内容要旨 | | 現在,熟練技能者の減少に起因する球面原器の製作に関する問題と,加工における精度向上のために必要となりつつあるオンマシン・インプロセス測定の要望に対して,新しい測定法が望まれている.そこで,著者は,回折波面を測定の基準とし,振動や空気の擾乱等の外乱に強いゾーンプレート干渉法がこの測定に有効であることに着目した.本研究では,ゾーンプレート干渉計を実際に利用するときに問題となるゾーンプレート原器の製作装置と,そこで得られたゾーンプレート原器を有効に活用するための干渉計の開発を行った.また,定量的な測定を行うために干渉縞の解析は欠かすことができないが,ゾーンプレート干渉縞の特殊性から,一般的な干渉縞の解析方法がそのままでは適用できない.そこで,いくつかの解析方法を挙げ,ゾーンプレート干渉縞に適する解析方法の検討も行った. レンズ等の球面度測定は,JIS B7433(1989年)で定められたニュートンゲージを用いて行われている.しかし,このニュートンゲージを製作することのできる熟練技術者が年々減少している.そのため,熟練技術者のみが製作できるようなゲージを用いない球面度測定法が望まれている.また,近年,超精密加工の研究が盛んに行われ,NCの使用によって球面のみならず非球面が製作可能となっている.このような超精密加工において,形状の精密な測定は欠かすことができない.従来,加工時の測定は,オフラインでの測定が主流となっており,加工と測定の環境が異なっていたため,環境の違いによる誤差を生じていた.求められる形状精度が高まるにつれ,加工と測定と使用環境を同一にする必要が生じ,オンマシン・インプロセス測定の必要性が生じている. これらの要求を満たす方法として,著者は,ゾーンプレート干渉法が最も有望であると考えている.1963年にMurtyが提案し,1974年にSmmarttによって改良されたゾーンプレート干渉計は,同心円状の回折格子によって生じる回折波面を測定の基準とした干渉計であるため,熟練技術者に依存したゲージを製作する必要がない.また,球面のみでなく非球面形状の測定が可能である.さらに,コモンパス干渉計の一種であることから空気の擾乱や振動に対して強いため,オンマシン・インプロセス測定に適した干渉計である.ただし,ゾーンプレートで回折する波面を基準とするため,ゾーンプレートの製作精度が測定精度に大きく影響する. これまで,ゾーンプレートの製作方法は,干渉によって製作する方法,精密プロッタによる拡大図を縮小撮影する方法,電子ビームによって直接描画する方法が提案されている.干渉による方法は,光学系によって生じるひずみや,非球面用のゾーンプレートが製作できない点が問題であり,拡大図を縮小撮影する方法では,レンズの分解能から5m以下のピッチの格子を製作することが困難な点が,問題である.電子ビームによる方法は,現在のところ,最も精度良くゾーンプレートを製作することができる方法と考えられているが,大きなサイズのゾーンプレートを描画することができず,また,装置が高価なため誰もが自由に使えない点が問題である.そこで,本研究では,電子ビーム描画法に代わる,レーザビーム描画法について検討した. ゾーンプレート描画装置は,近年の活発な研究によって著しく性能の向上した超精密旋盤を用いて,同心円状のパターンを持つゾーンプレートの製作に用途を限定した描画装置を製作した.製作した装置では,光源の波長が0.458m,対物レンズのNAが0.65のとき,描画可能な最小描画幅が1.6mとなった.ゾーンプレートを描画したところ,ゾーンプレートの外周部分でデューティー比が変化する部分があり問題となった.また,描画の際に描画中心とスピンドルの回転中心が誤差を持つ場合,描画されたゾーンプレートはひずみを持つ.そこで,中心ずれ量とゾーンプレートのひずみの関係を理論的に明らかにし,実験と比較をした.その結果,スピンドルに対して高さ方向のずれは,横方向のずれと比較して,ゾーンプレートのひずみに対しては無視できる程度であることがわかった.しかし,横方向のずれはサブミクロンの精度で位置合わせをする必要があるため,描画中心位置の検出方法として,ガラス小半球の反射を用いた方法とモアレ法を用いた方法を提案し,小半球の方法では8.2m,モアレ法を用いた方法では0.25mの精度で回転中心の位置合わせを行うことができた.さらに,ゾーンプレートの描画時に積極的に描画に用いる集光レンズの焦点外しを利用して,連続的に描画幅を変化させる方法について検討した.その結果,焦点外しを用いた描画を行うことで,デューティ比の一定したゾーンプレートを描画できるようになり,全体として必要な描画時間を短縮することができた.これまで,半径5mmのゾーンプレートを描画するのに90分かかっていたものを50分に短縮することができた. また,開発したゾーンプレート描画装置で製作を行ったゾーンプレートを有効に利用するため,これまでに提案されているゾーンプレート干渉計の光学系を改良し,球面原器に代わるフィゾー型ゾーンプレート干渉計と,加工機上での測定のための干渉計としてオンマシン型ゾーンプレート干渉計,さらに球面のみを測定対象として光学系を簡略化したオンマシン型ゾーンプレート干渉計を開発した.フィゾー型ゾーンプレート干渉計では,測定面に対応したゾーンプレートを準備することで,球面のみならず非球面の測定も行うことができた.オンマシン型のゾーンプレート干渉計では,干渉に用いる回折波面の次数を考慮することで,より大きなNAをもったミラーをオンマシンで測定する事ができた.この干渉計の構成をさらに簡略化して製作した超精密旋盤のバイトの位置ずれを測定するための専用ゾーンプレート干渉計では,バイトのずれ量と干渉縞との関係を理論的に解析し,実験と比較したところ,両者は良く一致した.ここで,本論文で提案した干渉計の全てにおいて,ゾーンプレートと測定面までの距離を調整するための機構を取り入れたため,測定対象の絶対形状を測定できるようになった.フィゾー型ゾーンプレート干渉計での実験では,この調整機構を付加することで一般的に測定を行った場合に測定結果に含まれていた曲率誤差をキャンセルできることを実験で確認した. さらに,今後求められるであろうゾーンプレート干渉計の姿として,柔軟性のある測定をテーマとし,液晶を用いたゾーンプレート干渉計を製作し,その可能性について調べた.液晶を用いて干渉計を組み立て,一例として,平面鏡の測定を行ったところ,不鮮明ではあるが,干渉縞を得ることができた.また,表示したゾーンプレートの初期位相を変化させることで,回折波面の位相を変化させ,結果として干渉縞の位相を変化させることが可能となり,ゾーンプレート干渉法に位相シフト法を応用することができた.しかし,現在の液晶の表示能力では,分解能や回折効率の点で力不足であるため,これを補う方法として,高次回折光を用いる光学系を提案した.実験では,回折効率の悪さから液晶を用いることができなかったが,これまで通りのガラス基板にSiO2を蒸着したゾーンプレートで原理の確認を行うことができた.キーとなる液晶の研究が進展することで,将来有望な干渉計となることが期待できる. また,ゾーンプレート干渉計によって得られる干渉縞は,その位相を簡単には変化させることができないため,一般的に用いられている位相シフト法によって解析することは簡単ではない.そこで,モアレ技術を用いて位相シフト法を適用する方法と,1枚のキャリア縞画像で位相シフト法を行うワンステップ位相シフト法,ゾーンプレートの初期位相を変えて回折波面の位相をシフトする方法,さらに,フーリエ変換を用いて解析を行うFFT縞解析法について比較検討を行った.その結果,FFT干渉縞解析法において,自動化のアルゴリズムを開発することができ,現状では,本方法が適当であることがわかった. 以上,本研究では,ゾーンプレート干渉法において,最も重要な光学素子であるゾーンプレート原器を製作する装置と,それを有効に活用する干渉計の開発を行うことで,球面原器に代わって球面のみならず非球面の測定を行うことと,オンマシンでの測定が可能となった. |