学位論文要旨



No 212851
著者(漢字) 渡辺,昌文
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マサフミ
標題(和) マウス平滑筋ミオシン重鎖遺伝子(SM1/2)の細胞特異的発現の調節機序の解析
標題(洋) Molecular Mechanisms of the Cell-type-specific Expression of the Mouse Smooth Muscle Myosin Heavy Chain Gene(SM1/2)
報告番号 212851
報告番号 乙12851
学位授与日 1996.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12851号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 多久和,陽
内容要旨

 血管平滑筋細胞は細胞の状態に応じて形質を変化させることが知られており、筋線維に富むより分化した平滑筋細胞は収縮型とされ、ゴルジ体やミトコンドリアに富んだ未分化な平滑筋細胞は合成型と呼ばれている。実際に、血管平滑筋細胞は個体の発生段階に応じて形質を合成型から収縮型へ変化させる。また、動脈硬化や経皮冠動脈形成術(PTCA)後の再狭窄などの血管病変では、平滑筋細胞は遊走・増殖し、形質を収縮型から合成型へ脱分化させるのが観察される。このような形質変換の機構を明らかにすることは、血管の発生・分化の仕組みや、血管病変の病態機構を解明するために有用であると考えられる。形質変換の機構を解明するためには、平滑筋アクチン、SM22、カルポニン、SM1/2などの平滑筋の形質変換に応じて特異的に発現する遺伝子の発現機構を解析することが重要である。これまでに、平滑筋アクチンの発現機構がもっとも良く研究されているが、その転写調節機構については一致した見解が得られていない。本研究において、平滑筋特異的に発現しているSM1/2遺伝子の発現調節機構について検討した。SM1/2遺伝子は、選択的スプライシング機構により平滑筋ミオシン重鎖アイソフォームのSM1とSM2を発現しており、その発現は発生や分化に応じて調節される。すなわち、SM1は胎生の比較的初期から発現しており、SM2は誕生の頃から発現してくる。したがって、SM1/2の発現の調節機構は、平滑筋の形質変換、さらには血管病変における平滑筋の役割を明らかにする上で非常によいモデルとなりうると考えられる。これまでの平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の実験には、実験動物として扱いやすいためウサギが用いられてきたが、遺伝子の発現機構を調べるためには、発生工学の技術が進んでいるマウスの遺伝子について解析する必要があると考えられた。以上から、SM1/2の平滑筋特異的発現機構を明らかにするために、マウスSM1/2遺伝子の5’プロモーター領域をクローニングし、細胞特異的発現に寄与しているシス・エレメントの解析を行った。

1、マウスSM1/2遺伝子の5’プロモーター領域のクローニングとシークエンス解析

 永井らが用いたウサギのSM1/2のC末端DNAをプローブとして得たATG開始コドンを含むウサギcDNAクローンを用い、マウスcDNAクローンを得た。さらに、カセットPCR法により、目的のマウスSM1/2遺伝子の5’プロモーター領域と第一イントロンを含むクローン、MF31、をクローニングすることに成功した。マウスの大動脈・腸管・子宮由来のmRNAを用いてプライマー伸長法で決定された転写開始点は、ATG開始コドンから106bp上流の一カ所に同定された。第一エクソンは90bpの長さで、10kbp以上の第一イントロンをはさんで、16bpのノン・コーディング領域を持つ第二エクソンへとつながることが明らかとなった。また、MF31の転写開始点から1526bpの領域のシークエンスを行った。それぞれ転写開始点から、-28bpにTATA box、-43bpにGATA box、-965bpと-1297bpにCArG box、そして8個のE-boxを認めた。M-CAT.MEF-2が結合するコンセンサス配列は認められなかった。

2、平滑筋培養細胞、平滑筋細胞、他の非平滑筋細胞でのSM1/2遺伝子プロモーターの活性

 シスエレメントを解析するために、5’フランキング領域を種々の長さに欠失させたSM1/2プロモーターを組み込んだルシフェラーゼ・レポーター遺伝子を、各種細胞に一過性に導入し、転写活性を比較検討した。この時、一緒にヒトエロンゲーションファクター1のプロモーターを持つガラクトシダーゼ・レポーター遺伝子を細胞に導入し、転写効率を補正した。まず、ウサギ大動脈平滑筋由来の血管平滑筋細胞C2/2にSM1/2が発現していることをRNase Protection Assayにて確認した後、転写活性を比較検討した。3.4kbp、1226bpのプロモーター領域を含むプラスミドの転写活性は、プロモーター・エンハンサーを含まないレポーター遺伝子、PGVB、に比較して50倍近い活性の上昇を認めた。-188bpまで欠失させたコンストラクトでも転写活性はそれほど変化しなかったが、より近位、特に、-92bpと-80bpの欠失で転写活性は顕著に低下し、この領域に活性増加作用領域が存在する可能性が示された。-72bpまで欠失させたプラスミドの転写活性はPGVBの9倍程度あるので、より近位に必須のシスエレメントが存在している可能性が考えられた。これらの実験結果を確認するために、酵素分散法により得たウサギ大動脈平滑筋細胞の初代培養細胞で同様な実験を行ったところ、いずれの転写活性も他の非平滑筋細胞での転写活性よりも15倍以上の高値を示した。また、-92bpと-80bp間の欠失による転写活性の低下は非平滑筋細胞での低下に比べて顕著であった。

3、二連のCCTCCC配列に核タンパク質が特異的に結合し、変異導入により転写活性が低下する

 シスエレメントと核タンパク質の結合について解析するために、-103bpから-68bpの領域のオリゴヌクレオチドSMS80をプローブとして、C2/2の核タンパク質を用いたゲルシフト分析を行い、配列に特異的な結合活性の存在を証明した。次に、SMS80の塩基配列に変異を加えたオリゴヌクレオチドを数種用い競合阻害させる実験から、-89bpに存在するCCTCCC配列が、平滑筋細胞における特異的なタンパク質-DNA結合に重要であると考えられた。より近位の-61bpに存在するCCTCCC配列についても同様に、-89bpのCCTCCC配列に結合するタンパク質が結合していることが示された。

 次に、CCTCCC配列と核タンパク質の結合を実際に阻害すると、転写活性がどのように変化するのかを知るため、レポーター遺伝子を用いた実験を行った。-89bpのCCTCCCに変異を導入したBM80、-61bpのCCTCCCに変異を導入したBM60、両方に変異を導入したBMDの転写活性は有意に低下し、それぞれ47%,49%,26%を示した。したがって、89bpと61bpに存在するCCTCCC配列が、実際にSM1/2遺伝子の発現に重要であることが示された。

4、CCTCCC配列に結合するタンパク質の解析

 既知の転写因子結合コンセンサス配列、CACC-binding boxとSp1-binding boxを含むオリゴヌクレオチドはグルシフト分析の結合を競合阻害したことから、これらの配列はCCTCCCと配列が異なっているが、CCTCCC配列結合タンパク質とも結合できると考えられた。これまでに、CACCC配列とその結合タンパク質の結合が、組織特異的な発現に重要な役割を果たしているという報告がいくつか知られている。グロビン遺伝子プロモーターのCACCboxに結合するタンパク質として、Zinc fingerを持つタンパク質、EKLFがクローニングされている。最近、EKLFのノックアウトマウスが解析され、赤血球特異的な発現が低下し、重篤なサラセミアをおこし、胎児のうちに死亡すると報告された。臨床的にも、CACCC配列中の変異がサラセミアを起こす例が知られている。他に、トロポニンCやミオグロビン遺伝子の筋特異的な発現に重要なCACCboxに結合するタンパク質として-10kDaのタンパク質が、また、T細胞受容体遺伝子プロモーターのCACCCに結合するタンパク質として、やはりZinc fingerを持つタンパク質、htが報告されている。したがって、CACCC配列に結合するタンパク質として、様々なZinc Fingerを含む転写因子の存在が考えられる。SM1/2遺伝子プロモーターのCCTCCC配列も、Sp1以外にZinc Fingerを含む転写因子との結合によって、発現調節を受けている可能性がある。

 Sp1に対するポリクローナル抗体を用いたゲルシフト分析で、SMS60、SMS80ともにスーパーシフトを起こし、シフトしたバンドにSp1が含まれていることが示された。一般には、Sp1は細胞全般的に発現していると考えられているが、組織特異的発現に関与しているとする例がいくつか知られている。まず、Sp1がco-factorとして機能的な複合体を形成する例である。心筋アクチンの筋特異的な発現には、Sp1、SRF、MyoDが必要であり、骨格筋トロポニンIでは、Sp1、MyoDが必要である。SM1/2遺伝子に適応すれば、CCTCCCのより下流に細胞特異的な発現に関与する領域があり、共同してその作用を発現していると考えることができる。-43bpに存在するGATA boxは重要な候補であるが、GATA boxに変異を導入しても転写活性に変化を認められず、このGATA boxはSM1/2の転写活性に重要な役割を果たしていないと考えられた。次は、Sp1が他の転写因子と細胞特異的な相互作用を起こす例である。たとえば、Rb遺伝子タンパク質が細胞の種類によって、c-fosやTGF1の発現を規定していることが知られている。SM1/2遺伝子プロモーターのCCTCCC配列もSp1と作用し、発現を調節している可能性がある。

5、ウサギSM1/2遺伝子、他の平滑筋特異的遺伝子プロモーターの解析との比較

 最近、報告されたウサギのSM1/2遺伝子のプロモーター領域の解析と比較した結果、類似した配列が同定できた。ひとつの領域は、120bp程度までの近位に存在し、TATA box、二連のCCTCCC配列を含んでいる。これらの配列は、マウスとウサギで共通に保存されており、SM1/2遺伝子発現に重要であるとする仮説を支持するものである。また、平滑筋細胞に比較的特異的に発現する平滑筋アクチン遺伝子のプロモーターにもGGGAGG(CCTCCCの裏)配列が連なって存在しており、SM22遺伝子のプロモーターには、機能は不明だが、CACCC Boxの存在が報告されている。もう一つのマウスとウサギで類似する配列は、マウスの1000bpと1500bpの間の領域であり、二つのCArG boxを含んでいる。しかし、マウスに認められたGATA box、8個のE-boxは、いずれもウサギでは保存されておらず、実験結果からも有意な働きは認められなかった。ウサギのプロモーターの解析結果からは、2266bpに存在するMEF2-likeな配列が重要な働きをしていると報告されているが、マウスではこれに相当する配列を認めなかった。このような結果の相違が生じた理由は種の違いで説明できるかもしれないが、明らかではない。

6、まとめ

 以上の結果から、二連のCCTCCC配列とその結合タンパク質との結合が、平滑筋特異的な遺伝子発現を規定していることを示した。結合タンパク質として、Sp1またはZinc Fingerを含む転写因子が関与している可能性が高く、今後これらの転写因子のクローニング、機能解析について検討が必要である。

審査要旨

 本研究は、血管の発生や血管病変において重要な役割を果たしている平滑筋の役割を明らかにするために、平滑筋特異的に発現する平滑筋ミオシン重鎖(SM1/2)遺伝子について、5’プロモーター領域におけるin vitroでの発現調節機序の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.マウス平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の5’プロモーター領域をクローニングした。プライマー伸長法により大動脈、腸管、子宮における転写開始点は、ATG開始コドンから106bp上流の一カ所に同定された。転写開始点から5’側に1526bpの領域をシークエンスした結果、-28bpにTATA box、-43bpにGATA box、-965bpと-1297bpにCArG box、そして8個のE-boxを認めた。

 2.5’プロモーター領域を種々の長さに欠失させたSM1/2プロモーターを組み込んだルシフェラーゼ・レポーター遺伝子を各種細胞に一過性に導入し、転写活性を比較した。1226bpのプロモーター領域を含むレポーター遺伝子はウサギ大動脈平滑筋細胞の初代培養細胞に導入されると、他の細胞に導入された場合より高い転写活性を示した。この高い転写活性の原因は主に、-92bpと-80bpの間と、-72bpより近位のプロモーター領域の活性増加作用によると考えられた。

 3.平滑筋培養細胞の核タンパク質を用いたゲルシフト分析により、SM1/2プロモーター領域の-89bpと-69bpに存在するCCTCCC配列に特異的に結合する核タンパク質の存在が示された。このCCTCCC配列に変異を導入したレポーター遺伝子の転写活性が変異を導入されていないレポーター遺伝子より低値を示したことは、この配列がSM1/2遺伝子の発現に重要であることを証明している。

 4.既知のシス・エレメントであるCACC-binding boxとSp1-binding boxを含むオリゴヌクレオチドを用いたゲルシフト分析により、CACCC結合タンパク質とSp1が、CCTCCC配列に結合できることを示した。また、Sp1に対するポリクローナル抗体を用いたゲルシフト分析で、CCTCCC配列に結合した平滑筋培養細胞の核タンパク質中にSp1が存在することが明らかになった。これまでに、CACCC結合タンパク質とSp1は、いずれも組織特異的遺伝子発現に関与している例が知られている。

 5.最近報告されたウサギのSM1/2遺伝子のプロモーター領域とマウスのプロモーター領域のシークエンスを比較した。TATA boxと二連のCCTCCC配列を含む転写開始点から-120bpまでの近位プロモーター領域と、CArG boxを含む-1000bpと-1500bpの間のプロモーター領域で、類似した配列を認めた。CCTCCC配列がマウスとウサギで種を越えて保存されていることは、この配列がSM1/2遺伝子発現に重要であることを支持している。

 以上、本論文は、マウス平滑筋ミオシン重鎖遺伝子の5’プロモーター領域に存在する二連のCCTCCC配列とその結合タンパク質が平滑筋特異的な遺伝子発現を規定していることを明らかにした。結合タンパク質としては、Sp1またはZinc Fingerを含む転写因子が関与している可能性が示唆される。本研究は、血管の発生や血管病変における平滑筋の役割の解明に大きく貢献するものであり、動脈硬化や血管形成術後の再狭窄病変形成の機序の解析とその治療法の開発にも役立つと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク