業時の作業面の高さと労働負担との関係は、丸太とチェーンソーとの歯先の角度からくる制約のために腰を一定の角度に保って作業を行うことになり、腕や膝を使って作業位置の調節を行っていた。作業位置が高い場合には腕に、低い場合には腰と下腿部に疲労感が高かった。サイクルタイムが短く、かつ繰り返し性のある作業では、生理・心理機能の低下は認められなかったが、自覚的な疲労感として特に不自然な作業姿勢により出現した主観的な疲労症状が観察された。森林作業の機械化に伴い、生理的な変化が現れる前に主観的な労働負担を指標にする必要がある。女性森林作業者の下刈り作業中の心拍数は140拍/分と高い数値を示すことが確認され、この種の作業を女性が行えることは、高性能林業機械オペレータなど女性森林作業者の新たな森林作業種類が期待される。年齢層別の疲労感は、身体的負担を表す測定項目において作業後の訴え率が加齢とともに急激に高くなった。これらの結果より、従来型の森林作業による労働負担は、身体的負担を表す心拍数や疲労自覚症状訴え率が高く、運転を伴う作業ではストレスの訴え率が高いことなどが認められ、従来型の森林作業から誘発される労働負担は主として身体負担を伴う作業が多いことなどが明らかにされた。

 第4章は、機械運転を伴う作業を対象にした。トラック運転とグラップル運転は、精神的な労働負担の高い作業であり、林内作業車運転と自走式搬器操作は、作業から生ずる身体的負担は多少あるものの精神的な労働負担は比較的低い作業であった。スキッダ作業による「つかむ」要素作業は土工機械による土の掘削に類似しており、ハーベスタの「つかむ」とは異なる特性が認められた。機械運転は、作業による負担の高い作業種類に属し、オペレータの育成に充分時間をかけた後に現場作業に従事させることなどを指摘した。運転作業時の要素作業出現頻度分布をヒストグラムから解析を行い、運転操作を伴う要素作業は、機械的に操作を行えば良い要素作業と、細やかな調整などが多いいわゆるオペレータの思考を伴う要素作業とに分類されることが明らかになった。以上の結果より、機械運転を伴う森林作業から誘発される労働負担は、身体的負担と精神的負担の両者が混在していると推察した。

 第5章では、高性能林業機械を取り上げた。高性能林業機械導入は、作業組織の小人数化に伴う新たな問題として孤独感や安全対策に対する労働管理を強化する必要があるが、作業者の労働負担の軽減に役立っている。しかし高性能林業機械作業オペレータの作業中の心拍数は、低レベルであるがストレス訴え率は他の作業に比べ高い値を示した。雇用形態の違いにより労働負担の様相は、大きく異なるし、性別や年齢の違いによっても異なることを明らかにした。以上の結果より、高性能林業機械作業は、複雑な運転操作による精神的労働負担の高い作業であり、しかも請負作業形態による精神的重圧を感じながら作業を遂行することがあり、心拍数レベルのみの労働負担評価では正確な労働負担評価が出来ないとした。

 第6章では、森林作業の変化に伴い、森林作業から誘発される労働負担の評価方法は従来からのものでは困難としている。森林作業における作業から誘発される労働負担評価を行う疲労調査法として、身体的負担および精神的負担を評価出来る簡便な労働負担評価調査票の作成を行った。その結果、本調査票による森林作業から誘発される身体的負担ならびに精神的負担両者の労働負担評価が可能になることを確認した。

 第7章では、新しい労働負担評価法による効用について述べ、林業労働の作業現場に科学的労務管理を導入して適切な労働時間と休憩時間を与えるなど、労働災害発生率の低い安全な職場を提供出来るとし、本研究が、これらの諸問題の解決に対し貢献しうるものであるとした。

 以上が本論文で明らかにした事項の概要であるが、要するに、高性能林業機械導入に伴う作業システムが変化してきている中で、従来の労働負担の質が変わってきており、従来からの労働負担評価法のみでは、最近の森林作業から生ずる労働負担の評価は行えない。したがって時代に即した森林作業者の労働負担の適切な評価が簡便に行える新たな評価手法の基礎の確立を図ったものである。

審査要旨

 森林作業の機械化に伴う作業システムの変化から生ずる森林作業者への労働負担を、従来型作業から高性能林業機械化という流れの中でそれぞれの労働負担の特性を明らかにし、その評価においても新しい方法を提案している。以下その概要を述べる。

 第1章は、序論であり、第2章では森林作業における労働負担測定項目を取りあげている。

 第3章では、従来型の森林作業特性と負担との関係を取り上げ、傾斜地でのチェーンソー作業においては、作業後の背筋や握力の低下と作業中の姿勢とが密接に関係していることを明らかにした。平坦地および緩傾斜地では、作業中の心拍数の増加は傾斜勾配とチェーンソー重量が関係し、急傾斜地の作業では、心拍数や疲労感の回復が遅くなり、特に重いチェーンソー使用時に作業効率の低下が認められた。

 またサイクルタイムが短く、かつ繰り返し性のある作業では、自覚的な疲労感として特に不自然な作業姿勢により出現した主観的な疲労症状が観察された。女性森林作業者の下刈り作業中の心拍数は140拍/分と高い数値を示すことが確認された。これらの結果より、従来型の森林作業による労働負担は、身体的負担を表す心拍数や疲労自覚症状訴え率が高く、運転を伴う作業ではストレスの訴え率が高いことなどが認められ、従来型の森林作業から誘発される労働負担は主として身体負担を伴う作業が多いことなどを明らかにした。

 第4章ではトラック運転とグラップル運転は、精神的な労働負担の高い作業であり、林内作業車運転と自走式搬器操作は、作業から生ずる身体的負担は多少あるものの精神的な労働負担は比較的低い作業であることを明らかにした。

 スキッダ作業による「つかむ」要素作業は土工機械による土の掘削に類似しており、ハーベスタの「つかむ」とは異なる特性が認められた。また運転作業時の要素作業出現頻度分布をヒストグラムから解析を行い、運転操作を伴う要素作業は、機械的に操作を行えば良い要素作業と、細やかな調整などが多いいわゆるオペレータの思考を伴う要素作業とに分類されることを明らかにした。

 以上の結果より、機械運転を伴う森林作業から誘発される労働負担は、身体的負担と精神的負担の両者が混在しているとしている。

 第5章では、高性能林業機械を取り上げ、高性能林業機械導入は、作業組織の小人数化に伴う新たな問題として孤独感や安全対策に対する労働管理を強化する必要があるが、作業者の労働負担の軽減に役立っている。しかし高性能林業機械作業オペレータの作業中の心拍数は、低レベルであるがストレス訴え率は他の作業に比べ高い値を示した。

 雇用形態の違いにより労働負担の様相は、大きく異なるし、性別や年令の違いによっても異なることを明らかにした。以上の結果より、高性能林業機械作業は、複雑な運転操作による精神的労働負担の高い作業であり、しかも請負作業形態による精神的重圧を感じながら作業を遂行することがあり、心拍数レベルのみの労働負担評価では正確な労働負担評価が出来ないとした。

 第6章では、森林作業の変化に伴い、森林作業から誘発される労働負担の評価方法は従来からのものでは困難としている。森林作業における作業から誘発される労働負担評価を行う疲労調査法として、身体的負担および精神的負担を評価できる簡便な労働負担評価調査票の作成を行った。その結果、本調査票による森林作業から誘発される身体的負担ならびに精神的負担両者の労働負担評価が可能になることを確認した。

 第7章では、新しい労働負担評価法による効用について述べ、林業労働の作業現場に科学的労務管理を導入して適切な労働時間と休憩時間を与えるなど、労働災害発生率の低い安全な職場を提供出来るとし、本研究が、これらの諸問題の解決に対し貢献しうるものであるとした。

 以上本論文は、高性能林業機械導入に伴う作業システムが変化している中で、従来の労働負担の質が変わってきたこと、従来からの労働負担評価法のみでは、最近の森林作業の労働負担の評価は行えないことを明らかにし、森林作業者の労働負担の適正な評価を簡便に行える新たな評価手法を確立したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53966