学位論文要旨



No 212870
著者(漢字) 盛山,和夫
著者(英字)
著者(カナ) セイヤマ,カズオ
標題(和) 制度論の構図
標題(洋)
報告番号 212870
報告番号 乙12870
学位授与日 1996.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 第12870号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 船津,衛
 東京大学 教授 似田貝,香門
 東京大学 教授 稲上,毅
 東京大学 教授 松原,望
 東京大学 助教授 池田,謙一
内容要旨

 本書が主張していることの基本は以下のことである。制度とは理念的実在であって人々の主観的な意味世界(これを本稿は「一次理論」と呼ぶ)によって根拠づけられており、この主観的な意味世界(の内容ではなく)それ自体は経験的で客観的な存在である。そして、社会的世界は人々の行為によって構成されているのではなく、人々が世界に対して賦与している意味によって構成されている。人々が賦与している意味はあくまで諸個人の主観的なものであって、何らかの超越的な根拠によって間主観化されているわけではない。しかし、諸個人が世界の中に見出している意味はその本性上超個人的で普遍なものと映じており、そのことによって制度は客観的なものとして立ち現れることになる。

 この主張は、社会とか組織とか制度という集合的なものが、諸個人の主観的了解を超えてその外に根拠を持つものではないとする点で、いわゆる集合主義とは異なって個人主義の系列に属すが、同時にまた、そうした集合的なものが諸個人の行為から構成されているわけではないとする点で、方法論的個人主義とも対立している。

 本書は、このようないわば個人主義的社会実在論ともいうべき構図をとることによって、制度とはどういうものかという問いへの解答を与えるとともに、制度にまつわるさまざまな謎を具体的に解明していくことをめざしている。その謎とは、たとえば、組織の概念化の問題、秩序問題、合理性のパラドックス、ルールへの懐疑論、集合主義と個人主義、そして間主観性の問題などである。

 第一章は新制度学派における制度の説明、すなわち制度を取引コストの存在によって説明する理論を、市場と組織とを概念的に区分する論理に焦点を当てて批判した。新制度学派は基本的に組織を「諸個人の間の契約的関係の集合」だとみなすが、それでは日常的にもまた組織論においても当然のこととして想定されている「組織の目標」や「組織の成員」という基礎的概念を説明することができない。他方、組織の連帯的全体をア・プリオリに前提して取引コスト・アプローチを批判することも、デュルケム的集合主義の焼き直しにすぎない。ここに現れているのは、制度という集合的存在をいかにして集合主義的ではなく説明するかという社会理論の古典的課題である。

 第二章は、T.パーソンズの秩序問題へのアプローチを分析して、「秩序問題」という問題構成が、秩序、均衡あるいは安定性の諸概念の間の関連、およびそれらと個人的合理性あるいは集合的利益との関連を明確に知ることなしには進みえないことを指摘する。

 第三章は、パーソンズが功利主義の名で批判した合理的選択理論的社会理論の純粋型ともいうべきゲーム理論による秩序問題へのアプローチを検討し、行為選択を説明するという点でゲーム理論が行為論の典型ケースであることを踏まえつつ協調解の成立を秩序や規範の生成と同一視する傾向を批判した。

 第四章は、ゲーム理論的制度モデルとして最も洗練されており、ヒュームの「コンヴェンション」概念の定式化の試みとしても名高いD.ルイスの「コンヴェンション」モデルを吟味した。コンヴェンションとは、他者もそうするだろうという期待のもとで、自らもそうすることが自己利益であるがゆえにそれを選択するというメカニズムによる行為の規則性のことであり、規範の行為パターン説を背景にする一種の自生的秩序論である。この自己継続性が共有知識を必要とすることはルイスの明らかにしたことであるが、本書はさらに、合理的期待が他者の自己に対する合理的期待に依存している相互性のもとでは、一般には合理的な行為の決定は不可能だとし、ルイスのモデルが論理的には破綻していることを示した。

 第五章は、社会学で広く流通している規範の行為パターン説の批判をするなかで、規範やルールが行為の規則性や同調行動やサンクションや「〜すべし」という言明などに帰着できないことを明らかにしている。

 第六章は、H.L.A.ハートの内的視点論を踏まえ、かつ、クリプキのルール懐疑論を批判することを通じて、経験的ないし自然的実在とは区別されるものとしての理念的実在としてのルールおよび制度という新しい概念化を提示している。

 第七章からは、この新しい概念化が伴うかもしれない方法論的および理論的諸問題の検討がなされる。まず、理念的実在の経験的基盤として、デュルケムのような集合意識ではなく、個人的行為者が自らをとりまく世界について抱いている了解として「一次理論」を設定する。そして、かつて実証主義や経験主義あるいは行動主義が社会的諸制度を諸個人の「行為」の秩序としてのみ概念化する傾向があったのは、行為者レベルでの一次理論と理論家の二次理論との区別の失敗に基づくものであることを明らかにした。二次理論は単に現存する社会科学的知識と同一ではなく、社会に内属しないという仮想の視点における理念的知識である。

 第八章は経済学のみならずヴェーバー以来の社会学においても主潮流を形成している方法論的個人主義を真正面から批判する。行為の意味は行為者や認識者の関心に従ってのみ同定されうるから、行為は社会現象のアトム的単位となることはできない。制度のような社会現象は、一次理論として存在している社会的な意味世界を通じてのみ同定しうる。このように、制度を客観的世界の主観的意味構成として理解することによって、第一章の市場と組織の区分問題は次のように解決される。すなわち、もしも一次理論を無視して現象をみれば、組織とは単なる相互行為の集積にすぎず、どこにも境界や目標は存在しないが、組織が組織として現れるのは行為者の主観的意味構成を通じてなのである。

 第九章は制度を意味の体系、行為の体系およびモノの体系の総合体として概念化し、意味が行為やモノを制度的なものにすると同時に、意味は行為やモノによって担われて経験的世界へ現れ出るという機制を明らかにしている。

 最後の第十章は、一次理論の個人的主観性と制度の社会的客観性という対立を解決する。このためには共同主観性の前提は必要ではなく、ただ単に、一次理論的な自明視の構図によって、私的な制度が共同的なものとして見えているのだと説明する。すなわち、制度という存在は人々によって「超越的で普遍的」な存在として観念されており、それゆえそれは本来的に誰にとっても同一のものだという前提(初発仮説)が存在し、かつその前提は、それと明白に矛盾する目に見える出来事が起こらない限り維持されるのである。制度に託されたこうした超越的普遍性は、一次理論のレベルにおいて制度に自然的実在と同等の存在性能、すなわち客観的で外的な存在という性質、を賦与することになる。

 制度の研究とは、人々が一次理論に抱いている意味世界を解明しつつ、それと行為とモノの体系との関連を二次理論的に探求していくことにほかならない。

審査要旨

 本論文は「制度」という社会学の基本概念とその探求の方法に関して正面から取り組んだ本格的研究である。制度に関しては,古くから社会実在論と方法論的個人主義との対立があるが,本論文は制度を経験的実在とは区別された理念的実在として位置づけ,方法論的個人主義を批判するとともに,一次理論と二次理論という視点の区分を導入して,社会実在論をもしりぞけている。そして,制度現象の経験科学の方法に関する独自の構図を積極的に展開している。

 第1章では,新制度学派経済学の取引コストアプローチを批判して,制度は理念的存在であり,人々の主観的な意味世界によって根拠づけられていると主張する。第2章から第6章までは,このテーマに関する先行研究を批判的に検討し,第2章では秩序問題に関するパーソンズの定式化と解答を検討し,秩序と制度の関係という問題を提起し,第3章では秩序問題へのゲーム理論の限界を指摘し,第4章ではルイスのコンベンション・モデル,第5章では規範に関する行為パターン論,第6章ではハートの法概念,ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論,クリプキの懐疑論を検討している。そして,ルールを行為や心理・生理的事実のような経験的実在と区別された理念的実在として捉えることを提唱している。

 第7章では,素朴経験主義的実証主義や行動主義が,行為者の思念の中に存在する理念を正当に位置づけていないことを指摘し,シュッツの二次的構成の概念を批判的に援用しながら,客観的であることをめざした超越的二次理論という仮想の視点を設定する。第8章では,単位行為を前提とする方法論的個人主義を批判し、第9章では制度を意味の体系と行為の体系とモノの体系の総合体として理解する必要性のあることが主張される。そして,第10章では,社会的世界は理念的実在に関する一次理論によって構成されると主張し,共同主観性を前提することなく,その構成を探求する学問としての制度論の構想を明確に打ち出している。

 本論文は社会学の中心的課題に対して真正面から取り組んだ論考であり,著者独自の概念装置を作り上げ,鋭い分析にもとづいて斬新な構想を意欲的に提示している。従来の枠を越えたユニークな研究であり,第一級の作品として学界に大きく貢献するものと高く評価される。よって,本審査委員会は,本論文が博士(社会学)の学位に相当すると判断する。

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