研究目的 絶食療法(Fasting therapy、以下FTと省略、図1)は10日間の絶食期(経口栄養は一切とらない完全絶食)と5日間の復食期(流動食から始め、漸次固形食へ戻す)からなり、主として心身症圏の疾患に対する治療として行われてきた。しかし、その奏効機序に関しては十分な検討が行われたとは言い難いのが現状である。特にFT経過中の自律神経機能の変動に関する少数の先行研究では、モダリティや統計学的検定の不備、コントロールなしの研究ということもあって、FT中の自律神経活動の変動に関して一定の見解を見るに至っておらず、かつ結果の信頼性や妥当性に問題があった。 今回著者は、容積脈波より求めた脈拍間隔を記録し、その変動を高速フーリエ変換によりパワースペクトル解析を行い、High frequency component(以下HFと省略)とLow frequency component(以下LFと省略)を測定した。そして心臓副交感神経指標としてHFを、心臟 作動性交感神経指標としてLHとHFの比(以下L/Hと省略)を採用し、かつコントロール群をおき、FT経過中の自律神経機能の変動の特徴を明らかにすることを試みた。同時にFT中の自律神経機能に、個体の精神生理学的属性として皮膚電気伝導水準(Skin conductance level、以下SCLと省略)の動揺性、および心理学的属性としてFT前の感情状態やセルフ・エフィカシーが関係するか、またFT後の症状改善度の違いでFT中の自律神経機能の変動に違いが認められるか、いかなる変数がFT後の症状改善度に寄与しているかも併せて検討したので報告する。 研究方法 対象は、年齢16〜56歳(平均33.0±11.3歳)の31名で、(1)FT群として17名(2)コントロール群としては入院患者のうちFTを施行しなかった14名の2群より構成された(表1)。 まず個体の精神生理学的属性としてSCLの動揺性を測定し、全31例の中央値より動揺性が低い群を安定群(stabile)とし、高い群を動揺群(labile)と判定した。この結果、対象は表1に示すようにFT施行の有無、SCLの動揺性の高低の2×2群より構成された。次に個体の心理学的属性を知る目的で、感情プロフィール検査(Profile of Mood States、以下POMSと省略)を、また一般性セルフ・エフィカシー尺度(General Self Efficacy Scale、以下GSESと省略)と著者が作成したFT質問紙を施行した。そしてPOMS、GSES、FT質問紙の各尺度の中央値からの高低で対象を2水準に分けた。 FT群の自律神経機能の測定は、FT前(1期)、4〜6日目の絶食期中期(2期)、9〜11日目の絶食期から復食期への移行期(3期)、14〜16日目の復食終了期(4期)の計4回にわたって行われた(図1)。コントロール群の自律神経機能の測定も同様に計4回行なわれた。いずれも呼吸数を1分間に15回と一定にして測定した。 またFT群に対しては、症状の改善度を(1)著明改善(2)中等度改善(3)軽度改善(1)不変(5)悪化と5段階に基準を策定した上で評価し、FT終了1カ月後に判定した。 結果 まずHF・L/Hについて、それぞれFT施行の有無、SCLの動揺性、時間を要因とする2×2×4の3要因の分散分析を行った(図2)。その結果、HF・L/HいずれにもFTと時間、およびFTとSCLと時間の交互作用はみられず、従ってFT経過中の自律神経機能の変動の特異性、およびSCLの動揺性の違いによるFT下での自律神経機能の変動の特異性は認められなかった。 次にFT群内の検討のうち、個体の心理学的属性がFT経過中の自律神経機能に与える影響について述べる。HF・L/Hについて、心理テストの各尺度の中央値よりの高低、時間を要因とする2×4の2要因の分散分析を行った。その結果、HFに関しては特に有意な結果は見いだせなかった。一方、L/HではPOMSのF(疲労)で時間の主効果が有意な傾向(F(3,42)=2.67,P<.06)に加えて、F尺度と時間の交互作用が有意(F(3,42)=3.71,P<.02)であった(図3)。多重比較を行った結果、1期と2期間に有意な傾向(HSD=0.437,P<.10)を認めた。また下位検定を行ったところ、2期におけるF尺度の単純主効果が有意(F(1,59)=6.81,P<.0025)であり、F尺度高値群にて時間の単純主効果が有意(F(3,45)=4.58,P<.01)であった。さらに多重比較を行った結果、1期と2期間に有意差(HSD=0.755,P<.05)を、また2期と4期間に有意差(HSD=0.758,P<.05)を認めた。この結果、FT前に精神的疲労の程度が強いものの方が2期に有意に交感神経機能が賦活されるが、4期には1期の値に復すること、FT前に精神的疲労の程度が弱いものの方はFT経過中には特に有意な変化を示さず、2期においても交感神経機能が賦活されないことが明らかとなった。 またFT群を症状の改善度の判定基準に従ってFT1カ月後に判定したところ、表1のように著効4名、中等度改善7名、軽度改善6名で、不変、悪化群は存在しなかった。 さらにFT後の症状改善度別でFT経過中の自律神経機能の変化の仕方に相違が生じるかについて検討した。FT改善度を著効+中等度有効(11例)と軽度有効(6例)の2群に分け、改善度と時間を要因とする2×4の2要因の分散分析を行った結果、いずれの主効果、交互作用とも有意な結果は得られなかった。従って、改善度の違いでFT経過中の自律神経機能の変化の仕方には特に相違が生じないと考えられた。 最後にFT改善度にいかなる要因が関与しているかについてを検討する目的で、改善度により構成した上記2群を判別するために正準判別分析を行った。説明変数として、生理指標からはHF1期と2期間の変化率を、心理指標からはPOMSのF(疲労)、FT質問紙のFTへの期待度の3変数を選択した場合、P<.02で有意に判別でき、寄与率は53%であった。標準化正準判別係数はHF1期と2期間の変化率が0.898、POMSのFが0.894、FTへの期待度が-0.836であり、正準得点の群平均は著効・中等度改善群が-0.741で軽度改善群が1.358であった。このことから、FTへの期待度が高く、精神的疲労度が低く、絶食期中期にHFが抑制される症例の方がFT後の改善を期待できるということが推察された。 考察 本研究ではFT経過中の自律神経機能の有意な変動、さらにSCLの動揺性の違いによるFT下での自律神経機能の変動の特異性を認めるには至らなかった。この理由として、(1)対象疾患の種類が多く、対象自体に多様性の存在したこと(2)FT下での個体の反応に多様性が存在したことが考えられた。 また個体の心理学的属性がFT経過中の自律神経機能に与える影響についての検討では、FT前に疲労の程度が強いものの方が2期に有意に交感神経機能が賦活されるが、4期には1期の値に復すること、FT前に疲労の程度が弱いものの方はFT経過中には特に有意な変化を示さず、2期においても交感神経機能が賦活されないことが明らかとなった。疲労を主訴とする患者群とコントロール群の安静時と精神的刺激への反応時の心拍変動スペクトル解析を行った先行研究において、疲労度の高い群の方が交感神経機能が優勢である結果であったことは本研究でも一致していた。 一方、FT後の症状改善度の違いでFT中の自律神経機能の変化の仕方に相違は生じないと考えられた。先行研究ではFT経過中の血漿カテコラミンの変動をFT有効群、無効群の2群で比較し、エピネフリンに関してはFT有効群で絶食期10日目にピークを有する有意な変動を示したのに対し、無効群ではほとんど変動を認めなかったと報告されている。従って、自律神経機能の変動で考えれば、FTの効果が強いものの方が交感神経系が賦活されるのではないかと仮説を立てたが、この仮説は証明できなかった。 最後にFT改善度にいかなる要因が関与しているかについての検討では、FTへの期待度が高く、精神的疲労度が低く、絶食期中期にHFの変化率が抑制される症例の方がFT後の改善を期待できるということが推察された。 本研究の今後の課題としては、FT前の比較群間の等質性を確保する必要があると思われ、対象の数を増やすこと、対象として選択する疾患を限定すること、コントロール群の薬物使用を統制することが考えられた。また神経内分泌学的指標の測定や、自律神経機能については循環器系を中心にしたモダリティだけではなく、他の指標による検討が必要と考えられた。 表1.対象 図2.4群の自律神経指標の平均値の推移 図1.絶食療法スケジュール 図3.POMSのF項目(疲労)得点の高低で2群に分けた場合の自律神経指標平均値の推移 |