1.緒言 平成5年度の国民医療費は約24兆円、そのうち65歳以上のねたきり及び70歳以上の老人医療受給対象者に関わる-いわゆる老人医療費は約7兆円で、総医療費の約30%を占めている。また、伸び率は、一時期と比べると鈍化しているが、毎年1兆円規模で増大する医療費は、財政面からも大きな課題である。特に、わが国の老人医療受給対象者数の約2/3め占め、財源の多くを国庫負担に依っている国民健康保険の場合は深刻である。
国民医療費の増大は、老人医療費の増大に因るところが大きいが、近年、老人医療費の地域格差がきわめて大きいことが指摘されている。しかし、その要因は必ずしも明らかにはなっていない。本研究データによれば、都道府県別では、最高の北海道と最低の長野県の間に2.0倍の地域格差が、678市の間でも3.4倍の地域格差がみられた。
(1)従来の研究と本研究の特色 一般に、医療費に影響を及ぼす要因としては、(1)病床数の増加や医療の高度化など「供給側」の要因、(2)人口の高齢化による傷病構造の変化など「需要側」の要因、(3)医療サービスの「価格(診療報酬)」の要因、そして最近では、(4)社会的、文化的、経済的要因も医療費に影響を及ぼす要因であると指摘されている。
また、欧米諸国でも、医療費の地域格差は存在し、その要因として、(1)病院入院率、(2)心臓や子宮全摘出の手術率、(3)専門医師数、(4)医師の得る情報量の差による診療パターンの違いが指摘されている。
わが国でも、医療費の地域格差に関する研究は、従来から、比較的データの得られやすい都道府県単位や特定の市町村の医療費を対象として行われてきた。
しかし、本研究のように、全市の老人医療費を入院医療費と外来医療費に分け、さらに入院医療費と外来医療費を構成している医療費の3要素まで分解して、社会環境指標との関連をみた研究はない。
(2)研究目的 本研究では、老人医療費を入院医療費と外来医療費に分け、さらに入院医療費の3要素(入院率、1件入院日数、入院1日あたり医療費)、外来医療費の3要素(外来受診率、外来受診日数、外来1日あたり医療費)まで分解し、どのような要因が医療費を決定しているかを分析することを目的とした。
III.結果および考察 (1)老人医療費は入院医療費、外来医療費と正の相関があった。
老人医療費は構成要素である入院医療費、外来医療費と正の相関があった。特に、入院医療費とは0.95ときわめて高い正の相関があった。
(2)入院医療費の地域格差の最大要因は入院率であった。
医療費の高い50市グループと低い50市グループを比較分析した結果、入院医療費の地域格差3.16倍の主因は入院率の地域格差2.96倍に因るところが大きかった。一方、外来医療費の場合(1.93倍)は、入院医療費の場合と異なり、外来医療費の3要素それぞれの地域格差が外来医療費の地域格差につながっていた。
(3)医療費の3要素は独立ではなく、互いに強い正負の相関があった。
入院医療費の3要素、外来医療費の3要素の間には互いに強い正負の相関があった。特に、入院率と1件入院日数の相関係数は0.84であり、入院率の高い市は入院日数も多くなっていた。また、入院医療費の3要素と外来医療費の3要素に共通する点は、1日あたり医療費は、受診率や1件あたり日数と負の相関があった。
(4)老人医療費や入院医療費を決める要因と外来医療費を決める要因は異なっていた。
同一の説明変数を用いて重回帰分析を行った結果、老人医療費や入院医療費を決める大きな要因は医療の供給量であったが、外来医療費の場合は医療の供給量の影響は少なく、悪性新生物や心疾患などの医療ニードの影響が大きかった。
老人医療費、入院医療費、外来医療費を目的変数とした場合の自由度調整済み寄与率はそれぞれ51.8%(11変量)、50.0%(6変量)、34.8%(9変量)であった。
(5)入院率を決める最大要因は医療の供給量であった。
入院率を目的変数とした重回帰分析の結果、標準偏回帰係数が最大の指標は人口10万対病院数(0.382)、次いで脳血管疾患(-0.338)であった。また、持ち家比率(-0.237)など高齢者を取り巻く住環境も入院率に影響する要因であった。
8変量による自由度調整済み寄与率は54.2%であった。
(6)1件入院日数を決める要因は、入院率を決める要因と共通していた。
1件入院日数と入院率に大きく影響する要因は脳血管疾患であった。ダミー変数を用いた分析の結果、脳血管疾患の東高西低(医療費の西高東低)という地域差だけでは説明がつかず、脳血管疾患自体も1件入院日数や入院率を決める要因のひとつであると考えられる。しかし、ダミー変数の選び方や市ではなく広域の審査体制や診療の特性がダミー変数として影響していることも考えられる。今後は、広域における医療の特性を示す指標の選び方やその影響についても検討すべき課題である。
8変量による自由度調整済み寄与率は46.7%であった。
(7)入院1日あたり医療費を決める最大の要因は医療の供給量であり、医療ニードの影響は少なかった。
1日あたり医療費(単価)は、医療の供給量(-0.393)が大きいほど入院日数が長く、医療行為が少ないためか安くなっているものと考えられる。
5変量による自由度調整済み寄与率は36.7%であった。
(8)外来受診率は医療の供給量の影響を受けず、医療機関へのアクセシビリティの影響が大きかった。
重回帰分析において、外来受診率は入院率の場合と異なり、病院(病床)数など医療の供給量の影響を受けず、第3次産業就業者割合(-0.308)などの都市化要因や可住面積100km2あたりの医療機関数などアクセシビリティの影響が大きかった。
9変量による自由度調整済み寄与率は40.1%であった。
(9)外来受診日数を決める要因は、地域の健康水準や医療の供給量であった。
外来受診日数は、1カ月を単位とした場合に患者が医療機関にかかる平均通院回数である。重回帰分析の結果、外来受診日数を決める最大の要因は、男平均寿命(-0.327)であった。平均寿命の短いような健康水準の低い地域では、疾病の罹患率や有病率が高く、医療需要量が多く,外来の通院回数が増すものと考えられる。
7変量による自由度調整済み寄与率は40.5%であった。
(10)外来1日あたり医療費は、医療ニードの影響を受けず、医療の供給量が少ないほど、市道舗装率が悪いほど高くなっていた。
外来1日あたり医療費を高くしている要因は、外来の通院回数を少なくしていることから、市道舗装率(-0.327)の悪い地域などでは、容易に受診しにくい環境にあり、薬剤の支給を含めて、1日あたり医療費が高くなっているものと考えられる。
5変量による自由度調整済み寄与率は27.5%であった。