学位論文要旨



No 212830
著者(漢字) 岸,利治
著者(英字)
著者(カナ) キシ,トシハル
標題(和) ポルトランドセメント及び高炉スラグとフライアッシュを用いた混合セメントの複合水和発熱モデル
標題(洋)
報告番号 212830
報告番号 乙12830
学位授与日 1996.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12830号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 助教授 小澤,一雅
内容要旨

 従来の温度ひび割れ解析における温度予測では,対象となるコンクリートの発熱特性値として,実験により求めた断熱温度上昇履歴を与えるのが一般的であった。しかし,コンクリート構造の耐久性照査においては,使用材料の特性値を一般化した形式で与えることが不可欠といえる。特に温度応力解析では,セメントの水和反応に基づいた発熱モデルを与えることが必要である。これまでに,実際に使用するコンクリートと同一の配合,練混ぜ方法によるコンクリートの断熱温度上昇から,化学反応速度論に基づき,直接的にコンクリート中のセメントの水和発熱過程を定量化する手法が確立されており,使用材料とコンクリートの配合が確定した段階において,高精度の照査を行うという目的に対しては,所要の水準に達したといえる。しかし,設計段階で材料の選定と配合の決定を効率的に行う性能評価手法としては,材料の特性値を実験によらず,かつ一般的な形で与えることが不可欠であり,任意の条件に対応可能なセメントの水和発熱モデルを与えることが求められる。このことは,施工における人的要因に起因した欠陥を排除し,高耐久的なコンクリート構造物の普及を目的として開発された自己充填コンクリートにおいて一層重要である。自己充填コンクリートでは,基本性能である自己充填性能を満たすために,配合において一定の粉体量を確保する必要がある。したがって,セメント量の削減には限界があり,適切な発熱性状を呈する粉体を選定することで対処しなければならない。すなわち,要求性能を満足する材料・配合を選定するまで検討を繰り返す自己充填コンクリートの耐久性照査では,使用材料・配合の選定に立ち戻った際の材料特性の同定を容易にしておくことが強く求められるのである。また,温度ひび割れに関して要件を満足する配合であっても,他の要求性能から再考が必要となることもあり,耐久性照査の検討項目が多岐にわたることも,本研究の背景となっている。

 本研究は,ポルトランドセメント,および混和材として高炉スラグとフライアッシュを対象として,種々の粉体の組み合わせにおいて結合材の発熱特性を与える水和発熱モデルを提案するものである。すなわち,使用材料の種類,配合条件,環境条件のみを入力としてコンクリート中のセメントの水和発熱過程を表現し得る水和発熱モデルの構築を目的とした。本研究の特徴は,セメント中の水和反応をセメントを構成する鉱物ごとに記述し,セメントの種類の相違を構成鉱物の組成比の違いとして表現するところにある。反応単位ごとに算出される発熱速度を鉱物の組成比率に応じて足しあわせることにより,種々のポルトランドセメントと任意の混和材置換率に対応して発熱速度を与えることが可能となるのである。本研究は5章から構成されており,その内容は以下のように要約される。

 第1章は序論であり,本研究の背景および目的と範囲を概説した後,既往の研究の現状について述べている。

 第2章では,複合水和発熱モデルの基本概念と基本式および提案モデルを用いた温度解析システムについて述べている。提案する複合水和発熱モデルで扱う反応単位は,セメントを構成するクリンカー鉱物であるエーライト(C3S),ビーライト(C2S),アルミネート相(C3A),フェライト相(C4AF)と,高炉スラグおよびフライアッシュである。そして,混和材を含めたセメント総体の発熱速度を,各反応の発熱速度の和として次のように与えることを提案した。

 

 ここで,はセメント総体の水和発熱速度,Piは鉱物iの構成比率,iは鉱物i単位量当りの発熱速度を表わす。また,C3A,C4AF,C3S,C2Sはポルトランドセメント中のクリンカー鉱物を表わし,SG,FAは高炉スラグ及びフライアッシュを表わす。なお,C3AETおよびC4AFETはエトリンガイトの生成反応における発熱速度を表わす。

 各鉱物反応の発熱速度は,基本的に温度一定条件下における発熱速度である基準発熱速度と反応の温度依存性を表わす温度活性の2つを材料関数として表現され,任意の温度履歴に応じた発熱速度を与えることが可能となっている。ただし,同一の環境で進行する反応群を個別に取り扱うために,反応相互の依存性を別途表現する必要がある。しかし,各反応間の複雑な相互依存性を個別に表現することで,モデルとしての拡張性と一般性を達成することが可能な構成となっている。

 第3章では,複合水利発熱モデルとして,ポルトランドセメントの水和発熱過程のモデル化を行っている。まず,既往の知見と実験結果に対する解析を通して,個々のクリンカー鉱物の反応に対して,基準発熱速度と温度活性を設定した。この際,既往の研究において定量化されたセメント総体の温度依存性が,水和の進行に対して非線形に変化することの原因は,温度依存性の異なる鉱物が水和反応の過程において順次反応主体として入れ代わっていくことによると考えた。そして,鉱物ごとに反応の温度依存性は異なるとの仮定の上に,それぞれに温度活性値として単純な値を与えている。セメントの粉末度の相違による影響は,発熱速度の変化をブレーン比表面積を用いて変化させることで表現した。また,水和発熱モデルにおける副システムとして,アルミネート相およびフェライト相と石膏の反応によるエトリンガイトの生成モデルを組み入れた。鉱物反応間に生じる相互依存性としては,まず,各鉱物が水和に供される自由水を共有するために,低水セメント比の配合において,反応の後期での自由水の不足による反応の低減効果を考慮し,自由水量と水和生成層厚をパラメータとする反応低減関数として導入した。次に,セメントの主要構成鉱物であるエーライトとビーライトの構成比率が大きく異なる際に,発熱ピーク以降の各鉱物の基準発熱速度自体が大きく異なることが実験結果と解析との比較より推察され,鉱物組成の変化に応じた各鉱物の発熱速度の変化を考慮することとした。また,高性能減水剤等の有機混和剤を添加した場合に観察される反応の遅延効果を,混和剤による液相中のカルシウムイオンの消費に着目して,誘導期の長期化として表現している。そして,構築したポルトランドセメントの水和発熱モデルを断熱温度上昇測定値及び5種類のポルトランドセメントに対する擬似断熱試験体の温度履歴計測結果によって検証を行い,早強から低発熱までの幅広い適用性を有することを確認した。

 第4章では,高炉スラグとフライアッシュを用いた混合セメントの水和発熱過程のモデル化を行った。混合セメントの水和発熱モデルでは,高炉スラグおよびフライアッシュをそれぞれ1つの反応単位としてとらえている。これは両者のガラス化率が高く均質な材料として取り扱うことが妥当であると判断したことによる。高炉スラグとフライアッシュの反応には,刺激剤の添加が不可欠であり,混合セメント中においては,セメントから生成される水酸化カルシウムに依存している。そこで,セメント,高炉スラグ,フライアッシュ3者間の相互依存性を液相中の水酸化カルシウム量によって規定することとした。混和材の発熱速度は,母材であるポルトランドセメントの発熱と分離して実測することが不可能であるので,スラグおよびフライアッシュの基準発熱速度と温度活性は,基本的には,混和材の置換率が低く,水酸化カルシウムの供給が混和材の反応にとって十分であると考えられる場合の断熱温度上昇履歴を再現するように解析によって設定している。ただし,混和材の反応性や最終発熱量については,セメント化学における既往の知見も参考とした。混合セメントの水和反応では,混和材の置換率が大きい場合に,余剰の自由水が存在するにもかかわらず,混和材の反応が,刺激剤の不足によって停滞することが考えられる。そこで,混和材の反応が刺激剤の不足によって停滞する際には,自由水が優先的にポルトランドセメントの水和に供給されることを考慮している。また,フライアッシュによるポルトランドセメントと高炉スラグへの反応遅延効果を,高性能減水剤による遅延効果と合わせてモデルに組み入れた。そして,構築した混合セメントの水和発熱モデルを複数の既往の断熱温度上昇試験結果により検証を行っている。

 第5章は結論で,本論文を総括し,その成果と今後の課題について述べている。

審査要旨

 セメントの水和発熱によって発生する温度応力の算定と温度ひび割れ危険度の判定は,大型コンクリート構造物の機能性維持と長期耐久性能を確保する上で重要な課題である。温度ひび割れの発生確率が高い場合は,コンクリートの配合の修正,高炉スラグやフライアッシュといったポゾランの混入,あるいはポルトランドセメントの種類を変更することで,温度ひび割れを回避することができる。今日では,任意のコンクリートの配合に対して,その発熱特性が得られれば,構造中のセメントの発熱挙動を予測することが可能であり,精度の高い温度応力解析を実行することができる。

 しかし,セメントの化学成分やポゾラン系混和材の混入率が変化した場合は,その都度,断熱温度上昇試験などを行って,セメント系結合材の活性化エネルギーや基準発熱速度を,結合材の特性値として求めなければならない。セメントの種類やポゾランの混和率に関して水和発熱反応速度が一般化されていないために,温度ひび割れ危険度を事前予測し,温度ひび割れに対して有効な材料の設計を行うことを困難なものにしている。以上を鑑み,本研究は,1)ポルトランドセメントの化学成分,2)ポゾランを含むコンクリートの配合,および3)コンクリートの初期温度の3者を入力条件として,コンクリート構造中の任意の部位における水和発熱速度を高い精度で予測する技術を開発したものである。本研究は5章より構成されている。

 1章は序論であり,既往の研究を概括するとともに,本研究の背景と達成すべき目標を明示している。

 2章では,任意の化学組成を持つポルトランドセメントと,高炉スラグ・フライアッシュを任意の割合で混入した混合セメントの水和発熱速度を予測する方法の基本を述べている。ポルトランドセメントをエーライト,ビーライト,フェライト,アルミネートの4成分からなる混合粉体として扱い,各々の化学成分に対して水和反応速度式を定め,高炉スラグ・フライアッシュを含めた反応単位の相互依存性を考慮できる複合水和発熱モデルを提唱している。一見して複雑に見える混合セメントの発熱過程を,単純な形式で記述された個々の反応単位の総体として捉えることによって一般化を図る点が,本研究の眼目である。

 3章は2章で述べた複合水和発熱モデルに立脚した,ポルトランドセメントの水和発熱モデルの具体的提案を行ったものである。セメント構成鉱物ごとに,活性化エネルギーと基準発熱速度を,コンクリートの断熱温度上昇試験値から同定している。さらに,反応系に残存する水量の影響,高性能減水剤による反応遅延効果,中間生成物であるエトリンガイトの形成の影響を,モデルにおいて合理的に表現している。これにより,早強から超低発熱に至る種々のポルトランドセメントの水和発熱速度を,精度良く予測する手法を開発するに至っている。

 4章では,3章で一般化したポルトランドセメントの水和発熱モデルを更に発展させ,高炉スラグおよびフライアッシュを任意の混合率で混ぜた混合セメントの複合水和発熱モデルを提案している。高炉スラグとフライアッシュ各々を反応単位としてモデル化し,ポルトランドセメントから供給される液相中の水酸化カルシウム量を,ポゾラン反応の支配変数とすることで,母材としてのセメントと混和材間の反応依存性を,定量的に表現することに成功した。また,フライアッシュによるポルトランドセメントと高炉スラグへの反応遅延効果を,高性能減水剤による反応遅延効果と合わせてモデルに組み入れている。これらの相互依存性は,水和発熱反応を呈する粉体を複数の反応単位の総和として扱う本研究の基本モデルによってはじめて,定量的に評価することが可能となるのである。

 5章は結論であり,本論文の総括を述べ,あわせて今後の課題を明示している。

 本研究は,任意の組成により構成される混合セメントの水和発熱モデルを提案したものであり,マスコンクリートの温度ひび割れ予測に資する精度と一般性を与えている。また,コンクリートの長期耐久性にかかわる種々の要因,例えば細孔水分量,物質移動抵抗性,クリープ・乾燥収縮の予測において,不可欠な技術となることが期待される。本研究は,コンクリート構造の初期欠陥を照査する技術の発展に寄与するものであり,温度ひび割れに対して有効なセメント系建設材料の機能設計を可能にする技術を提供したものと評価される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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