学位論文要旨



No 212881
著者(漢字) 桑原,教彰
著者(英字)
著者(カナ) クワハラ,ノリアキ
標題(和) フラクタルを用いた仮想空間中の樹木形状の高速表示技術の研究
標題(洋)
報告番号 212881
報告番号 乙12881
学位授与日 1996.05.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12881号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 助教授 広瀬,通孝
内容要旨

 樹木などの自然の造形物を多く含むシーンを対象とした仮想空間表示においては,モデリングにおいては実際の樹木形状に似せた複雑な形状モデルを生成することが求められ,また,画像生成においては実時間性が求められている.このように相反する要求を満足するためには,モデリングから画像生成までの過程全体の枠組みの中で問題解決を計る必要がある.本研究では,まず,樹木形状のモデリング過程で,実際の樹木に似たリアリティの高い形状モデルを生成するため,(1)3次元樹木形状のフラクタルモデルを,その正面図と側面図を用いて自動的に推定する.つぎに,画像生成過程で,(2)推定されたフラクタルモデルを用いて樹木形状の簡略化を行うことで,表示に必要な形状データ量を効率的に削減する.さらに,簡略化形状を多重化することで,フラクタルによる簡略化形状の演算時間を短縮する.また,(3)シーン中の樹木形状を実時間表示可能な程度に簡略化した場合でも,利用者に簡略化形状を意識させない表示を可能にするよう,視覚特性などを用いた3次元画像生成を行う.従来より,フラクタルなどの生成規則を用いた樹木形状のモデリングに関する研究は行われているが,本研究のように,実際の樹木形状をモデリングするために,実写樹木画像を用い自動的にモデル推定を行う手法,あるいはフラクタルモデルを3DCGによる3次元樹木画像の高速生成に応用することについての検討はなされていなかった.本論文では,仮想空間のモデリングから仮想空間表示(高速画像生成)までの処理全体の枠組みの中でこれら手法を用いることにより,樹木などの自然の造形物を多く含むシーンであっても,仮想空間表示が可能になることを示す.

 第3章では,樹木形状をフラクタルを用いてモデル化し,その形状を簡略化することで,樹木形状の形状データ量を効率的に削減できることを示した.そして,フラクタルによる簡略化形状の演算時間を短縮するための,簡略化形状の多重化方法について述べた.図1は,フラクタルモデルによる樹木形状簡略化の基本的な考え方を示したものである.近くに大きく表示される物体には精細な形状データを用い,遠くに小さく表示される物体には粗い形状データを用いて表示する.図2はフラクタルでモデル化された2種類の樹木形状の形状データ量が,形状を粗くしていくことにより減少していくことを示すグラフである.グラフから,樹木形状データは形状粗さのフラクタル次元乗に反比例して減少することが分かる.しかし,これを単純に画像生成に使用したのでは,図3(a)に示すように画像生成時間中のフラクタル演算の占める割合が大である.このため簡略化形状の多重化を行うことで,図3(b)に示すようにフラクタル演算の占める割合を大きく減少させることができる.簡略化形状の多重化表現とは,形状粗さに応じた簡略化形状をあらかじめ描画処理の前に計算し,データベース化したものである.

図1 フラクタルを用いた樹木形状の簡略化の考え方図2 形状粗さに対するの簡略化形状のデータ量図3 形状粗さに対する樹木画像生成時間

 第4章では,3次元樹木形状のフラクタルモデルを,その正面図と側面図をもとにして自動的に再構成する技術について述べた.図4に本処理の流れを示す.実際の樹木の正面と側面の実写画像からシルエットを作成する.一方,フラクタル形状のシルエットについても同様に作成する.そしてこれらを比較した結果をもとに,フラクタルモデルの縮小写像のパラメタを自動的に調節する.比較の尺度にはシルエット画像間の正規化された相互相関を用い,パラメタの自動的な調節には,最適傾斜法を用いた.図5に実写樹木画像とそれから生成されたシルエット画像,そして推定されたフラクタルモデルにより生成された樹木形状の3DCG表示例を示す.

図4 多視点樹木画像を用いた3次元樹木形状を近似するフラクタルモデルの推定図5 実写樹木画像のシルエット画像を入力とした場合の推定結果(3DCG表示例)

 第5章では,樹木の多数存在する仮想空間を実時間表示可能にするようシーン中の樹木形状を簡略化した場合でも,利用者に簡略化形状を意識させない表示を可能にする3次元画像生成方法について述べる.まず,簡略化された形状に対し樹木画像をテクスチャマップすることで,形状を大きく簡略化しても,利用者にそれを意識させない表示方法を提案した.図6に表示例を示す.図6では簡略化形状を不透明な白いポリゴンで,背景を黒で表示した.個々の簡略化形状には樹木画像がテクスチャマップされているのが分かる.つぎに,樹木の多数存在する仮想空間を表示する場合に,利用者の視点位置などを検出し,それをもとに中心視/周辺視の視覚特性を利用して,表示面上で重要な部分のみを高品質に表示する方法を検討した.その結果,表示に必要な形状データ量が約20%に減少すること確認した.図7(a)は,中心視/周辺視の視覚特性を利用したときの表示例であり,簡略化形状にテクスチャマップを行っていない場合である.図7(b)は上記表示例に対して,テクスチャマップを行った場合の表示例であり,観察者に対して違和感の少ない表示画像が呈示できることが分かる.

図6 2次元樹木画像の簡略化形状へのテクスチャマップした表示例図7 中心視,周辺視を用いた形状粗さの制御による表示例

 以上まとめると,本研究では高速画像生成を可能にする以下の方法について述べた.

 (1)樹木のような複雑な形状を効果的に簡略化するフラクタルを用いた樹木形状簡略化,及び表示の際の簡略化形状の演算時間を短縮する簡略化形状の多重化を提案し,その有効性を確認した.

 さらに,簡略化形状を用いても,観察者にとって違和感のない表示を可能にする以下の方法について述べた.

 (2)簡略化形状を観察者に意識させることのない表示方法として,簡略化形状用のテクスチャを用いた表示を提案した.

 (3)形状簡略化のレベルを中心視,周辺視といった視覚特性を利用して制御することで,自然景観のような樹木が多数存在するシーンに含まれる樹木形状データ量を,実時間で3DCG表示可能な程度にまで削減できることを示した.

 また,実際の樹木に似せたリアリティの高い形状を容易に生成する以下の手法について述べた.

 (4)上記の形状簡略化に用いるフラクタルモデルを,実写樹木のシルエット画像から自動的に推定する方法を提案し,実際の景観画像中の樹木に似せた形状を,仮想空間中に表示できることを示した.

審査要旨

 工学学士桑原教彰提出の本論文は「フラクタルを用いた仮想空間中の樹木形状の高速表示技術の研究」と題し,全6章よりなる.

 第1章では,本研究の背景,及び目的について述べている.すなわち,近年,注目を集めている人工現実感の技術が,より広い分野で応用されるためには,自然の造形物のような複雑な形状を多数含む,リアリティの高い高臨場感な仮想空間を表示する技術が特に重要である.そこで本研究では,そのような高臨場感な仮想空間の例として,樹木の多数含まれるシーンを対象とし,これを実時間で利用者に提示することを目的とする.

 第2章では,従来のCG技術により,樹木のように複雑な自然の造形物が多数存在する仮想空間を表示する際の問題点を指摘し,それらの問題を解決するための,本研究でのアプローチ方法について述べている.すなわち,本研究では複雑形状のモデリングにフラクタルを用いることで,従来手法以上に効率的に形状データ量の削減ができることに着目し,これを利用した高速画像生成方法を提案する.さらに,テクスチャマップ,あるいは中心視,周辺視といった視覚特性を利用することで,形状の簡略化を利用者に意識させない仮想空間表示が可能であることを示す.つぎに,実際の樹木のフラクタルモデルを得るための手段として,多視点の実写樹木画像から切り出された樹木のシルエットにフラクタル形状が適合するよう,モデルのパラメタを推定する方法について提案し,実際に実写樹木画像からそれに良く似たフラクタル形状を生成するフラクタルモデルが推定できることを,実験により示す.

 第3章では,樹木形状をフラクタルを用いてモデル化することで,形状簡略化により形状データ量を効率的に削減できることを示している.つぎに,フラクタルの演算時間を短縮するための,簡略化形状の多重化方法について述べている.フラクタルによる樹木形状簡略化は,大きく表示される物体には精細な形状データを,小さく表示される物体には粗い形状データを用いて表示する.実際にフラクタルでモデル化された樹木形状に対し,形状粗さを大きくすることで,形状データ量が形状粗さのフラクタル次元乗に反比例して減少することを確認している.しかし,このままでは,画像生成時間に占めるフラクタルの演算時間の割合が大であり,効率が悪い.そこで,簡略化された樹木形状を多重化することで,画像生成時間中のフラクタル演算の時間を減少させる方法を提案し,その効果を確認している.簡略化形状の多重化表現とは,形状粗さに応じた簡略化形状を描画処理にまえもって計算し,データベース化したものである.

 第4章では,3次元樹木形状のフラクタルモデルを,その正面図と側面図をもとにして自動的に再構成する技術について述べている.本処理では,実際の樹木の正面画像,側面画像からシルエットを生成する.また,適当にフラクタル形状を生成し同様にシルエットを生成する.これらのシルエットを比較して,シルエットが良く適合する方向に,フラクタルモデルのパラメタを自動的に調節する.シルエット画像の比較には,正規化された相互相関を用い,パラメタの推定には最適傾斜法を用いた.そして,フラクタル形状から生成されたシルエットを入力とした場合の評価では,本手法で推定されたフラクタル形状は,推定に使用した正面と側面だけなく,他の方向から比較した場合にも類似しており,またフラクタル次元についても同程度に複雑モデルが推定されることを確認している.そして実際の樹木形状を入力とした場合でも,入力したシルエットに似た3次元形状を生成するモデルが推定されることを確認している.

 第5章では,樹木の多数存在する仮想空間を実時間表示可能にするようシーン中の樹木形状を簡略化した場合でも,利用者に違和感のない表示を可能にする3次元樹木画像生成法について述べる.まず,簡略化された形状に対し樹木画像をテクスチャマップすることで,形状を簡略化しても,利用者にそれを意識させない表示方法を提案し,主観評価によりその効果を確認している.つぎに,樹木の他数存在する仮想空間を表示する場合に,中心視,周辺視などの視覚特性を利用して,表示面上で重要な部分のみを高品質に表示する方法を検討している.その結果,表示に必要なデータ量が約20%に減少することを確認している.

 第6章では,結論として,つぎのように述べている.すなわち,樹木のような複雑形状が多数存在する仮想空間表示を可能にする高速画像生成方法について,樹木形状をフラクタルでモデリングすることで,効率的に形状を簡略化できる性質を利用した高速画像生成方法,そして,それに使用するフラクタルモデルを実写樹木画像から自動的に推定する方法を提案し,その有効性を確認した.本手法は樹木形状のみならず,フラクタルでモデリング可能な,他の複雑形状にも応用が可能であり,仮想空間表示技術に対し大いに寄与するといえる.

 以上を要するに,人工現実感において,従来は扱うことが困難であった樹木のような複雑な形状が多数存在するシーンを表示可能にする技術であり,またこの技術は樹木のみならず,他の自然の造形物にも応用可能であることから,この論文は精密機械工学のみならず,工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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