学位論文要旨



No 212835
著者(漢字) 後藤,立夫
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,タツオ
標題(和) 室・ダクト系における風量予測計算法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212835
報告番号 乙12835
学位授与日 1996.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12835号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 空調設計における空気搬送の技術はその長い設計実績の歴史の下で枯れた技術と見なされ、疑うことなく使用されている。しかし、エネルギーを自由に使える時代から、エネルギーを節約し、自然環境を守ることが重要なテーマとなった近年では、設備に余裕を持った設計が望ましいことは言うまでもないが、豊富な設備機器を使用しながらも、よりシビアな設計が要求されるようになりつつあるのが現実である。これに関し、ここでは、設計時の目的である新鮮空気を確保し、空調システムを設計目的に合致させて稼働させるための計算方法として、室・ダクト系の移動風量計算法を取り上げた。

 自然換気のみの共用排気筒は上階になるほど逆流の危険があるのは周知の事実である。この問題は、共用排気筒の上下の開口の位置・装置、共用排気筒の抵抗、室との接続の位置・装置、室内での自然換気のための開口、共用排気筒以外と接続している機械換気設備の状況、自然環境としての空気流動環境と周辺物理環境を考慮する必要がある。これは、自然環境を考慮する室・ダクト系である。

 自然環境の影響と上階の危険度を軽減するためその共用排気筒の上開口に排気ファンを取り付けた場合はどうだろうか。まず、第一に気をつけることは空気の通り道としてつながている排気ファンの騒音と振動が室内に届かない様にしなければならない。ダクトから排気ファンまで油の付着に対処しなければならないので消音装置に工夫がいる。常時運転しているのだろうか。使用エネルギーに無駄はないか。運転を止めたときはどうなるだろうか。室に設置されている他の機械換気装置の影響はどうか。このケースも結局自然環境を考慮した室系を含めた全体の抵抗計算が必要となる。

 事務所ビルにおいても設計されたデータが、どのようなときどの程度の変動があるかを予測しておく必要がある。それぞれの吹出口の働き、室間空気の移動と給排気換気システムの働きなどである。

 歴史的には、住宅、学校、特殊な高温環境は自然通風、隙間風計算を必要とし、また、人工環境にあける玄関ドア、空調のためのダクト設計には吸込口・排気口の設計が必要であり、そのためには周辺風環境・室圧計算の他に状況に応じて通風換気、隙間換気計算が必要であり、そのための実測研究が行われてきた。また、火災時のエレベータ周辺、非常階段の圧力低下と室内圧に及ぼす影響計算など、大小開口における流体の流れの計算とダクト設計のためにも通風・換気計算と室圧力計算が必要である。クリーン・ルームの空調設計には詳細な圧力分布の予測を必要としている。これらの実測・実験が過去100年以上前から報告されていて、また、わが国でも通風の実測・モデル実験は明治時代から現代まで継続され、温度差・風力・機械換気、摩擦損失と局所圧力損失、層流と乱流、換気計算手法等が解明ないしは解決されつつある。しかし実際に計算しようとすると、通風・換気計算手法は必ずしも明確であるとは云えないし、また、いまだ換気計算プログラムが設計レベルで実用されているとは云い難い。そこで、本研究では室系もダクト設計で確立した流体の基礎的性質と計算法を使用して、計算に不明確な部分を明確にし、不確定部分は仮定して室・ダクト系の風量予測の計算法をまとめ、試験的計算プログラムを作成した。

 さて本論文は以下の構成で書かれている。

 第1章は弊社におけるダクト設計法について述べ、現状のダクト設計の問題点と本研究の主題である風量予測計算法を考えるに至った背景を記述している。

 第2章は既存の隙間・通風量計算法について述べ、ASHRAEの換気計算手法の簡単な歴史とわが国における現在の換気計算手法を考察し、過去の研究で獲得した知見を整理している。

 第3章は換気計算法の現状についての問題の整理を行っている。

 第4章は粘性の影響のある隙間風量計算法について述べている。隙間風量計算は、換気筒計算、管の圧力損失計算あるいはダクト系の風量計算と同様な計算式の、主として流れの運動量変化が起こるところの形に依存する局所圧力損失係数と、粘性の影響する摩擦係数で整理できることが明らかになっている。この隙間風量計算には、対象とする隙間の圧力差による風量の実測データを使用する方法と、隙間より2桁程度高レイノルズ数であるダクト系の風量計算の局所圧力損失係数を使用する方法がある。隙間モデルは、隙間入口出口の局所圧力損失抵抗、特に粘性抵抗が卓越した平行平板モデルおよび円管モデル、また局所圧力損失のみの円孔モデルが考えられる。さらに、それぞれのモデルとも層流、乱流が考えられる。それぞれについてのモデル作成方法について考察し、単純開口との比較検討を行っている。

 第5章は粘性の影響のない開口通過風量の計算法について述べている。開口を通過したときの縮流比がその開口の流量係数の最大値になる。円形開口での縮流比の最大値は、本研究では0.594である。従って、一般的に云われている小窓開口の流量係数0.65〜0.7は確からしい数字に見える。この数字に含まれる意味を考察するに、環境状況を除外しても、窓が外壁に占める面積、窓が外壁のどの位置か、開口の周辺のディテール、開口のアスペクト比と窓の縦長さを含む室内階高、室内の壁位置との関係が影響している。これらに対する実験データのいくつかはあるとはいうものの、追実験を含めた正確なデータはない。建築の諸々の状況を考慮してこの数値になるとしても利用する側はどこで利用して良いか判断できない。これらに対しては建物周囲の流れの性状、開口の局所圧力損失係数、摩擦損失係数、室内の状況、間仕切り・家具等での局所圧力損失係数、摩擦損失係数で分類出来ると思われる。計算手続きを決めることによって、将来計算手法の弱点を修正するようにしたい。

 第9章は建物まわり圧力の考察について述べている。

 第11章は実際に建設されたクリーンルームの室圧・風量のコンピューターシミュレーションである。ダクトの局所圧力損失係数およびダクトの径と長さを弊社の方式で拾い、第6章、第7章、第8章で準備したダクトの乱流の摩擦損失計算法、フィルターの計算法、送風機のデータ計算法、第10章で準備した室圧・風量計算法のための収束計算法で計算し、クリーンルームの設計データと比較検討した。シミュレーションは、まず、システム全体を24℃として、(1)作成データのまま実行した。(2)次に、AHUの送風量を落とすために管径を絞り調整した。(3)AHUの送風量を落とすために特性曲線を変更し、AHUの送風量と新鮮空気導入量の調整をした。新鮮空気導入量は17-20間(クリーンルーム(1)RA系統)のボリュームダンパを絞ることで風量を増加させる。(4)設計目標の室圧・風量にするため管径とその入口の局所圧力損失の調整をした。(5)外気取入れ口の静圧を-0.5[mmAq]とした。(6)外気温度を34℃、システム内の室温度を冷房時を想定して変更した。(7)最後に外気温度24℃、室内は空調温度とした。計算の結果、クリーンルームは、外気の圧力変化、温度変化に影響される。建物の外壁部は風による影響で正圧あるいは負圧を生じるので、十分な事前のシミュレーションが重要である。さらには、この計算方式が実用的であることを確かめると同時に室・ダクト系の計算の重要性を再認識した。

審査要旨

 「室・ダクト系における風量予測計算法に関する研究」と題する本論文は、空調用空気搬送系統の設計に関して、在来の方法に比して格段に精度の高い新しい計算法を提案したものである。

 空調設計における空気搬送の技術はその長い歴史と実績の下で、「枯れた」技術と見なされ、疑うことなく使用されているのであるが、実状は少なからぬ余裕の確保を前提としているために、必要以上に空間を占有し、エネルギーを消費し、資材を使用する傾向にあることが否定できない。現在は、適正な余裕は必要であるとしても、より厳格で高度な設計手法によって、さらに一歩進んだ搬送系を目指すべき時代となっているというのが、著者の基本的認識である。この認識に立って著者が提唱する「室・ダクト系の移動風量計算法」とは、概略次のようなものである。

 まず、機械換気系と自然換気系が共存している状態を取り扱う。また多数室では、圧力差による室間換気も考慮に入れる。さらに、系統に属しない独立な機器の影響も計算に入れられるようにする。また、外気風による壁面風圧分布を計算にとりいれる。当然ながら、高層建築物での温度差圧の影響も考慮される。以上に挙げた諸点はいずれも個々の事実としては、古くから取り上げられ、研究もされてきたものである。しかし、実用的計算法としてこれらを統合的に組み込んだものは未だ存在しない。著者の着眼はこれらの全てを組み入れ、かつ実務上の要求から、パーソナル・コンピューターの上で数分の計算時間で終了するソフトとして実現しようというものである。

 本論文は全11章で構成されているが、その9章までは、在来の既知データ、既知手法の収集・整理に費やされている。この部分の眼目は多数の研究者によって記述された多数の、かつ雑多な表現形式を持つデータ、計算式等を、統一された計算システムとしての統合を可能にするように、整理された記述に置き換える作業であって、新知見を含むものではないが、研究目的に照らして重要な位置を占めるものである。最後の2章で、これら整理された記述に基づく計算システムの組み上げが展開される。

 第1章は、在来のダクト設計法について述べ、現状のダクト設計の問題点と新しい風量予測計算法を構想するに至った背景を記述している。

 第2章は、既存の隙間・通風計算法について述べ、ASHRAEの換気計算法の歴史とわが国における計算法の発展過程を略述し、過去の研究で獲得された知見を整理している。

 第3章は、換気計算法の現状についての問題の整理を行っている。

 第4章は、粘性の影響下にある隙間風量計算法について述べている。

 第5章は、粘性の影響がないと仮定できる開口通過風量の計算方法を述べている。

 第6章は、ダクト系の摩擦損失の計算法を再整理して示している。

 第7章は、フィルター等の圧力損失のデータ整理と計算法を整理している。

 第8章は、送風機特性曲線を考えている計算システムに適合する近似関数として表現する問題をあつかっている。

 第9章は、外気風に起因する建物廻りの風圧力の表現について論じている。

 第10章は本論文の中核をなす部分であって、以上の全サブシステムを統合して、1つの計算システムに組み込む過程を記述している。

 第11章は、作成した計算システムの適用例であって、クリーン・ルーム用の換気・空調系統を例題として、新しい計算法の結果を在来手法と対比させて示している。これから、新計算法が、占有空間の縮小、資材量の節減、送風機のサイズダウンによる省エネルギーなどの点でしかるべき成果を挙げていることがうかがわれる。また、本章の末尾では、本計算法の将来展望として、自動設計への展開、コスト・ミニマム設計の実現、試運転調整における活用などの課題を挙げている。

 以上を要するに、各種建築物の空気搬送系の設計に関して、在来の慣習的な手法を越えて、占有空間がより小さく、より経済的、より省エネルギー的な搬送系を実現するための計算方法を提示し、電算ソフトとして実用化し、実地に適用したものであって、その実用的価値は高く評価することができる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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