学位論文要旨



No 212844
著者(漢字) 原,弘久
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ヒロヒサ
標題(和) 太陽コロナの構造と加熱機構の研究
標題(洋) Structures and Heating Mechanisms of the Solar Corona
報告番号 212844
報告番号 乙12844
学位授与日 1996.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12844号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 柴田,一成
 東京大学 助教授 常田,佐久
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 国立天文台 教授 小杉,健郎
 国立天文台 教授 桜井,隆
内容要旨

 本論文では、太陽コロナに見られる特徴的な構造であるコロナホール、静穏領域、活動領域、高緯度域の活動帯についての観測的研究を行なっている。これらの研究から理解しようとしたことは、百万度を越える温度をもつ太陽コロナにはどのような構造があり、またそれらがどのように加熱、形成されるかということである。観測には宇宙科学研究所の科学衛星「ようこう」に搭載された斜入射型軟X線望遠鏡と国立天文台乗鞍コロナ観測所のコロナグラフを使用した。この論文では以下のようなテーマが論じられている。

コロナホールの温度

 コロナホールは軟X線で観測される太陽コロナの構造の中で最も暗く、磁場が惑星間空間に向かって開いた構造をした領域であり、高速太陽風の源として知られている。これまでの観測では、コロナホールの温度が1×106Kと評価されており、静穏領域の温度よりも0.5-1×106K程度低い領域だと考えられてきた。我々は、X線鏡表面での散乱によりコロナホールの外側にある明るい構造からコロナホール領域に入ってくる散乱X線の補正をおこない、「ようこう」軟X線望遠鏡による観測からコロナホールの温度を再評価した。本論文では、視線方向にある他の明るい構造の影響をうけないようにディスク上にあるコロナホールに限って温度を評価した。その結果、コロナホールの温度はその外側の静穏領域の温度(1.8MK)とほぼ等しくなり、1.8-2.4MKである。Skylab時期に報告された1MK近傍のエミッションメジャーでは、「ようこう」で観測された軟X線強度を説明できない。コロナホールが部分日食時に月に隠されたときに取得した軟X線画像から、コロナホールから直接検出器に届いた軟X線強度を測定し、この軟X線強度を説明するにはSkylab時期に報告された温度よりも高い温度の成分が必要であることを示した。

活動領域の温度構造

 コロナグラフでは可視域にある代表的な三つのコロナ輝線(Fe X6374、Fe XIV5303、Ca XV5694)による太陽活動領域の分光観測を行ない、それぞれの輝線に対応するコロナの温度、速度場、非熱速度という「ようこう」の軟X線データとは相補的なデータを取得し、活動領域の温度構造と形成過程について考察した。ここでは1993年と1994年に観測した活動領域の観測データを解析して活動領域コロナの温度構造について論じている。この二つの活動領域は、それぞれ太陽表面を通過していく間にフレアを頻発するものとほとんど発生しないものというようにフレアの発生頻度という点では極端な領域である。活動領域コロナは、異なった温度をもつ磁気ループの集まりとして理解することができること、三つの輝線から求めた活動領域全体の微分エミッションメジャー(DEM)分布から、この分布の1-2MKという温度域のDEMはフレアの発生や活動領域コロナの時間変化にほとんどよらないこと、3MK以上の温度域のDEMは活動領域によって2桁ほど変化することが分かった。3MK以上の高温コロナは主にフレアの発生時に生成されるが、フレアを頻発する活動領域では定常的に高温を保っている構造も観測されている。このように、3MKを越える温度をもつコロナの加熱機構としてはフレアによるもの以外に定常的に加熱する機構が必要である。

コロナ輝線非熱速度幅とアルフベン波

 コロナの加熱モデルの中に、光球の粒状斑の運動により生じたアルフベン波がコロナループを伝播し、波が壊れることで波のエネルギーを熱エネルギーに変換してコロナを加熱するという説がある。しかし、コロナ中にアルフベン波が実際に伝播しているという証拠を示したものはいない。我々は、乗鞍コロナ観測所で取得した活動領域のコロナ輝線の分光データを使用して、活動領域を構成するコロナループにアルフベン波が伝播しているかどうかを調べた。アルフベン波でコロナを加熱するという理論では、アルフベン波の振動はコロナ輝線の非熱的な幅として観測されていると解釈する。この考え方が正しいとすると、アルフベン波は磁力線に垂直方向に振動方向をもつので、視線方向に対するコロナループの向きによって非熱的な輝線幅が変化することが予想される。解析の結果としては、サンプルの数が少ないけれども、Fe X輝線の観測ではこの異方性は認められなかった。この結果は、速度振幅の大きなアルフベン波がコロナループ中には観測されなかったことを意味するが、Fe XIV輝線では、コロナループを含む面と視線方向が平行な場合にコロナループの頂上で輝線幅が0.05-0.07Å(非熱速度にして3-5km/s)ほど減少するものが観測されており、アルフベン波の存在の可能性を示す結果も得ている。しかし、この減少では観測されている非熱速度幅〜20km/sを説明することはできない。ここで結論されることは、アルフベン波によるプラズマの運動が非熱速度幅の主原因ではないということである。

太陽コロナの長期的変化とコロナ加熱

 太陽全面の「ようこう」軟X線画像からX線強度のヒストグラムをつくると、活動領域とそれ以外の領域(背景領域)の強度分布が異なっていることが分かった。活動領域では、その分布はX線強度に対してべき型になる。コロナにおけるヒストグラムの形は、光球磁場強度のものとよく似ており、コロナの輝度分布が光球磁場の強度分布を反映していると考えられる。全X線強度に対して活動領域からのX線強度の寄与が小さくなると、X線強度ヒストグラムにおける活動領域の分布とそれ以外の領域の分布はあるX線強度で分離できるようになる。その強度を用いて「ようこう」で観測した3年半のデータに対して、活動領域、その他全ての領域の輝度変化を調べた。この期間に活動領域全体の輝度Iは、太陽面に対する活動領域の射影面積SとI∝S1.12±0.01という関係にあり、活動領域の単位面積当たりのX線輝度はほぼ一定である。また、活動領域のX線強度には1年というタイムスケールで変化する成分がある。一方、活動領域以外の領域の輝度は、太陽極小期に向かうにつれ減少し、1995年4月の輝度は1992年におけるものの約4分の1程度になった。これはコロナホールを除いた静穏領域だけに限っても同じことがいえる。静穏領域の光球磁場強度は太陽周期と位相を合わせて増減することが知られているので、静穏領域コロナのX線強度が極小期に向けて減少することは、静穏領域コロナの加熱に磁場強度が関係していることを意味している。

大規模コロナの断続的な活動

 コロナの長期的な構造変化を調べることを目的に、「ようこう」軟X線画像のX線強度を経度方向に積分して時間-緯度ダイアグラム(いわゆる黒点の蝶形図に相当)を作製し、約4年にわたる長期間の太陽コロナの強度変化を調べた。時間-緯度ダイアグラムからは、緯度30度以下の低緯度に位置する活動領域で約1年というタイムスケールで軟X線輝度が振動しながら変化する成分がみえているが、これは活動領域が1年という寿命をもっているということではなく、いくつもの活動領域からなる活動領域群がこの寿命をもっているということである。コロナから放射される軟X線強度と光球上に現れた磁束量の間には相関関係があるので、低緯度や高緯度でみられるこのコロナの軟X線強度変化は、磁束の光球上への上昇がこのタイムスケール程度でコントロールされているということを示唆している。低緯度域だけでなく、緯度60度程度の高緯度域においても1年程度のタイムスケールで軟X線強度が変化していることがこの研究により発見された。光球磁場の時間-緯度ダイアグラムでは、低緯度帯から高緯度帯に1年から2年かけて達する磁場のパターンがみられるが、これは極方向に流れる子午環流や拡散過程により光球磁場がより高緯度に輸送され、高緯度域の磁場の起源は低緯度域の活動領域の残骸であるというのが多くの意見である。しかし、コロナでは光球磁場のような極域に向かって低緯度から延びた構造は観測されておらず、高緯度コロナを形成する磁場の起源を低緯度から輸送されたものと解釈することは難しい。

赤道に向かって移動する太陽コロナの高緯度活動帯

 コロナには太陽活動極大期直後に、緯度70-80度から始まり赤道に向かって移動する明るい領域があることが知られている。この活動帯の存在は、地上のコロナグラフによる太陽周縁の一次元コロナ輝度分布の長期間の観測から発見されたものであるが、これまでその構造を特定したものはいなかった。我々は「ようこう」の軟X線観測からこの構造をポロイダル成分の卓越した大規模なループの極側の足の部分であると特定し、トロイダル成分の卓越した低緯度帯の活動領域とは本質的に異なるものであることを示した。最近、他の観測とあわせてExtended Activity Cycleという概念が提出されたが、コロナの構造においては、高緯度活動帯が低緯度にある黒点を形成する活動帯につながっていくという考え方は誤りである。我々の主張は、極冠フィラメントにより推測される磁気中性線が高緯度活動帯と低緯度活動帯を分けるという観測事実からも支持される。

審査要旨

 本論文は、太陽コロナの特徴的な構造であるコロナホール、静穏領域、活動領域、高緯度域活動帯について観測的研究を行なうことにより、百万度を越える温度をもつ太陽コロナはどのように加熱、形成されるかということを、観測的に明らかにしようとしたものである。

 日食の際に見られる太陽コロナが、百万度を越える高温状態にあることが発見されてからすでに半世紀たつが、いかなるメカニズムでコロナが加熱されているのかという、いわゆる「コロナ加熱問題」は、いまだに未解決の天文学上の基本的難問である。本論文は、宇宙科学研究所の科学衛星「ようこう」に搭載された軟X線望遠鏡と、国立天文台乗鞍コロナ観測所のコロナグラフを用いることによって、観測からこの基本的難問にチャレンジしたものである。

 論文は9章から成り、第1章はコロナ加熱問題に関する研究のレビュー、第2章は観測機器の解説であり、第3章から第9章までがオリジナルな研究成果の章である。

 第3章と第4章は、コロナホールの温度の測定について述べられている。コロナホールは軟X線で観測されるコロナの構造の中で最も暗く、磁場が惑星間空間に向かって開いた領域である。高速太陽風の源としても知られている。これまでのSkylabなどの観測では、コロナホールの温度は1×106K、つまり、静穏領域の温度よりも0.5-1×106K程度低いと考えられてきた。しかし、本論文では、X線鏡表面での散乱X線の補正を精密におこなうことにより、コロナホールの温度はその外側の静穏領域の温度(1.8×106K)とほぼ等しく、1.8-2.4×106Kであることを見いだした。

 第5章は、乗鞍コロナグラフ観測を用いた活動領域の温度構造の研究についてまとめられている。可視域にある代表的な三つのコロナ輝線(Fe X6374、Fe XIV5303、Ca XV5694)による活動領域の分光観測を行ない、それぞれの輝線に対応するコロナの温度、速度場、非熱速度を求めることにより、活動領域の温度構造と形成過程について考察している。その結果、活動領域コロナは異なった温度をもつ磁気ループの集まりとして理解することができること、活動領域全体の微分エミッションメジャー(DEM)の1-2×106Kという温度域はフレアの発生や活動領域コロナの時間変化にほとんどよらないこと、など明らかにした。

 第6章では、コロナ加熱の「アルフベン波説」の観測的検証を目的として、乗鞍コロナ観測所で取得された活動領域のコロナ輝線の分光データを用いることにより、コロナ輝線非熱速度幅が、アルフベン波により説明できるかどうか調べられている。アルフベン波の振動はコロナ輝線の非熱的な幅として観測されていると解釈すると、アルフベン波は磁力線に垂直方向に振動方向をもつので、視線方向に対するコロナループの向きによって非熱的な輝線幅が変化するはずである。サンプルの数は少ないが、Fe X輝線の観測ではこの異方性は認められなかった。これは、速度振幅の大きなアルフベン波がコロナループ中には観測されなかったことを意味する。一方、Fe XIV輝線では、コロナループを含む面と視線方向が平行な場合にコロナループの頂上で輝線幅が0.05-0.07Å(非熱速度にして3-5km/s)ほど減少するものが観測された。しかし、この減少では観測されている非熱速度幅〜20km/sを説明することはできない。以上より、アルフベン波によるプラズマの運動が非熱速度幅の主原因ではない、と結論された。

 第7章では、太陽コロナの長期的変化とコロナ加熱の関係が論じられている。太陽全面の「ようこう」軟X線画像からX線強度のヒストグラムをつくることによって、活動領域とそれ以外の領域の強度分布が異なっていることが発見された。また、「ようこう」で観測した3年半のデータに対して、活動領域、その他全ての領域の輝度変化を調べることにより、この期間の活動領域の単位面積当たりのX線輝度はほぼ一定であるのに対し、静穏領域の輝度は太陽極小期に向かうにつれ減少することが見いだされた。静穏領域の光球磁場強度は太陽周期と位相を合わせて増減することが知られているので、静穏領域コロナのX線強度が極小期に向けて減少することは、静穏領域コロナの加熱に磁場強度が関係していることを意味している。

 第8章では、コロナの長期的な構造変化を調べることを目的に、「ようこう」軟X線画像のX線強度を経度方向に積分した時間-緯度ダイアグラムが作成され、約4年にわたる長期間の太陽コロナの強度変化が調べられた。これより、緯度30度以下の低緯度に位置する活動領域、及び、緯度60度程度の高緯度域において1年程度のタイムスケールで軟X線強度が変化していることが発見された。

 最後の第9章では、赤道に向かって移動する太陽コロナの高緯度活動帯に関する新しい知見がまとめられている。

 以上の研究成果は、太陽コロナの構造と加熱機構の謎を解きあかす上で重要な知見であり、関連分野の研究の今後の発展に寄与するところ大である。

 なお、本論文第3章は、常田 佐久氏他との共同研究、第5章、第6章は一本潔氏他との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、原弘 久氏は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。

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