学位論文要旨



No 212869
著者(漢字) 下東,義正
著者(英字)
著者(カナ) シモトウ,ヨシマサ
標題(和) メラノコルチン受容体のクローニングおよび薬理学的性質
標題(洋)
報告番号 212869
報告番号 乙12869
学位授与日 1996.05.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12869号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨

 -,-,および-melanocyte stimulating hormone(MSH)およびadrenocorticotropic hormone(ACTH)等のメラノコルチンペプチドのmelanocyteおよびadrenal cortexに対する作用は良く知られ、さらに中枢作用、例えば行動、記憶、認識に対する作用も報告されていた。このペプチドホルモンはprecursorであるproopiomelanocortinが翻訳後、様々な活性ペプチドへと変換されることにより生成し、構造上の特徴としてペプチド鎖に7つの共通するheptapeptide[Met-Glu(Gly)-His-Phe-Arg-Trp-Gly(Asp)]を有する。その受容体に関してはmelanocyteおよびadrenal cortexでの発現以外にも脳、消化管およびその他の組織における存在が推定され、またG蛋白質に共役し、細胞膜を7回貫通する構造を有すると考えられていたが、受容体蛋白質の精製あるいは遺伝子のクローニングはなされていなかった。今回実施した一連の研究においては、従来知られていたメラノコルチンの幅広い作用を担っていると考えられる新規のメラノコルチン受容体のクローニングに成功し、薬理学的特徴の比較、組織分布の検討を実施した。

I.メラノコルチン受容体のクローニングおよび組織分布

 7回細胞膜を貫通する構造を有するG蛋白質共役受容体の膜貫通領域の相同性の高い部分(第3および第6細胞膜貫通部分)から設計したoligonucleotideを用いて、U937細胞由来mRNAをcDNAとし、これを鋳型としてpolymerase chain reaction(PCR)法により得た2種類の遺伝子断片を用いてヒト遺伝子ライブラリー(EMBL3)をスクリーニングし、2種類の遺伝子の全長を得た(ヒトMCR-1およびMCR-3)。さらにこの2種類の遺伝子に特徴的に保存されている領域(第2細胞質ループおよび第7膜貫通部分)からdegenerated oligonucleotideを設計し、ヒトあるいはマウス遺伝子DNAを鋳型としてPCRを実施し、得られた新たな3種類の遺伝子断片によりヒトあるいはマウス遺伝子ライブラリーをスクリーニングし、3種類の遺伝子の全長を得た(ヒトMCR-2およびMCR-4、マウスMCR-5)。この5種類の遺伝子中の2種類は-MSH受容体(MCR-1)およびACTH受容体(MCR-2)であることが最近明らかにされ、残りの3種は新規の受容体(MCR-3,4,5)であった。これらの受容体は、hydropathy plotの結果7回膜貫通構造を有し、その翻訳領域のアミノ酸組成を既知の受容体と比較すると、2アドレナリン、ドパミン2AおよびアデノシンA1,A2受容体との相同性が比較的高かった。また、5種類の受容体間の相同性は、塩基レベルで約60%、アミノ酸レベルで約45%であった。

 -MSHあるいはACTHの作用は、それぞれMCR-1およびMCR-2を介して発現すると考えられるが、メラノコルチンの中枢作用等に関与する受容体は不明であった。そこで新規のMCRのこれらの作用への関与を詳細に検討するため、受容体発現組織をノーザンプロット解析により検討した。MCR-1がmelanoma細胞に、MCR-2が副腎皮質に発現していたのに対しMCR-3は胎盤、脳、胃、十二指腸および膵に、MCR-4は脳に、MCR-5は骨格筋、脾、肺に発現が認められた。またMCR-3,4,5はmelanomaあるいは副腎皮質での発現は認められなかった。さらに、in situ hybridizationにより、MCR-3はラット脳の視床下部および大脳皮質に存在し、MCR-4はラット脳CA1およびCA2領域に強く発現していることが明らかになった。従って、MCR-3はbrain-gut receptorの一種と考えられ、MCR-4とともに脳における発現が強いので、従来より報告されていたメラノコルチンの中枢作用、例えば行動、学習、記憶の保持に関与する受容体である可能性が高いと考えられた。またMCR-5はメラノコルチンの末梢での幅広い作用を担っていると考えられた。

II.MCRの薬理学的解析

 新規受容体群であるMCR3〜5のリガンド認識の特異性を明らかにするため、クローン化受容体発現細胞における各種リガンド刺激に対する反応性をcAMP増加を指標に比較検討した。

 MCR-3は-および-MSHに対してACTHあるいは-MSH刺激の場合と同等の反応性を示したが、MCR-1においては反応性の低下が認められた。MCR-3はACTH、,,-MSH刺激に対して同等に反応するので、おそらくペプチド鎖の中心の7つのペプチド(core heptapeptide:[Met-Glu(Gly)-His-Phe-Arg-Trp-Gly(Asp)])を特異的に認識していると考えられた。これに対して、MCR-1においてはACTH1-10およびACTH4-10とも最大反応を惹起できなかった。おそらくMCR-1においてはN末端およびC末端のペプチドが、その活性発現に重要であると考えられた。

 MCR-4では-MSHは-MSHおよびACTHと同等の効力を示した。さらにMCR-4におけるリガンド認識機構を検討するため、-MSH誘導体ペプチドを合成し、その効力を検討した。Table 1.に示すように、-MSHのPhe12をPro12に置換したペプチドでは-MSHに比較し効力は増し、一方Tyr2をPhe2に置換したペプチドの効力は-MSHより若干強いものであった。以上の成績より、-MSH、ACTH、-MSHはPro12を有するが、効力の弱い-MSHはProの位置はPheであるのでACTHのPro12がMCR-4への結合に重要であると考えられた。さらにTyr2もMCR-4への結合に一部寄与すると考えられた。

 MCR-5は-MSHおよびACTH1-13に対しては同等の反応性を示したが、ACTH1-39に対する反応性が若干低く、ACTH1-39のN末端部分のアミノ酸が抑制的に作用している可能性が考えられた。またACTH4-10に対しては殆ど反応しないので、-MSHのcore heptapeptide以外のC末端およびN末端のアミノ酸の重要性はMCR-4におけるそれよりも高いと考えられた。受容体結合試験においても-MSHおよびACTH1-13に比較してACTH1-39の効果は弱かった。

Table 1.EC50 values of various ligands acting on MCR-3 and MCR-4

 以上の成績からMCR-3はACTH4-10で示されるcore heptapeptideを認識し、またMCR-4ではTyr2およびPro12が結合に寄与すると考えられ、MCR-5はcore heptapeptideはspacerとして機能し、結合にはC末端およびN末端に連なるアミノ酸が寄与すると考えられた。

IIIMCR-3の細胞内情報伝達

 MCR-3をHepa細胞に発現させ、ACTHおよび-MSH刺激によるcAMP量およびinositol phosphates(IPs)量に及ぼす効果を検討した。ACTHおよび-MSHは濃度依存的にcAMPを増加させ、両者の効力は同程度でありEC50は約10-11Mであった。同じ細胞において、ACTHおよび-MSHは10-11M以下の濃度ではIPsを増加させたが、10-11Mより高濃度では減少させ、濃度依存曲線は二相性であった。この現象への細胞内cAMPの関与を検討するため、MCR-3発現細胞をforskolinあるいはdibutyryl cAMPで処置すると-MSH(10-11M)刺激によるIPs応答は抑制され、さらにcAMPの拮抗剤であるRpcAMP処理により-MSH(10-8M)刺激によるIPs応答の抑制は若干解除された。またcAMP依存性protein kinase阻害剤のH-89処置により、10-11M以上の-MSHでも濃度依存的なIPs上昇が認められた。G蛋白質共役受容体の細胞内情報伝達に主要な役割を演じているのは第3細胞質ループと考えられ、この領域においてcAMPがIPsの応答を調節している可能性が考えられた。そこでMCR-3の該当部分をイヌヒスタミンH2受容体の相当部分に組み込むことによりキメラ受容体を作製し、ヒスタミン刺激によるIPs上昇について検討した。その結果、ヒスタミンH2受容体ではcAMPおよびIPsともヒスタミンの濃度依存的に増加したのに対し、キメラ受容体においてはMCR-3と同様に、IPsの二相性の反応が認められた。従って、MCR-3においてはcAMPおよびIPsが細胞内情報伝達に関与し、cAMPによるIPs応答の調節は受容体の第3細胞質ループにおけるcAMP依存性protein kinaseの作用によりなされていると考えられた。

 以上の成績は、今回初めてクローニングに成功した新規のメラノコルチン受容体(MCR-3、MCR-4およびMCR-5)が、従来知られていたメラノコルチンの作用である色素沈着あるいは副腎皮質刺激などの作用の他に、中枢での役割あるいは骨格筋での役割といった多様な生理作用を有することを説明するのに有用な情報を与えること、さらに各受容体に特異的な作働薬あるいは拮抗薬作製のための有益な材料となることを示すものである。

審査要旨

 下垂体ペプチドホルモンの前駆体であるプロオピオメラノコルチンは翻訳後メラノコルチンと総称される種々の重要な活性型ホルモン、即ち-MSHおよびACTH等に変換される。メラノコルチンペプチドの色素細胞および副腎皮質に対する作用は良く知られ、さらに中枢作用、例えば行動、学習、記憶の保持に対する作用も報告されているが、その受容体に関しては不明な点が多い。本論文は、メラノコルチンの幅広い作用を担っていると考えられる新規の受容体のクローニング、それらの組織分布および薬理学的特徴の比較に関する研究結果をまとめたものである。

 本研究では初めに、PCR法により作製したプローブを用いてホモロジーによるスクリーニングを実施し、3種類の新規メラノコルチン受容体即ちMCR-3、4、5のクローニングに成功し、7回細胞膜を貫通する構造を有することを明らかにした。また受容体発現組織をノーザンブロット法により検討し、MCR-3およびMCR-4が色素細胞および副腎皮質には発現しておらず脳に発現し、MCR-5が骨格筋に発現することを初めて明らかにした。さらにin situハイブリダイズ法によりMCR-3が視床下部および大脳皮質に、MCR-4がCA1およびCA2領域に強く発現していることを明らかにした。これらの結果はMCR-3およびMCR-4がメラノコルチンの中枢作用、即ち行動、学習、記憶の保持に関与し、MCR-5が末梢での作用に関与する受容体である可能性を示すものと考えられる。受容体ホルモンの新規受容体のクローニングおよび発現組織の特定は、ホルモンの生理作用の研究に有用であるばかりでなく、その受容体が関与する疾患の病態生理の解明にも貴重な情報を提供する点において有用と思われる。

 次に、クローニングした新規受容体の翻訳領域を細胞に発現させることにより、受容体間のリガンド認識の差異について詳細に検討した。MCR-3は-および-MSHに対してACTHあるいは-MSH刺激の場合と同等の反応性を示すことより、ペプチド鎖の中心の7つの共通ペプチドを特異的に認識することを示した。またMCR-4では-MSHは-MSHおよびACTHと同等の効力を示すことを明らかにし、さらにリガンド認識機構を詳細に検討するため-MSH誘導体ペプチドを合成し、その効力を検討した。その結果、-MSHのPhe12をPro12に置換したペプチドでは-MSHに比較し効力は増し、一方Tyr2をPhe2に置換したペプチドの効力は-MSHより若干強いことを明らかにした。これらの成績は、Pro12およびTyr2がMCR-4への結合に重要であることを示すものである。またMCR-5は-MSHおよびACTH1-13に対しては同等の反応性を示すがACTH1-39に対する反応性が若干低いことより、ACTH1-39のN末端部分のアミノ酸が抑制的に作用している可能性を示した。以上、MCR-3はACTH4-10で示されるペプチド鎖の中心部分を認識し、MCR-4ではTyr2およびPro12が結合に寄与することを明らかにした。メラノコルチン受容体におけるリガンド認識の詳細が明らかになったことにより、受容体特異的な作働薬あるいは拮抗薬の創製に有益な情報が提供された。

 最後にMCR-3とヒスタミンH2受容体とのキメラ受容体を作製・駆使することにより細胞内情報伝達機構を検討し、cAMPおよびイノシトールリン酸(IP)が細胞内情報伝達に関与し、cAMPによるIP応答の調節は受容体の第3細胞質ループにおけるcAMP依存性蛋白質リン酸化酵素の作用によりなされていることを明らかにした。

 以上、本論文において著者は、これまで知られていなかったメラノコルチンに対する新規受容体3種類のクローニングに成功し、その組織分布ならびにリガンド認識についての詳細を明らかにした。その結果、メラノコルチンの中枢あるいは骨格筋での生理的役割を説明するのに有用な情報を与え、さらに各受容体に特異的な作働薬あるいは拮抗薬作製のための有益な薬理学的研究材料となることを示した。本論文は新規メラノコルチン受容体のクローニング、組織分布および薬理学的特徴を詳細に検討したものであり、メラノコルチンの生理作用に関する基礎的研究のみならず、臨床面に貢献するところも大であると思われ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51002