「室・ダクト系における風量予測計算法に関する研究」と題する本論文は、空調用空気搬送系統の設計に関して、在来の方法に比して格段に精度の高い新しい計算法を提案したものである。 空調設計における空気搬送の技術はその長い歴史と実績の下で、「枯れた」技術と見なされ、疑うことなく使用されているのであるが、実状は少なからぬ余裕の確保を前提としているために、必要以上に空間を占有し、エネルギーを消費し、資材を使用する傾向にあることが否定できない。現在は、適正な余裕は必要であるとしても、より厳格で高度な設計手法によって、さらに一歩進んだ搬送系を目指すべき時代となっているというのが、著者の基本的認識である。この認識に立って著者が提唱する「室・ダクト系の移動風量計算法」とは、概略次のようなものである。 まず、機械換気系と自然換気系が共存している状態を取り扱う。また多数室では、圧力差による室間換気も考慮に入れる。さらに、系統に属しない独立な機器の影響も計算に入れられるようにする。また、外気風による壁面風圧分布を計算にとりいれる。当然ながら、高層建築物での温度差圧の影響も考慮される。以上に挙げた諸点はいずれも個々の事実としては、古くから取り上げられ、研究もされてきたものである。しかし、実用的計算法としてこれらを統合的に組み込んだものは未だ存在しない。著者の着眼はこれらの全てを組み入れ、かつ実務上の要求から、パーソナル・コンピューターの上で数分の計算時間で終了するソフトとして実現しようというものである。 本論文は全11章で構成されているが、その9章までは、在来の既知データ、既知手法の収集・整理に費やされている。この部分の眼目は多数の研究者によって記述された多数の、かつ雑多な表現形式を持つデータ、計算式等を、統一された計算システムとしての統合を可能にするように、整理された記述に置き換える作業であって、新知見を含むものではないが、研究目的に照らして重要な位置を占めるものである。最後の2章で、これら整理された記述に基づく計算システムの組み上げが展開される。 第1章は、在来のダクト設計法について述べ、現状のダクト設計の問題点と新しい風量予測計算法を構想するに至った背景を記述している。 第2章は、既存の隙間・通風計算法について述べ、ASHRAEの換気計算法の歴史とわが国における計算法の発展過程を略述し、過去の研究で獲得された知見を整理している。 第3章は、換気計算法の現状についての問題の整理を行っている。 第4章は、粘性の影響下にある隙間風量計算法について述べている。 第5章は、粘性の影響がないと仮定できる開口通過風量の計算方法を述べている。 第6章は、ダクト系の摩擦損失の計算法を再整理して示している。 第7章は、フィルター等の圧力損失のデータ整理と計算法を整理している。 第8章は、送風機特性曲線を考えている計算システムに適合する近似関数として表現する問題をあつかっている。 第9章は、外気風に起因する建物廻りの風圧力の表現について論じている。 第10章は本論文の中核をなす部分であって、以上の全サブシステムを統合して、1つの計算システムに組み込む過程を記述している。 第11章は、作成した計算システムの適用例であって、クリーン・ルーム用の換気・空調系統を例題として、新しい計算法の結果を在来手法と対比させて示している。これから、新計算法が、占有空間の縮小、資材量の節減、送風機のサイズダウンによる省エネルギーなどの点でしかるべき成果を挙げていることがうかがわれる。また、本章の末尾では、本計算法の将来展望として、自動設計への展開、コスト・ミニマム設計の実現、試運転調整における活用などの課題を挙げている。 以上を要するに、各種建築物の空気搬送系の設計に関して、在来の慣習的な手法を越えて、占有空間がより小さく、より経済的、より省エネルギー的な搬送系を実現するための計算方法を提示し、電算ソフトとして実用化し、実地に適用したものであって、その実用的価値は高く評価することができる。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |