学位論文要旨



No 212845
著者(漢字) 山本,一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,イチロウ
標題(和) 不斉Diels-Alder反応を利用する光学活性多置換シクロヘキセノール合成法の開発と(+)-paniculide Aの合成
標題(洋)
報告番号 212845
報告番号 乙12845
学位授与日 1996.04.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12845号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 助教授 村田,道雄
内容要旨

 光学活性体を効率良く得ることは、生命科学や材料科学の分野において重要な課題の一つであり、その手段の一つとして触媒的不斉合成反応の開発が積極的に行われている。しかし、これらの触媒的不斉合成反応の多くは単純な構造の基質を用いたものであり、得られてくる生成物も少数の官能基しか有していない場合が多く、複雑な化合物の合成に応用するにはまだ不十分なものが多い。そこで筆者は、生理活性物質の合成素子として注目されている多官能基化されたシクロヘキセノール類に着目し、キラルなチタン触媒による触媒的不斉Diels-Alder反応を利用する光学活性な多官能性シクロヘキセノール類の不斉合成法の開発を試みた。まず-ヒドロキシアクリル酸等価体を用いる触媒的不斉Diels-Alder反応の検討を行い、酸素官能基化されたシクロヘキセノール類を高い光学純度で得ることができた。また、この方法を用いてセスキテルペンの一つであるpaniculide Aの不斉合成を行った。さらに、酸素官能基化されたジエン等価体として3-(メチルチオ)フランを用いる触媒的不斉Diels-Alder反応を行い、得られる付加体に炭素求核剤を反応させエーテル環を開裂させることにより、キラルな多置換シクロヘキセノール誘導体を合成することができた。

1.-ボリルアクリル酸を用いた触媒的不斉Diels-Alder反応

 ビニルボラン誘導体はDiels-Alder反応におけるジエノフィルとして高い反応性を有しており、さらにその付加体のボリル基は酸化によって、水酸基に変換することができる。従って筆者は、不斉Diels-Alder反応の-ヒドロキシアクリル酸等価体として、3-(3-ボリルプロペノイル)-1,3-オキサゾリジン-2-オンを選び、その合成を検討した。3-プロピオロイル-1,3-オキサゾリジン-2-オン1を出発物質とし、ヒドロボリル化を行なうことにより、ボロナート3aおよび3bをそれぞれ62%、73%の収率で合成することができた。特に、3bは結晶として単離することができ、エタノールより再結晶が可能である。

 

 次に3a、3bを用いて、キラルなチタン触媒による各種ジエンとの不斉Diels-Alder反応を検討した。モレキュラーシーブス4A(MS4A)存在下、触媒量(10mol%)のチタン化合物を用い、トルエン-石油エーテル(P.E.)(1:1)の混合溶媒中で反応を行った。3a、3bともに0℃から室温において反応が進行し、付加体を高収率かつ高い光学純度にて得ることができた。付加体のボリル基は、炭酸リチウム存在下、0℃で付加体をm-クロロ過安息香酸(MCPBA)で処理することにより、立体保持でヒドロキシル基に高収率で変換することができた。

 

 以上のように、新たに合成した3-(3-ボリルプロペノイル)-1,3-オキサゾリジン-2-オン3を-ヒドロキシアクリル酸等価体として触媒的不斉Diels-Alder反応に用いることにより、光学活性なシクロヘキセノール誘導体の合成法を開発することができた。

2.(+)-paniculide Aの全合成

 paniculide AはAndrographis paniculataのカルス培養液より単離されたセスキテルペンであり、高度に酸化されたヘキサン環を有しているのが構造的な特徴である。そこで先に開発した-ヒドロキシアクリル酸等価体3bの触媒的不斉Diels-Alder反応を利用し、paniculide Aの合成を行うとともに、その絶対立体配置の決定も併せて行なうこととした。ボロナート3bと1-アセトキシ-3-メチル-1,3-ブタジエンとの不斉Diels-Alder反応より得られる付加体を、Li2CO3存在下、MCPBA酸化してヒドロキシ体6を合成した。得られた6をシリル基で保護し、チオエステルに変換した後、LiAlH4還元してジオール7とした。7をモノトシル体に変換し、2級アルコールをp-メトキシベンジルオキシメチル(PMBM)基で保護した後、NaCNにより1炭素増炭し、次いで脱シリル化、アルカリ加水分解を経て、ヒドロキシカルボン酸8を得た。次いで8の分子内光延反応によりラクトン9を定量的に得た。さらに、DDQ酸化によりエノンとし、NaBH4-CeCl3で立体選択的に還元を行い、アリルアルコールとした後、MCPBA酸化によりエポキシラクトン10を合成することができた。10は既に(±)-paniculide Aの合成中間体として知られており、その合成経路を改良し、目的とする(+)-paniculide Aへと導いた。このようにして、ボロナート3bより19段階、全収率7%で(+)-paniculide Aを全合成することができた。また、合成中間体10にKusumi法を適用することにより、(+)-paniculide Aの絶対配置を下図に示すように決定することができた。

 

3.3-(メチルチオ)フランを用いる触媒的不斉Diels-Alder反応および付加体の光学活性シクロヘキセノール誘導体への変換

 天然物合成において有用な合成素子として用いられている7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体は、一般にフランのDiels-Alder反応によって合成される。しかし、フランはジエンとしての反応性が低く、長い反応時間を必要とし、付加体の収率も低い。そこで、フランの3位にメチルチオ基を導入することによりジエンとしての反応性を向上させ、各種ジエノフィルとのDiels-Alder反応を行ったところ、高収率で付加体を合成できることが明らかになった。

 

 また、キラルなチタン触媒を用いた不斉Diels-Alder反応においても、3-(メチルチオ)フランはジエンとして十分な反応性を示し、付加体である2-メチルチオ-7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体15を高収率および良好な光学純度で合成することができた。

 

 さらに、得られた2-メチルチオ-7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体16にt-ブチルジメチルシリルトリフルオロメタンスルホナート(TBSOTf)を触媒とし、シリルエノールエーテル17を反応させると、エーテル環の開裂を伴った炭素-炭素結合形成が起こり、位置選択的および立体選択的にアルキル化されたキラルなシクロヘキセノール類18が得られることを見い出した。

 

 以上のように、キラルなチタン触媒による不斉Diels-Alder反応を利用し、酸素官能基化されたジエノフィル等価体として3-(3-ボリルプロペノイル)オキサゾリジノンを、酸素官能基化されたジエン等価体として3-(メチルチオ)フランを用いる光学活性多置換シクロヘキセノール類の合成法を開発することができた。さらに、3-(3-ボリルプロペノイル)オキサゾリジノンを用いる触媒的不斉Diels-Alder反応を利用して、(+)-paniculide Aを合成することができた。

審査要旨

 本論文は3章から成り、不斉Diels-Alder反応を利用する光学活性多置換シクロヘキセノール合成法の開発と、それを用いた(+)-paniculide Aの合成について述べたものである。

 第一章:本筆者は、ビニルボラン誘導体がDiels-Alder反応におけるジエノフィルとして高い反応性を有しており、さらにその付加体のボリル基は酸化によって水酸基に変換できることに着目し、多置換シクロヘキセノールを合成するためにボロナート3aおよび3bを-ヒドロキシアクリル酸等価体として利用することを考えた。

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 まずこれらボロナートを3-プロピオロイル-1,3-オキサゾリジン-2-オン1より収率良く合成した。触媒量のキラルなチタン化合物存在下、3a、3bと各種ジエンとを反応させると、不斉Diels-Alder反応が進行し対応する付加体が高収率かつ高い光学純度で得られることを見出した。付加体のボリル基は、炭酸リチウム存在下m-クロロ過安息香酸(MCPBA)により、立体保持でヒドロキシル基に高収率で変換でき、各種の光学活性なシクロヘキセノール誘導体に容易に誘導することができる。本手法は、従来多段階の反応が必要であった酸素官能基化されたシクロヘキセノール誘導体を、短工程でしかも高い光学純度で与える有用な合成反応である。

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 第二章:paniculide AはAndrographis paniculataのカルス培養液より単離された、高度に酸化されたシクロヘキサン環を有するセスキテルペンである。本筆者は一章で開発した-ヒドロキシアクリル酸等価体3bの触媒的不斉Diels-Alder反応を利用し、paniculide Aの合成を行うとともに、その絶対立体配置の決定も併せて行なった。すなわちボロナート3bと1-アセトキシ-3-メチル-1,3-ブタジエンとの不斉Diels-Alder反応より得られる付加体から、官能基変換、炭素増炭反応、立体選訳的還元、エポキシ化反応等を行うことにより、ボロナート3bより19段階、全収率7%で(+)-paniculide Aを全合成した。また、不斉Diels-Alder反応から予想される絶対配置や合成中間体10にKusumi法を適用することにより、(+)-paniculide Aの絶対配置を決定した。

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 第三章:天然物合成において有用な合成素子である7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体は、一般にフランのDiels-Alder反応によって合成されるが、フランはジエンとしての反応性が低い。筆者は3位にメチルチオ基を導入したフランがジエンとして高い反応性を示し、各種ジエノフィルとのDiels-Alder反応により、付加体を高収率で与えることを見出した。

 また、キラルなチタン化合物を触媒とする不斉Diels-Alder反応により、2-メチルチオ-7-オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ-2-エン誘導体15が,高収率および良好な光学純度で得られることも明らかにしている。

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 このようにして合成された付加体から誘導される16に、酸触媒存在下シリルエノールエーテル17を反応させると、エーテル環の開裂を伴った炭素-炭素結合形成が起こり、位置選択的及び立体選択的にキラルな多置換シクロヘキセノール類18が得られることも見出している。

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 このように、キラルなチタン触媒を用いる不斉Diels-Alder反応を利用し、-ヒドロキシアクリル酸等価体として3-(3-ボリルプロペノイル)オキサゾリジノンを、酸素官能基化されたジエンとして3-(メチルチオ)フランを用い、光学活性多置換シクロヘキセノール類の合成法を開発している。さらに、本不斉Diels-Alder反応を利用して、(+)-paniculide Aの全合成に成功している。

 以上、本筆者は、生理活性物質等の合成素子として有用な多官能基化されたシクロヘキセノール類の簡便な合成法を確立し、またその反応を鍵反応とした(+)-paniculide Aの全合成を行い、本反応の有用性を明らかにした。この業績は有機合成化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は奈良坂紘一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発研究を行ったものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できると認める。

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