学位論文要旨



No 212833
著者(漢字) 蒋,勤
著者(英字)
著者(カナ) ジャン,キン
標題(和) 波作用下における底泥のレオロジー特性と質量輸送に関する研究
標題(洋) Study on Rheological Properties and Mass Transport of Soft Mud under Water Waves
報告番号 212833
報告番号 乙12833
学位授与日 1996.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12833号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 河原,能久
 東京大学 助教授 Dibajnia,Mohammad
内容要旨

 波と底泥の相互作用の結果として生ずる底泥の層内質量輸送は,泥浜海岸における主要な底泥輸送形態の1つであり,シルテーション等の諸問題と密接な関係がある.その予測精度の向上のためには,底泥のレオロジー特性をより正確に把握することが最も基本的かつ重要である.

 これまでにも予測モデルがいくつか提案されているが,底泥のレオロジー特性として粘性,粘弾性,粘塑性あるいは粘弾塑性を仮定しており,波作用下における底泥の動力学特性が十分に反映されているとは言い難い.ところで最近の研究によれば,波作用下での底泥のレオロジー特性は波の周期,振幅,底泥の含水率及び圧密状態等と深く結びついている.

 そこで本研究では,まず,より広範な条件下において底泥の力学挙動に関する実験を行うことにより,底泥のレオロジーモデルならびにモデル中のパラメターの評価式を提案した.また,波による底泥の巻き上げを考慮して,波作用下における底泥層内含水率の鉛直分布および経時変化を評価するための解析モデルを開発した.さらに,本レオロジーモデルおよび底泥層内含水率の経時変化モデルに基づいて底泥運動の鉛直2次元数値モデルを構築し,波高減衰および底泥質量輸送速度の計算を行うとともに,実験結果に基づく検証を行った.その結果,本モデルにより底泥のレオロジー特性,波高減衰および底泥質量輸送速度を十分な精度で再現できることが確認された.最後に数値実験によって底泥の質量輸送に対する含水率の影響を検討した.

 以下,本論文の章立てに沿って内容の要旨を示す.

 第1章では,泥浜海岸における波と底泥との相互作用の重要性を論じた上で,本研究の目的と内容の概要を説明した.

 第2章では,波と底泥との相互作用の水理現象,すなわち,底泥のレオロジー特性,底泥の波動運動および質量輸送,底泥の波動運動による波の減衰,ならびに底泥層内の含水率の経時変化等に関する既往の研究をレビューし,従来提案されている理論およびモデル中の問題点について分析した.

 第3章では,波作用下での底泥の力学挙動を精度よく評価するために,振動型の回転粘度計とカオリナイト試料を用いて,含水率,回転振動の周期と振幅をそれぞれ120%〜300%,0.5〜10.0s,0.5〜25°の範囲で変化させ,幅広い条件の下で合計800ケース余りの実験を行った.また,各要素の様々な組み合わせによって,底泥の含水率,振動の周期と振幅の底泥のレオロジー特性に対する影響を調べた.

 実験から得られた泥中のせん断応力とせん断歪みおよび歪み速度との関係により,正弦振動下における泥中のせん断応力は,せん断歪みや歪み速度と強非線形なヒステリシス関係を持つことが明かとなった.外力によって泥中のせん断応力とせん断歪みおよび歪み速度とのヒステリシス・ループが変化し,底泥は粘弾性,粘弾塑性あるいは粘塑性といった非常に複雑な特性を有することや,振動の周期,振幅,および特に泥の含水率などによって大きく変化することが分かった.

図1:底泥構成方程式の定義図

 以上の実験結果に基づいて,波による底泥のレオロジー特性を評価するモデルを新たに提案した.図-1に示した底泥構成方程式の概念図によって,図-1(b)と図-1(f)の曲線をそれぞれせん断応力rとせん断歪み,せん断応力rと歪み速度との有理式と定式化することにより,正弦振動の作用下での底泥のレオロジーモデルを次のように構成した.

 

 式中の係数G0,0,,は提案されたモデルの再現性に対して支配的な役割を果たすことが予想され,実験データに基づいて,回帰分析によりそれぞれ含水率、振動の周期および泥中の最大せん断応力の関数として実験式を求めた.

 また,提案されたレオロジーモデルの妥当性を検証するために,実験データと対応して本レオロジーモデルを用いて底泥のせん断応力とせん断歪みおよびせん断応力とせん断歪み速度とのヒステリシス・ループを求めた。計算結果と実験結果との一致度は良好であり,本モデルによりかなり精度よく底泥の力学特性を再現できることが示された.

 第4章では,波作用下での底泥層内含水率の鉛直分布およびその経時変化を算定するための簡易なモデル化を試みた.

 従来の研究では,底泥の含水率の鉛直変化に関する波の影響については,静水状態では底泥は圧密されるだけであるのに対して,波作用下では底泥の表層の含水率が増加し,あるいは"液状化"し,下層では圧密されるといった複雑な現象が明らかとなっている.

 そこで本研究は底泥層を進行する波について,底面変動水圧による"pumping"作用と底面せん断応力および動水圧勾配による"shaking"作用に分けて,その主な役割について検討した.波作用下での底泥の含水率の変化は底泥の自重に加えて波の"pumping"による圧密および波の"shaking"による膨張の総合的な効果であると考えた.そこで,Gibsonら(1967)による一般的な1次元圧密方程式を用いることにより、波作用下における底泥層内含水率の鉛直分布および経時変化を評価する解析モデルを提案した.また,実験結果に基づき提案されたモデルの妥当性を検証した。

 第5章では,新たに提案したレオロジーモデルおよび含水率変化の評価モデルを用いて,底泥運動の鉛直2次元数値モデルを構築した.波による底泥波動運動の支配方程式は,連続方程式と線形化されたNavier-Stokes方程式である.固定床上でのnon-slip条件,泥層表面でのzeroせん断応力条件,泥波の周期条件といった境界条件および適当な初期条件を与えて,泥中の流速,圧力またせん断応力を数値シミュレションにより解くことができる.したがって,底泥層におけるエネルギー逸散による波高の減衰および底泥の質量輸送速度を評価できる.

 底泥運動の解析モデルの妥当性を確かめるために,波高減衰および底泥層内の質量輸送速度の鉛直分布に対して実験結果に基づく検証を行った.Sakakiyama・Bijker(1989)の実験値と比較した結果,本モデルにより波高分布および質量輸送速度の実験結果を良好に再現できることが明らかとなった.

 さらに,底泥の波動運動に対する含水率の鉛直分布の時間変化の影響を把握するため,底泥の質量輸送速度について調べた.その結果,底泥の質量輸送速度の鉛直分布は含水率の鉛直分布およびその時間変化と密接な関係を有することが明らかになった.

 最後に,第6章では本研究の総括を行い,結論を述べている.

審査要旨

 本論文は、波の作用の下での海底の泥質(底泥)のレオロジー特性とその質量輸送ならびに波と底泥の運動との相互作用による波自身の減衰を主たるテーマとして、実験により底泥のレオロジー特性を調べて定式化するとともに、波と底泥の運動に対する数値計算モデルを構築して、これらの現象の解析と考察を行ったものであり、6章より構成されている。

 第1章「序論」では、波による底泥の質量輸送が大半の泥浜海岸における主要な底質移動過程であり、港内や航路のシルテーション等と密接に関連する工学的に極めて重要な問題であることを述べた後、その輸送量を精度良く予測するためには底泥のレオロジー特性を正確に把握・定式化することが不可欠であると論じ、それを実験的に詳細に明らかにすること、ならびにそれに基づく波・底泥運動の数値計算モデルを構築することが本研究の主目的であると述べている。

 第2章「既往の研究のレビュー」においては、上述の波と底泥の相互作用、すなわち底泥のレオロジー特性、底泥の運動、波の減衰、底泥層内の含水率の変化等に関する既往の研究をレビューすることにより、従来提案されている理論やモデルの問題点を明らかにしている。

 第3章は「波作用下の底泥のレオロジー特性」と題する。波の作用に伴う周期的繰り返し荷重を受ける底泥の力学的挙動を実験的に詳細に調べることを目的として、底泥の代表としてカオリナイト試料を用い、パソコン制御の振動型回転粘度計を使用して、試料の含水率および回転振動の周期と振幅を極めて広範囲に変化させた条件の下で、計800ケース以上の実験を行った。そしてこれら各要素が底泥のレオロジー特性に及ぼす影響を綿密に吟味している。

 その結果、正弦振動荷重の下での泥中の剪断応力と剪断歪みや歪み速度との間には、強非線形なヒステリシス関係が存在することを明らかにした。更に、外力条件によって泥中の剪断応力と剪断歪みあるいは歪み速度とのヒステリシス・ループが顕著に変化し、底泥試料は粘弾性、粘弾塑性、粘塑性というように非常に複雑にそのレオロジー特性を変化させることを見いだすとともに、更にはその変化に及ぼす振動の周期と振幅および泥の含水率の影響を定量的に明らかにすることに成功している。本実験におけるような極めて広範な条件の下でのデータはこれまで皆無といって過言ではなく、これらの実験データそのものも本研究の一大成果と評価できる。

 本研究では更にこれら実験結果に基づいて、波作用下の底泥のレオロジー特性に対する構成方程式を新たに提案している。これは上記の複雑なヒステリシス・ループを、剪断応力と剪断歪みの関係、剪断応力と歪み速度の関係の2つのバックボーン・カーブの組合せによって表現するという斬新なアイデアに基づくものであって、その結果、底泥の構成方程式を、剪断歪みおよび歪み速度それぞれの有理式の和として剪断応力を与える極めて簡潔な形で定式化することに見事に成功した。次いでこの提案したレオロジーモデルの妥当性を実験結果との比較により検証している。

 第4章「底泥層内の圧密と膨張」では、底泥層内の含水率変化に及ぼす波の影響を、底面変動圧力に起因する"pumping"作用と底面剪断応力および動水圧勾配による"shaking"作用からなるものとの、新しい解釈によって検討している。すなわち、波の作用下での底泥の含水率の変化は、底泥の自重に加えて波の"pumping"作用による圧密ならびに波の"shaking"作用による膨張の総合的な効果であると考えたものである。そしてこのアイデアに基づいて、波作用下の底泥層内含水率の鉛直分布とその経時変化を評価する解析モデルを提唱し、それを実験との比較で検証した。底泥の含水率はそのレオロジー特性に最も強く影響する要因であることからして、含水率の変化を精度良く算定予測できることになったことの意義は極めて大きいと判定すべきものである。

 更に、第5章「波と底泥の相互作用のシミュレーション」においては、本研究で新たに提案された上述のレオロジーモデルおよび含水率変化の算定式を用い、それらを線形化されたNavier-Stokesの方程式と組み合わせることによって底泥と波の相互作用の支配方程式を導いて、波・底泥運動の鉛直2次元数値モデルを構築した。このモデルは、数値計算を行うことにより泥中の流速・圧力・剪断応力を求めることができ、更に底泥の質量輸送速度ならびに底泥層内のエネルギー逸散による波高減衰を評価できるものである。本研究では、このモデルを用いて実際にいくつかの条件の下で波高減衰および底泥層内の質量輸送速度の計算を実施し、それらを過去の実験データと比較することによって、波高分布・質量輸送速度ともに良好に再現できることが確かめられている。更にこのモデルによる計算の結果に基づいて、底泥の質量輸送速度に及ぼす含水率の鉛直分布の時間変化の影響についても明らかにしている。

 第6章「結論」では、本研究で得られた主な結論をまとめている。

 以上を要するに、本論文は、底泥と波の相互作用をテーマとして、広範な条件下での実験に基づいて底泥の複雑なレオロジー特性を詳細に調べてそれを簡潔に定式化し、底泥の含水率に及ぼす波の作用に関しても斬新なアイデアに基づく評価式を提示し、それらを利用して精度の高い波・底泥運動の数値モデルを新たに構築することに成功したものであり、海岸工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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