学位論文要旨



No 212885
著者(漢字) 南,雄介
著者(英字)
著者(カナ) ミナミ,ユウスケ
標題(和) 18Cr-8Ni系オーステナイトステンレス鋼の析出物とクリープ破断強度に関する研究
標題(洋)
報告番号 212885
報告番号 乙12885
学位授与日 1996.05.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12885号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 助教授 柴田,浩司
内容要旨

 18-8系オーステナイトステンレス鋼は、強度、耐食性、製造性、施工性、経済性などの総合的な特性に優れていることから、高温用装置材料として広く用いられているが、高温強度の強化機構に関する研究は多くない。火力発電用高強度材としてTi、Nbなどを添加した鋼やCuを添加した鋼が開発されているが、Ti、NbなどのMC型炭化物によるクリープ破断強度強度向上などに関する研究は、定性的な把握が主体であり、Cuの添加効果についての機構は検討されてない。18-8系ステンレス鋼のクリープ破断強度は、固溶化熱処理温度の上昇にともない向上する。このことは、鋼に添加されているTiやNbの量ではなく、固溶化処理により一度マトリックスに固溶し、クリープ中に新たに微細に析出する炭化物の量が、クリープ破断強度に重要であるということを示唆していると考え、この観点から、各鋼のクリープ破断強度をクリープ中に析出する炭化物量で定量的に把握することを研究の主眼とした。

 高温材料は長時間の使用により組織が変化し、クリープ破断強度にも影響を与えるため、各鋼における組織変化を十分把握する必要がある。また、組織変化の把握は、高温材料を寿命評価する場合の基本となることからも重要であるが、系統的な研究は少ない。本研究では、5万時間までの長時間時効を実施し、汎用されている18-8系ステンレス鋼の組織変化を明確にすることも目的にした。

 代表的な鋼の組織変化、析出物の検討として、規格鋼で広く使用されているSUS304H鋼、SUS316H鋼、SUS321H鋼、SUS347H鋼およびこの系統の鋼では最も経済性を有する18%Cr-10%Ni-Ti-Nb鋼を用いた。600〜800℃まで50℃間隔で最長5万時間まで時効し、時効後のミクロ組織を観察した。析出物については、抽出残さのX線回折および透過電顕による電子線回折により同定し、各鋼について温度-時間-析出物線図を作成した。いずれの鋼とも時効が進行するに従い、炭化物は粗大化し、脆化相であるシグマ相が析出する。シグマ相は、結晶粒の小さいSUS347H、321Hで低温、短時間側から析出する傾向にある。各鋼のシグマ相とも光学顕微鏡でも観察される数mの大きさになり、粒界三重点に析出する。Moを含有するSUS316H鋼は、M23C6の炭化物とシグマ相のほか、x相およびラーベス相であるFe2Mo相が析出する。Nbの含有するSUS347Hでも、Fe2Nbのラーベス相が析出し、FeNb6Cの粗大炭化物も析出する。以上の詳細な組織観察から、微細でありクリープ破断強度に寄与するのは、SUS304HおよびSUS316HではM23C6、SUS321HではTiC、SUS347HではNbC、18%Cr-10%Ni-Ti-Nb鋼ではM23C6および(Ti,Nb)Cであることを確かめ、これら炭化物の析出状態と最長10万時間までのクリープ破断試験結果を基にしたクリープ破断強度との関連について考察した。各鋼の炭化物の大きさ、分布状態から炭化物の粒子間距離を算出し、転位が析出粒子を越えるのに要する応力がクリープ強度に比例するとしたOrowanの仮定に基づき各鋼の破断強度との関連を求めた結果、良い相関が得られた。このことから、クリープ破断強度は微細に析出する炭化物量により一義的に決まるという結論を導いた。

 クリープ破断強度は、結晶粒が大きいほど高くなる傾向にあり、ボイラチューブは結晶粒度を規定されている。粒界すべりが生じるような高温域では、結晶粒の大きさはクリープ破断強度に寄与するが、800℃以下の温度域においては、クリープ中に析出する炭化物量の方が重要ではないかと考えられる。結晶粒が大きいことは、より高温で固溶化処理されたことを示している。すなわち、クリープ中に析出する微細な炭化物量も増すことになる。これらの点を明らかにすることを目的として、18%のCrを含有する鋼では最も高いクリープ破断強度を示し、超々臨界圧用材料として注目されている18%Cr-14%Ni-1.5Mo-Ti-Nb鋼を用い、クリープ破断強度におよぼす固溶化処理温度の影響を検討した。1000〜1300℃の範囲で固溶化処理温度を変化させた供試材(結晶粒は変化している)および一度1300℃で固溶化処理し結晶粒を大きくしたのち、1000〜1300℃で再度固溶化処理した供試材(結晶粒は粗粒で同一)を作成した。各供試材につきクリープ破断試験を実施し、650℃、104h破断強度を求めて固溶化処理温度との関係で整理した。固溶化処理温度が高くなるに従い、クリープ破断強度は高くなり、結晶粒はクリープ破断強度と関係を有しないことを明確にした。次に、各固溶化処理温度で固溶している(Ti+Nb)量との関係で整理し、クリープ破断強度と良好な相関を有することを明らかにした。この鋼は(Ti,Nb)CのMCとM23C6炭化物が、析出する成分系である。C、Ti、Nb量を変化させた実験室溶製材でクリープ破断試験を実施し、M23C6の析出量に対してもクリープ破断強度は単調増加する関係を見い出した。すなわち、本系統の鋼のクリープ破断強度は、

 【650℃、104hクリープ破断強度】=38.7x【MC炭化物の析出量】+9x【M23C6炭化物の析出量】+5.9

 破断強度:kgf/mm2、析出量:at%

 の式で表せることを明らかにした。

 この式から求められる破断強度と実際に試験して得られた破断強度を比較したところ、微量成分としてのP量が高い鋼において、計算から求められる強度より実際の破断強度が高くなる点が顕著に認められた。P量の高い鋼のクリープ破断材の透過電顕観察から、P量の高い場合通常の0.1m程度の大きさのM23C6に加えて0.01m程度の非常に微細なM23C6も多数析出しており、この微細M23C6の析出がクリープ破断強度を向上させていると結論された。

 クリープ破断強度が、

 【クリープ破断強度】=【MC炭化物の強化】+【M23C6炭化物の強化】+【マトリックスの強度】

 の式で表せることを検証する目的で、発電技術基準に提案し’94年にSUS321HJ1鋼として告示された18%Cr-10%Ni-Ti-Nb鋼の破断強度への適用を試みた。この鋼は開発されてから20年近い年月が経っており、数十チャージにおよぶ最長10万時間のクリープ破断データの蓄積がある。しかし、強化機構についてはM23C6とMC型炭化物が析出するため定量的扱いができなかった。代表的成分の鋼で、固溶化処理温度を変化させ、上述したのと同様の手法で、この鋼のクリープ破断強度を解析した。クリープ破断強度は、同様の考え方で整理でき次式を得た。

 【650℃、104hクリープ破断強度】=21.5x【MC炭化物の析出量】+6x【M23C6炭化物の析出量】+8.5

 破断強度:kgf/mm2、析出量:at%

 成分、熱処理の異なる30鋼種のクリープ破断強度は、C量の高い1鋼種を除いて、計算から求められた破断強度との差±1kgf/mm2以内に収まり、上記の考え方が実際に製造した材料にも適用できることを検証した。

 Cuを添加した鋼として、超々臨界圧蒸気条件における候補材の一つである17Cr-14Ni-Cu-Mo鋼が開発されている。この鋼は1965年米国Eddystone No.3のボイラ用鋼として使用された実績があるが、そのクリープ破断強度についての研究はほとんどなされてない。特に、この鋼の特長であるCu添加の効果については明確にされてない。Cuはfcc構造を有しており、18-8系ステンレス鋼もfccである。従って、Cuはマトリックスに固溶していると考えるのが従来の知見であった。しかし、5%もの過剰なCu添加の場合、オーステナイト系においても球状のCu析出を観察した経験があり、fcc同志でもCu析出が起こり得るのではないかと考えた。Cを無添加とした17Cr-14Ni鋼をベースにCu量を変化させた供試材を溶製し、クリープ破断試験を実施した。Cu量が3%以上での鋼で、クリープ破断強度が向上する。クリープ破断材の透過電顕の観察から、数十nmの微細なCu-rich相が析出しているのを見い出した。fccのマトリックスに微細なfccが析出することによるクリープ破断強度の向上は、わずかな格子定数の違いによる整合歪によると結論した。Cuが析出する温度-時間の条件を明確にする必要があるが、数多くの試料について透過電顕観察は現実的でない。種々の測定法を試行し、電気抵抗の測定がCu析出を確認する有効な方法であることを見い出し、炭化物、金属間化合物を含めた本鋼の温度-時間-析出物線図を作成し、析出物挙動を明らかにした。

審査要旨

 高温用装置材料は強度・耐食性・製造性・施工性・経済性などの総合的な特性に優れていることが要求され,そのなかで18-8系オーステナイトステンレス鋼は広く用いられている。本研究は本鋼の高温の強化機構を,特にTi,Nbなどを添加した鋼種の微細炭化物あるいはCuを添加した鋼の微細Cuの析出量から,定量的に把握することを研究の主眼とした。併せて,高温材料の寿命評価をする場合の基本となる,長時間の使用時の組織変化を把握するため,5万時間までの長時間時効を実施し,汎用されている18-8系ステンレス鋼の組織変化を明確にしたもので,6章よりなる。

 第1章は緒論であり,本研究の目的と構成について述べた。

 第2章は,規格鋼で広く使用されているSUS304H・SUS316H・SUS321H・SUS347H鋼およびこの系統の鋼では最も経済性を有する18%Cr-10%Ni-Ti-Nb鋼を用い,600〜800℃で最長5万時間まで時効し,時効後の析出挙動とクリープ破断強度を検討した。抽出残さのX線回折および透過電顕による電子線回折により析出物を同定し,各鋼について温度-時間-析出線図を作成した。これらにより各種析出物(MC,M6CならびにM23C6炭化物,ラーベス相,シグマ相)の析出状態が明らかにされた。以上の詳細な組織観察から、クリープ破断強度に寄与するのは、SUS304HおよびSUS316HではM23C6,SUS321HではTiC、SUS347HではNbC、18%Cr-10%Ni-Ti-Nb鋼ではM23C6および(Ti,Nb)Cのクリープ中に析出する微細炭化物であることを確かめ、これら炭化物の析出状態と最長10万時間までのクリープ破断試験結果を基にしたクリープ破断強度との関連について考察した。各鋼の炭化物の大きさ,分布状態から炭化物の粒子間距離を算出し,転位が析出粒子を越えるのに要する応力がクリープ強度に比例するとしたOrowanの仮定に基づき各鋼の破断強度との関連を求めた結果,良い相関が得られた。このことから,クリープ破断強度は微細に析出する炭化物量により決定されるという結論を導いた。

 第3章においては,超々臨界圧用材料として注目されている18%Cr-14%Ni-1.5Mo-Ti-Nb鋼を用い,クリープ破断強度におよぼす固溶化処理温度の影響を検討した。各供試材のクリープ破断試験から,650℃,104h破断強度を外挿し,固溶化処理温度との関係で整理した。固溶化処理温度が高くなるに従い,結晶粒は大きくクリープ破断強度は高くなり,結晶粒はクリープ破断強度と関係を有しないことを明確にした。次に,各固溶化処理温度で固溶している(Ti+Nb)量との関係で整理し,クリープ破断強度と良好な相関を有することを明らかにした。C,Ti,Nb量を変化させた実験室溶製材でクリープ破断試験を実施し,M23C6の析出量に対してもクリープ破断強度は単調増加する関係を見い出した。すなわち,(650℃,104hクリープ破断強度)=38.7×(MC炭化物の析出量)+9×(M23C6炭化物の析出量)+5.9(破断強度:kgf/mm2,析出量:at%)の式で表せることを明らかにした。

 第4章では,クリープ破断強度が,(MC炭化物の強化)+(M23C6炭化物の強化)+(マトリックスの強度)の式で表せることを検証する目的で,’94年にSUS321HJ1鋼として告示された18%Cr-10%Ni-Ti-Nb鋼の破断強度への適用を試みた。代表的成分の鋼で,固溶化処理温度を変化させ,上述したのと同様の手法で,この鋼のクリープ破断強度を解析した。クリープ破断強度は,同様の考え方で整理でき次式を得た。

 (650℃,104hクリープ破断強度)=21.5×(MC炭化物の析出量)+6×(M23C6炭化物の析出量)+8.5(破断強度:kgf/mm2,析出量:at%)

 成分,熱処理の異なる30鋼種のクリープ破断強度は,C量の高い1鋼種を除いて,計算から求められた破断強度との差±1kgf/mm2以内に収まり,上記の考え方が実際に製造した材料にも適用できることを検証した。

 第5章では,Cuの添加効果を超々臨界圧蒸気条件における候補材の一つである17Cr-14Ni-Cu-Mo鋼で検討した。この鋼はボイラ用鋼として使用された実績があるが,そのクリープ破断強度ならびにCu添加の効果については明確にされてない。Cuはfcc構造を有しており,18-8系ステンレス鋼もfccである。従って,Cuはマトリックスに固溶していると考えるのが従来の知見であった。Cを無添加とした17Cr-14Ni鋼をベースにCu量を変化させた供試材を溶製し,クリープ破断試験を実施した。Cu量が3%以上での鋼で,クリープ破断強度が向上する。クリープ破断材の透過電顕の観察から,数十nmの微細なCu-rich相が析出しているのを見い出した。fccのマトリックスに微細なfccが析出することによるクリープ破断強度の向上は,わずかな格子定数の違いによる整合歪によると結論した。また,電気抵抗の測定がCu析出を確認する有効な方法であることを見い出し,炭化物,金属間化合物を含めた本鋼の温度-時間-析出線図を作成し,析出物挙動を明らかにした。

 第6章は,本論文の総括である。

 以上を要するに本論文は18-8系オーステナイトステンレス鋼のクリープ破断強度と析出物の関係を明らかにしたもので,金属工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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