学位論文要旨



No 212849
著者(漢字) 谷口,雅子
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,マサコ
標題(和) リポ蛋白リパーゼのELISA法による測定法の確立およびヒトリポ蛋白リパーゼを過剰発現させた細胞でのアポリポ蛋白B-100を含むリポ蛋白の取り込みに関する研究
標題(洋)
報告番号 212849
報告番号 乙12849
学位授与日 1996.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12849号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 渡辺,毅
 東京大学 助教授 生田,宏一
 東京大学 助教授 川久保,清
内容要旨 1、緒言

 リポ蛋白リパーゼ(LPL)はカイロミクロンや超低比重リポ蛋白(VLDL)といった中性脂肪に富むリポ蛋白粒子の異化を通して、血漿中の中性脂肪の代謝に中心的な役割を演じている酵素である。

 既にLPL蛋白の検出・測定の為に、幾つかの特異抗体や酵素免疫抗体法(ELISA)が開発されているが、LPL分子の特定部分の選択的な検出や家族性LPL欠損症患者に見い出されるLPL変異体の検出などには不便であった。本研究ではこれらの問題点を克服するために、ヒトLPLのアミノ末端およびカルボキシ末端のそれぞれ16アミノ酸残基に相当する合成ペプチドと共に、ヒトLPL cDNAをチャイニーズハムスターの卵巣癌細胞(CHO-cell)に遺伝子導入を行い、ヒトLPLを分泌させたリコンビナントLPLを抗原として用い抗LPL抗体を作成し、LPL蛋白の測定系を開発した。

 さらに、ヒトLPL過剰発現細胞(CHO-LPL)に加えてLPLアンチセンスcDNAの遺伝子導入細胞(CHO-antiLPL)を作成し、LPLによるアポリポ蛋白B-100を含むリポ蛋白代謝に及ぼす影響を検討した。

2、方法

 1)細胞へのヒトLPL遺伝子の導入:ヒト胎盤由来のLPL1,581-bp cDNA断片をRc/CMVベクターにsenseおよびantisenseの方向にサブクローンし、CHO-K細胞に遺伝子導入を行った。同様に正常およびC末端を変異させたプラスミドをサブクローンし、RipofectinTM Reagentを用いてCos-1細胞に遺伝子導入した。

 2)LPLの活性測定方法および精製:Nilsson-Ehle及びSchotzらの方法に準じ、水解反応により遊離した脂肪酸の放射活性を測定した。リコンビナントヒトLPLおよびbovine LPLの精製は、CHO-LPLの培養液、脱脂生乳をヘパリンーセファロースアフィニティカラムにかけて精製した。

 3)4種のポリクローナル抗体の作成およびBovine LPLに対するモノクローナル抗体の作成:精製したLPL蛋白、ヒトLPLのN末端およびC末端に対応する16アミノ酸残基を合成しKLHを結合したペプチド抗原を日本白色家兎に免疫を行った。Bovine LPLはマウスに腹腔内投与し、脾臓細胞とミエローマ細胞の融合を行い、酵素免疫抗体法を用いてpositive cloneを単一クローン化した。

 4)ELISA法によるLPL蛋白測定法の検討:ELISAプレートに10gIgG/ml濃度の第1次抗体をコーティングした。0.05%TritonX-100-PBS洗浄液にて洗浄、1%gelatinでブロッキング後、サンプルとELISA bufferを加え反応させた。5gIgG/ml濃度のビオチニル化第2次抗体を反応させ、streptoabidin-peroxidaseを加え、発色試薬にて波長492nmの発色強度を測定した。標準物質にはbovine LPLを用いた。

 5)LPL transfectant CHO細胞のVLDLに及ぼす作用:CHO細胞とVLDLを37℃でincubatinし、培養液中のコレステロール、中性脂肪量の経時的および容量依存性の変化を酵素法にて測定した。培養液をdensitygradientによる超遠心を行い7分画に分離し、その脂質を測定した。リポ蛋白のゲルろ過にて粒子サイズの変化をみた。培養液を再度超遠心しVLDLを3〜20%gradientのSDS-PAGEにてアポ蛋白の変化を検討した。

 6)Binding assay:ヨード化したリポ蛋白を培養液中に加え、37℃で5時間incubationし細胞への結合量と取り込み量を測定した。一方、4℃でのbindingの測定はヨード化リポ蛋白を4℃で2時間incubationして細胞表面に結合した125-Iリポ蛋白を測定した。またヘパリン処理後、同様のBinding assayを行った。

3、結果

 1)In vitroにおけるCHO細胞へのヒトLPL遺伝子の導入:CHO-LPLはCHO-Kの約7倍のLPL活性を示した。Northern blot解析でCHO-LPLには約2.3kbの位置にバンドが観察されたが、CHO-Kではこのbandは欠き、ヒトLPLmRNAのシグナルと解釈した。CHO-LPLはヘパリン親和性を示す水解活性のピークがヘパリンセファロースカラムで1.6M-NaCl bufferの溶出画分にあり、アポリポ蛋白C-IIの添加により活性は増強した。SDS-PAGEではCHO-LPL細胞には1本のmajor bandが検出され、その分子量は約55600であった。Western blot分析では抗bovine LPL坑体により免疫学的に検出された。

 2)LPL活性に及ぼす抗体の抑制効果:抗bovineおよび抗ヒトリコンビナントLPL抗体は濃度依存的にヒトのヘパリン静注後血漿(PHP)中のLPL活性を顕著に抑制し、抗C末端抗体は中等度に抑制したが、抗N末端抗体、モノクローナル抗体の4種混合では影響を及ぼさなかった。また、抗bovineと抗ヒトリコンビナントLPL抗体はヒトを含む多くの種のLPL活性を抑制したが、抗C末端抗体はヒトのみを抑制した。

 3)ELISA法による測定系の確立:第1次抗体に抗N末端、抗C末端あるいは混合モノクローナル抗体を用い、第2次抗体にビオチニル化抗bovine LPLポリクローナル抗体使用の系が感度良い測定系であった。

 4)C末端切断変異LPLの検出:培養液中の変異LPLを抗N末端、抗C末端抗体で測定した結果、抗C末端抗体はLPL-436は検出可能であったがLPL-434やLPL-435は不完全であり、433〜436残基の中に抗原認識部位を持つと考えた。Trp382の終末変異ホモ接合型LPL欠損症患者の血漿を抗N末端抗体を用いたLPL蛋白量は、22ng/mlという顕著な減少を示したが、混合モノクローナル抗体で28.6ng/ml、抗C末端抗体では0を示し、C末端が変異したLPL蛋白は存在するものの有意に低い値であることが確認され、抗体の有用性が示された。

 5)センスおよびアンチセンスLPLcDNA遺伝子導入CHO細胞のLPL活性とLPL蛋白量:CHO-K、CHO-LPLおよびCHO-anti LPLの培養液中の活性は642、5004、242U/dayであり、細胞抽出液中は475、4696、284U/dayであった(1U=1nmol free fatty acid per hour per milligram cell protein)。また、LPL蛋白量は培養液中75、632、17ng/mg cell proteinで、細胞抽出液中は151、610および61であった。

 6)VLDLの加水分解:VLDLをCHO-LPL細胞に加えた時、経時的に中性脂肪量は減少したが、CHO-anti LPLでは3%のみであった。8時間後ではCHO-anti LPLの33%にまで減少した。Density-gradientでは、CHO-LPLでd=1.005の画分の減少、d=1.017、d=1.029画分の増加が観察され、VLDLが加水分解されIDL(中間型リポ蛋白)の生じたことが示唆されたが、CHO-anti LPLでは有意な変化は認められなかった。高速液体クロマトグラフィを用いたゲルろ過では、CHO-LPLでVLDL粒子はより小さな粒子サイズを含む画分へ移動し、中性脂肪のピークは顕著な減少がみられた。SDS-PAGEおよびデンシトメーターによるスキャンニングでは、CHO-LPLではCHO-anti LPLと比較してVLDL中のアポE含量は多く、3.8倍を示した。

 7)VLDLの細胞内への取り込み:正常人VLDLは、細胞結合量、細胞内取り込み量ともCHO-K、CHO-anti LPLに比べ、CHO-LPLでは4〜5倍を示した。高中性脂肪血症患者のVLDLでは、CHO-KとCHO-anti LPL間に約1.5倍の差が認められた。競合実験では、過剰のVLDLは完全にVLDLの取り込みを抑制したが、過剰のLDL(低比重リポ蛋白)では完全には抑制されなかった。アポE欠損症、E2/2の取り込みはCHO-LPLでは正常人の場合の12%、22%に過ぎず、CHO-anti LPLでは最小もしくは0であった。4℃での結合実験では、CHO-LPLはCHO-anti LPLの2.3倍を示したが、細胞をヘパリンで処理後では差の消失が観察され、細胞表面のLPLによる結合への関与が示唆された。逆にCHO-LPLの37℃での取り込みはCHO-anti LPLの4.1倍高かった。4℃でのヘパリン洗浄後のLDLの結合実験では差が見られなかったが、ヘパリン未処理の場合では2倍高い値を示した。

4、考察

 LPL抗体の開発において、合成ペプチドを抗原として用いたのは本研究が初めての報告である。抗N末端抗体はLPL分子に対し親和性が高いにもかかわらず、LPL水解作用へ影響を及ぼさないことから、ヒトLPLの両端は酵素の活性中心から離れて存在すると予測された。ヒトLPLのN末端の1塩基置換(Asp9をAsnに置換)はLPL機能に影響を及ぼさないLohseらの報告から、N末端は酵素機能の発現に重要であるとは考えられない。一方、C末端領域は酵素の蛋白量、活性の発現と密接に関係しており、Val436の機能的な重要性を示唆したKozakiらの報告からもC末端は機能の発現に必須である。今回抗C末端抗体のLPL活性への著明な抑制はLPL分子のC末端の酵素機能発現における重要性を示している。抗C末端抗体の抗原認識部位が433-436アミノ酸残基中と推測されたが、Val436への効果を通じ活性を抑制したものと思われる。LPL両末端のいずれかと選択的に反応する本抗体はLPLの機能と構造との関係を調べる際に有用であった。

 次に、ヒトLPLcDNA遺伝子導入した細胞系を確立しリポ蛋白代謝に与える影響を研究した。LPLにより加水分解されたVLDLの結合量の増加は2つの異なったメカニズムによって説明された。1)VLDLはCHO-LPLより分泌されるLPLにより中性脂肪が加水分解され、レムナントが産生され、相対的にアポE含量が増加してLDL受容体への親和性を増加させた。さらに、アポE欠損症患者のVLDLの取り込みの低さは、VLDLのLDL受容体による取り込みにおけるアポEの重要性を示した。従って、細胞から分泌されるLPLによるVLDLの加水分解や構造上の変化は、LDL受容体に依存した取り込み機構の1つと考えられた。2)過剰のLDLではCHO-LPL、CHO-anti-LPL共にVLDLの取り込みが完全に抑制されなかった。また、ヘパリン非存在下では、CHO-LPLにおけるVLDLの結合はCHO-anti-LPLに比べ有意に高いが、ヘパリン洗浄後では有意差を認めず、リポ蛋白の取り込みにおける、LDL受容体を介さないLPLによる仲介が示唆された。LPLはLDLやLp(a)のようなアポB-100に富むリポ蛋白と、細胞表面上のプロテオグリカンとの結合を促進してリポ蛋白の細胞内への取り込みを促進することが示唆されており、LDL受容体非依存経路によるVLDLの取り込みの一部を示しているのであろう。

 本研究よりLPLは組織での脂質代謝の調節を司る多機能蛋白であり中性脂肪を加水分解する酵素の1つであると同時に、細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカンとリポ蛋白を連結する橋渡しの役割をも担う蛋白であることを示した。嶋田らは、LPLを過剰発現したトランスジェニックマウスの食餌により惹起される高脂血症への抵抗性を認め、LPLが血漿中の中性脂肪のみならずコレステロール代謝をも調節すると報告している。従ってLPLはリポ蛋白中の中性脂肪の加水分解により血漿中性脂肪の値を規定するのみならず、血漿コレステロール値の決定に重要な働きをしていることが明らかであるが、これはLPLがアポB-100を含んだリポ蛋白の細胞内への取り込みを促進する結果と考えられた。

審査要旨

 本研究は中性脂肪に富むリポ蛋白粒子の異化を通して血漿中の脂質代謝に中心的な役割を演じている酵素のリポ蛋白リパーゼ(LPL)に対する8種類の特異抗体を作成し、その抗体を用いてLPL蛋白の測定系を確立したものである。さらにLPLがアポリポ蛋白B-100を含むリポ蛋白の代謝に果たす役割を検討するために、LPLを過剰発現した細胞およびアンチセンスのLPL分泌を抑えた細胞を作成し検討を加えたものであり、下記の結果を得ている。

 1.In vitroにおいてCHO細胞へヒトLPL遺伝子の導入を行ったところ過剰発現細胞のCHO-LPL細胞は、親株のCHO-K細胞に対し約7倍のLPL活性を示し、Northern blot解析でヒトLPLmRNAのシグナルである約2.3kbの位置にバンドを観察した。さらにヘパリン親和性を示す水解活性のピークがヘパリンセファロースカラムで1.6M-NaCl bufferの溶出画分に認め、アポリポ蛋白C-II添加で活性は増強した。SDS-PAGEでCHO-LPL細胞には1本のmajor bandが検出され、その分子量は約55600であった。Western blot分析では抗bovine LPL坑体により免疫学的に検出され、ヒトLPLの発現を確認した。

 2.開発したLPL抗体は全てLPLに対して強い親和性を示したが、常に活性に影響を及ぼすとは限らず、ヒトのヘパリン静注後血漿(PHP)中のLPL活性を牛生乳LPLに対する抗体、遺伝子導入により産生されたヒトLPLリコンビナントに対する抗体、ヒトLPLカルボキシ末端に対する抗体は抑制したが、ヒトLPLアミノ末端に対する抗体、モノクローナル抗体の4種混合は抑制しなかった。LPLのN末端については酵素活性発現には関係しないことが示された。

 3.ELISA法による測定系の確立により、ヒト、ラット、マウス、モルモットのPHPのみならず培養細胞の培養液や細胞抽出液中のLPL酵素蛋白量の測定も可能となった。また、LPL欠損症患者のPHPのC末端の変異したLPL蛋白の存在を証明し、抗C末端抗体のエピトープを433〜436残基の中に位置付けられた。これらの抗体はLPL分子の構造と機能を調べるのに有用であった。

 4.センス(CHO-LPL)およびアンチセンス(CHO-anti LPL)LPL cDNA遺伝子導入CHO細胞に超低比重リポ蛋白(VLDL)をincubationした実験において、CHO-LPLの場合はVLDL中の中性脂肪は加水分解を受け、よりレムナントなリポ蛋白が生成され、アポリポ蛋白Eの量は相対的に増加することが示された。また、37℃での125I-VLDLの細胞内取り込みはCHO-anti LPLの4倍を示した。ところが、CHO-LPLにおいてアポE欠損症患者のVLDLの取り込みは正常人VLDLの場合の12%にしか過ぎず、アポEがリポ蛋白表面上に表現されることを含むリポ蛋白の構造上の変化がVLDLの細胞内への取り込みに重要であることが示された。さらに、4℃でのVLDLや低比重リポ蛋白(LDL)の結合はCHO-anti LPLに比較してCHO-LPLで高く、この結合量の差は細胞をヘパリンで洗浄することで消失した。このことから、細胞表面上のLPLは細胞へのリポ蛋白の結合にも働くことが示された。以上より、細胞から分泌されるLPLはVLDL粒子の構造の変化およびリポ蛋白粒子の細胞への結合に影響を与え、両者が共にVLDLの細胞内への取り込みを増強すると結論づけられた。

 以上、本論文はLPLに対する抗体の作成および測定法の開発により、変異したLPL蛋白の検出に有効であることを示し、またLPLは組織での脂質代謝の調節を司る多機能蛋白であり中性脂肪を加水分解する酵素の1つであると同時に、細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカンとリポ蛋白を連結する橋渡しの役割をも担う蛋白であることを示した。本研究はLPLの機能と構造との関係を調べるのにあたり重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク