学位論文要旨



No 212832
著者(漢字) 横木,裕宗
著者(英字)
著者(カナ) ヨコキ,ヒロムネ
標題(和) 円正規分布関数を用いた入・反射波共存場における方向スペクトルの推定法
標題(洋)
報告番号 212832
報告番号 乙12832
学位授与日 1996.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12832号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 助教授 河原,能久
 東京大学 助教授 Mohammad,Dibajnia
内容要旨

 海の波は不規則であり,無数の周波数と波向を持った成分波が含まれている.したがって,海の波を記述するためには,周波数と波向に関するエネルギー分布を表す方向スペクトルを用いる必要がある.また,近年では海岸・海洋構造物の設計などにおいても,入力波浪として多方向不規則波浪を用いることが一般的になってきており,現地の波浪場において方向スペクトルを推定することの重要性が高まってきている.

 しかし,一般に現地の波浪場において方向スペクトルを推定することは容易ではなく,特に海岸構造物前面のような,入射波と反射波が共存している波浪場において精度の高い方向スペクトルを推定する方法は未だ確立されていないのが現状である.

 そこで本研究では,円正規分布関数を用いて定式化した方向スペクトルの標準形を用いることにより,構造物前面での入・反射波共存場において,少ない波動量から実用的な精度の方向スペクトルを推定する方法を提案した.本推定法を数値シミュレーションによって得られた水面変動データに適用し,推定法の有効性,推定精度,波高計アレイの形状や波高計間隔が推定精度へおよぼす影響などを検討した.その結果,本推定法は高精度で方向スペクトルを推定していることが確認できた.また,反射面に垂直な波高計アレイを用いると反射率を,反射面に平行な波高計アレイを用いるとピーク波向,方向集中度を精度よく推定できることが明らかになった.さらに,水槽実験や現地観測などで得られた実測データに適用し,その有効性,推定精度を検討した結果,本推定法は実測データに対しても十分な精度で方向スペクトルを推定することが確認された.

 以下,本論文の章立てに沿って内容の要旨を示す.

 第2章では,方向スペクトルに関する諸量や,従来提案されている方向スペクトルの推定法について説明した後,入・反射波共存場における方向スペクトルの推定法を提案した.本推定法は,方向スペクトルパラメターを用いて定式化したクロスパワースペクトルの組み合わせと,観測された水面変動間のクロスパワースペクトルの組み合わせとが等しくなるような,方向スペクトルパラメターを最尤法を用いて推定する方法である.

 円正規分布関数を用いた方向スペクトルの表示式を次式に示す.

 

 ここで,aは円正規分布型方向関数の方向集中度係数,0はピーク波向,P(f)は周波数スペクトルをそれぞれ表している.また,I0は変形されたBessel関数である.この方向スペクトルの表示式を用いると,クロスパワースペクトルpqの表示式は次式のように表される.

 

 ここで,rは反射面(y軸)での反射率,pは各観測地点においてパワースペクトルに含まれるノイズの割合を表している.また,

 

 である.Rpq,pqなどは,xp,xqを観測地点の位置ベクトル,xprを反射面(y軸)に関してxpと対称な点の位置ベクトルとして,

 

 と定義される.なお,本研究でいう方向スペクトルパラメターとは,a,0,P(f),r,pである.

 式(2)のように定式化されたクロスパワースペクトルの組み合わせと,観測されたクロスパワースペクトルの組み合わせpqの等しさを表す尺度として次式で表される尤度Aを用いた.

 

 ここで,△fはpqが代表する周波数間隔,Mは観測地点数,││は行列pqの行列式をそれぞれ表している.本推定法では,この尤度が最大になるような方向スペクトルパラメターを求めるのに修正Marquardt法を用いた.

 第3章では,数値シミュレーションによって作成した水面変動の時系列データに対して本推定法を適用した.図1は,水深1.0m,有義波高H1/3=0.1m,有義波周期T1/3=1.0s,方向集中度smax=40,主波向p=135°,反射面での反射率r=0.5の波浪場に対して,反射面に垂直な波高計アレイ(実線),反射面に平行な波高計アレイ(破線)および三角形状の波高計アレイ(点線)を用いてそれぞれ方向スペクトルパラメターを推定した結果の内,ピーク波向(左図),反射率(右図)の推定結果を示したものである.この図より,ピーク周波数であるf=1.0Hz付近において,反射面に垂直な波高計アレイを用いると,反射率が精度よく推定され,反射面に平行な波高計アレイを用いると,ピーク波向が精度よく推定されていることがわかる.また,三角形状の波高計アレイを用いると,反射率,ピーク波向共に精度よく推定されていることがわかる.また,この他の結果より,ピーク波向を精度よく推定する波高計アレイは,方向集中度係数をも精度よく推定することがわかった.

図1:推定結果の一例(真値:p=135°,r=0.5)

 第4章では,本推定法を水槽実験,現地観測で得られた水面変動データに対して適用し,推定法の有効性を検討した.その結果,実測データに対しても十分な精度で方向スペクトルパラメターを推定することが確認された.また,波高計アレイの形状が異なることの方向スペクトルパラメターの推定精度への影響も,数値シミュレーションデータに対する検討結果と同様の結果が得られた.

 また,本推定法では方向スペクトルパラメターを周波数毎に推定しているので,反射面での反射率も周波数毎に推定値が求められている.しかし一方,設計などの実務においては,構造物前面での反射率をある固有の値で与える必要が生じることがある.そこで,本推定法で得られた周波数毎の反射率の推定値と,いわゆる構造物固有の値としての反射率との関係について考察し,その結果,入射波のパワースペクトルのピーク周波数付近での反射率の推定値の平均値を構造物の反射率とするよう提案した.

 最後に,第5章では本研究の総括を行い結論を述べている.

審査要旨

 海洋における波浪は不規則であり,無数の周波数と波向を有する成分波から構成されている.したがって,不規則波を記述するためには周波数と波向に関する成分波のエネルギー分布を示すところの方向スペクトルを用いることになる.周波数スペクトルと異なり,方向スペクトルを得るためには原則として無数の測定点における波浪の時系列データが必要であるが,これは現実には不可能なことである.そこで,限られた測定データからいかに精度よく方向スペクトルを推定するかということが課題となる.さらにその中でも,特に工学的に重要となるのは構造物などによる反射波が存在する場における方向スペクトルの推定であり,これにより入射波と反射波の分離が可能となる.現在までに数種の推定理論が提案されているが,少ない波動量から実用に耐える精度で方向スペクトルを推定できるものはない.本論文は,方向関数を円正規分布によって表すことにより,効率的で精度のよい最尤法による方向スペクトルの推定法を定式化し,さらに数値シミュレーション,室内実験,および現地観測によりその特性を把握し,有効性を検証したものである.

 第1章は序論であり,方向スペクトル推定の工学的意義を述べるとともに,研究の目的および必要性を述べている.また,研究の概要および論文の構成を述べている.

 第2章では,まず,方向スペクトルの諸定義とその相互関係,方向スペクトルから得られる代表波向・方向分散指数,方向関数の標準形,および方向スペクトルとクロスパワースペクトルの関係についてとりまとめている.特に,入反射波共存場での関係式を示すことにより,理論展開の出発点としている.続いて,既往の方向スペクトル推定理論のレビューを行い,それぞれの特徴を明らかにしている.最後に,本論文で提案する,円正規分布を用いた方向スペクトルの推定理論を誘導している.そこではまず,方向スペクトル推定法に必要な条件を整理し,方向集中度の高い分布形に対しても低い分布形に対しても滑らかに変化するものである等をあげている.方向スペクトルとクロスパワースペクトルとの関係の定式化においては,反射面からの任意反射率での反射波を考慮したものとし,方向関数として円正規分布関数を用いて具体的な関係式を導いている.このことにより,解析的な表示が簡便となり,特に数値計算が非常に容易になった.この関係に基いて,測定結果から得られるクロスパワースペクトルから方向関数を決定するための手段として尤度を定義し,最尤法によって円正規分布に含まれるパラメターを決定する方法を具体的に示している.特に,Gauss-Newton法と修正Marquart法を組み合わせることにより,安定で高速なアルゴリズムを提案した.

 第3章では,提案した方向スペクトル推定法の妥当性の検討を,数値シミュレーションによって行っている.Bretschneider-光易型周波数スペクトルと光易型方向関数を組み合わせた方向スペクトルを真の方向スペクトルとして与え,これから水面変動の時系列データをシミュレートした.そして,種々の波高計配置に対して作成されたデータに本研究での推定法を適用した結果を,与えた真の方向スペクトルと比較して推定精度を検討している.それによれば,波高計3台に対しては,すべてを反射面と垂直に配置した場合に反射率の推定精度が高く,平行に設置した場合にピーク波向・方向集中度の推定精度が高くなること,および3台を直角三角形状に配置すると反射率・ピーク波向・方向集中度の推定精度が高くなること等が明らかになった.

 第4章では,多方向不規則波の発生装置をとりつけた水槽での実験結果,および現地観測に本研究での推定法を適用した結果を述べている.水槽実験では,反射面に垂直な波高計配置では反射率の推定精度が高く,平行な波高計配置ではピーク波向・方向集中度の推定精度が高いという,数値シミュレーションの結果と整合する結果が得られた.また,現地観測では,波高計配置を反射面に対して垂直としたが,反射率に関して妥当と考えられる結果が得られたと考察している.さらに,工学的に用いられる,全周波数領域での代表反射率の決定法について述べている.

 第5章においては,以上の研究成果をまとめ,結論を述べている.

 以上のごとく,本論文は方向スペクトルの推定に関して,新たな推定法を提案し,精度やデータ解析等の面から実用的であることを検証したものであり,この成果は貴重なものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50995