内容要旨 | | 1970年に低損失光ファイバの実現と半導体レーザの室温連続発振の成功が報告されて以来,光通信が現実的な技術として認識され,光デバイスから伝送方式に至る総合的研究開発が世界的に推進されてきた.そしてこれまでに,例えば光ケーブル中継伝送(F-1.6G)方式などの長距離・大容量光通信方式が開発され,通信サービスの向上に大きな役割を果たしてきた.さらに,マルチメディア時代の通信サービスに新たな発展をもたらす重要な技術の一つとして,超高速光伝送技術などの次世代光通信技術が盛んに研究されている.これらの光通信技術では,現在,10Gb/sを超える方式が実用化を目指して研究が進められている.その中継器や測定器に用いられる光変調方式には,レーザダイオードを用いた直接変調方式とともにGaAs系及びInP系半導体やニオブ酸リチウム(LiNbO3)を用いた外部変調方式が検討されている.これらの中で,実用的な観点から有力と考えられるのがLiNbO3導波路型光変調器であり,次世代光通信技術における重要デバイスの一つとなっている. LiNbO3光変調器に関しては,1964年に溶融引き上げ法によるLiNbO3大型単結晶の育成が報告されて以来,ほぼ10年周期でその研究活動が隆盛してきた. 第1期は1960〜1970年にかけてであり,結晶の物性が精力的に研究され,それが持つ電気光学特性などの諸特性が次々と明らかになった.また,優れた圧電特性に着目して表面弾性波デバイスの実用化につながる一方,光通信システム構想の台頭とともに超高速光変調器への道を探った時期でもあった. 1969年にIntegrated Opticsの概念が発表されて,LiNbO3の持つ電気光学特性と光非線形性が脚光をあびたのが1970年代後半で第2期といえる.バルク型光変調器の特性限界(例えば変調電圧)を打破する構造として,光導波路構造の製作技術と導波光学の解析が一段と進展した時期である.この時期にLiNbO3の導波路形成の基本技術としてTi拡散法が確立された.また,さまざまな導波路型光変調器の提案と諸特性の評価が進むにつれて,材料特有の欠点(例えば基板結晶品質,光損傷,微小分極反転)とデバイス固有の問題(例えばdcドリフト)が指摘され,開発のペースが鈍ったことも否定できない. 1980年代に入って,低損失光ファイバの実用化と化合物半導体光変調器の開発等の著しい進展の陰に隠れ,LiNbO3光変調器の出番は無いと考えられていた.しかし,欧州では産学官によるLiNbO3結晶とデバイスに関する共同プログラム(JOERS)が実行され,米国では精力的にデバイス特性と結晶との関係を追及するなど,第3期とも言うべき時期に,材料とデバイス技術の地道な研究があった. そして,1980年代後半に至り,次世代光通信の研究が進展するに伴って,デバイス製作の容易さとその優れたデバイス特性が見直され,化合物半導体光変調器と競合するように再び注目された. 本研究は,次世代超高速光伝送技術における重要デバイスの一つであるという位置づけとLiNbO3結晶成長技術の着実な進展という背景を踏まえて,1986年から1990年までの5年間にわたって,LiNbO3導波路型光変調器の実用化を目指して実施したものであり,特に同光変調器の高性能化に関して検討したものである.すなわち,従来,LiNbO3光変調器の実用化における重要な課題であった,(1)低損失光導波路形成の最適化,(2)特性不安定性の抑制,(3)広帯域・低駆動電圧化,に関して主として研究した.以下に,本研究において得られたそれぞれの結果を要約する. (1)低損失光導波路形成の最適化に関しては,まず,市販LiNbO3バルク単結晶(SAWグレードと光学グレード)ならびにLiNbO3薄膜単結晶について,光デバイス用基板としての適用性を評価した.バルク単結晶に関しては,組成,構造,光導波路特性等を評価し,光学グレード結晶が光デバイス用基板として適格であることを明らかにした.また,薄膜単結晶に関しては,新たに提案した二段階成長法によりその形成が可能となることが明かになったが,光デバイス用基板として適用するためには,結晶の一層の高品質化等の課題があることもわかった. さらに,市販の光学グレード結晶を用いてチタン拡散光導波路形成法の研究を進め,光導波路の低損失化・低クロストーク化のためには拡散雰囲気中に水蒸気を導入することが効果的であり,導入する水蒸気量には拡散雰囲気ガスの種類により異なる最適値が存在することを明らかにした.すなわち,水蒸気量の最適値は,1000℃・10hr拡散の場合,1l/minの雰囲気ガス流量に対し,酸素ガスでは1.0〜1.2ml/hr,アルゴンガスでは4.5〜5.0ml/hrであることを明らかにした.製作条件を最適化することにより,最も製作が難しい光素子の一つである方向性結合器を,光伝搬損失:0.2dB/cm以下,クロストーク:-20dB以下で再現性良く製作することが可能となった. (2)LiNbO3光デバイスを実用に供する際の最重要課題であるデバイス特性の不安定性の抑制に関しては,まず,熱ドリフトとdcドリフト(短時間および長時間)を定量的に評価する新しい評価法を提案するとともに,新たに提案した等価回路モデルを用いて特性不安定を解析した.解析の結果から,短時間dcドリフトと熱ドリフトはバッファ層に起因する現象と推定できること,長時間dcドリフトはLiNbO3結晶内部あるいはLiNbO3結晶とバッファ層の界面が支配する現象であると推定できることを指摘した. 次いで,不安定性の抑制法の観点からバッファ層とLiNbO3結晶について研究を進めた.バッファ層に関しては,電荷捕獲中心を有し恒久的な電荷を蓄積するSiO2に補償電荷を効果的に注入することが不安定性抑制に効果的であると考え,基板と接触する1層目に緻密化したSiO2を,電極と接触する2層目にSiとSi酸化物から成る2相混合物を,それぞれ用いる新しいバッファ層(2層)構造を提案した.さらに,ECRプラズマCVD法による2層バッファ層の製作法を開発し,新構造が熱ドリフトと短時間dcドリフトの抑制に効果的であることを実験的に確認した.一方,長時間dcドリフトの発生箇所と推定されたLiNbO3結晶に関しては,特にマイクロドメインに着目して実験的な検討を進めた.その結果,マイクロドメイン密度が光導波路製作条件に依存すること,すなわち,乾燥雰囲気と多量の水蒸気を含有させた雰囲気ではその密度が急増すること,長時間dcドリフトの大きさがマイクロドメイン密度に依存すること,すなわち,その密度が小さい(<1×103/cm2)場合はドリフトが小さいが,密度が大きく(>1×104/cm2)なるとドリフトが極めて大きくなることなどを明らかにし,長時間dcドリフト抑制に向けた一指針を示した. (3)広帯域・低駆動電圧化に関しては,マイクロ波と光波の速度不整合を低減し広帯域化を図る方法として,バッファ層を厚くしてその低誘電率性を活用する厚膜バッファ層型構造と,マイクロ波電極の上部にシールド電極を設置することにより電気力線を上部に引き上げて電極近傍の空気の低誘電率性を最大限に活用するシールド型構造を提案した.厚膜バッファ層型構造とシールド型構造に関し,スペクトル領域法と変形階段近似法を用いて1.5m帯用光変調器の電極と光導波路の解析を行い,上記構造の採用により速度不整合の低減さらには速度整合の達成が可能であることを示した.さらに,製作性をも考慮して広帯域・低駆動電圧光強度変調器の素子設計を行い,駆動電圧:<5V,全挿入損失:<3.5dB,特性インピーダンス:約50を満たすものとして,厚膜バッファ層型では約10GHz,シールド型では約20GHzの帯域を有する光強度変調器が実現可能であることを明らかにした. 次いで,広帯域・低駆動電圧光変調器の設計に関する研究結果の妥当性を明かにするために,厚膜バッファ層型構造とシールド型構造の光強度変調器を試作し,その特性を評価した.評価結果より,設計値と試作光強度変調器の測定値が極めて良く一致し,ここで用いた設計法が妥当であることが確認できた.なお,光変調器製作に際しては,低損失光導波路形成法ならびに特性不安定性抑制に関する研究結果を適用し,併せてその有効性を確認した. さらに,これら技術の他目的への応用例として,厚膜バッファ層型光強度変調器の電界センサへの適用,シールド型光強度変調器の2×2光スイッチへの適用について述べ,その有用性を明らかにした. 以上のように,本研究ではLiNbO3光変調器実用化における課題に対する解決の指針を示すとともに,1.5m帯用光強度変調器を設計・製作し,広帯域性・低駆動電圧性を有してさらに製作再現性・安定性に優れる光変調器を実現できることを実証した. 本研究で得られた成果は,厚膜バッファ層型光強度変調器は既に光計測用として市販され,また,シールド型光強度変調器は17Gbit/s・150kmの高速・長距離光伝送実験やFA-10G超大容量光伝送システムの現場実験に使用されるなど,次世代超高速光伝送技術の進展に寄与している. |