学位論文要旨



No 212873
著者(漢字) 松本,邦男
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,クニオ
標題(和) セファロスポリンアミダーゼの発見と有用酵素の応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212873
報告番号 乙12873
学位授与日 1996.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12873号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 中村,厚三
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨

 酵素の応用は,これまで繊維加工,食品加工,洗剤用などを中心に展開し,酵素の応用に関する最近の知見の集積には目覚ましいものがある。しかし,医薬品工業を含むバイオインダストリー分野における酵素の応用で実用化されたものは少なく,実用に供せられる新規な酵素の研究開発と有用酵素の応用研究が必要な段階にある。

 7-アミノセファロスポラン酸(7-ACA)は,半合成セファロスポリンの原料(母核)として重要な化合物である。7-ACAは,セファロスポリンC(CPC)の化学的脱アシル化により製造されているが,この方法は反応が煩雑で,しかも五塩化リンなどの危険な試薬を使用するなど,様々な問題点を抱えている。そこで,これらの欠点を解決できるセファロスポリンアミダーゼによる脱アシル化法の開発が強く望まれていた。

 当時,特異な構造を持つCPC(D--アミノアジピン酸を側鎖に持つ)を酵素的に脱アシル化することは困難とされていた。著者は,カルボン酸を側鎖に持つペニシリンが,ペニシリンアミダーゼにより脱アシル化されることから,CPCの側鎖を酸化的脱アミノ化して得られる新規なグルタリル-7-ACA(GL-7-ACA)を脱アシル化する酵素が存在する筈であると考え(図1),新規なセファロスポリンアミダーゼ(GL-7-ACAアミダーゼ)の探索を行った。その結果,土壌より発見したSY-77-1分離株が特に強い酵素活性を示し,本菌を菌学的に同定した結果,Pseudomonas SY-77-1と命名した。

 Ps.SY-77-1は,GL-7-ACAのラクタム環を開環する作用を持つ-ラクタマーゼも同時に生産した。そこで,Ps.SY-77-1をニトロソグアニジン処理した後,セファロリジン耐性株を取得することにより-ラクタマーゼ欠損変異株(NS-2)を得ることに成功した(図2)。

 Ps.NS-2の培養にはグルタル酸を必要としたため,生産コストが高くなることから,工業的にはグルタル酸を必要とせず,しかも高活性を生産するGK-16変異株を使用した。

図1.酵素的脱アシル化反応による7-ACAの製法図2.元株(SY-77-1)と変異株(NS-2)の菌体懸濁液によるGL-7-ACAの分解経過説明本文参照。図3.7-ACA生産用バイオリアクターシステム説明本文参照。

 Ps.GK-16が生産するGL-7-ACAアミダーゼを単一にまで精製を行い,酵素化学的性質(表1)を明らかにすると伴に,本酵素をアンバーライトIRA-904イオン交換樹脂に物理的吸着法とグルタルアルデヒドを用いる架橋法により固定化し,固定化GL-7-ACAアミダーゼの性質を明らかにした。本酵素は,固定化することにより安定性が増強することから,これを反応素子とする7-ACA生産用バイオリアクター(図3)を構築し,バイオリアクターを用いて,GL-7-ACAを高収率で脱アシル化(反応収率:94.5%)することにより,7-ACAが得られることを明らかにした。

 本研究の成果は,化学的脱アシル化反応による7-ACAの生産に代替えできる『酵素法による7-ACAの工業的生産』を提供するもので,現在,4,000lのバイオリアクターを用いて,7-ACAの製造が実施されている。

表1 GL-7-ACAアミダーゼの酵素化学的性質

 一方,酵素の基質特異性を生かしたバイオセンサーは,従来の酵素的分析法(酵素を溶液状態で使用)の持つ様々な問題(高価な酵素の使い捨て,着色した試料や濁った試料の影響を受けやすいなど)を低減化する一つとして,最近の知見の集積には目覚ましいものがある。しかし,バイオセンサーの基礎的研究は大いに進展したが,実用的な研究は余り進んでおらず,実用に供せられるバイオセンサーの研究が必要な段階にある。

 培養工程中のセファロスポリンを計測するには,迅速にしかもオンラインで計測できるセンサーが必要となる。セファロスポリナーゼはセファロスポリンに作用し,ラクタム環を開環させる。この時に遊離する水素イオンを複合型ガラス電極で測定することにより,電位とセファロスポリン濃度との関係から,セファロスポリン量を間接的に求めることができると考え,コラーゲンを用いてセファロスポリナーゼ活性を有するCitrobacter freundiiを固定化し,この微生物膜を充填したリアクターと複合型ガラス電極を組み合わせて,セファロスポリン測定用バイオセンサー(微生物センサー)を構築した。このセンサーシステムを用いて,62.5〜500g/mlの範囲で,セファロスポリンを測定することができた。また,このセンサーをCPC生産菌のCephalospolium acremoniumに適用したところ,相対誤差8%以内でCPCを計測できることを実証し,微生物センサーによるセファロスポリンの測定を明らかにした。

 次に,バイオセンサーの実用化に適する酵素の固定化方法として,多孔性のポリアクリロニトリル(PAN)のニトリル基を水素化アルミニウムリチウムを用いて還元して一級アミノ基に変換させ(多孔性アミノ化PAN),アミノ基にグルタルアルデヒドを介してシッフ塩基で酵素を結合させる新規な酵素の固定化方法を開発した。この方法で固定化したコリンオキシダーゼ(COD)膜と酸素電極とを組み合わせて,酵素反応で消費する溶存酸素を酸素電極からの還元電流を測定することによりコリン量を間接的に求めることができると考え,コリン測定用バイオセンサーを構築した。本バイオセンサーを,血清中のリン脂質とCOD生産菌の培養時におけるコリンの測定に適用したところ,変動係数は,それぞれ3.5%,2.5%で測定できることを実証し,実用に供しえるコリン測定用バイオセンサーを初めて明らかにした。さらに,スチルバゾリウム基を有する感光性ポリビニルアルコール(PVA-SbQ)を用いる包括法で,グリセロールキナーゼとグリセロール3-リン酸オキシダーゼを同時固定した酵素膜(複合酵素膜)と酸素電極とを組み合わせて,グリセロールを測定するバイオセンサーを構築した。本バイオセンサーを血清中の中性脂肪の測定に適用したところ,従来法と良好な相関を示し(相関係数:0.9954),実用に供し得るグリセロール測定用バイオセンサーをて明らかにした。さらに,グルコースオキシダーゼとCODの固定化にもPVA-SbQを用いる固定化方法が有効であることを示し,本法が,バイオセンサー用の固定化方法に適していることを明らかにした。

 バイオインダストリーにおける物質生産において,効率良い発酵生産を行うには,培養工程における基質の計測と制御が必要となる。このためには,基質を迅速にしかもオンラインで計測できるセンサーが必要となる。そこで,新しく開発した多孔性アミノ化PANおよびPVA-SbQを用いて有用酵素を固定化した酵素膜を用いる発酵計測・制御用のオンライン型バイオセンサーを構築した。本バイオセンサーを,パン酵母の培養におけるグルコースの計測・制御,アルコールオキシダーゼの発酵生産におけるメタノールの計測・制御およびMicrococcus ruteusの培養時におけるグルコースの計測・制御に適用したところ,それぞれ0.3g/l,0.04%,0.25%の低濃度領域で計測・制御が行えることを示し,本バイオセンサーが実用に供し得ることを明らかにした。

 以上,本論文は酵素の反応特異性と基質特異性を産業界で利用することを目的とし,新規なGL-7-ACAアミダーゼの発見とバイオリアクターによる7-ACAの製造プロセスの開発,酵素の固定化方法の開発と有用酵素の固定化膜のバイオセンサーへの応用を可能とし,酵素が,バイオインダストリー分野で利用できることを実証し,実用化,完成したものである。

審査要旨

 本論文は、セファロスポリンアミダーゼ(グルタリル-7-アミノセファロスポラン酸アミダーゼ:GL-7-ACAアミダーゼ)を用いた、セファロスポリン系抗生物質の原料である7-アミノセファロスポラン酸(7-ACA)の酵素的製造方法と、有用酵素の固定化膜を用いたバイオセンサーの開発に関する酵素工学的研究をまとめたものである。

 序論では、新規な酵素の研究開発と有用酵素の応用研究が必要であること、および既往研究と対比して本研究の背景と意義が述べられている。

 第1章では、新規なGL-7-ACAアミダーゼの発見とバイオリアクターによる7-ACAの製造方法について述べている。まず、GL-7-アミノデアセトキシセファロスポラン酸(GL-7-ADCA)を炭素源とする淘汰培養法で、GL-7-ACAを脱アシル化する新規細菌SY-77-1株を取得し、本株が、GL-7-ACAおよびGL-7-ADCAを特異的に脱アシル化するGL-7-ACAアミダーゼを生産することを明らかにした。本株は、形態学、生理学的性質からPseudomonas属であると同定された。本株は-ラクタマーゼも同時に生産したため、本株をニトロソグアニジン処理した後、レプリカ法を用いてセファロリジン感受性株を選択することにより、-ラクタマーゼ欠損変異株NS-2が取得できることを示した。

 続いて、NS-2株(誘導型)からの育種で取得したグルタル酸非要求株(構成型)GK-16が生産するGL-7-ACAアミダーゼを精製、結晶化し、本酵素が22サブユニット構造を持ち、菱形の結晶形を有する分子量約130,000のタンパク質であることなど、酵素化学的諸性質を明らかにした。さらに、本酵素をイオン結合法を用いて、アンバーライトIRA-904に固定化できることを示し、これを反応素子とする7-ACA生産用の循環型バイオリアクターシステムを開発して、GL-7-ACAから7-ACAを高収率(反応収率:94.5%)で製造する方法を明らかにした。

 第2章では、セファロスポリン測定用バイオセンサーを作成し、セファロスポリン化合物の測定について検討している。コラーゲンを用いて、セファロスポリナーゼ生産菌Citrobacter freundiiを固定化した膜を作成し、これを充填したリアクターと複合型ガラス電極を組み合わせて、セファロスポリンを測定した。その結果、セファロスポリンが測定できることを明らかにし、本センサーが培養液中のセファロスポリンCの測定に適用できることを実証した。

 第3章では、新規な酵素の固定化方法の開発とコリン測定用バイオセンサーについて述べている。まず、多孔性ポリアクリロニトリルのニトリル基を水素化アルミニウムリチウムを用いて還元して一級アミノ基に変換させ、変換したアミノ基にグルタルアルデヒドを介して酵素が固定化できることを明らかにした。次に、本法を用いて固定化したコリンオキシダーゼ膜と酸素電極とを組み合わせてコリン測定用バイオセンサーを作成し、コリンの測定について検討している。その結果、コリンが測定できることを明らかにし、本センサーが血清中のリン脂質測定などに適用できることを実証した。

 第4章では、スチルバゾリウム基を有する感光性ポリビニルアルコール(PVA-SbQ)を用いる酵素の固定化法(包括法)について述べ、本法がバイオセンサー用に適することを明らかにしている。次いで、PVA-SbQを用いて固定化したグリセロールキナーゼとグリセロール3-リン酸オキシダーゼの複合酵素膜と酸素電極とを組み合わせてグリセロール測定用バイオセンサーを作成し、グリセロールの測定について検討している。その結果、グリセロールが測定できることを明らかにし、本センサーが血清中の中性脂肪測定に適用できることを実証した。

 第5章では、発酵計測・制御用のオンライン型バイオセンサーの開発について述べている。その結果、本センサーがパン酵母の流加培養におけるグルコースの計測・制御、アルコールオキシダーゼ生産菌の流加培養におけるメタノールの計測・制御などに適用できることを明らかにした。

 以上、本研究は、新規なセファロスポリンアミダーゼの発見とバイオリアクターによる7-アミノセファロスポラン酸の製造プロセスの開発ならびに新規な酵素の固定化方法の開発と有用酵素の固定化膜を用いたバイオセンサーの開発を行い、これらの結果を実用化して、産業界で酵素が有効に利用できることを明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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