学位論文要旨



No 212884
著者(漢字) 阿部,俊二
著者(英字)
著者(カナ) アベ,シュンジ
標題(和) ATMにおけるバーストトラヒックの解析とその制御法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212884
報告番号 乙12884
学位授与日 1996.05.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12884号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 助教授 田中,良明
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨

 B-ISDN(広帯域ISDN)の実現やマルチメディア・コンピュータ・ネットワークの実現に向けて,ATM(Asynchronous Transfer Mode:非同期転送モード)技術を適用した多重化装置や交換機等の研究ならびに実用化開発が活発に進められている.しかし,各通信メディアが要求する通信品質を保証するトラヒック制御法に関して,必ずしも十分に満足のいく制御方式が得られておらず,ATMにおけるトラヒック制御の研究開発が急務である.

 本論文は,ATM技術を基本とする通信における通信品質保証のためのトラヒック制御法の研究の成果を以下の6章構成でまとめたものである.

 第1章序論では,従来のSTMを基本とする回線交換方式ならびにパケット交換方式と,ATM交換方式との比較により,ATMにおけるトラヒック制御を実現する上での問題点を述べ,本研究の目的と意義を明確にするとともに,本研究の位置付けを行った.

 第2章では,ATMのトラヒック制御法を考える上で,バーストトラヒックを多重した場合のトラヒック特性を把握することが重要となることから,バーストトラヒックを多重(重畳)したトラヒック流を再生過程で近似し,トラヒック特性を解析する手法を新たに提案した.従来,このような解析はQNAやAlbin法が良く知られている.これらの手法は,トラヒック流の平均と2次モーメントを用いた比較的簡便な方法ではあるが,ATMで扱うバーストトラヒックにおいては,平均と2次モーメントの2つのモーメントだけでは十分に近似できないと言った問題がある.

 本章で提案した手法は,バーストトラヒックならびにその重畳過程を,3次までのモーメントを用いて近似するため,バーストトラヒックをより厳密にモデル化できる.重畳過程を再生過程で近似するための2次および3次のモーメントの推定法として,IDC[Index of Dispersion for Counts(変動指数):I(t)]を用いて推定する方法を述べた.I(t)から2次モーメントを推定する際,重畳過程の相関を旨く考慮できる時間tを決める必要がある.最適な時間tの決定法として,H2/G/1待ち行列システムの稼働期間の平均残余時間と,規格化平均残余仕事量の軽負荷近似と重負荷近似の組み合わせからそれぞれ決定する方法を述べた.3次モーメントついては,I(t)の漸近展開を応用して推定する規格化増分等価方法と定常法について示した.

 提案法の近似精度を平均待ち時間に関する計算機シミュレーション結果と比較し,提案法の有効性を示した.2次モーメントを推定するための最適時間tとして稼働期間の平均残余時間,3次モーメントの推定として規格化増分等価方法を用いた場合の再生近似がより近似精度が良く,QNAより高い近似精度が得られることが明らかになった.

 さらに,提案解析手法を用いて,バーストトラヒックの多重数によるトラヒック特性の把握を行い,70%程度以下の中負荷では,1000以下の多重数でバーストの影響をほぼ無視できることが明らかになった.このことから,高速な伝送路ほどバーストによる品質劣化の影響が少なく,より統計多重化効果が期待できることが判明した.

 第3章では,バーストトラヒックの平均や分散等の統計量が安定量として扱うことができる程度に十分長い期間の通信品質劣化を回避する長期品質制御法を議論する.

 長期品質制御では,ユーザが通信を始める前に,その通信に必要となる帯域(最大帯域や平均帯域等)を網(交換機)に申告し,交換機はユーザの帯域申告値から通信品質の保証が可能か否かの判断によりユーザ通信の受け付けを判断すると言った方法が考えられている.しかし,通信を要求する全てのユーザが通信帯域を厳密に申告することが非常に困難であることが予想される.さらに,たとえユーザが厳密な申告ができたとしても網とユーザ端末間に形成される様々な宅内系ネットワークの影響により,ユーザ端末の発生するトラヒックの状況と網(交換機)入り口との状況が著しく異なる可能性があることから,ユーザ申告値が交換機での通信受け付け判断にほとんど意味をなさないと言った問題がある.

 そこで,本章では,網の入り口の部分でユーザ通信のトラヒックパターンを観測することで,ユーザ申告値に対応するトラヒック統計量の測定と学習をし,ユーザの通信メディア等の申告により交換機が申告メディアに対応したトラヒック統計量を自律的に決定して受け付け判断する知的呼受け付け制御法を提案した.ユーザのメディア申告から決定すべきトラヒック統計量として,バッファを通過する最大遅延時間をTとするT中のセル到着数の平均m(T),分散(T)2,最大Np(T)と,コネクションの保留時間程度に長い時間をTlとするTl中のセル到着数の分散(Tl)2で十分であることを示した.また,第2章と同様にセル廃棄率に関するバースト性の残留性の検証を行い,ランダム近似可能な範囲を決めるキーパラメタを明らかにした.さらに,キーパラメタを用いてのガウス分布輻輳予測とポアソン分布(ランダム)輻輳予測の組み合わせによる,効率的な呼の収容を可能とする受け付け判断アルゴリズムを示した.

 第4章では,長期品質制御では回避困難であるバーストトラヒックの多重化時に複数のATMセルの同時到着により生じる瞬時的な通信品質劣化を回避する短期品質制御法を議論する.通信品質の劣化がかなりの短期間で生じることを考慮し,ATM交換機スイッチバッファでのセルの優先/非優先に基づいた書き込み・読み出し制御による輻輳回避法を提案した.セル廃棄率の時間特性を計算機シミュレーションで評価することにより,その有効性を示した.VBR動画像等のような瞬間的なセル廃棄に品質が大きく影響するサービスの品質保証法として有効であることが確認できた.

 第5章では,通信品質保証の観点を中心にATMに対応したスイッチ構成法ならびにスイッチの制御法について議論する.スイッチ構成法に関しては,ATMによる通信の特徴を十分に考慮し,セル毎の高速なスイッチング,バーストトラヒックによる瞬間的な負荷変動による通信品質劣化耐力ならびに規模の柔軟な拡張性を有する自律型スイッチモジュールの多段リンク接続からなるMSSR(Multi-Stage Self-Routing switching network)を提案した.交換機の大容量化に向けての規模の拡張性とバーストトラヒックの瞬時的負荷変動に対する品質劣化耐力の観点から他方式と比較し,MSSRの有効性を示した.

 MSSRのルーティング制御法に関して,スイッチモジュールの多段リンク接続構成を採用するため,MSSR内に輻輳が容易に生じないように各リンクの負荷をバランス化するルーティング法が必須となる.ATMのようにバーストトラヒックが混在する場合には,単純に平均負荷をバランス化するだけでは十分でなく,負荷の揺らぎ(分散)も考慮してバランス化するルーティング法が重要であることを示すとともに,その方法を検討する.比較的簡便に負荷の平均と分散をバランス化できる方法として,メディア(呼種)毎の個数が均等化するように各ルート割り付ける方法を示した.

 第6章は,結論であり,本研究で得られた成果をまとめるとともに今後の残された課題について述べる.

審査要旨

 本論文は「ATMにおけるバーストトラヒックの解析とその制御法に関する研究」と題し、ATMが取り扱うバーストトラヒックを対象として通信品質を保証するためのトラヒック制御法に関する一連の研究成果をまとめたものであって、6章からなる.

 第1章は「序論」であって、本研究の背景、必要性、目的および概要について述べている.すなわち、従来のSTMを基本とする回線交換方式やパケット交換方式とATM交換方式とを比較することで、ATMにおいてトラヒック制御を実現する上での問題点を述べ、本研究の位置づけを明らかにするとともに、論文の構成について説明している.

 第2章は「ATMにおける多重化バーストトラヒックの解析」と題し、ATMのトラヒック制御を考える時に必須となるバーストトラヒックを多重化した状況のトラヒック特性の解析を論じ、トラヒック流を再生過程で近似する解析手法を提案している.本提案は、従来知られた手法は比較的簡便なものであるために、ATMにおけるバーストトラヒックを正確に近似できない問題点を改善するものとなる.また、バーストトラヒックを厳密にモデル化するためのトラヒックパラメータの推定法にもふれており、提案に示した推定法の有効性をシミュレーションにより確認している.さらに、バーストトラヒックの多重度の影響を考察し、70%程度以下の負荷では、1000以下の多重度でもバーストの影響を無視することができ、統計多重化効果が期待できることを明らかにしている.

 第3章は「ATM通信における長期品質制御方式」と題し、バーストトラヒックの平均・分散等の統計量が安定量として扱うことができる程度に十分に長い期間の通信品質の劣化を回避するための長期品質制御方式を論じている.ここでは、利用者が通信に先立ち必要帯域の申告を厳密に行うことが極めて困難であることから、利用者のトラヒックを観測することで申告値に対するトラヒック統計量を学習の後に推定し、ATM網の制御量を自律的に決定する「知的呼受け付け制御法」を提案し、そのアルゴリズムを示している.同時に、バースト性の残留による影響の検証を行い、ランダム近似できる範囲を求めた上で、効率的な呼の受け付けが可能であることを明らかにしている.

 第4章は「ATM網における短期品質制御方式」と題し、長期品質制御では回避が困難であるバーストトラヒックの同時到着に際する瞬時的な通信品質の劣化に対する制御法を論じている.このために、ATM交換機のスイッチバッファの書き込み・読み出しをセルの優先度に応じて実施する輻輳回避法を提案し、セル廃棄率の時間特性をシミュレーションで評価することで、有効性を示し、動画像のように瞬間的なセル廃棄が品質に大きく影響する通信の品質保証法として適用できることを明らかにしている.

 第5章は「ATM交換機スイッチ構成と制御方式」と題し、通信品質保証の観点から、ATMに適切なスイッチ構成法とスイッチ制御法を論じている.スイッチ構成法については、ATMの特性を考慮した自律型スイッチモジュールの多段リンク接続からなるMSSR(Multi-Stage Self-Routing switching network)を提案し、これにより瞬時的な負荷変動による品質劣化耐力を有し、かつ拡張性に優れた構成が得られることを、他方式と比較の上、示している.一方、MSSRのスイッチ制御法ではリンク負荷のバランスをとるルーティング制御が必要となるが、平均負荷のバランスと負荷の揺らぎを同時に考慮するルーティング法が重要となることを示し、通信属性毎の呼数を均等化する手法が有効であることを明らかにしている.

 第6章は「結論」であって、本論文をまとめている.

 以上これを要するに本論文は、ATMにおけるバーストトラヒック制御を通信品質保証の観点から一貫して論じ、バーストトラヒックの近似解析手法、知的受け付け制御法、ATM交換機におけるスイッチバッファ制御法ならびにスイッチ構成法等の一連の提案を行ったものであって、ATMの実用化の指針を与えており、電子工学上貢献するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51005