本研究は消化管の病態生理に深く関与する上皮性増殖因子(EGF)の胃酸分泌に対する生理作用を明らかにするために、単離胃壁細胞及びその培養系を用いて酸分泌能及び酸分泌機構のkey enzymeであるH+,K+-ATPase -subunit遺伝子発現について解析し、以下の結果を得ている。 1)単離胃壁細胞をEGF存在下に18時間培養した後、胃酸分泌の指標となる14C-aminopyrine uptake(AP uptake)を検討した結果、EGFは濃度依存性にAP uptakeを有意に増加させ、最大刺激は1nMのEGFで得られた。また、EC50(70〜90pM)はEGFの生理的血中濃度とほぼ同等であった。 2)単離胃壁細胞から抽出したRNAを用いたNorthern blot法では、EGFはH+,K+-ATPase -subunit遺伝子mRNAを有意に増加させ、そのEC50(50pM)はEGFの酸分泌刺激作用におけるのEC50と同等であった。 3)H+,K+-ATPase -subunit遺伝子のexon 1を含む653bpの5’上流域を組み込んだluciferase reporter遺伝子を培養胃壁細胞に導入した実験系では、EGFはH+,K+-ATPase -subunit遺伝子promoterの転写活性を濃度依存性に増加させた。その濃度反応関係(最大刺激濃度1nM,EC5050pM)はmRNA及び胃酸分泌刺激作用のそれと同等であった。 4)種々の長さのH+,K+-ATPase -subunit遺伝子5’領域を組み込んだluciferase reporter遺伝子(deletion mutant)を用いた実験では、転写開始点から上流162〜156bpの領域(5’-GACATGG-3’)を含むdeletion mutantにはEGFによる転写活性増加作用が得られた。H+,K+-ATPase -subunit遺伝子minimal promoterおよびthymidine kinase遺伝子promoterの上流に塩基配列5’-GACATGG-3’をみ込んだluciferase reporter遺伝子による実験では、この塩基配列がEGFの遺伝子転写活性増加作用の責任領域であることが明らかになった(EGF response element,ERE)。 5)electrophretic mobility shift assayでは、(1)32Pで標識したERE probeと胃壁細胞より抽出した核蛋白が、特異的なDNA-protein complexを形成すること、(2)ERE塩基配列はc-fos serum response element 3’half-siteに類似しており、その領域に結合することが知られている転写因子(SRE-ZBP,NFIL-6,E12)に対する特異抗体やconsensus oligonucleotideはERE-protein complex形成に影響を与えなかった。 以上、本論文は『EGFは胃酸分泌のkey enzymeであるH+,K+-ATPase遺伝子発現促進作用を介して生理的濃度下で胃壁細胞の胃酸分泌を刺激すること、H+,K+-ATPase -subunit遺伝子の5’上流域に存在するEGF刺激による転写促進責任塩基配列を示し、その塩基配列に未知の核蛋白が結合すること』を明らかにした。本研究はこれまでほとんど知られていなかった胃酸分泌制御における分子生物学的機構の解明に重要な貢献をしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |