学位論文要旨



No 212856
著者(漢字) 内山,雅之
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,マサユキ
標題(和) 大腸腫瘍における神経組織の関与とその意義についての免疫組織化学的研究
標題(洋)
報告番号 212856
報告番号 乙12856
学位授与日 1996.04.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12856号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大原,毅
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 助教授 横森,欣司
 東京大学 講師 小西,敏郎
内容要旨

 腸管にはneuropeptideが豊富であり、その中でもvasoactive intestinal peptide(VIP)は消化管神経組織に最も多く存在している。VIP含有神経組織は全消化管に存在するが、特に下部消化管に豊富に分布しており、また、その50%は粘膜固有層に認められる。大腸の粘膜固有層にはVIP含有神経線維が豊富に認められ、神経終末からVIPが高濃度に分泌されている。

 近年、神経系と免疫系は密接な機能的、構造的関連のもとで生体の恒常性を維持しており、neuropeptideを含む神経系が免疫系を制御していることが明らかとなってきている。免疫系の細胞からもneuropeptideが産生され放出されることから、neuropeptideは、生体の生理的機能を調節するということに加えて、非自己(non-self)から生体を防御するという免疫機構を調節するうえでも重要な生体物質であることが注目されるようになった。

 VIPは上皮細胞の増殖を制御し、in vitroで大腸癌細胞、胃癌細胞に対しては増殖を抑制し、免疫系には抑制的に作用するところから、immunoregulatory substanceと考えられている。

 大腸におけるVIP含有神経組織の異常は、炎症性腸疾患(IBD)で粘膜固有層および粘膜下層のVIP陽性神経線維の減少が報告されている。大腸のVIPは憩室症で増加しており、高度の便秘の患者では減少しているとも報告されている。また、Hirschsprung病患者の無神経節結腸ではVIP含有神経組織の減少が示されているが、大腸腫瘍における神経組織について、生体組織を用いて検討した論文は見当たらない。

 本研究の目的は、大腸腫瘍における粘膜固有層神経組織の異常を明らかにし、そのメカニズムを解明することにある。すなわち、大腸腺腫、大腸癌、大腸癌に近接する移行部粘膜および非腫瘍性ポリープの粘膜固有層での神経組織の異常の有無を明らかにし、腺腫から癌へ至る過程での異型度、形態による粘膜固有層の相違に注目し、特にVIPを中心に生体局所の神経線維の分布の違いを免疫組織化学的に明らかにすることである。

 VIPは細胞膜に存在するレセプターを介して細胞内のcyclic adenosine monophosphate(cAMP)を上昇させ、細胞内の諸機能を制御している。そこで、正常大腸組織におけるVIPレセプターの局在およびVIP含有神経組織の異常のみられる癌組織や腺腫でのレセプターの異常の有無を免疫組織化学的手法を用いて検討し、VIPレセプターとVIPとの関係についても考察を加えた。

 さらに、培養細胞でVIPレセプター陽性大腸癌細胞と陰性大腸癌細胞を用いて、VIP投与による増殖に対する影響についても検討を加えた。

 以上を目的として、以下の4つの研究を行なった。

 (I)大腸粘膜固有層での神経線維の分布と大腸癌移行部粘膜での神経組織の変化

 (II)非腫瘍性ポリープおよび腫瘍性ポリープ(表面型の腺腫を含む)の粘膜固有層の神経組織の変化

 (III)VIPレセプターの大腸組織内(正常大腸組織、腺腫、癌)の分布

 (IV)VIPの大腸癌細胞増殖に及ぼす影響

[対象と方法](I)および(II)

 対象:大腸癌切除標本および手術的あるいは内視鏡的に切除された大腸腺腫、若年性ポリープ、Peutz-Jeghers型ポリープ、炎症性ポリープ、化生性ポリープである。癌組織より5cm以上離れた肉眼的に正常な組織をcontrolとした。

 方法:標本を抗VIP一次抗体にて免疫組織染色し、染色された粘膜固有層のVIP陽性神経線維の長さを自動画像解析装置を使用して測定し、定量化した。

(III)

 大腸癌切除標本および大腸腺腫を用いて抗VIPレセプター一次抗体で免疫組織染色し、VIPレセプターの大腸組織内(正常大腸組織、腺腫、癌)の分布を検討した。

(IV)

 ヒト培養大腸癌細胞株colo201細胞およびcolo320細胞を抗VIPレセプター一次抗体を用いて免疫染色し、VIPレセプター陰性、陽性を確認した。これらの細胞で培養実験を行ない、VIP投与による増殖に対する影響について検討した。

[結果](I)

 1)背景大腸粘膜固有層のVIP陽性神経線維は、肛門側腸管で少なく、右側大腸と左側大腸を比較すると、右側では有意に陽性神経線維が多く認められた。

 2)移行部粘膜では、VIP陽性神経線維が背景粘膜より有意に減少していた。

 3)癌組織内では、VIP陽性神経線維は認められなかった。

(II)

 1)表面型および隆起型腺腫、Peutz-Jeghers型ポリープ、若年性ポリープ、炎症性ポリープではcontrolと比較すると有意にVIP陽性神経線維が減少していたが、化生性ポリープではcontrolと比較すると減少しているものの、有意差は認められなかった。

 2)腺腫においては表面型、無茎・広基性、有茎性の順にVIP陽性神経線維は減少しており、いずれもcontrolより少なかった。

 3)腺腫を大きさ別に分けると、表面型ではVIP陽性神経線維は大きさによる差は認められなかった。隆起型では腺腫が大きくなるにつれて有意に神経線維は減少していった。

 4)腺腫を異型度別に分類したところ、軽度から中等度に異型度が増すとVIP陽性神経線維は減少し、この傾向は隆起型のもので著明であった。高度異型腺腫(粘膜内癌)ではVIP陽性神経線維は認められなかった。(図1)

(III)(表1)図1 VIP陽性神経線維(線腫、異型度別)表1 VIPレセプター染色の結果

 1)VIPのレセプターは正常の粘膜上皮細胞に豊富に分布しており、筋層間神経叢にも存在していた。

 2)大腸腺腫、癌にもVIPレセプターが存在することが明らがになった。

 3)軽度異型腺腫、中等度異型腺腫、癌に進むにつれてVIPレセプターの陽性率は低下していった。

 4)癌ではVIPレセプター染色の不均一性が認められた。

(IV)

 1)培養大腸癌細胞にVIPレセプターが存在するものがあることが明らかになった。

 2)VIPレセプター陽性大腸癌細胞はVIP投与により増殖が抑制された。

 3)VIPレセプター陰性大腸癌細胞ではVIP投与により増殖に変化を認めなかった。

[考察]

 本研究において、VIP陽性神経線維を腺腫の異型度別に調べたところ、高度異型腺腫(粘膜内癌)では神経線維は認められなかった。表面型腺腫では軽度から中等度へ異型度が増すとVIP陽性神経線維は減少傾向を示し、隆起型腺腫では有意であった。

 VIPレセプターを癌組織で検討した結果、陽性率は高度異型腺腫、sm癌、進行癌でそれぞれ80%、83%、81%であり、染色の不均一性を認めた。本研究では免疫組織化学的染色上、大腸癌組織でも比較的高率にVIPレセプターを有していることが明らかになった。軽度異型腺腫では陽性率は100%であり、中等度異型腺腫ではほとんどの細胞の細胞膜にVIPレセプターの発現を認め、陽性率は94%であった。adenoma-carcinoma sequenceを考慮した時、軽度異型腺腫、中等度異型腺腫、癌に進むにつれて陽性率は徐々に低下していくことから、癌化にともなってレセプターが失われていくものと考えられる。粘膜固有層のVIP含有神経線維は、cryptsの周囲を取り囲み、上皮細胞の基底膜下で神経終末が終り、そこからVIPは高濃度に分泌されており、放出されたVIPはレセプターを介して上皮細胞を制御しているものと考えられる。局所のVIP含有神経線維が減少することでレセプターを保持していても神経学的制御機構が破綻し、特に癌組織ではレセプターの有無にかかわらず生体からの神経による制御はなくなり、自律的に増殖するものと推測される。上皮細胞の増殖を制御し、癌細胞に対しても増殖を調節する作用のあるVIPが粘膜固有層の神経組織に見られ、VIPレセプターが上皮細胞や腺腫、癌細胞に認められることから、VIP・VIPレセプター系がneurocrine的機構で細胞の増殖に重要な働きをしているものと推察される。今回の検討では、粘膜固有層のVIP含有神経線維が腺腫で有意に減少し、癌では認められなくなっているが、VIPレセプターの検討では癌でも80%程度保持されていることから、VIP・VIPレセプター系では、特にVIPの減少が制御機構を破綻させる重要な要因と考えられる。

 培養細胞を用いた研究で、VIPレセプター陰性大腸癌細胞ではVIP投与により増殖に変化を認めなかったが、VIPレセプター陽性大腸癌細胞ではVIP投与により増殖が抑制されることが確認された。免疫組織化学的検討からVIP・VIPレセプター系がneurocrine的機構で細胞の増殖に重要な働きをしているものと推察されたが、VIPレセプターを有している癌細胞ではVIP投与により増殖が抑制されたことから、VIPそのものが増殖の制御に関与していることが証明された。

[結語]

 大腸腺腫、癌においてはVIP含有神経線維の異常があり、VIPレセプターが比較的保たれていたことから、このVIP含有神経組織の異常が組織形態学的にも影響を及ぼしていることが示唆された。

審査要旨

 本研究は、大腸腫瘍における神経組織の関与とその意義を明らかにするため、大腸癌切除標本、大腸ポリープを用いてvasoactive intestinal peptide(VIP)およびVIPレセプターを免疫組織化学的に染色して自動画像解析装置で定量的に検討し、また、培養細胞でVIPレセプター陽性大腸癌細胞と陰性大腸癌細胞を用いてVIP投与による増殖に対する影響についても検討し、下記の結果を得ている。

 1.背景大腸粘膜固有層のVIP陽性神経線維は、肛門側腸管で少なく、右側大腸と左側大腸を比較すると、右側では有意に陽性神経線維が多く認められた。

 2.移行部粘膜では、VIP陽性神経線維が背景粘膜より有意に減少しており、癌組織内では、VIP陽性神経線維は認められなかった。

 3.表面型および隆起型腺腫、Peutz-Jeghers型ポリープ、若年性ポリープ、炎症性ポリープではcontrolと比較すると有意にVIP陽性神経線維が減少していたが、化生性ポリープではcontrolと比較すると減少しているものの、有意差は認められなかった。

 4.腺腫においては表面型、無茎・広基性、有茎性の順にVIP陽性神経線維は減少しており、いずれもcontrolより少なかった。腺腫を大きさ別に分けると、表面型ではVIP陽性神経線維は大きさによる差は認められなかった。隆起型では腺腫が大きくなるにつれて有意に神経線維は減少していった。腺腫を異型度別に分類すると、軽度から中等度に異型度が増すとVIP陽性神経線維は減少し、この傾向は隆起型のもので著明であった。高度異型腺腫(粘膜内癌)ではVIP陽性神経線維は認められなかった。

 5.VIPのレセプターは正常の粘膜上皮細胞に豊富に分布しており、筋層間神経叢にも存在していた。大腸腺腫、癌にもVIPレセプターが存在することが明らかになった。軽度異型腺腫、中等度異型腺腫、癌に進むにつれてVIPレセプターの陽性率は低下していった。癌ではVIPレセプター染色の不均一性が認められた。

 6.培養大腸癌細胞にVIPレセプターが存在するものがあることが明らかになった。VIPレセプター陽性大腸癌細胞はVIP投与により増殖が抑制され、VIPレセプター陰性大腸癌細胞ではVIP投与により増殖に変化を認めなかった。

 以上、本論文は大腸腺腫、癌においてVIP含有神経線維の異常があり、VIPレセプターが比較的高率に保たれていることを明らかにした。また、VIPレセプター陰性大腸癌細胞ではVIP投与により増殖に変化を認めなかったが、VIPレセプター陽性大腸癌細胞ではVIP投与により増殖が抑制されることを明らかにした。VIP・VIPレセプター系では、VIPの減少が制御機構を破綻させる重要な要因と考えられ、本研究は、神経組織が大腸腫瘍の増殖、進展機構に関与しており、その解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50999