学位論文要旨



No 212827
著者(漢字) 小澤,和夫
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,カズオ
標題(和) 蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法の開発
標題(洋)
報告番号 212827
報告番号 乙12827
学位授与日 1996.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12827号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 小野寺,一清
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 森,裕司
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
内容要旨

 生命現象を支配する遺伝子が存在するヒトゲノムの構造の基礎的あるいは応用のための研究において、多くの実験手法が考案され利用されてきたが、従来の実験手法では104-106DNA塩基対の解析範囲での技術的な空白が存在し、研究上の障害となっていた。FISH法はこの障害を解決し、さらに様々に利用範囲が拡大されて研究を大幅に促進する手段であるという点で重要である。3種類のヒト遺伝子、GSPT1(G1-to-Sphase transition 1),CREB2(cyclicAMP responsive element binding protein),HSP90 alpha(heat shock protein90-kDa alpha)のマッピングを実際に行い、その過程でFISH法の基礎的な実験手順を整えた。続いて各遺伝子の染色体上の位置に関連する情報をデータベースから検索し、各遺伝子に関する考察を行った。各遺伝子の染色体マッピングでは、それぞれcDNAクローンを最初の材料とした。

 はじめに、細胞分裂周期のG1期からS期への移行の過程に関与すると考えられている遺伝子GSPT1のマッピングを行った。本実験ではまず、FISH法に適した染色体標本の作製の方法と分染方法の検討を行った。ヒト末梢血培養細胞を過剰の5-bromodeoxyuridine(BrdU)で同調培養して得た標本に、紫外線照射とギムザ染色をして分染を行う方法が最適であった。次にハイブリダイズしたプローブの蛍光検出方法についての検討をおこない、抗ビオチン抗体を1次抗体としてさらに2種の蛍光抗体を重層する方法を確立した。またプローブ作製方法としては、ビオチン化ヌクレオチド存在下でのニックトランスレーション法が最適であった。その他、実験手法に詳細な検討をくわえ、適切な実験条件を検討した。ビオチン標識したGSPT1 cDNAをプローブとしたFISH法により解析した結果、この遺伝子はヒト染色体16p13.1に位置することがわかった。この結果は、ゲノミックライブラリーよりGSPT1遺伝子を単離して得たクローンをプローブとするシグナルの強いFISHの結果、およびマウス-ヒト融合細胞のDNAを用いたサザンハイブリダイゼーションの解析結果により、正しいことが裏付けられた。16p13.1の位置は急性白血病で頻繁に観察される染色体異常の転座点と近いことから、この染色体異常とGSPT1遺伝子との関連の可能性についての検討を加えた。なお、この実験の過程でX染色体にGSPT1遺伝子の偽遺伝子が1コピー存在することが明らかになった。

 次に、DNA上のcAMP反応性配列に結合する転写因子であるCREB2の染色体マッピングを行った。この実験においては、まず、マウス-ヒト融合細胞のDNAのサザンハイブリダイゼーションによる予備実験を行い、目的の遺伝子がヒト2番染色体に存在するという成績を得た。この結果を基に、CREB2cDNAクローンをビオチン標識してFISHを行った。その結果、CREB2遺伝子はヒト染色体2q32.1に位置することが明らかになった。この位置は、すでに報告がなされている同一ファミリーに属する遺伝子CREB1の位置と近い。2q32.1を含む領域2q31-q33の欠失と精神発達障害との関連が報告されている。CREB2の属するCREBファミリーは、脳での記憶のメカニズムに重要な働きをしていることが明らかになりつつあることを考えあわせると、精神発達とCREB2遺伝子とのあいだに関連があることが示唆される。

 最後に、熱ショックを受けた細胞において典型的な発現誘導が起きるHSP90’ alphaの遺伝子群の染色体マッピングを行った。この遺伝子群は類似の遺伝子が多数ゲノム上に存在し、複雑な構成を持つことが予想される点で上記2つの場合と条件が異なる。ハムスター-ヒト融合細胞DNAのパネルを用いて、1つのcDNAをプローブとして、サザンハイブリダイゼーションによる解析を行った結果では、この遺伝子群はヒト染色体1,4,11,14番に存在することが確認された。ビオチン化cDNAをプローブとしてFISHを行ったところ、予想される染色体上を含めて、予想を上回る数の蛍光シグナルを観察し、各染色体での位置を同定することは困難であった。これは、HSP90beta遺伝子群をはじめとする、弱いながらHSP90 alphaと相同性をもつゲノム上の塩基配列に原因があるものと考えられた。cDNAでの直接のマッピングが不可能であることから、HSP90 alphaのゲノミッククローンを単離して、FISHのプローブとする方法を採用することにした。コスミドベクターを利用したゲノミックライブラリーよりHSP90 alpha遺伝子を複数単離し、前に行った融合細胞DNAパネルでの結果での染色体番号と制限酵素切断片長を対応させながら、それぞれのゲノミッククローンの由来するヒト染色体番号を推定した。そして、各ゲノミッククローンDNAをビオチン標識して再度FISHを行った。各ゲノミッククローンはそれぞれ推定した番号の染色体上の特定の1ヵ所にのみ明瞭な蛍光シグナル対を示した。すなわち、HSP90 alpha遺伝子群の位置はヒト染色体1q21.2-q22,4q35,11p14.1-p14.2および14q32.3であると結論された。さらにゲノミックサザンハイブリダイゼーションの際の各バンドの濃度、クローンの単離される頻度およびFISHの際の蛍光輝度から、染色体11p14.1-p14.2および14q32.3上のHSP90 alphaの遺伝子はそれぞれ2個および3個に重複しているものと想像され、ヒトゲノム上のHSP90 alpha遺伝子の総数は7個と推定された。このように遺伝子がファミリーを構成している状態は、他のクラスのHSP遺伝子群であるHSP70とHSP27、HSP90 alphaにも共通して認められる事実である。ファミリーを構成員である個々のHSP90 alpha遺伝子が熱ショックのほか、様々な状況下で個別の発現調節を受けており、それらの遺伝子産物の機能にもお互いに違いがあることが想像され、その詳細な解析が今回のデータをもとにすすむものと思われる。HSP90 alpha遺伝子の1つが位置する染色体14q32.3は免疫グロブリンH鎖(IgH)の遺伝子座でもあり、両者の機能的な関連が想像された。

 以上の一連の実験により、ヒト染色体でのFISH法を確立し、ヒト染色体上に遺伝子を正確に位置づけることができた。また、FISHの結果をデータベースからの情報と対応させることにより、翻訳されるタンパクの機能あるいは遺伝性疾患との関連についての考察をすることができた。これらの結果は、基礎研究および応用の手段として、今回確立したFISH法が実用的であることを示すのに十分である。このうえで、今回の実験を行った上で改良すべき点について指摘した。それは、併用した融合細胞とそのDNAの入手が容易でなく信頼性も完全ではないことと、ゲノミックライブラリーを検索する過程が負担になることである。しかし、これらの点は新しいタイプのゲノミックDNA用クローニングベクターの導入で改善されるものと思われる。本実験の後のFISH法の応用例と関連機器の改良についても概観を加えた。

 以上より、ヒト遺伝子の染色体マッピングを目的として染色体蛍光in situハイブリダイゼーション法(Fluorescence in situ hybirdization method、FISH法)を確立しその有効性を実証した。

審査要旨

 生命現象を支配する遺伝子が存在するヒトゲノムの構造の基礎的あるいは応用のための研究において、多くの実験手法が考案され利用されてきたが、従来の実験手法では104〜106DNA塩基対の解析範囲での技術的な空白が存在し、研究上の障害となっていた。本論文はヒト遺伝子の染色体マッピングを目的として染色体蛍光in situハイブリダイゼーション法(Fluorescence in situ hybirdization method、FISH法)を確立しその有効性について実証したものである。論文構成は3種類のヒト遺伝子、GSPT1(G1-to-S phasetransition 1)、CREB2(cyclicAMP responsive element binding protein)、HSP90 alpha(heat shock protein 90-kDa alpha)のマッピングについての研究結果を中心に記載されている。

 はじめに、単一コピーとして存在することが明らかになっているGSPT1遺伝子を用い染色体標本の作製、分染、傾向標識および検出方法などの検討を行い、FISHの基本技術を確立した。GSPT1は細胞分裂周期のG1期からS期への移行の過程に関与すると考えられている。ビオチン標識したGSPT1cDNAをプローブとしたFISH法により解析した結果、この遺伝子はヒト染色体16p13.1に位置することがわかった。この結果は、ゲノミックライブラリーよりGSPT1遺伝子を単離して得たクローンをプローブとするシブナルの強いFISHの結果、およびマウス-ヒト融合細胞のDNAを用いたサザンハイブリダイゼーションの解析結果により、正しいことが裏付けられた。16p13.1の位置は急性白血病で頻繁に観察される染色体異常の転座点と近いことから、この染色体異常とGSPT1遺伝子との関連の可能性についての考察を加えた。

 次に、DNA上のcAMP反応性配列に結合する転写因子であるCREB2の染色体マッピングを行った。この実験においては、まず、マウス-ヒト融合細胞のDNAのサザンハイブリダイゼーションによる予備実験を行い、目的の遺伝子がヒト2番染色体に存在するという成績を得た。この結果を基に、CREB2cDNAクローンをビオチン標識してFISHを行った。その結果、CREB2遺伝子はヒト染色体2q32.1に位置することが明らかになった。この位置は、すでに報告がなされている同一ファミリーに属する遺伝子CREB1の位置と近い。2q32.1を含む領域2q31-q33の欠失と精神発達障害との関連が報告されている。

 最後に、熱ショックタンパクHSP90alphaの遺伝子群の染色体マッピングを行った。この遺伝子群は類似の遺伝子が多数ゲノム上に存在し、複雑な構成を持つことが予想される点で上記2つの場合と条件が異なる。各ゲノミッククローンDNAをビオチン標識して再度FISHを行い、ゲノミックサザンハイブリダイゼーションの際の各バンドの濃度、クローンの単離される頻度およびFISHの際の蛍光輝度から、ヒトゲノム上のHSP90alpha遺伝子の総数は7個と推定され、染色体11p14.1-p14.2および14q32.3上のHSP90alphaの遺伝子はそれぞれ2個および3個に重複していることが示された。このように遺伝子がファミリーを構成している状態は、他のクラスのHSP遺伝子群であるHSP70とHSP90alphaにも共通して認められる事実である。ファミリーを構成員である個々のHSP90alpha遺伝子が熱ショックのほか、様々な状況下で個別の発現調節を受けており、それらの遺伝子産物の機能にもお互いに違いがあることが想像され、その詳細な解析が今回のデータをもとにすすむものと思われる。

 以上の如く、一連の実験によりFISH法を確立し、分子生物学、細胞生物学、生化学実験の積み重ねその有効性を実証した。また、この成果を他の遺伝子データベース情報と対応させることにより、翻訳されるタンパクや遺伝性疾患との関連についての考察した。審査員一同は、本論文が生命科学に対して貢献するところが大であると評価し、申請者に対し博士(農学)の学位を授与して然る可きものと判定した。

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