学位論文要旨



No 212839
著者(漢字) 佐藤,則忠
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ノリタダ
標題(和) プラズマCVD法によるヘテロ接合型シリコン線量計用検出素子の製作法の研究
標題(洋)
報告番号 212839
報告番号 乙12839
学位授与日 1996.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12839号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 井口,哲夫
 東京大学 助教授 山口,憲司
 東京大学 講師 高橋,浩之
内容要旨 1.目的

 原子力発電所など,放射線が発生する環境で作業する人々の被曝管理に各種の線量計が利用されている.一般に用いられているフィルムバッジやTLD(熱ルミネッセンス線量計)は被曝量の管理用のみで,予防を目的としたものではない.警報付き線線量計に適用されていたGM計数管は,寿命と特性のばらつきが大きく信頼性に問題があり,このGM計数管に代わるpn接合型Si検出素子は,製作法が1000℃以上の高温を必要とするためSi単結晶(c-Si)基板中に欠陥が生じ易いので,良品率が低くノイズが大きく,サーベイメータなどの大面積素子への展開が困難であった.一方中性子線量計は,感度,重量,大きさ,価格などの点で据え置き型が多く,携帯用の警報付き線量計は実用の域に達していない.

 本論文はc-Si基板への結晶欠陥が生じにくい製作方法を研究し,上述の問題点を解決して信頼性の高い線検出素子と熱中性子検出素子を実現することである.

2.素子の製作方法と構造

 本研究は,プラズマCVD法を用いて製作したヘテロ接合構造の半導体素子に関する.プラズマCVD法は,反応槽に導入するガスを直流グロー放電(または高周波放電)によるプラズマ励起反応を用いて分解し,薄膜の形成やドーピング等を行う方法である。ヘテロ接合は,異なる禁止帯幅の半導体を接続しその間の障壁を利用するもので,本研究の検出素子はここで得られた薄膜とc-Si基板との接合である.線検出素子はc-Si基板上に水素化非晶質Si(a-Si:H)薄膜を堆積させたa-Si:H/c-Siヘテロ接合構造で,熱中性子検出素子は水素化非晶質ほう素(a-B:H)薄膜を堆積させたa-B:H/c-Siヘテロ接合構造である.

3.成果

 この素子の特長は200℃の低温で種々の薄膜が得られるので,pn接合型素子に比べて結晶欠陥の発生が少ないということである.これらの検出素子はダイオードの一種で,逆バイアス電圧を印加して空乏層を広げ,ここで放射線を検出する.この空乏層の表面形状と広がり方が素子の検出特性に影響を及ぼすので,線検出素子と中性子検出素子の各々と空乏層との関係について述べる.また,ほう素膜の膜質について述べる.

3.1線検出素子と空乏層の表面形状

 X線や線は,c-Si基板を通過するとき光電効果またはコンプトン効果で二次電子を発生させ,これがさらにc-Si基板の格子原子と作用し電子-正孔対を生成し消滅する.このうち,空乏層内を通過した二次電子によって生じた電子-正孔対群は,空乏層内の電界により陽極および陰極に向かってそれぞれ動き,増幅回路を通してパルスとして取り出される.線量計用検出素子は,これらのパルスのうち雑音レベル以上の波高のパルス数(N)を計数するもので線のエネルギー(E)に依存せずNは一定になることが望ましい.Eが高いときは二次電子の平均飛程()が長くEが低いときはが短いので,(1)式のS1はEに依存して変化し,Eが高くなると共に空乏層の周囲の非空乏層領域から空乏層内に反跳する二次電子も増加する.その時は,(1)式に示すS1*が支配的になるので,空乏層形状はSに比べてS1が大きくなるような表面形状の空乏層,例えば星状またはくし歯状にするとEが増加してもNの減少率は少なくなる.その結果,エネルギー依存性のよい検出素子が得られるようになった.

 なお,通常の検出素子はWが厚くSが大きいので*とS1が無視され,Eの増加と共に(1)式に従ってNは減少する.そのため,一般にエネルギー依存性が悪い.

 Nは(1)式で示され,パルスの波高は電子-正孔対数(n)に比例し(2)式で近似される.

 

 ただし,K:定数,s1:c-Si基板の吸収係数,air:空気の吸収係数,W:空乏層の幅,*:検出に寄与する有効二次電子の飛程で*/21/2とする,S:空乏層の面積,S1:空乏層の周囲を*の幅で囲む非空乏層領域の面積である.

 

 ただし,ES:空乏層に吸収される二次電子のエネルギー,:1電子-正孔対生成に要する平均エネルギーで,約3.23eVである.

 電極直下に形成される空乏層の横方向と深さ方向の広がり方は飛程の短い線(241Am,5.5MeV)と透過力の大きい線(60Co,1.25MeV)を各々照射して推定した.その結果はpn接合型素子と異なり,バイアス電圧(V)が0-15Vでは空乏層は表面電極直下に限られ,横方向は40V以上でV1/2に比例し,深さ方向は10V以上でV1/2に比例しc-Si基板の厚みの350mに達するまでそれぞれ広がることが分かり,任意の表面形状の電極に対応した空乏層が得られるものと推定した.

 このようにして,a-Si:H/c-Siヘテロ接合構造線検出素子の製作技術を確立した.すなわち,空乏層の広がり方を推定し,空乏層の表面形状を星状にすると,感度のエネルギー依存性が60keV-6MeVの範囲で±20%以下の精度を持つ線量計が得られるようになった.

3.2熱中性子検出素子

 10Bを94%含むB2H6ガスを用いてほう素膜の成膜条件を確立し,このほう素膜を用いて,a-B:H/c-Siヘテロ接合構造の熱中性子検出素子の製作技術を確立した.

(1)ほう素膜の形成とドーピング

 同じB2H6ガスを用いても放電電圧が400-700Vではほう素膜が成長し,700V以上ではほう素膜は形成されないでc-Si基板中にほう素がドーピングされることが分かった.このドーピング方法は上記線検出素子の裏面のオーミックコンタクト層形成にも適用している.

 得られたほう素膜の膜質を評価した結果,水素で1000ppmに希釈したB2H6ガスを用いると2000ppmや4000ppmに希釈したガスを用いて成膜した場合に比べ堅牢な膜が得られた.成長速度は通常のB2H6ガスを用いた場合に比べ約1.7倍速いという同位体効果があり,比抵抗は1010・cmのオーダーで,HとBHを各々1022atms/cm3以上含む非晶質水素化ほう素膜であることが分かった.

(2)熱中性子検出素子

 これは,a-B:H膜中の10Bと熱中性子との10B(n,)7Li反応で線と7Li核が発生し,これらが空乏層に達したとき検出される.

 線量計はエネルギー範囲が0.025eV〜5MeVの中性子を検出するため,最適厚みのポリエチレン製モデレータとラジェータをこの検出素子に被せ高速中性子を減速させて検出し,さらに発生する反跳陽子も検出できるようにし,そのほかにエネルギー依存性を向上させるために,大きさの異なる2種類の素子を組み合わせることにより携帯用中性子線量計が得られるようになった.

 中性子と線が混在する放射線場からの熱中性子の検出はパルス波高の違いによって弁別した.すなわち線のc-Si基板中での飛程は約4.4m(7Li核は1.7m)で,これに相当する厚みの空乏層があれば熱中性子は十分に検出できる.しかも,線のパルス波高は空乏層の厚みが薄いために低いので弁別できる.線量計は高速中性子の反跳陽子も検出させる必要がある.5MeVの反跳陽子の平均飛程は約70mで,この飛程内で発生する電子-正孔対数は(2)式より約1.6×106である.一方,中性子を線と弁別するためには少なくとも7Li核のパルス波高より高いパルス波高が必要で,7Li核により発生する電子-正孔対数は約0.3×106であるから,このパルス波高に相当するパルス波高を5MeVの反跳陽子が発生させるためには,空乏層幅は約13m(70×(0.3/1.6))以上の厚みが必要である.これより0.025eV-5MeVのエネルギー範囲での最適空乏層厚みは13-70mに決めた.

4.今後の展開

 プラズマCVD法はガスの種類,ガスの圧力,ガスの混合比,放電条件を変えると種々の薄膜が得られる.筆者らの予備実験結果から今後可能性の高い応用について述べる.

 (1)a-Si:H薄膜検出素子上にほう素薄膜を成長させた熱中性子検出素子,およびその画像素子の実用化.

 (2)エチルアルコールやCH4ガスを用いると堅牢で吸収端が300-400nmの透明な非晶質水素化カーボン(a-C:H)薄膜が得られる.この薄膜で作ったa-C:H/c-Siヘテロ接合構造素子は有感面積が2000mm2の素子が容易に製作できる有望な方法である.とくにフォトダイオードとして有望である.

 (3)1022atms/cm3以上の高濃度の水素注入層が得られるので高速中性子検出素子への可能性がある.

 (4)イオン注入法より浅くて濃度の高い不純物注入層が得られ,LSIのプロセスへの適用が考えられる.

審査要旨

 放射線測定技術の開発において、半導体の利用は革命的であったと言える。1960年代より利用され始めた、シリコンPN接合素子、ゲルマニウム半導体は、高いエネルギー分解能で放射線を測定でき、放射線科学、原子力技術の展開に大きな貢献をしてきたところである。ところが、これらの半導体検出器は高価で、必ずしも頑丈でなく、こわれ易いという欠点があり、工業的な意味で広く実用化するには到っていないところがあった。

 本論文は、従来のPN接合型シリコン半導体検出素子の替りに、プラズマCVD法による非晶質シリコン薄膜をヘテロ接合させる方法を開発し、良品率の秀れた半導体検出素子を製作し、個人線量計として使用できる頑丈な放射線検出器を開発したものである。論文は9章から構成されている。

 第1章は、前書きであり、フィルムバッジや熱蛍光線量計など現在使用されている個人線量計をレビューし、警報機能付き個人線量計の必要性を示し、本研究では半導体を用いてこれを開発することを目的としたと述べている。

 第2章は、現在、使用されているプレーナPN接合型のシリコン半導体につき、その製作プロセスを詳しく示し、1000℃にもなる熱処理工程のため、結晶欠陥を生じ、特性不良となる確率が高くなることを示している。

 第3章では、従来のプレーナタイプPN接合素子製作工程の替りに、プラズマCVD法による製作プロセスを提案し、その比較検討を行ない、優位性を、実際に作成した検出素子の性能を示して実証している。

 第4章では、プラズマCVD法で製作した検出素子を、実際にガンマ線測定に適用した結果について述べている。特に、放射線検出の際の有感領域となる空乏層の大きさについて、放射線を用いて評価する方法を提案している。

 第5章では、この新しい検出素子を用いて、ガンマ線用の個人線量計を試作した具体例を示している。特に、ガンマ線エネルギーに対する効率曲線を個人線量計として望ましい形にするため、枝電極型素子を考案し、試作品を用いて枝を6本にすると望ましい性能が得られることを示している。

 第6章は、中性子検出用素子を開発するため、ホウ素膜を非晶質シリコン基板上にヘテロ接合する方法を、プラズマCVD法により開発したことを説明している。作成されたホウ素膜については、SIMS、AES、ガスクロマトグラフ、電顕観察により詳しく、その性能を評価し、ホウ素10とホウ素11の膜形成過程における同位体効果を見い出し、中性子検出器として望ましい効果であることを示している。

 第7章は、このホウ素膜を用いた中性子個人線量計を実際に製作し、線量計としての特性評価を行なったものである。特に、非晶質シリコンやホウ素膜中に含まれる水素成分が、高速中性子の検出に有効に作用し、個人線量計として、効果的であることを見い出している。

 第8章は、プラズマCVD法による検出素子製作の今後の利用法について展望し、特に炭素を用いた半導体膜製造に適していることを述べ、実際に、試作品によるアルファ線測定結果により示している。

 第9章は、全体のまとめである、本研究全体の結論として、プラズマCVD法による放射線検出素子製作の有効性と今後の課題をまとめている。

 本論文は、半導体検出素子の新しい製作法を提案し、それを具体的な個人用放射線線量計として実証したものであり、放射線科学、原子力工学、システム量子工学に対し、その寄与は少なくないと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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