学位論文要旨



No 212865
著者(漢字) 片岡,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) カタオカ,ケンイチロウ
標題(和) 新規二環性アリールアミドACAT阻害剤
標題(洋)
報告番号 212865
報告番号 乙12865
学位授与日 1996.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12865号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 ACAT(Acyl-CoA:cholesterol acyltransferase)は様々な組織の細胞内において、長鎖脂肪酸のCoA体を基質としてコレステロールのエステル化を行っている酵素である。この酵素は動脈硬化巣におけるマクロファージの泡沫化において、マクロファージがスカベンジャーレセプターを介して変性LDLという形で取り込んだコレステロールをコレステリルエステルとして細胞内に蓄積する際に重要な役割を果たしている。さらに小腸において、消化管からコレステリルエステラーゼの作用により遊離型として入ってくるコレステロールを、カイロミクロンとして吸収するためエステル体へ変換している。肝臓では、VLDLの主要構成成分であるコレステリルエステルの合成を行っており、コレステロールをVLDLとして血中に放出して全身の細胞へ供給する役割を果たしている。従って、全身投与可能なACAT阻害剤は、小腸からのコレステロールの吸収と肝臓からのVLDLの放出を抑制して血中のコレステロールレベルを低下させる効果に加えて、動脈硬化巣で直接的にマクロファージの泡沫化を抑制する効果を持つと考えられている。私は、新しいメカニズムの抗動脈硬化薬を目指して、酵素及び細胞レベルで高活性でバイオアベイラビリティーの良い、新規なACAT阻害剤の創薬研究を進めてきた。

 リード化合物であったCl-976(2)等の構造の中で長鎖脂肪酸部分はACATの基質の一つであるAcyl-CoAの長鎖脂肪酸部分のmimicであると考え、この部分を修飾しても活性を向上させるのは難しいと判断した。一方、活性に重要であると考えられたアミド(及びウレア)の近傍のアリール部分に新たに環をつけ加えて二環性とし、ここに官能基を導入することによってACATとの結合を強めることを意図して、一般式1で表される種々の新規2環性アリールアミド(及びウレア)誘導体を合成した。ACAT阻害活性とコレステロール負荷動物における脂質上昇抑制作用を検討した結果、N-(4-クロマノン-8-イル)アミド誘導体(3)、及びN-(クマラン-7-イル)アミド誘導体(4)が、強力なACAT阻害活性を持つことを発見した。更にこれらの化合物の構造最適化を行って、in vivoで非常に強力な血清脂質上昇抑制作用を持つ誘導体に到達した。これらの新規二環性アリールアミド誘導体とその周辺化合物の合成、及びACAT阻害活性を指標とした構造活性相関を詳しく検討した。

 

 ACAT阻害活性は、ウサギ小腸粘膜ミクロゾームを酵素画分として用いて、[1-14C]oleoyl-CoAを基質として測定した。

 N-(4-クロマノン-8-イル)アミド(3)を基本骨格とする場合は以下の点が活性に重要であった。(a)クロマノン骨格の4位のカルボニル基は強力なACAT阻害活性には不可欠であった。この位置のカルボニル基をなくした化合物は活性が大きく低下した。(b)7位の置換基はACAT阻害活性に与える効果が大きく、アルコキシ基の場合に最も強い活性が得られた。メチル基、クロル基の順に活性は低下した。(c)アリール部分としては、環内の2-3位に二重結合を持つクロモン環よりも、3で表されるクロマノン環の方が高活性であった。(d)1位の酸素原子を窒素に置き換えた化合物は活性が低下した。(e)5位と6位への置換基の導入は活性に大きな影響を与えず、メチル基、ニトロ基、メチルアミノ基等が導入可能であったが、6位にジメチルアミノ基を導入した化合物は例外で、活性が低下した。

 一方、N-(クマラン-7-イル)アミド(4)を基本骨格とする場合は、6位のメチル基が活性に重要で、特に4位と6位の両方にメチル基を持つN-(2,2,4,6-テトラメチルクマラン-7-イル)アミドが高活性を示した。このクマランの場合は5位への置換基の導入は活性に大きな影響を与えず、ニトロ基、アミノ基、クロル基が導入可能であったが、クロマノンの場合とは対照的に、ジメチルアミノ基をこの位置に導入した化合物が特に高活性であった。

 これらの含酸素二環性アリールアミド骨格を持つ化合物が非常に強いACAT阻害活性を示す理由としては、二環性構造によって1位の酸素のローンペアーの向きが固定され、アミド結合周辺の立体構造がうまく調節されて、pharmacophoreにフィットするようになった効果が考えられる。これにさらに、二環性骨格上に配置した官能基(クロマノン骨格の場合の4位のケトンや、クマラン骨格の場合の5位のジメチルアミノ基等)がACATとの相互作用に直接関与する効果が加わることによって、高活性が達成されたのではないかと考えている。

 これらの二環性アリールアミド誘導体では、アリールアミドのアシル基部分(Y)に脂溶性の高い構造を持つことがACAT阻害活性に必要であった。このアシル基部分は構造的な許容範囲が広く、炭素数で10-15程度のアルキル基、フェニルアルキル基、フェノキシアルキル基、アルコキシフェニル基等が、強い活性を示した(Table)。水溶性を増すアミノ基をこの部分に導入した化合物は、活性が大きく低下した。これらの脂溶性基の効果から、この阻害剤の結合部位にはかなり大きな脂溶性ポケットが存在することが示唆された。一方、これらの脂溶性基は分子全体の脂溶性を上げる意味でもACAT阻害活性に重要であった。脂溶性の高い分子は膜への分布が容易であるので、ACATのような膜蛋白に対して強い阻害活性を示しうるとも考えられた。

 アシル基部分以外への脂溶性基の導入を検討した結果、N-(7-アルコキシ-4-クロマノン-8-イル)アミド誘導体の場合に、芳香環骨格部分への脂溶性基の導入が可能であることがわかった。クロマノン骨格の7位のアルコキシ部分に脂溶性基として長鎖アルコキシ基の導入が可能で、この場合にはアシル基部分はピバロイル基でも高活性を維持した(5)。7位アルコキシ部分とアシル基部分の両方に大きな脂溶性基を導入すると活性は消失することから、これらの脂溶性基はACATの活性部位の共通の脂溶性ポケットに結合している可能性が高いと考えられた。またこのポケットの大きさは2つの大きな脂溶性基が結合できるほどは大きくはないことが示唆された。

 高活性を示したN-(7-メトキシ-4-クロマノン-8-イル)アミド誘導体とN-(5-ジメチルアミノ-2,2,4,6-テトラメチルクマラン-7-イル)アミド誘導体は下記のSchemeに示した方法で合成した。アミノクロマノン誘導体類は、4-置換-2-ハイドロキシ-アセトフェノンを出発原料として、金属ナトリウムを用いたギ酸エステルによるホルミル化、それに続く酸処理によってクロモン環を構築し、この段階でニトロ化を行って選択的に8位にニトロ基を導入し、続く還元の条件をコントロールして行うことにより合成した。これらのアミノクロマノン類を酸クロライドと反応させて目的とするアリールアミド誘導体を合成した。

 クマランアミド誘導体類は、4-クロロ-3,5-キシレノールを出発原料として、O-メタリル化の後、熱によってクライゼン転位と環化を行ってクマラン環を構築し、続く7位へのニトロ基の導入、水素添加によるニトロ基と5位のクロルの還元を経て、アミノテトラメチルクマランを得て、これを酸クロライドと反応させることにより合成した。大量合成に適したルートとするため、対称な原料を用いてクマラン環の環化の際の方向性の問題をなくし、さらにクロル基で4位をマスクした状態でニトロ化することにより7位選択的な窒素原子の導入を可能にした。クマラン骨格上の5位にニトロ基やアミノ基を持つ化合物は、上記の方法で得たアミド誘導体に対してニトロ化、水素化、及び還元的メチル化を順に行って合成した。

 

 強いACAT阻害活性を示した化合物を選択し、詳しい活性評価を行った結果をTableに示した。小腸と肝臓のACAT阻害活性、血清コレステロール低下作用に加えて、マクロファージ泡沫化抑制作用を測定した。血清コレステロール低下作用は、高コレステロール食負荷したラットに対して、負荷と同時に薬物を経口投与して測定した。

 クロマノンアミドを基本骨格とする場合には、アシル基部分に,-ジメチルドデカノイル基を持つTEI-6522と、その脂溶性基を骨格上の7位に移動した5がほぼ同等の活性を示した。その他には、ベンズアミド型の6や、フェノキシアルキル型の7が強いin vivo活性を示した。クマランアミドを骨格とする場合も、同様に8や9が強いin vivo活性を示した。さらにこの場合には5位にジメチルアミノ基を導入したTEI-6620が極めて強い血清コレステロール低下作用を示し、細胞を用いた系でも最も強いマクロファージ泡沫化抑制作用を示した。これは、ジメチルアミノ基の導入により消化管からの吸収や細胞内への取り込みが良くなったためと考えられる。

 特に高活性であったTEI-6522とTEI-6620は、小腸や肝臓のACATに対する阻害活性がCl-976の約10倍強く、マクロファージを用いた泡沫化抑制作用では、数十倍から百倍以上の非常に強い活性を示した。これらの化合物はin vivoの血清コレステロール低下作用においても10倍以上の高活性を示した。また、TEI-6620はイヌへの経口投与で、良好に吸収されて血中へ移行することが確認された。最も高活性であったTEI-6620は、今までのACAT阻害剤と比較して極めて高活性であることから、脂質低下作用に加えて、抗動脈硬化作用をも十分期待できる非常にすぐれた化合物であると考えられた。

Table Biological Activities of Selected CompoundsaIC50(nM)for the enzyme obtained from rabbit intestine microsomes.bIC50(nM)for the enzyme obtained from rabbit liver microsomes.c Serum total cholesterol lowering activity in the cholesterol-fed rat expressed as the ratio of the observed reduction to the difference between the control and normal levels x 100.d Dose:compounds were administered orally to rats at the indicated dose once a day for 3 days.eIC50(nM)for acetyl-LDL-induced cholesteryl ester accumulation in rat peritoneal macrophages.fNot tested.

 

審査要旨

 Acyl-CoA:cholesterol acyltransferase(ACAT)の阻害剤は、特に全身投与可能な阻害剤は小腸からのコレステロールの吸収と肝臓からのVLDLの放出を制御して血中のコレステロールレベルを低下させる効果に加えて、動脈硬化巣で直接的にマクロファージの泡沫化を制御する効果を持つと考えらえている。片岡は、新しいメカニズムの抗動脈硬化薬を目指して、酵素及び細胞レベルで高活性でバイオアベイラビリティーの良い、新規なACAT阻害剤の創薬研究を進めてきた。

 リード化合物であった長鎖脂肪酸アニリドCI-976(2)等の構造の中で活性に重要であると考えられたアミド(及びウレア)の近傍のアリール部分に新たに環をつけ加えて二環性とし、ここに官能基を導入することによってACATとの結合を強めることを意図して、一般式1で表される種々の新規2環性アリールアミド及びウレア誘導体を合成した。ACAT阻害活性とコレステロール負荷動物における脂質上昇抑制作用を検討した結果、強力なACAT阻害活性を持つN-(4-クロマノン-8-イル)アミド誘導体(3)、及びN-(クマラン-7-イル)アミド誘導体(4)を見いだした。これらの化合物の構造最適化を行って、in vivoで非常に強力な血清脂質上昇抑制作用を持つ誘導体に到達した。これらの新規二環性アリールアミド誘導体とその周辺化合物の合成、及びACAT阻害活性を指標とした構造活性相関を詳しく検討した。

 212865f04.gif

 N-(4-クロマノン-8-イル)アミド(3)を基本骨格とする場合について(a)クロマノン骨格の4位のカルボニル基は強力なACAT阻害活性には不可欠であった。(b)7位の置換基はACAT阻害活性に与える効果が大きく、アルコキシ基の場合に最も強い活性がえられた。(c)1位の酸素原子を窒素に置き換えた化合物は活性が低下した。(d)5位と6位への置換基の導入は活性に大きな影響を与えないことを明らかにし、化合物TE6522が選別された。

 一方、N-(クマラン-7-イル)アミド(4)を基本骨格とする場合は、6位のメチル基が活性に重要で、特に4位と6位の両方にメチル基を持つN-(2,2,4,6-テトラメチルクマラン-7-イル)アミドが高活性を示し、化合物TEI-6620が選別された。

 片岡はこれらの選別された化合物N-(7-メトキシ-4-クロマノン-8-イル)アミド誘導体とN-(5-ジメチルアミノ-2,2,4,6-テトラメチルクマラン-7-イル)アミド誘導体の工業的合成法を確立した(Scheme)。

 212865f05.gif

 これらの化合物、TEI-6522とTEI-6620は、小腸や肝臓のACATに対する阻害活性がCI-976の約10倍強く、マクロファージを用いた泡沫化抑制作用では、数十倍から百倍以上の非常に強い活性を示した。これらの化合物はin vivoの血清コレステロール低下作用においても10倍以上の高活性を示した。また、TEI-6620はイヌへの経口投与で、良好に吸収されて血中へ移行することが確認された。高活性であったTEI-6620は、今までのACAT阻害剤と比較して極めて高活性であることから、脂質低下作用に加えて、抗動脈硬化作用をも十分期待できる非常にすぐれた化合物である。

 以上、新規構造のACAT阻害剤の研究成果は有用性の期待される化合物を提供するものであり、医薬化学研究の進展に寄与するものであり博士(薬学)の学位にふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク