真菌症は、皮膚や爪などを感染部位とする表在性真菌症と内臓を病巣とする深在性真菌症に大別される。外用剤が処方される表在性真菌症については、生活の文明化に伴う皮膚の清潔化や外用薬の一般市販により、その患者数は減少傾向にある。一方、深在性真菌症は、主に宿主の免疫能が低下したときに発症するものであり、ステロイドが使用され始めた1950年以降に増加し始め、抗生物質、抗癌剤などの化学療法剤や免疫抑制剤の使用頻度の増加に伴い、また、放射線療法や経静脈高カロリー輸液などの医療技術の進歩に伴いその患者数は急増している。糖尿病や後天的免疫不全症候群(AIDS)などの免疫力の低下する疾患も近年増加しており、これら易感染性患者における日和見感染、とりわけ日和見真菌感染症(深在性真菌症)が医療上の問題となっている。 現在、深在性真菌症の治療薬は極めて少数にとどまっている。その原因としては、真菌が哺乳動物と同じ真核生物に属するため、優れた選択毒性を示す薬剤の開発が困難なことにある。さらに、薬剤のin vitroの活性とin vivoの活性が必ずしも相関しないことが抗真菌剤の開発をさらに難しいものにしていると考えられた。 このような背景のもとに、有効性と安全性を兼ね備えた新規抗真菌抗生物質を微生物代謝産物から発見することを目的として本研究を行った。具体的には以下に述べるようなスクリーニング系を構築し、その結果、Fig.1-3に示すような化学構造を持つ3つの化合物(群)を単離し、その生物学的性質を明らかにした。 深在性真菌症の中ではカンジダ症が最も多く、その主要起因菌はCandida albicansである。C.albicansは形態学的に酵母形と菌糸形を示す二形性真菌であるが、抗真菌活性測定時に従来用いられてきた多くの培地中では酵母形で生育すると言われている。一方、宿主生体の感染巣においては多数の菌糸形や偽菌糸形が観察される。また、酵母形に比べ菌糸形の方が臓器侵襲性が高く、病原性が強い事などが指摘されており、宿主内においては菌糸形が優位であるとの考えもある。従って、従来から用いられてきた酵母形形態を示す培地上での薬剤の評価は、in vivoにおける有効性を必ずしも反映するものではないと考えた。そこで、検定菌としてC.albicansを用い、偽菌糸形を誘導できる動物組織培養用培地minimum essential medium(MEM)上で、ペーパーディスクを用いた寒天平板拡散法にてスクリーニングを行うこととした。また、既知物質を避けるため、酵母形に同等の抗菌力を示す物質は除外した。同時に、動物細胞に対する毒性の指標としてマウス白血病細胞EL-4に対する細胞毒性を調べ、低毒性の物質を選択した。 その結果、カビKernia sp.F-19849が生産するFR900403を見い出した。本物質は培養ろ液中に産生され、イオン交換樹脂などを用いて精製し、白色粉末として単離した。機器分析の結果、FR900403の構造はFig.1に示すヌクレオシド系の新規物質であると推定した。寒天平板拡散法における本物質のC.albicansに対する抗菌活性は、MEM寒天培地上で16g/mlの薬剤濃度まで認められた。一方、サプロー培地など通常の培地上では500g/ml以上の濃度でしかその抗真菌活性は認められなかった。また、カンジダ属の他の種やアスペルギルス属には抗菌力を示さず、C.albicansにのみ抗菌活性を示す物質であった。in vivo感染防御効果は、マウスを用いたC.albicans全身感染系致死モデルにより検討した。その結果、FR900403は10mg/kgの皮下投与で延命効果を示した。マウス白血病細胞EL-4に対する本物質の細胞毒性は、500g/mlの濃度でも観察されず、マウスに対する急性毒性値(LD50)は、静脈内投与で320mg/kg以上であった。 前述のように、C.albicansは二形性を示す真菌であるが、MEM上では酵母形と菌糸形の中間にあたる偽菌糸形しか誘導できない。そこで他の各種培地を調べたところ、アルギニンを唯一のN源とする液体合成培地中(Arg培地)では真性菌糸形で増殖することが判った。この知見をもとに、C.albicansを検定菌とした液体培地希釈法を用い、通常の培地中に比べArg培地中でより強い抗菌力を示す物質の探索を行った。 その結果、放線菌Streptomyces setonii No.7562株が生産するFR109615を見い出した。本物質は培養ろ液中に産生され、イオン交換樹脂やシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて無色板状晶として単離した。機器分析の結果、FR109615の平面構造を2-aminocyclopentane-1-carboxylic acidと推定し、その絶対配置を全合成により(1R,2S)-2-aminocyclopentane-1-carboxylic acid((-)-cis-2-ACPC)(Fig.2)と決定した。(-)-cis-2-ACPCは合成品として既に報告されているが、放線菌の代謝産物としての報告は初めてのものである。本物質は、サプロー培地などの通常の培地を用いた寒天平板拡散法においては、C.albicansに対し、250g/ml未満の薬剤濃度では阻止円を示さないが、液体培地希釈法におけるMEC値(最小生育影響濃度)は、MEM中で3.1g/ml、Arg培地中ではさらに30倍強い0.1g/mlを示した。また、他のカンジダ属数種には抗菌力を示したが、アスペルギルス属やクリプトコッカス属には抗菌活性を示さなかった。次にFR109615のin vivo感染防御効果を調べた。マウスを用いたC.albicans全身感染系致死モデルにおいて、本物質は、0.8mg/kgの皮下投与及び20mg/kgの経口投与で顕著な延命効果を示した。また、マウス腎臓内に定着するC.albicansの生菌数に及ぼす影響を検討した結果、4mg/kgの皮下投与で有意にその数を抑制した。マウス白血病細胞EL-4に対する本物質の細胞毒性は、500g/mlの濃度でも観察されず、マウスに対する急性毒性値(LD50)は、静脈内投与で1g/kg以上であった。 上記のFR900403とFR109615は、通常の培地中ではC.albicansに対しほとんど抗菌力を示さない物質であるが、マウスを用いた実験的カンジダ感染に対し感染防御効果を示した。即ち、抗細菌性抗生物質においては認められるin vitroとin vivoの活性相関性が抗真菌剤においては認められない場合がある事が判った。そこで、後述するようにin vivoの実験を組み入れた新たなスクリーニング系を構築した。 in vivoの実験に供するサンプルの選別は、C.albicansに対する抗菌活性とA.fumigatusから調製したプロトプラストの正常細胞への再生阻害活性を指標に行った。プロトプラストを用いる利点として2点挙げられる。1点目は、薬剤の感受性が高まること、2点目は、放線菌の培養物中に高頻度で認められるポリエン系抗生物質や界面活性剤などの細胞膜に作用する抗真菌活性物質を細胞形態を指標とする顕微鏡観察により容易に除外できることである。上記の選別を通過した検体を、次に記すマウスを用いた消化管感染モデルで評価した。抗真菌剤のin vivo評価には、全身感染モデルが一般的に用いられるが、約2週間の観察期間が必要となる。そこで評価時間を短縮するため、薬剤投与後3日目でその有効性を判定できる消化管感染モデルを作成した。通常、正常マウスの消化管にC.albicansを接種しても菌は定着はしない。しかし、スペクチノマイシンの飲水投与後にC.albicansを接種すると胃粘膜に定着することが判明した。そこでスクリーニングにおいては、上記の条件下でC.albicansを経口接種し、感染4時間後と翌日2回の計3回、被検物質を経口投与し、感染2日後に胃粘膜を綿棒で擦り取り寒天平板上に塗布し、生ずるコロニー数の少ないものを有効とした。 その結果、カビColeophoma empetri F-11899の生産するWF11899A、WF11899B、WF11899Cの3成分を見い出した。これら3成分は各種クロマトグラフィーを繰り返すことにより、それぞれ白色粉末として単離した。構造解析の結果、これらの構造をFig.3のように推定した。本物質群は、エキノカンジン群に属する新規なリポペプチド系抗真菌抗生物質であり、その構造内にスルホン基を含む点で従来の既知物質とは明らかに異なる。また、既知のエキノカンジン物質群は難溶性であるが、WF11899Aは水に対する溶解性が非常に高い。この良好な水溶性はスルホン基に起因するものと考えられ、注射剤としての開発には大きな利点となる事が考えられた。これら3物質は、C.albicansに対し強い抗菌力を示し、液体培地希釈法におけるIC50値は、0.004-0.03g/mlであった。また、A.fumigatusに対しても増殖抑制作用を示した。マウスを用いたC.albicans全身感染系致死モデルでのED50値は、WF11899A、WF11899B、WF11899Cの順に2.7、4.6、>10mg/kgであった。一方、エキノカンジン群抗真菌抗生物質の毒性の一指標であるin vitroの赤血球溶血活性については、これら3物質ともに62g/mlの濃度で認められ、その改良が今後の課題であると考えられた。 酵母形のC.albicansに対するin vitro抗菌力測定だけでは、抗真菌剤のin vivo効果を正しく予測できないという難点を克服する為、本研究では、宿主感染時に優位であると考えられる菌糸形に着目し、なおかつ、簡便なin vivoスクリーニング方法を構築することにょり、微生物代謝産物から新規な抗真菌抗生物質を発見することができた。真菌類による日和見感染は、医療技術の進歩に伴い今後ますます顕在化するものと考えられる。上記で得られたような化合物から優れた抗真菌剤が生まれることを期待したい。 Fig.1.Structure of FR900403Fig.2.Structure of FR109615Fig.3.Structures of WF11899A,B and C |