内容要旨 | | 本論文は1975年から1992年まで,第一次石油危機後,総合食糧政策論が政策の中心とされた時を起点とし,財政再建を経て米を含めた農産物自由化が見通されるときまで,およそ10数年間の農業予算の展開過程とその変容の特質を考察の対象としている。 この間の財政の特徴は,70年代後半から本格的なケインズ主義の財政運営が行われたものの,いわゆるサプライサイドの経済学が影響力を強め,均衡財政主義が復活するという3つの相関連する変化が生じた時期である。75年度から国債大量発行による積極的財政政策が財政赤字を累積し,80年代にいたって財政再建の必要性が財界等から要求されている。財政再建は,社会保障制度の行き過ぎ等の是正に先手を打ったものともいわれているが,その方法は,国債費,地方交付税を除く一般歳出を対象とし,さらに防衛費,国際協力費,人件費を対象除外として縮減をはかったもので,政府の役割を純粋に公共的部門に限定しようとの意図をもつものであった。 75年度から92年度までの農業予算は,財政政策の変化とともに大きく変容することとなった。積極財政が続いていた70年代後半の農業予算は増加の傾向にあったが,80年代に入って停滞と減少が続き,絶対額としても一般歳出に占める比率も急減することになる。農業基本法にもとづく政策目的別経費では価格流通対策と所得対策の落ち込みが激しくなって,生産対策のうち農業・農村整備事業が急伸している。また,農林水産省「農林水産予算の説明」でみても,食管経費と一般事業費としての生産流通対策費等が減少し,食管経費は90年度に75年度の4分の1に縮小し,逆に農業基盤整備費が3倍近い増加となっている。この結果,国の一般歳出に占める農業の構成比も75年度14.4%から92年度6.6%とされ,農業の公共事業関係費である農業・農村基盤整備費のみ増加することとなった。 本論文では,75年から92年までを財政再建模索期(75〜79年),財政再建期(80〜85年),国際化・自由化進展期(86〜92年)と時期を3区分し考察を行っている。考察にあたっては,食管経費等,事業ごとに時期区分に応じた分析を行っているが,この要旨では各時期区分に応じた農政の動向とともに,主要な事業の変化と特徴を示すこととする。 財政再建模索期は,積極財政の展開とともに農業予算は膨張している。70年代前半の石油危機と穀物価格の高騰という背景があり,農政審議会の建議も「食糧の安定供給確保は国民生活安定の基礎であり,短期的な経済視点から安易に対外依存すべきものでなく,事情の許す限り,基本食糧の供給については,国内自給力の向上に努めなければならない」との趣旨であった。食管経費については,米の売買逆ざや縮小が求められているものの,農政は農基法下にあって,その体系のなかで新たな取組みがなされている。 例えば,地域主義にもとづく考え方を基本にして,農用地利用増進事業(75年),物価対策上の理由から野菜価格安定制度(76年)が発足し,農業構造改善事業も新農構に,米の生産調整は水田利用再編対策に転換している(78年)。所得再配分政策は,米価では否定されたものの水田利用再編対策奨励補助金では,稲作所得補償が基準とされている。 だが,財政再建期から大きく変わることになる。臨調は,農業については生産性の向上と内外価格差の縮小をもとめ,産業として自立することが重要としたが,具体的には米に照準があてられ,食管制度の運営の改善を求めるものであった。農業予算については,価格政策と補助の縮減を迫り,食管経費では売買逆ざや解消にとどまらず生産調整奨励補助金からの脱却を強く求めている。農政審議会の80年の答申「80年代の農政の基本方向」は,農政の基本方向を「食糧自給の向上」から「食糧の安定供給と安全保障」に変え,食糧の安定供給にあたっては,「日本型食生活」の定着を重視し,これを前提に「食糧の安全保障」を提言している。ここで食糧供給は国内生産と輸入によることが明確にされ,「総合的食糧自給力の維持強化」が必要とされ,むしろ市場アクセスの改善に力を入れることを主唱している。つづく82年の「『80年代の農政の基本方向』の推進について」では,いっそうの農産物自由化への準備が求められている。農政のこのような転換の下で,食管制度は売買逆ざやの縮小はもちろん,他用途利用米の創設や自主流通米奨励金の見直しがされ,以後自主流通米中心の流通へと移行が行われた。新農構は補助対象の見直しと縮減がされ,後期対策に転換した。構造政策は利用権集積中心の施策が期待されたほど進捗せず,公共事業費のみが大きな落ち込みから逃れている。 国際化・自由化進展期は,86年の前川レポートを受け,食管経費は管理経費の節減まで及び,備蓄や消費拡大で生産者および生産者団体へ負担の転嫁を行うようになり,米の自由化と制度の終焉を準備した。86年の農政審議会の答申「21世紀に向けての農政の基本方向」では,「食糧の安全保障」の項もなく,コストダウンと生産性の向上が国内での食料供給を可能にする,との見解となった。このため,構造政策の推進が対策の重点に掲げられ,認定農家の育成等選別施策がとられることとなる。 農業予算はこのなかで,新農構は86,88年の補助対象の見直しが進み,農業生産からの乖離が著しくなり,構造改善事業は農業と直接かかわらぬ多面的な事業に変わった。米のみならず価格政策は内外価格差の縮小のため機能を縮小し,農業予算は公共事業関係費のみが増加することとなり,事業も農業基盤整備に加えて生活環境整備事業に拡がり,農業集落排水事業などにみるように,特異な公共事業である土地改良事業から一般公共事業に近い事業へと変化するのである。 これらの期間を通ずる予算削減の具体的方法は,77年度からシーリングによって行われ,投資的経費より経常的経費に比重をかけて行われた。農業予算は,所得の再配分にかかわ 価格対策等は国の直接事業であり,一般事業,公共事業関係は地方自治体と,補助金を通じて関係している。国の農業予算の削減は同時に,農業予算の6割近くを占める農業補助金の縮減を意味し,国,都道府県,市町村を通じる財政関係に変化を与えた。価格対策を含め,一般事業の国の農業予算の削減は,都道府県,市町村,生産者団体等への負担の転嫁をもたらした。 他方,地方自治体の財政は,国債の大量発行にともなう経費膨張に対し,不況もともない地方交付税収の減少とともに財源不足に陥り,本来,地方交付税率の改訂により補填すべきところを,地方交付税特別会計への資金運用部からの借入れと建設地方債によって行われ,地方交付税の代替財源として地方債があてられた。このことから適債事業としての公共事業が増加することとなる。80年代後半以後の財源不足は,主として地方債に委ねられるが,この場合も元利償還金の基準財政需要への繰入れ措置による地方交付税の先取りや内需拡大の重点が地方自治体に移されることもあり,公共事業関係の経費の増加が必然化するのである。 補助金削減と地方自治体への負担の転嫁,地方債による投資的経費の確保という,国と地方自治体との政府間財政関係が進展するなかで,実際の地方自治体の農業関係費は大きく変化した。自治省「地方財政白書」によって農業関係費の推移をみると都道府県,市町村とも畜産事業費,農業生産振興にあてられる農業費も減少し,公共事業が中心の農地費のみが伸び,都道府県平均で92年度には農業関係費の66%にもなっている。地方自治体の財政力指数別に農業関係費をみると「東高西低」の傾向にあるが,これはこれまでの農業政策が米作中心,しかも大河川沿岸域の土地改良事業に重点がおかれていたことを示している。しかし,これも土地改良事業と農業・農村整備事業の変化のなかから農地費を中心に平準化されてきている。 具体的な県の事例を鳥取県によってみると,所得再配分的機能をもつ事業は,国の補助金の削減にともない米の転作促進対策,野菜価格安定対策,農業構造改善事業にいたるまで,県の一般財源の増加がされ,この分野での単独事業の増加を指摘することができる。鳥取県においても,県下市町村においても農業関係費のうちで,農地費の伸びが著しく,最も比率の高い事業となったのである。 70年代後半から90年代前半にいたる10数年間の財政政策と農業政策の変化は転換期と呼ぶにふさわしく,農業予算の変容は,それを反映したものにすぎない。経済動向と農政の変化を農政審議会答申と経済企画庁「経済白書」で検討すると,経済白書は87年度をもって本文から「農業」の項を割愛している。80年代にいたる時期では,経済白書は,低生産性部門としての農業は,「国民一般が負担するコスト」との認識が存在していたが,80年代前後になると産業構造の転換にともなう就業構造の変化を背景に「農業の効率化」を求め,87年度には「産業構造転換としての農業改革に関する留意点」を示し,構造政策は高齢者対策を,就業機会の創出にあたっては内発的発展の認識を求めるに至っている。 75年から92年の間,日本の農業政策は生産振興と価格政策を失ない,農業保護政策は後退し,少なくとも農基法農政下の農政は終焉した。農業予算の性格は,農業政策によって変動する予算ではなく,公共事業を中心とした経済政策的色彩の強い予算となったのである。 |