本論文は3章から成り、不斉Diels-Alder反応を利用する光学活性多置換シクロヘキセノール合成法の開発と、それを用いた(+)-paniculide Aの合成について述べたものである。 第一章:本筆者は、ビニルボラン誘導体がDiels-Alder反応におけるジエノフィルとして高い反応性を有しており、さらにその付加体のボリル基は酸化によって水酸基に変換できることに着目し、多置換シクロヘキセノールを合成するためにボロナート3aおよび3bを-ヒドロキシアクリル酸等価体として利用することを考えた。 まずこれらボロナートを3-プロピオロイル-1,3-オキサゾリジン-2-オン1より収率良く合成した。触媒量のキラルなチタン化合物存在下、3a、3bと各種ジエンとを反応させると、不斉Diels-Alder反応が進行し対応する付加体が高収率かつ高い光学純度で得られることを見出した。付加体のボリル基は、炭酸リチウム存在下m-クロロ過安息香酸(MCPBA)により、立体保持でヒドロキシル基に高収率で変換でき、各種の光学活性なシクロヘキセノール誘導体に容易に誘導することができる。本手法は、従来多段階の反応が必要であった酸素官能基化されたシクロヘキセノール誘導体を、短工程でしかも高い光学純度で与える有用な合成反応である。 第二章:paniculide AはAndrographis paniculataのカルス培養液より単離された、高度に酸化されたシクロヘキサン環を有するセスキテルペンである。本筆者は一章で開発した-ヒドロキシアクリル酸等価体3bの触媒的不斉Diels-Alder反応を利用し、paniculide Aの合成を行うとともに、その絶対立体配置の決定も併せて行なった。すなわちボロナート3bと1-アセトキシ-3-メチル-1,3-ブタジエンとの不斉Diels-Alder反応より得られる付加体から、官能基変換、炭素増炭反応、立体選訳的還元、エポキシ化反応等を行うことにより、ボロナート3bより19段階、全収率7%で(+)-paniculide Aを全合成した。また、不斉Diels-Alder反応から予想される絶対配置や合成中間体10にKusumi法を適用することにより、(+)-paniculide Aの絶対配置を決定した。 第三章:天然物合成において有用な合成素子である7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体は、一般にフランのDiels-Alder反応によって合成されるが、フランはジエンとしての反応性が低い。筆者は3位にメチルチオ基を導入したフランがジエンとして高い反応性を示し、各種ジエノフィルとのDiels-Alder反応により、付加体を高収率で与えることを見出した。 また、キラルなチタン化合物を触媒とする不斉Diels-Alder反応により、2-メチルチオ-7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体15が,高収率および良好な光学純度で得られることも明らかにしている。 このようにして合成された付加体から誘導される16に、酸触媒存在下シリルエノールエーテル17を反応させると、エーテル環の開裂を伴った炭素-炭素結合形成が起こり、位置選択的及び立体選択的にキラルな多置換シクロヘキセノール類18が得られることも見出している。 このように、キラルなチタン触媒を用いる不斉Diels-Alder反応を利用し、-ヒドロキシアクリル酸等価体として3-(3-ボリルプロペノイル)オキサゾリジノンを、酸素官能基化されたジエンとして3-(メチルチオ)フランを用い、光学活性多置換シクロヘキセノール類の合成法を開発している。さらに、本不斉Diels-Alder反応を利用して、(+)-paniculide Aの全合成に成功している。 以上、本筆者は、生理活性物質等の合成素子として有用な多官能基化されたシクロヘキセノール類の簡便な合成法を確立し、またその反応を鍵反応とした(+)-paniculide Aの全合成を行い、本反応の有用性を明らかにした。この業績は有機合成化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は奈良坂紘一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発研究を行ったものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できると認める。 |