本論文は、太陽コロナの特徴的な構造であるコロナホール、静穏領域、活動領域、高緯度域活動帯について観測的研究を行なうことにより、百万度を越える温度をもつ太陽コロナはどのように加熱、形成されるかということを、観測的に明らかにしようとしたものである。 日食の際に見られる太陽コロナが、百万度を越える高温状態にあることが発見されてからすでに半世紀たつが、いかなるメカニズムでコロナが加熱されているのかという、いわゆる「コロナ加熱問題」は、いまだに未解決の天文学上の基本的難問である。本論文は、宇宙科学研究所の科学衛星「ようこう」に搭載された軟X線望遠鏡と、国立天文台乗鞍コロナ観測所のコロナグラフを用いることによって、観測からこの基本的難問にチャレンジしたものである。 論文は9章から成り、第1章はコロナ加熱問題に関する研究のレビュー、第2章は観測機器の解説であり、第3章から第9章までがオリジナルな研究成果の章である。 第3章と第4章は、コロナホールの温度の測定について述べられている。コロナホールは軟X線で観測されるコロナの構造の中で最も暗く、磁場が惑星間空間に向かって開いた領域である。高速太陽風の源としても知られている。これまでのSkylabなどの観測では、コロナホールの温度は1×106K、つまり、静穏領域の温度よりも0.5-1×106K程度低いと考えられてきた。しかし、本論文では、X線鏡表面での散乱X線の補正を精密におこなうことにより、コロナホールの温度はその外側の静穏領域の温度(1.8×106K)とほぼ等しく、1.8-2.4×106Kであることを見いだした。 第5章は、乗鞍コロナグラフ観測を用いた活動領域の温度構造の研究についてまとめられている。可視域にある代表的な三つのコロナ輝線(Fe X6374、Fe XIV5303、Ca XV5694)による活動領域の分光観測を行ない、それぞれの輝線に対応するコロナの温度、速度場、非熱速度を求めることにより、活動領域の温度構造と形成過程について考察している。その結果、活動領域コロナは異なった温度をもつ磁気ループの集まりとして理解することができること、活動領域全体の微分エミッションメジャー(DEM)の1-2×106Kという温度域はフレアの発生や活動領域コロナの時間変化にほとんどよらないこと、など明らかにした。 第6章では、コロナ加熱の「アルフベン波説」の観測的検証を目的として、乗鞍コロナ観測所で取得された活動領域のコロナ輝線の分光データを用いることにより、コロナ輝線非熱速度幅が、アルフベン波により説明できるかどうか調べられている。アルフベン波の振動はコロナ輝線の非熱的な幅として観測されていると解釈すると、アルフベン波は磁力線に垂直方向に振動方向をもつので、視線方向に対するコロナループの向きによって非熱的な輝線幅が変化するはずである。サンプルの数は少ないが、Fe X輝線の観測ではこの異方性は認められなかった。これは、速度振幅の大きなアルフベン波がコロナループ中には観測されなかったことを意味する。一方、Fe XIV輝線では、コロナループを含む面と視線方向が平行な場合にコロナループの頂上で輝線幅が0.05-0.07Å(非熱速度にして3-5km/s)ほど減少するものが観測された。しかし、この減少では観測されている非熱速度幅〜20km/sを説明することはできない。以上より、アルフベン波によるプラズマの運動が非熱速度幅の主原因ではない、と結論された。 第7章では、太陽コロナの長期的変化とコロナ加熱の関係が論じられている。太陽全面の「ようこう」軟X線画像からX線強度のヒストグラムをつくることによって、活動領域とそれ以外の領域の強度分布が異なっていることが発見された。また、「ようこう」で観測した3年半のデータに対して、活動領域、その他全ての領域の輝度変化を調べることにより、この期間の活動領域の単位面積当たりのX線輝度はほぼ一定であるのに対し、静穏領域の輝度は太陽極小期に向かうにつれ減少することが見いだされた。静穏領域の光球磁場強度は太陽周期と位相を合わせて増減することが知られているので、静穏領域コロナのX線強度が極小期に向けて減少することは、静穏領域コロナの加熱に磁場強度が関係していることを意味している。 第8章では、コロナの長期的な構造変化を調べることを目的に、「ようこう」軟X線画像のX線強度を経度方向に積分した時間-緯度ダイアグラムが作成され、約4年にわたる長期間の太陽コロナの強度変化が調べられた。これより、緯度30度以下の低緯度に位置する活動領域、及び、緯度60度程度の高緯度域において1年程度のタイムスケールで軟X線強度が変化していることが発見された。 最後の第9章では、赤道に向かって移動する太陽コロナの高緯度活動帯に関する新しい知見がまとめられている。 以上の研究成果は、太陽コロナの構造と加熱機構の謎を解きあかす上で重要な知見であり、関連分野の研究の今後の発展に寄与するところ大である。 なお、本論文第3章は、常田 佐久氏他との共同研究、第5章、第6章は一本潔氏他との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、原弘 久氏は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。 |