学位論文要旨



No 212867
著者(漢字) 齋藤,嘉朗
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヨシロウ
標題(和) 細胞レベルにおけるヒト成長ホルモン受容体及び結合蛋白の動態に関する研究
標題(洋)
報告番号 212867
報告番号 乙12867
学位授与日 1996.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12867号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨

 成長ホルモンは脳下垂体より分泌されるペプチドホルモンで、その生理作用として、骨や筋肉等の成長・分化促進作用が知られる。成長ホルモンの作用は、標的細胞上の成長ホルモン受容体に結合することにより開始され、その情報が細胞内へと伝達される。その際、同時に、受容体が細胞内移行(internalize)し、細胞表面から一定時間消失すること(down-regulation)が知られているが、これは膜表面の受容体レベルを制御している機構の1つとも考えられる。しかし、細胞内に移行した成長ホルモン受容体の運命、及びdown-regulationのメカニズムなどに関しては、その動物種に関わらず解析されていなかった。この理由の一つとして、成長ホルモン受容体をイムノブロット法で認識できる抗体が、ウサギの受容体に対してしかなかったことがあげられる。そこで本研究の目的である、ヒトにおける細胞表面の成長ホルモン受容体レベルの制御機構解明のために、まずヒト成長ホルモン受容体(hGHR)に対するモノクローナル抗体の調製を行った。その上で、ヒトリンパ球培養細胞IM-9を用い、ヒト成長ホルモン(hGH)によるhGHRのdown-regulationのメカニズムを解析した。さらに、ホルボールエステル刺激でも、hGHRがdown-regulationすることを見いだし、その機構もあわせて検討し、hGHによるdown-regulationとの比較を行った。

 一方、ヒト血清中には、hGHRの細胞外ドメインとほぼ同じ構造と予想されているヒト成長ホルモン結合蛋白(hGH-BP)が存在し、生体内でのhGH作用を制御する上で重要な役割を担っていると推定されている。成長ホルモン結合蛋白は、ラット及びマウスにおいては成長ホルモン受容体RNAのalternative splicingにより生成することが示唆されている。一方、ヒトでは結合蛋白をコードするmRNAは見いだされていないことから、プロテアーゼの関与が予想された。しかし、hGH-BP生成を解析しうるin vitro系は見いだされておらず、その生成機構は解明されていなかった。本研究において、hGHRの動態を解析する過程で、IM-9細胞がhGH-BPを生成することを初めて見いだした。細胞表面におけるhGHRレベルの制御機構を解明する上で、このhGH-BPの生成も考慮に入れて解析することが必要であると考え、その生成機構の解明を行った。

I.抗ヒト成長ホルモン受容体(hGHR)ペプチドモノクローナル抗体の調製

 イムノブロット法への適用を主目的として、hGHRの細胞外ドメイン中、4ヵ所のペプチド(GHRP1〜GHRP4)を抗原とするモノクローナル抗体を調製した。調製した抗体の、組換え体由来のhGHR細胞外ドメイン蛋白およびIM-9細胞のhGHRに対する反応性の結果を総合すると、GHRP2-88抗体が最も有用であると考えられた。本抗体は、ヒト血漿中のhGH-BPに対しても反応性を示した。

II.ヒト成長ホルモン受容体(hGHR)のdown-regulation(1)ヒト成長ホルモン(hGH)による作用

 hGH刺激によるhGHRのdown-regulationの際の受容体の運命は不明であったので、GHRP2-88抗体を用いたイムノブロット法により、まずこの点を検討した。hGH処理により、IM-9細胞の粗膜画分(細胞内小器官膜を含む)において、hGHRのバンドの時間依存的な減少が見られた。その他の画分において,GHRP2-88抗体反応物は量的に非常に少ないことから、hGHRは分解されたと考えられた。hGHによるhGHRの分解は、bafilomycin A1等によりほぼ完全に阻害され、またleupeptin等によっても部分的に阻害されたこと、さらにpercoll密度勾配遠心法の結果から、hGHRは、リソゾーム中の酵素により分解される可能性が高いと考えられた。以上より、hGH刺激によるhGHRのdown-regulationの実体が、受容体のinternalization及びその速やかな分解であることを示す結果が得られた。

 次に、細胞膜表面からのinternalization及び細胞内での分解の、2つの指標を用いて解析を行った。まず、hGH濃度の影響を検討したところ、hGHRのinternalizationおよび分解は、10nM付近に至適濃度を持つパターンを示した。hGHは受容体と1:2の分子比で結合し、過剰量のhGH濃度(約1M以上)では、この比が崩れ1:1の結合をすることが報告されている。hGHによるhGHRのinternalization、さらには分解が、100pM以下及び1M以上で共に起きにくいことから、hGHRのinternalization及び分解には、hGHを介するhGHRの2量体化が必要であることを支持する結果であると考えられた。

 次に、蛋白質リン酸化酵素阻害剤staurosporineの影響を検討した。まず、hGH刺激によりhGHRの会合蛋白がリン酸化され、さらにstaurosporineがそのリン酸化を阻害することを確かめた。hGH刺激後、2.5分において数種の蛋白のリン酸化が認められ、これらのリン酸化はstaurosporine処理により阻害された。この中で、135kDaの蛋白は、チロシンキナーゼJAK2であることを確認した。同一条件のstaurosporine処理により、hGHRのinternalizationは殆ど阻害されなかったが、hGHRの分解は濃度依存的に阻害された。Percoll密度勾配遠心法の結果から、staurosporine処理により、hGHRは初期エンドソームに留まっている可能性が考えられた。以上の結果から、hGHRのinternalizationには、hGHにより引き起こされるstaurosporine感受性のリン酸化反応が必要とされないこと、しかし、分解に至る過程には、何らかの蛋白リン酸化反応が関与していることが示唆された。

(2)ホルボールエステルによる作用

 IM-9細胞をホルボールエステル(PDBu及びPMA)刺激したところ、時間及び濃度依存的に125I-hGHの結合量が約50%減少し、刺激後30分でほぼプラトーに達した。Scatchard plotの結果、この減少は細胞膜表面の受容体数の減少に起因することが明らかとなった。IM-9細胞可溶化画分に対するhGH結合実験から、減少分のhGHRは細胞内に存在していることが示唆され、受容体はinternalizeされたと考えられた。PDBu刺激後3分において、数種の蛋白のリン酸化が認められた。これらのリン酸化蛋白中、55kDaの蛋白はhGHRに会合していることが示唆された。一方、hGHRのinternalizationは、staurosporine処理により阻害された。以上の結果から、ホルボールエステル刺激によりhGHRのinternalizationが引き起こされ、その惹起にstaurosporine感受性のリン酸化が関与していることが示唆された。

 ホルボールエステル刺激は、hGH刺激と同様に、hGHRをdown-regulationさせるが、受容体のinternalizationにおけるstaurosporine感受性及びリン酸化される受容体会合蛋白の違い等から、hGHとホルボールエステルによるdown-regulationは、それぞれ異なる機構で起こるものと考えられた。

III.ヒト成長ホルモン結合蛋白(hGH-BP)の生成

 IM-9細胞の培養上清を、GHRP2-88を用いたイムノブロット法により解析したところ、60及び55kDaのバンドが検出された。hGH固定化ゲルに結合した画分を用いた場合でも、同じ位置にバンドが得られた。さらに、disuccinimidyl suberateを用いる化学架橋反応を利用して培養上清を解析したところ、84-75kDa(hGH分を引くと62-53kDa)のバンドが得られた。以上の結果から、IM-9細胞よりhGH結合能を持つ60及び55kDaの可溶性蛋白、即ち、hGH-BPが放出されることが示された。本hGH-BPのhGHに対する親和定数は、4.6×108M-1であり、血中のhGH-BPと同様の値であった。本hGH-BPの放出は、時間依存的であり、その1時間当たりの放出量は、細胞膜上のhGHRの約5%に相当した。hGH(45nM)存在下では、放出量の顕著な減少が認められた。一方、ホルボールエステル存在下では、放出量の増加が認められた。

 次に、hGH-BP生成の機構を検討した。IM-9細胞をcycloheximide又はbrefeldin Aで処理しても、hGH-BPの放出量に変化は認められなかったことから、hGH-BPの生成に新たな蛋白合成は必要ないことが示唆された。次に、細胞膜上に存在するhGHRの関与を調べる目的で、hGH(45nM)前処理(本前処理により細胞膜上のhGHRの90%以上が分解される)を行ったところ、hGH-BP放出は、その殆どが阻害された。さらに、trypsin前処理により細胞外部分の蛋白を分解した場合には、hGH-BPの放出は全く認められなかった。以上の結果から、hGH-BPは、細胞膜上のhGHRに由来することが示唆された。

 次に、hGH-BPの放出に対する蛋白分解酵素阻害剤の影響を検討した。試みた数種のthiol-,serine-及びacid-proteaseの阻害剤は、hGH-BP放出を阻害しなかった。一方、EDTAはhGH-BP放出を濃度依存的に阻害したが、EGTAによる阻害は部分的であった。数種の2価イオンについて、EDTAのhGH-BP放出阻害効果に対する回復作用を調べたところ、Mg2+及びCo2+の添加により回復がみられた。以上の結果から、hGH-BP生成における、金属プロテアーゼの関与の可能性が考えられた。

IV.結論

 (1)hGHR及びhGH-BPに反応性を示すモノクローナル抗体GHRP2-88を調製した。

 (2)hGH刺激によるhGHRのdown-regulationの実体が、hGHRの細胞内移行に続く、その速やかな分解であることを明らかにした。さらに、そのメカニズムを解析し、internalizationにおける受容体2量体化の必要性を支持する結果、及び分解過程におけるstaurosporine感受性リン酸化反応の必要性を示唆する結果が得られた。一方、ホルボールエステル刺激によるhGHRのinternalizationは、hGHによる場合とは異なる機構で起こることを示唆する結果が得られた。

 (3)IM-9細胞より、分子量60及び55kDaのhGH-BPが構成的に放出されてくることを明らかにした。マウス及びラットとは異なり、ヒトの場合では、hGH-BPの放出には新たな蛋白合成は必要なく、細胞膜上のhGHRが切断されて生成することが示唆された。さらに、hGHRの切断における金属プロテアーゼの関与の可能性が考えられた。

 (4)以上の結果より、ヒトにおいて細胞膜表面のhGHRレベルを制御、特に減少させる因子としては、hGH刺激によるhGHRのinternalization及び分解(down-regulation)の他に、hGHRの切断によるhGH-BPの構成的な放出を考慮する必要性が示された。

審査要旨

 本論文は、ヒト成長ホルモン作用の調節機構として重要な、標的細胞上の成長ホルモン受容体レベルの制御機構を解明したものである。成長ホルモンは、骨や筋肉等の成長・分化促進作用を持ち、個体の正常な発育に必須のホルモンであるが、その作用の調節機構に関しては、成長ホルモン刺激により、標的細胞の細胞膜上の受容体が一定時間消失すること(down-regulation)が知られていた。しかしながら、そのメカニズムは不明であり、また、その他の制御機構に関しても不明であった。本研究では、まずヒト成長ホルモン受容体に対するモノクローナル抗体を調製し、これを利用し、ヒトリンパ球培養細胞IM-9を対象として成長ホルモンおよびホルボールエステルによる成長ホルモン受容体のdown-regulationのメカニズムを解析した。さらに、受容体の切断により、成長ホルモン結合蛋白が生成することを初めて見出し、その生成機構を解明した。

1.抗ヒト成長ホルモン受容体ペプチドモノクローナル抗体の調製

 ヒト成長ホルモン受容体及び結合蛋白に反応性を示すモノクローナル抗体GHRP2-88を調製した。本抗体は、イムノブロット法に極めて有用であった。

2.ヒト成長ホルモン受容体のdown-regulation(1)ヒト成長ホルモンの作用

 調製したGHRP2-88抗体を用い、成長ホルモン刺激による成長ホルモン受容体のdown-regulationの実体が、受容体の細胞内移行(internalization)に続く、そのリソゾーム中での速やかな分解であることを明らかにした。さらに、そのメカニズムを解析し、internalizationには受容体の二量体化が必要であることを示した。成長ホルモンにより受容体会合蛋白がリン酸化され、これらのリン酸化はstaurosporineにより阻害された。しかしながら、受容体のinternalizationには、staurosporine感受性のリン酸化反応を必要としないこと、一方、その後の分解に至る過程には蛋白リン酸化反応が関与していることを示した。

(2)ホルボールエステルの作用

 ホルボールエステル刺激により、細胞膜表面の成長ホルモン受容体のdown-regulationが起きることを見出し、これが主に受容体のinternalizationに起因することを示した。ホルボールエステル刺激により、55kDaのリン酸化蛋白質が成長ホルモン受容体に会合していることを明らかにした。一方、成長ホルモン受容体のinternalizationは、staurosporine処理により阻害された。ホルボールエステル刺激は、成長ホルモン刺激と同様に、成長ホルモン受容体をdown-regulationさせるが、受容体のinternalizationにおけるstaurosporine感受性及びリン酸化される受容体会合蛋白の違い等から、成長ホルモンとホルボールエステルによるdown-regulationは、それぞれ異なる機構で起こるものと考えられた。

3.ヒト成長ホルモン結合蛋白の生成

 IM-9細胞より、成長ホルモン結合能を持つ分子量60及び55kDaの可溶性蛋白、即ち、成長ホルモン結合蛋白が構成的に放出されてくることを見出した。本結合蛋白の成長ホルモンに対する親和定数は、血中の結合蛋白と同等の値であった。1時間当たりの結合蛋白放出量は、細胞膜上の成長ホルモン受容体の約5%に相当することを明らかにした。短時間の培養では、成長ホルモンは結合蛋白放出量を負に、ホルボールエステルは正に制御することを見いだした。さらに、その生成機構を解析し、ヒトの場合は、マウス及びラットとは異なり、成長ホルモン結合蛋白の放出に新たな蛋白合成は必要なく、細胞膜上の成長ホルモン受容体が切断されて生成することを見出した。さらに、成長ホルモン受容体の切断には金属プロテアーゼが関与していることを示した。

 以上より、本研究は、ヒトにおける細胞膜表面の成長ホルモン受容体レベルを制御する機構として、まず成長ホルモン刺激による受容体のdown-regulationのメカニズムを明らかにするとともに、新たにホルボールエステルによっても受容体がdown-regulationすることを見い出し、ホルモンによるdown-regulationとの相違点を明らかにした。さらに、成長ホルモン受容体の切断により、成長ホルモン結合蛋白が細胞から構成的に放出されることを見出し、細胞膜表面の成長ホルモン受容体レベルの制御機構の1つであることを明らかにした。

 従って、本研究は生化学、内分泌学の発展に寄与するところ大きく、博士(薬学)の学位にふさわしいものと判断した。

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