学位論文要旨



No 212874
著者(漢字) 時光,博史
著者(英字)
著者(カナ) トキミツ,ヒロシ
標題(和) 広域林業経営意志決定支援システムの枠組みに関する研究
標題(洋)
報告番号 212874
報告番号 乙12874
学位授与日 1996.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12874号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 助教授 大橋,邦夫
 東京大学 助教授 酒井,秀夫
内容要旨

 この半世紀,我が国では大面積の人工林が造成された。この資源の成熟に伴い,今後,全国的な木材生産の増大が期待される。しかし,木材輸入量は増大し木材価格は低迷している。我が国の林業を支える山村地域の人口は減少し,林業就業者も高齢化が進んでいる。山村地域の振興の中心となることが期待される市町村にも援助が必要である。また,林業の過剰な利潤追求を規制し,林業と対立する公共財の供給を行うという手法で,国は森林資源管理のための調停を進める。更に,林業には労働力が不足しているが,工業部門では過剰となった労働力の流出が予想される。以上から,将来,森林の集中伐採などの変動が予想される。

 現在,いくつかの問題に対応した計画制度があり,検討を行うための区域の設定がある。その下でも急激に大きな変動が生じる恐れのある民有林の対応の方向は,広域にわたる安定した林業経営の実現である。本研究では,林業経営部門の主要な指標と経営手法の一覧を示し,特定の手法をとったときの影響を即座に示すことができる,多数が利用するシミュレーション・モデルが,この課題に応え,意志決定を支援することのできるシステムであると考え,モデルの作製手法の定式化を行い,モデルの構築を試みた。

 また,多数のモデル使用者は,異なった認識のスタイルを持つ。加えて,それぞれに許容困難な認識というものがあると仮定すると,当初共有する認識は単純なものになる。問題解決に必要な意志決定が行われるためには,支援者の助力を得て意志決定者は認識を深める必要がある。モデルはこれを促し,最低限の問題点を含んだものとしたい。

 モデルの作製手法としては,とりあえずのモデルであるメンタル・モデルに始まり,相互に作用し合ういくつものフィードバック・ループからなるシステムとして図化するまでをシステム・ダイナミックスの手法によった。次いで,システムの構成要素間の関係を4つの型に分け,数式化し;市販の事務処理用データベース・ソフト「桐Ver.5」を用いて運用できるモデルを作製した。なお,モデルの目的の一である多数の日本人が利用あるいは受容することを容易にするために名称,数式等は極力日本語化し,次のように定式化した。

 (1)文章[原因]が増加すると[結果]は増加する。

 (2)因果の輪(因果ループ図)

 (3)流れの図(フロー・ダイアグラム)

 (4)方程式ア 単調(又は)[結果]=a+b×[原因]

 イ 成長(又は)[結果] =a×(1+b×e(-c×[原因] ))

 ウ 急成長(又は)[結果]=a/(1+b×e(-c×[原因] ))

 エ 破滅(又は)[結果] =a×[原因]b

 (5)モデルの出力 数式集,連年統計形式の一覧表及び表中の主要数値の推移グラフ

 モデルの内容は,流域を基本とした地域森林計画区規模の森林から木材を生産し輸送して木材市場に至るまでの林業経営の要素と,相互関係である。それを次のように抽出した。

 まず全国各地で進められている流域林業の構想において重要とされる,次の4要素を認めた。

 (1)「流域林業」を担う組織の確立,(2)木材の安定供給,(3)労働力の確保,(4)生産施設の整備と活用

 次に,これを因果関係を述べる形で次の8要素を含む具体的な12の文章とし,同時に因果の輪として示した。

 (1)森林蓄積,(2)路網,(3)就労条件,(4)林業就労者,(5)高性能機械,(6)素材生産,(7)素材生産事業体経理,(8)木材価格

 更に,関係する諸要素を列記し,着目すべき要素を中心に重なった7つの要素群にまとめて次の内容をもつ流れの図を作製し,要素間の関係を示した。

(1)森林資源の流れ

 森林蓄積の水準は,生長量によって増加し,伐採量によって減少する。関係要素は,森林面積,伐採面積,平均蓄積,高性能機械,木材価格,新植面積,再投資意欲,人工林上質割合,手入れ指数であり,森林の蓄積は量と併せて質の向上が求められ,それを実現するためには手入れと再投資意欲の向上が必要であるという関係が示された。

(2)林内路網の流れ

 林内路網は,林道等開設によって増加し,廃道によって減少する。関係要素は,再投資意欲,立木代,伐採予約,高性能機械稼働予約,高性能機械適地,300m以内面積,林内路網密度,緩傾斜地割合,森林面積であり,林内路網の整備のためには伐採による立木代の支払いと,その再投資意欲が必要であるという関係が示された。

(3)地域の人口の流れ

 地域の人口は,出生・転入により増加し,死亡・転出により増加する。関係要素は,林業労働量,住民の林業活動,地域住民自然順応力,年度,転入率,特殊出生率,地域活力,安定扶養人口,転出率,死亡率であり,人口安定のためには,転出入を変動させる地域の活力,言い換えれば地域の安定扶養人口を増加させる必要があるという関係が示された。

(4)林業就労者の流れ

 林業就労者は,参入により増加し,退職により減少する。関係要素は,年収,高性能機械,就労条件,林業労働量,住民の林業活動,地域住民自然順応力であり,林業就労者の確保のためには年収や高性能機械の導入という就労条件の改善が必要であり,労働量の確保には,多数の地域住民の林業活動が,その基礎にある地域住民の自然順応力の低下への対応が必要であることが示された。

(5)高性能機械の流れ

 高性能機械は,高性能機械の導入により増加し,廃棄により減少する。関係要素は,収益率,営業経費,高性能機械稼働,高性能機械稼働予約,伐採予約,高性能機械適地割合,高性能機械生産素材,在来型伐採,素材生産量であり,高性能機械の増加のためには,適地の増大と,営業努力による機械稼働の向上が必要だという関係が示された。

(6)林業活動の流れ

 関係要素は,森林面積,標準施業量,手入れ指数,育林労働量,伐採労働量,林業労働量,住民の林業活動,林業就労者,専業者伐採従事指数,在来型伐採,高性能機械,高性能機械稼働,素材生産量であり,伐採と育林が林業労働量の内容であり,地域の住民の林業活動と専業者による伐採をともに林業活動となることが示された。

(7)素材生産事業体経理の流れ

 関係要素は,木材価格,木材売上,素材生産量,立木価格,立木代,伐採面積,素材生産委託割合,収益率,収益,費用,諸経費,償却費,人件費,運材費,営業経費,在来型伐採運材単価,在来型伐採11t車使用割合,年収,高性能機械生産素材,高性能機械稼働であり,木材価格と各種経費が素材生産事業体の経理状態を決め,それが,地域の林業活動に跳ね返るという関係が示された。

 更に,民有林が90%以上を占め,過疎化,高齢化が著しい中国山地の中央部に位置する江の川・高梁川上流流域を対象として,関係数値を引用及び推定し,稼働するモデルを作製した。このモデルを使用して,安定的推移,木材価格の変化,年収の支援,高性能機械の普及,路網整備の助成について,シミュレーションを行い次の結果が得られた。

 木材価格を外性変数として安定させた当初の条件では,木材生産が徐々に増大し,立木代も増加した。しかし,全国の生産増を考えると木材価格の低下を予測せざるを得ず,高性能機械導入も遅れることになる。価格が一時的に上昇すれば,後の混乱がみられる。年収支援により,林業就労者の減少に若干の歯止めがかけられる。高性能機械導入は,伐採の増加につながる。林内路網の整備に対する助成は,長期的な効果がみられる。このように,1つの行動の影響がいくつかの要素に現れ,目的の実現が困難であること等が示された。

 以上、具体的に進めたモデルの作製手順は,伝統的問題解決方式にそうものであり,多数に受け入れられることが期待できる。また,モデルの作製や使用それ自体,現実のシステムに対する理解を深めるものである。更に,パーソナル・コンピュータの使用により,安定した情報化を進めることができる。このようなモデルを道具として関係者共通の未来が語られることを期待したい。

審査要旨

 本論文は、広域林業圏における意志決定を支援するためのシステムをシステムダイナミクスの手法を用いて構築し、それを中国山地の中央部にある「江の川・高梁川上流流域」の広域林業圏に適用したものである。関係者が使いやすいシステムにすることを考慮して、システムの各部は日本語ソフトウエア「桐Ver.5」で記述されている。

 第1章は、既往の研究、本研究の範囲と構成、及び基本概念の説明に当てられている。著者は、1990年農林業センサスを用いて、保有山林規模が500ha以上の林家層が地域のリーダーになりうること、及び広域林業圏の数は全国森林計画の広域流域数44と地域森林計画区数158の中間にあることを明らかにした。また、広域林業圏における意志決定支援システムは複数のグループが共有可能なものでなければならないことをシステム論的見地から論じている。

 第2章では、広域林業経営を支援する諸制度(森林計画制度、流域管理システム、市町村整備計画など)及び広域林業圏に関連する広域市町村圏、地方生活圏などを概説している。

 第3章は、本論文の骨格をなす部分で、意志決定支援システムの枠組みがシステムダイナミクスの手法を用いて構築されている。広域林業圏では、それを担う組織(素材生産業)の確立、木材の安定供給、労働力の確保、生産施設(高性能機械と林道網)の整備と活用が主要な課題であり、これらをシステムダイナミクスの手法を用いて定量的に予測することが本支援システムの目的である。著者は、これらの四つの因子間の相互関係を「因果の輪」にまとめ、それを支援システムの骨格と位置づけている。

 第4章では、前章の骨格をさらに肉付けするために、森林資源の量、林道網、地域の人口、林業就業者、高性能機械台数、林業活動、素材生産事業体経理に分けて、それぞれの内部での循環構造をフローチャートの形で具体化している。たとえば、森林面積の増減には、投資活動、植栽・保育活動、伐採活動、木材価格、成長量などが関与しているが、これらの相互関係を図化したものが「森林資源の流れ」である。以下同様に、林道網の流れ、地域人口の流れ、林業就業者の流れ、高性能機械の流れ、林業活動の流れ、素材生産事業体経理の流れが明らかにされている。これらのフローチャートは、本意志決定支援システムの要である。

 第5章は、前章のシステムを、中国山地の中央部にある「江の川・高梁川上流流域」の広域林業圏に適用したものである。その際に、著者は、因果関係の型を8種、さらにそのうち二つを対にして四つの型(単調型、急成長型、成長型、破滅型)に分類した。解析に当たっては、日本語のソフトウエア「桐ver.5」が用いられた。データベースの基本構造や方程式が紹介されている。前述のフローチャートはすべて桐の方程式で記述され、江の川・高梁川上流流域に対応したパラメータが求められた。

 第6章では、本志意決定支援システムの出力が、様々な条件の下で5種のシミュレーションを通じて検討されている。すなわち、システムに干渉を加えず現在のまま推移させた場合を基本に、推移途中で木材価格に変化が生じた場合、林業就業者の年収に対して何らかの助成がなされた場合、高性能機械の普及が特に進んだ場合、さらには、林道網整備に一層の助成がなされた場合などの諸ケースが検討されている。

 それによると、林業就業者は減少する、森林資源は着実に増大するなどの一般的傾向が見られる。しかし、一方で、木材価格の上昇は利点だけでなく種々の混乱も引き起こす、また、高性能機械の普及は、破綻を招く可能性があるが、国産材時代を支える希望でもある、林道網の整備は将来に大きな効果をもたらすなどの知見が得られた。

 第7章は本論文の結びである。以上の分析を通じて、現実の問題を解決するには、まず、要素論的ではなく全体的な見地から全体像を構築し、それをシステムダイナミクスとして表現すること、さらに、システムへの参加者もしくは関係者が、入手可能なデータとソフトウエア、問題解決手段を持ち寄って討論、照合したり、システムの各部分及びそこに含まれている仮定や前提の当否を議論するプロセスが重要であることなどが明らかになった。本システムは、関係者の協力により一層改善され、広域林業経営の意志決定に役立つと判断される。

 以上のように、本論文は、広域林業経営のための意志決定支援システムの構築とその現場への応用を論じたものである。審査の結果、その独創性と有効性が確認されたので、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位にふさわしいことを認めた。

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