学位論文要旨



No 212878
著者(漢字) ざい,華敏
著者(英字) Zhai,Huamin
著者(カナ) ザイ,フアミン
標題(和) 小麦わらの微細構造的および化学的特質
標題(洋) Ultrastructural and Chemical Characteristics of Wheat Straw
報告番号 212878
報告番号 乙12878
学位授与日 1996.05.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12878号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 助教授 佐分,義正
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 飯山,賢治
内容要旨

 我々の文化的な生活にとって、紙の果たす役割は極めて大きなものがある。このことは、現在の紙消費量が非常に少ない発展途上国においても、今後の経済的発展とともに消費量が増大することを示しており、そのための原料植物資源の確保が世界的な問題となることが予想される。

 製紙原料として、世界的には木材が中心であるが、中国をはじめとした一部の国においては、小麦わら、稲わらなどを中心とした草本系資源がその中心となっている。そのため、これらの資源の組織構造的、成分的、あるいは化学反応性の観点からみた特質を明らかにし、一層有効な資源利用を計ることは極めて重要な課題であるといえる。本論文は、そのような観点から、小麦わらの性状について詳細に検討したものである。

 本論文は6章からなっており、第1章において関連する既徃の研究を概観したのち、第2章においては小麦わらの組織構造について検討し、針葉樹仮導管などと類似した壁層構造を繊維細胞、柔細胞、道管などの細胞壁に確認するとともに、繊維細胞についてはS1層が非常に厚く、そのフィブリルが繊維軸に対しほぼ直角に配向していることを見いだした。後者は小麦わらの難叩解性に密接に関連していると考えられる。第3章では、小麦わら繊維細胞壁中の部位によるリグニン濃度および化学構造の相違について検討している。臭素化試料のSEM-EDXA観察の結果、リグニン濃度は木材の細胞の場合と同様に、いずれの種類の細胞においてもセルコーナーで最大で、二次壁で最低となること、細胞壁の同一部位で比較するならば、柔細胞のリグニン濃度が最も高いこと、細胞間層リグニンと二次壁リグニンが構造的に異なること等を見いだしている。また、細胞間層およびセルコーナーのリグニン濃度が、木材繊維細胞よりも高いことを見いだすとともに、このことがアルカリ蒸解における繊維分離点に影響していると結論した。

 第4章では小麦わらリグニンの化学構造について詳細に検討している。小麦わらリグニンに存在が知られているフェノール酸類の存在量に関しては、第一にはp-クマール酸が主としてエステル結合して存在しており、次いで主としてリグニンの-位にエーテル結合したフェルラ酸が確認されること、第二にフェルラ酸の存在量が各種単離リグニンでは組織中での存在量の1/10乃至1/6に過ぎないことを見いだしている(表1)。後者は単離リグニンが細胞壁中の特定の部位に由来することを示している。第三にフェノール酸類を除くリグニン自身の化学構造について、チオアシドリシスおよびニトロベンゼン酸化により検討し、組織中のリグニンと単離リグニンの間での大きな相違は認められないものの、シリンギル核に比較してグアイアシル核に富むことを見いだし、小麦わらリグニンが広葉樹リグニンよりも針葉樹リグニンに近い構造をしていることを結論している。

表1 各種試料中のp-クマール酸(CA)およびフェルラ酸(FA)結合量WS:粉砕小麦わら CEL:セルラーゼ単離リグニン MFL:摩砕リグニン

 第5章では、小麦わらをソーダ・AQ蒸解によるパルプ化特性および得られたパルプの漂白特性について検討している。繊維細胞が柔細胞に比較して明らかに大きな脱リグニン速度を示すこと、およびそれぞれ60%、50%までの脱リグニンは迅速に進行するものの、それぞれ70%、60%以上の脱リグニンは極めて遅いことを明らかにしている(図1)。ヘミセルロースに関しては、その約50%の溶出が比較的迅速に進のに対して、それ以上の溶出は極めて遅いこと、および若干柔細胞からの溶出が容易であることを結論している。小麦わらパルプの漂白特性について、現在主として使用されている次亜塩素酸塩を用いて検討し、カッパー価による評価では繊維細胞が柔細胞に比較して、若干易漂白性であるが、白色度では極めて大きな差異が認められること、およびこの原因として柔細胞区分の特異な形状と光反射率が考えられるとした。また、晒小麦わらパルプの熱による黄色化現象に関しては、それが残存するヘミセルロースに起因すると結論した。

図1 繊維細胞および柔細胞の脱リグニン特性

 第6章においては、小麦わらのソーダ蒸解における脱リグニンのトポケミストリーについて検討し、小麦わら繊維細胞の部位による脱リグニン特性の相違は認められず、木材の脱リグニン挙動と際立った違いを示しているが、この原因として小麦わら繊維の中間層リグニンの構造的特性、小麦わら自身の多孔質な組織構造、および蒸解時における多量のヘミセルロースの溶出が関係していると考えている。また、前水蒸気処理が薬液の浸透を促進するうえで有効であることを指摘するとともに、その理由として、組織内の非凝縮性気体の除去を挙げている。。また、小麦わらの繊維離解点における脱リグニン度が、木材パルプに比較して高いことは、中間層およびセルコーナーのリグニン濃度が木材に比べて高いため、繊維の離解には蒸解をすすめて、この部分のリグニン濃度を引き下げる必要があるためであると結論した。

審査要旨

 我々の文化的な生活にとって、紙の果たす役割は極めて大きなものがある。このことは、現在の紙消費量が非常に少ない発展途上国においても、今後の経済的発展とともに消費量が増大することを示しており、そのための原料植物資源の確保が世界的な問題となることが予想される。

 製紙原料として、世界的には木材が中心であるが、中国をはじめとした一部の国においては、小麦わら、稲わらなどを中心とした草本系資源がその中心となっている。そのため、これらの資源の組織構造的、成分的、あるいは化学反応性の観点からみた特質を明らかにし、一層有効な資源利用を計ることは極めて重要な課題であるといえる。本論文は、そのような観点から、小麦わらの性状について詳細に検討したものである。

 本論文は6章からなっており、第1章において関連する既往の研究を概観したのち、第2章においては小麦わらの組織構造について検討し、針葉樹仮導管などと類似した壁層構造を繊維細胞、柔細胞、道管などの細胞壁に確認するとともに、繊維細胞についてはS1層が非常に厚く、そのフィブリルが繊維軸に対しほぼ直角に配向していることが、小麦わらの難叩解性に密接に関連していると指摘している。第3章では、小麦わら繊維細胞壁中の部位によるリグニン濃度および化学構造の相違について検討している。臭素化試料のSEM-EDXA観察の結果、リグニン濃度は木材の細胞の場合と同様に、いずれの種類の細胞においてもセルコーナーで最大で、二次壁で最低となること、細胞壁の同一部位で比較すると、柔細胞のリグニン濃度が最も高いこと、細胞間層リグニンと二次壁リグニンが構造的に異なること等を見いだしている。また、細胞間層およびセルコーナーのリグニン濃度が、木材繊維細胞よりも高いことを見いだすとともに、このことがアルカリ蒸解における繊維分離点に影響していると結論した。

 第4章では小麦わらリグニンの化学構造について詳細に検討している。小麦わらリグニンに存在が知られているフェノール酸類の存在量に関しては、第一にはp-クマール酸が主としてエステル結合して存在しており、次いで主としてリグニンの-位にエーテル結合したフェルラ酸が確認されること、第二にフェルラ酸の存在量が各種単離リグニンでは組織中での存在量の1/10乃至1/6に過ぎないことを見いだしている。後者は単離リグニンが細胞壁中の特定の部位に由来することを示している。第三にフェノール酸類を除くリグニン自身の化学構造について、チオアシドリシスおよびニトロベンゼン酸化により検討し、組織中のリグニンと単離リグニンの間での大きな相違は認められないものの、シリンギル核に比較してグアイアシル核に富むことを見いだし、小麦わらリグニンが広葉樹リグニンよりも針葉樹リグニンに近い構造をしていることを結論している。

 第5章では、小麦わらのソーダ・AQ蒸解によるパルプ化特性および得られたパルプの漂白特性について検討している。繊維細胞が柔細胞に比較して明らかに大きな脱リグニン速度を示すこと、およびそれぞれ60%、50%までの脱リグニンは迅速に進行するものの、それぞれ70%、60%以上の脱リグニンは極めて遅いことを明らかにしている。ヘミセルロースに関しては、その約50%の溶出が比較的迅速に進むのに対して、それ以上の溶出は極めて遅いこと、および若干柔細胞からの溶出が容易であることを結論している。小麦わらパルプの漂白特性について、現在主として使用されている次亜塩素酸塩を用いて検討し、カッパー価による評価では繊維細胞が柔細胞に比較して、若干易漂白性であるが、白色度では極めて大きな差異が認められること、およびこの原因として柔細胞区分の特異な形状と光反射率が考えられるとした。また、晒小麦わらパルプの熱による黄色化現象に関しては、それが残存するヘミセルロースに起因すると結論した。

 第6章においては、小麦わらのソーダ蒸解における脱リグニンのトポケミストリーについて検討し、小麦わら繊維細胞の部位による脱リグニン特性の相違は認められず、木材の脱リグニン挙動と際立った違いを示しているが、この原因として小麦わら繊維中間層リグニンの構造的特性、小麦わら自身の多孔質な組織構造、および蒸解時における多量のヘミセルロースの溶出が関係していると考えている。また、前水蒸気処理が薬液の浸透を促進するうえで有効であることを指摘するとともに、その理由として、組織内の非凝縮性気体の除去を挙げている。また、小麦わらの繊維分離点における脱リグニン度が、木材パルプに比較して高いことは、中間層およびセルコーナーのリグニン濃度が木材に比べて高いためであり、繊維の離解には蒸解をすすめて、この部分のリグニン濃度を引き下げる必要があるためであると結論した。

 以上、要するに本研究は小麦わらの微細構造およびそれを構成する主要成分の化学構造的特質を詳細に検討したものである。ここで得られた結果は、小麦わらのみならず、ひろく非木質系バイオマス資源の今後の有効利用を考えるうえで極めて有益なものであり、学術上、応用上の価値はすこぶる大きい。よって審査員一同は博士(農学)の学位を与えることが相応しいと判断した。

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