内容要旨 | | 波と底泥の相互作用の結果として生ずる底泥の層内質量輸送は,泥浜海岸における主要な底泥輸送形態の1つであり,シルテーション等の諸問題と密接な関係がある.その予測精度の向上のためには,底泥のレオロジー特性をより正確に把握することが最も基本的かつ重要である. これまでにも予測モデルがいくつか提案されているが,底泥のレオロジー特性として粘性,粘弾性,粘塑性あるいは粘弾塑性を仮定しており,波作用下における底泥の動力学特性が十分に反映されているとは言い難い.ところで最近の研究によれば,波作用下での底泥のレオロジー特性は波の周期,振幅,底泥の含水率及び圧密状態等と深く結びついている. そこで本研究では,まず,より広範な条件下において底泥の力学挙動に関する実験を行うことにより,底泥のレオロジーモデルならびにモデル中のパラメターの評価式を提案した.また,波による底泥の巻き上げを考慮して,波作用下における底泥層内含水率の鉛直分布および経時変化を評価するための解析モデルを開発した.さらに,本レオロジーモデルおよび底泥層内含水率の経時変化モデルに基づいて底泥運動の鉛直2次元数値モデルを構築し,波高減衰および底泥質量輸送速度の計算を行うとともに,実験結果に基づく検証を行った.その結果,本モデルにより底泥のレオロジー特性,波高減衰および底泥質量輸送速度を十分な精度で再現できることが確認された.最後に数値実験によって底泥の質量輸送に対する含水率の影響を検討した. 以下,本論文の章立てに沿って内容の要旨を示す. 第1章では,泥浜海岸における波と底泥との相互作用の重要性を論じた上で,本研究の目的と内容の概要を説明した. 第2章では,波と底泥との相互作用の水理現象,すなわち,底泥のレオロジー特性,底泥の波動運動および質量輸送,底泥の波動運動による波の減衰,ならびに底泥層内の含水率の経時変化等に関する既往の研究をレビューし,従来提案されている理論およびモデル中の問題点について分析した. 第3章では,波作用下での底泥の力学挙動を精度よく評価するために,振動型の回転粘度計とカオリナイト試料を用いて,含水率,回転振動の周期と振幅をそれぞれ120%〜300%,0.5〜10.0s,0.5〜25°の範囲で変化させ,幅広い条件の下で合計800ケース余りの実験を行った.また,各要素の様々な組み合わせによって,底泥の含水率,振動の周期と振幅の底泥のレオロジー特性に対する影響を調べた. 実験から得られた泥中のせん断応力とせん断歪みおよび歪み速度との関係により,正弦振動下における泥中のせん断応力は,せん断歪みや歪み速度と強非線形なヒステリシス関係を持つことが明かとなった.外力によって泥中のせん断応力とせん断歪みおよび歪み速度とのヒステリシス・ループが変化し,底泥は粘弾性,粘弾塑性あるいは粘塑性といった非常に複雑な特性を有することや,振動の周期,振幅,および特に泥の含水率などによって大きく変化することが分かった. 図1:底泥構成方程式の定義図 以上の実験結果に基づいて,波による底泥のレオロジー特性を評価するモデルを新たに提案した.図-1に示した底泥構成方程式の概念図によって,図-1(b)と図-1(f)の曲線をそれぞれせん断応力rとせん断歪み,せん断応力rと歪み速度との有理式と定式化することにより,正弦振動の作用下での底泥のレオロジーモデルを次のように構成した. 式中の係数G0,0,,は提案されたモデルの再現性に対して支配的な役割を果たすことが予想され,実験データに基づいて,回帰分析によりそれぞれ含水率、振動の周期および泥中の最大せん断応力の関数として実験式を求めた. また,提案されたレオロジーモデルの妥当性を検証するために,実験データと対応して本レオロジーモデルを用いて底泥のせん断応力とせん断歪みおよびせん断応力とせん断歪み速度とのヒステリシス・ループを求めた。計算結果と実験結果との一致度は良好であり,本モデルによりかなり精度よく底泥の力学特性を再現できることが示された. 第4章では,波作用下での底泥層内含水率の鉛直分布およびその経時変化を算定するための簡易なモデル化を試みた. 従来の研究では,底泥の含水率の鉛直変化に関する波の影響については,静水状態では底泥は圧密されるだけであるのに対して,波作用下では底泥の表層の含水率が増加し,あるいは"液状化"し,下層では圧密されるといった複雑な現象が明らかとなっている. そこで本研究は底泥層を進行する波について,底面変動水圧による"pumping"作用と底面せん断応力および動水圧勾配による"shaking"作用に分けて,その主な役割について検討した.波作用下での底泥の含水率の変化は底泥の自重に加えて波の"pumping"による圧密および波の"shaking"による膨張の総合的な効果であると考えた.そこで,Gibsonら(1967)による一般的な1次元圧密方程式を用いることにより、波作用下における底泥層内含水率の鉛直分布および経時変化を評価する解析モデルを提案した.また,実験結果に基づき提案されたモデルの妥当性を検証した。 第5章では,新たに提案したレオロジーモデルおよび含水率変化の評価モデルを用いて,底泥運動の鉛直2次元数値モデルを構築した.波による底泥波動運動の支配方程式は,連続方程式と線形化されたNavier-Stokes方程式である.固定床上でのnon-slip条件,泥層表面でのzeroせん断応力条件,泥波の周期条件といった境界条件および適当な初期条件を与えて,泥中の流速,圧力またせん断応力を数値シミュレションにより解くことができる.したがって,底泥層におけるエネルギー逸散による波高の減衰および底泥の質量輸送速度を評価できる. 底泥運動の解析モデルの妥当性を確かめるために,波高減衰および底泥層内の質量輸送速度の鉛直分布に対して実験結果に基づく検証を行った.Sakakiyama・Bijker(1989)の実験値と比較した結果,本モデルにより波高分布および質量輸送速度の実験結果を良好に再現できることが明らかとなった. さらに,底泥の波動運動に対する含水率の鉛直分布の時間変化の影響を把握するため,底泥の質量輸送速度について調べた.その結果,底泥の質量輸送速度の鉛直分布は含水率の鉛直分布およびその時間変化と密接な関係を有することが明らかになった. 最後に,第6章では本研究の総括を行い,結論を述べている. |