学位論文要旨



No 212836
著者(漢字) 蓑輪,裕子
著者(英字)
著者(カナ) ミノワ,ユウコ
標題(和) バリアフリー住宅の普及に関する建築計画的研究
標題(洋)
報告番号 212836
報告番号 乙12836
学位授与日 1996.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12836号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 岸田,省吾
内容要旨

 我が国の平均寿命は現在約80歳であり、高齢期はほとんどすべての人が通過する一つのライフステージだといえる。そこで高齢期にも在宅生活を快適に送れるよう住宅を整備することは、ますます重要になっている。とくに我が国の一般的な住宅は、その住様式などの特徴により、高齢者にとって様々な支障があることが予測され、住宅のバリアフリー化(障害を持つ者も支障を感じないですむよう物的環境の配慮を行うこと)の推進は急務の課題である。

 そこで本研究は、バリアフリー化の手段である「住宅改善」を通じて、既存住宅に存在する支障を把握し、どのようなバリアフリー化を推進して行くべきか、そのためにはどのような支援が必要とされているのかを明らかにすることを目的とする。つまり、(1)我が国の住宅のバリアフリー化の現状、を把握し、(2)バリアフリー住宅の意義、を確認すると共に、(3)既存住宅のバリアフリー化の推進のための支援システムのあり方、(4)住宅新築時の指針と改善計画のあり方、を検討する。またその際の、(5)建築関連職種の役割を明らかにする、ものである。

 本研究は、序章を含む合計9章で構成される。第1〜第5章が住宅改善の実態把握、第6章が支援制度の実態把握、第7章が建築関連職種の関与の実態把握、であり、第8章で結論と提言をまとめている。

 序章では、研究の背景と目的、方法を述べ、我が国および先進諸外国の住宅改善に関わる動向を把握している。研究の方法は、いずれの章でもその目的に沿ってアンケート、ヒアリング、住宅の実測調査などを行い、実態を把握した。住宅および高齢者の個別性を尊重し、できるだけ多様な事例を個々に具体的に把握するように努め、ヒアリングを重視している。また同時に、多くの事例を集めて集計し、一般解に通じる住宅のあり方を見出すよう心掛けた。

 第1章ではまず一般の高齢者および障害を持つ高齢者について、住宅改善の実態を大まかに把握した。一般の高齢者ではまだほとんど住宅内への配慮は行われておらず、将来の住宅改善の必要性についてもあまり認識していなかった。しかし、高年齢になるにつれて実際に支障を感じている人が増加しており、実際に障害をもつ高齢者の場合には、支障を感じて改善している割合が高い。一方改善したくてもできない、あるいはしない人が見受けられ、その原因として、心理的問題、経済的問題、住宅の所有関係や構造上の問題、改善の知識・情報に関する問題などがあげられていた。

 第2章では、要介護高齢者の住宅改善の内容を詳細に把握し、住宅内にどのような支障が存在しているのか、具体的に明らかにすると共に、既存の改善の手法に関する問題点を把握した。また近年急速に利用が増加している福祉機器に着目して利用に伴う住宅上の問題点を明らかにしたほか、改善に要する費用を定量的に把握した。

 それによると、我が国の一般的な住宅ではまだバリアフリー化が不十分であり、多様な住宅改善が必要とされていた。支障の内容は、段差や和式の設備など、我が国の住様式に関連するものが多く、床材・壁材などに関わる比較的規模の大きい、従って費用のかかる改善が行われていた。そのほか、希望している改善の内容には、加齢等への配慮の他、住宅面積や日照・通風などの環境条件に関わるもの、修繕、なども多くあげられており、一般的な住宅性能の向上に対する支援も必要とされていることがわかった。

 第3章では、住宅改善を行うプロセスに注目し、病院や役所を経由するなど、多様な事例について、改善に至るきっかけ、高齢者本人や家族の関与、専門職種の関与など一連のプロセスを把握した。またこれにより、現在のプロセスにおける課題を整理し、どのような支援が必要とされているのか明らかにした。

 各プロセスに沿って問題点を整理すると、改善内容の検討や施工など、いずれの過程でも関与した人の知識不足が見受けられ、高齢者の生活動作、住宅改善の手法、助成などの支援制度、に詳しい職種の関与が必要とされていた。また、手すりの設置など詳細部分を決定する際には、直接本人が立ち会うなどできるだけ本人や家族がプロセスに参加した方が、適切な改善がなされていた。そのほか、改善費用の助成制度は住宅改善を推進し、重要な役割を果たしていることが確認できた。

 第4章では、住宅改善の様々な効果を把握し、その意義を確認した。

 効果としては、住宅条件の向上→介助負担の軽減・自立度の向上→生活空間の広まり→意欲の向上と連続する変化が予測されたが、実際それぞれの変化と、相互に関係している状況が明らかになった。とくに、それまで必要としてた介護が不要になり自立度が高まったケースでは、意欲の向上が多く見られた。また、退院直後の改善は介護者に自信を与えており、在宅介護の良い契機となっていた。

 第5章では、住宅改善後の経年変化(身体機能の変化、住宅内の支障の有無、再改善の実施状況)を把握し、身体機能の変化を考慮した住宅改善のあり方を検討した。

 改善後、1、2年の間に再改善を実施する理由には、(1)身体機能の低下、(2)身体機能の向上、(3)当初見落とした改造を追加、(4)当初の改善を修正、(5)本人の意欲の向上により行動範囲が広まり改善を追加、があった。中でも意欲の向上により再改善を行うケースは、人的(身体機能)変化→物的環境の変化→人的(意欲)変化→物的環境の変化と連鎖したものであり、人と環境が交互に影響を及ぼし合っている状況が把握できた。3〜5年後の経年変化を見ると、屋内での車いすの利用が進んでおり、それに伴い排泄および入浴動作は本来の場所で行われることが少なくなっていた。しかし浴室や便所の広さの確保や段差の解消などの適切な住宅改善により、介護者の負担は軽減しており、入浴や排泄などを本来の場所で行える期間も延長していた。

 第6章では、まず全国の都道府県の住宅改善支援制度の概要を把握した。次に、質の良い改善を普及させるために最も重要だと思われる、助成制度と訪問相談制度について、先駆的な地域の実態を把握し、制度を運用する上での諸課題を明らかにした。

 全国の都道府県レベルの状況を見ると、多様な支援制度がここ数年で急速に普及していた。しかしその内容を具体的に見ると、利用者の制限や助成上限の設定、改善の範囲など、地域較差が存在していた。助成制度については東京都23区の実態を把握したが、窓口の設け方、職員体制、専門職の関与、施工業者との連携、などについて多様な方策を把握できた。

 訪問相談制度についてはまだ創設当初でもあり、実態が明らかとなっていなかったが、スタッフの構成や相談の進め方など実状と問題点を把握できた。

 第7章では、建築士および施工業者の関与の実態と意識を明らかにし、これらの職種が住宅改善のプロセスにどのように参画すべきか検討した。

 いずれの職種も、バリアフリー住宅への関与経験はまだ少ないものの、今後の関与については積極的であった。ただし、関与する際の問題点として、建築士は、既存の制約条件の中で実現することの難しさ、施工業者は手間暇やコストがかかることなどをあげていた。今後は高齢者の生活動作などの研修の充実が望まれていた。

 第8章では、序章で述べた課題に従って各章で得た知見を整理し、バリアフリー住宅の普及のための提言をまとめた。その提言とは、(1)新築時のバリアフリー化の徹底と福祉機器などを多用した改善計画の作成、(2)住宅改善を支援する専門職が揃い、福祉機器などの展示・貸し出し機能のある保健福祉住宅センター(仮称)の設立、(3)地域の建築士会や施工業者組合の組織化と保健福祉住宅センターとの連携、(4)建築学科におけるバリアフリー教育の実施、等である。

審査要旨

 本論文は、高齢社会を迎えているわが国すべての住宅計画の必要条件とされる、高齢者を含め何かの障害をもつ人びとが日常生活で支障なく、楽に行動できるような物的環境を実現するというバリアーフリーの普及を具体的に論じたものである。バリアーフリー化の手段である「住宅改善」に着目し、その進行状況の把握、実施例の多面的評価、支援システムの構築、建築関連職種の役割など数多くの実態調査を基に分析している。

 論文は序章とそれに続く8章、並びに付録が加えられている。

 序章では、研究の位置付けを行い、背景、目的、方法を述べ、高齢者のための住宅改善におけるわが国の施策、実施の状況を国際比較の上で分析している。更に本論の考察の基になった計18の個別調査の概要を示し、各調査において、多様なお年寄りの固有の特性を具体的に把握するために、ヒアリング、デプス・インタビューを中心に問題点を発掘したことを述べている。

 第1章では、一般高齢者(東京都在住1350名)と障害を持つ高齢者(東京都老人医療センター退院者390名)に対するアンケートによる住宅改善の現状調査の結果を述べている。前者では約7割が何の改善・配慮もしていないが、後者では逆に約7割が何らかの改善・配慮を行っていること、更に改善したくてもできない層がいること、その要因には経済的、住宅所有形態、住宅構造、改善の知識・情報の不足などがあることを明らかにし、住宅改善が住宅問題の中心的課題の一つであることを実証している。

 第2章では、要介護高齢者の住宅改善の実情を5つの調査からの分析を述べている。その結果、改善を必要とする場所は日本家屋固有の建築構造や生活様式に関連したところが多いこと、バリアーフリー以前の暖房・採光など一般的住宅性能が充足されていないことを明らかにしている。更に改善費用については2〜320万円と事例によって大きな開きがあるが、年金生活者の平均年収が300万円未満である点からも、何らかの公的支援が急務であるとしている

 第3章は、住宅改善の具体的プロセスを改善の動機、関与する職種などから分析している。関与した人々の改善に関する知識の不足を指摘し、改善プロセスにおける役所のコーディネーターとしての役割が期待されるとしている。

 第4章、第5章は住宅改善が高齢者の生活にどのような影響を与えたかについての継時的変化に関する考察に当てられている。生活の質を向上させるために、極めて必要性の高いものにもかかわらずこれまでに研究が少なかった局面に踏み込んだもので、本論文の中心的役割を担う部分である。

 第4章では、住宅改善の効果として、物的条件の改善→介助負担の軽減→自立度の向上→生活意識の向上という一連の過程があることを見出している。住宅改善は、それまで受けていた介護が不要になったケースにおいては意欲の向上が顕著であることや、介護者自身が自信を持つなど、心身両面に効果があることを指摘している。

 第5章では、前章の短期的影響を経年変化という長期的な移行に拡張し分析している。初めての改善後に再改善したケースに注目し、(1)身体機能の低下・向上、(2)欠陥の再発見、(3)改善の修正、(4)意欲向上、生活の拡大による改善の追加などの理由を見出している。最後のケースでは、人間と環境との相互関係が時間と共に浸透、変化するという環境心理における相互浸透論を実証することに成功した貴重な成果といえる

 第6章、第7章は、住宅改善の制度的支援や改善計画を担う専門家の役割等の現状把握・問題点指摘、将来のあり方の論考に当てられている。第6章では、全国および東京都の調査から、住宅改善支援制度を比較分析し、特に、助成制度、訪問相談制度について評価を行っている。第7章では、建築士や施行業者の住宅改善への関与の仕方に関する現状把握、将来のあり方を考察し、専門家が高齢者の行動・心理等の知識を習得することの必要性を指摘している。

 第8章では、各章の知見を整理した上で、結びとしてバリアーフリー住宅を普及していくための提案をまとめている。その骨子は(1)初期条件(新築時)としてのバリアーフリーへの配慮、(2)改善支援のための人的(専門職)、物的(福祉機器の展示と貸出)機能を備えた「保健福祉住宅センター(仮称)」設立の必要性、(3)建築専門職組織の再編と前記センターとの連携体制の確立、(4)建築教育におけるバリアーフリー学習の必要性等である。

 以上、要するに本論文は広範にわたる高齢者の生活を直に把握する、きめ細かい調査に則って、バリアーフリー住宅の今日と明日のあり方を論じ、住宅改善の支援制度の提案にまで踏み込んだ研究であり、わが国が直面する社会的課題の一つに答えたものである。特に人間-環境系の諸関係に対する時間的移行の把握に成功した点で、建築計画学の発展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53967