学位論文要旨



No 212886
著者(漢字) 長谷川,隆代
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,タカヨ
標題(和) ビスマス系を中心とした酸化物超電導体の基礎物性・反応解析と線材応用
標題(洋)
報告番号 212886
報告番号 乙12886
学位授与日 1996.05.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12886号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井野,博満
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 助教授 木村,薫
 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
内容要旨

 酸化物超電導体は、1986年の発見以来数多くの研究者によって研究が行われきた。今日にいたって、超電導発現機構はもとより、諸物性、作製プロセス等様々な分野でめざましい進展が見られ、すでに応用の段階に入って研究対象としての"物質"から応用を対象とした"材料"へとその役割を変えているものもある。前田らによって発見されたビスマス系超電導体はその典型であり、発見当初から線材用の材料として着目され、現在では工業的作製プロセスの確立の段階に入ってきている。しかし、その一方で超電導発現機構、基礎物性、磁束のピン止め機構、組織の制御、超電導電流の分布等未だ不明な点も多く、これらの解明とともに、実用面での更なる特性向上が求められている。

 本研究での一つの目的は、ビスマス系酸化物超電導体について、導電を担うCuO2面の電子状態と磁気モーメントの関係を解明することと、磁束のピン止め点を導入を試みることである。これらの目的のために、超電導体中の銅原子に鉄の置換を行った。メスバウアー分光法により電子状態、銅原子を取りまく酸素原子の配位、磁気転移等の基礎物性を研究した。また、置換した鉄原子が超電導特性に与える影響を調べた。

 超電導特性を向上させるもう一つの方法は、均一で配向性の良い組織を生成させることである。このためには、ビスマス系超電導体の熱処理時において、非平衡で進行する化学反応を解明することが、不可欠である。本研究では、反応プロセスを解明するとともに、その化学反応に影響を与え、コントロールする因子を抽出し、超電導特性を向上する方法を示した。

 Bi2Sr2CaCu2Oy(2212)相及びBi2Sr2Ca2Cu3Oy(2223)相の熱処理時(一般に部分溶融-徐冷法と言われる)における結晶相の変化を高温X線回折法、オイルクエンチ法を用いて解析を行った。Bi系(2212)相の反応プロセスに関しては、Bi(2212)相は860〜880℃で部分溶融を起こし、ビスマスリッチな液相とBi-(SrCa)-O、(SrCa)-Cu-Oの固相に分解した。部分溶融後、温度の上昇に従って、(SrCa)-Cu-O結晶は

 

 と結晶中のCu量が減少するように相変化した。

 冷却時には、逆の反応が起きる。冷却の過程で(2212)相の晶出が開始すると、液相組成に変化が起こり、これを補償するために固相の融解が起こる。これによって、理想的な条件で凝固した(2212)相では、高温で固相として存在した結晶相が見られなくなる。(2212)相の晶出の核は膜表面で生成し、a-b面方向に優先的に成長した。冷却速度が速いとこの相変化が十分進行せず、Bi-(SrCa)-O相、(SrCa)-Cu-O相は、晶出した(2212)相結晶粒界に非超電導物質として残存する。冷却速度は、10℃/h以下でなければならない。

 この(2212)相超電導体は、銀基板上で熱処理を行うと最も良い組織を形成するとされている。この熱処理時に基板の銀原子は液相中に拡散するが、(2212)相の晶出に伴って粒界に析出し、(2212)相結晶中には存在しなかった。銀基板が他の基板に比べて良い理由は、(2212)相の部分溶融後の固相の安定温度領域を低温側にシフトさせる効果があること、液相の濡れ性が好いこと、拡散した銀が2212相の構成元素と置換せず、超電導特性に影響を与えないことである。

 熱処理雰囲気中の酸素濃度を下げることによって(2212)相の部分溶融温度は低下する。酸素濃度1%では、(SrCa)-Cu-O相の安定温度領域が低温側にシフトし(2212)相の安定温度領域と近づくため、(SrCa)-Cu-O相の結晶成長が起こらない。このことによって、2212相が形成される際に起こる固相の溶融が容易となり、非超電導相の少ない組織の形成が可能となった。

 2223相の(2212)相を主結晶相とする前駆体からの生成プロセスは次のようであることがわかった。昇温時において、まずBi2Sr2CuOy(2201)相、Ca2PbO4、CuO相が溶融し液相を形成する。同時に、(SrCa)2CuO3相が晶出し、Pbの一部は(2212)相に拡散する。2223相形成の初期においては、この液相からBi(2212)相へのCa,Cuの拡散が起こるが、後期においては固相である(SrCa)2CuO3相との固相反応が支配的であった。

 このような反応解析で得た知見を基に、有機酸塩熱分解法を用いて銀基板上にビスマス系及びイットリウム系超電導膜を作製した。特に、イットリウム系では、この作製プロセスで微粒子の前駆体の形成が可能であり、これによって融点が低下することを利用して、焼結密度の高い膜を作製することができた。また、出発原料がアモルファスであり酸素気流中ではバリウム炭酸塩を形成しないことから、高温高圧をかけずに低温安定相の124相化合物の生成が可能になった。ビスマス系では、基板からの銀の拡散がおこるが、膜中にさらに5%〜10%の銀を添加することによってJc及びJc-B特性の向上を計ることに成功した。

 Bi系(2223)相、(2212)相、(2201)相の各相に添加した鉄原子は、銅サイトを置換し、超電導特性、格子定数に影響を及ぼす。(2201)相においては鉄原子による銅原子の全置換が可能であり、置換量の増大とともに長周期構造の周期が短くなった。(2223)相、(2212)相に関しては置換量は3%以下が限界であり、これ以上の置換量では不純物相が増大する。超電導転移温度は、鉄の置換量の増大ともに低下する。これは、Fe原子がCuサイトを置換していることの1つの証明である。これに加えて、鉄の置換によって、超電導体の体積分率も低下した。この低下割合は、置換量に比べ大きく、特に5%以上の置換量の場合で顕著となった。このことは、鉄原子が近接する銅原子に影響を及ぼし、超電導特性を消失させる効果があること示唆する.鉄置換によって、格子定数はa軸長が増大し、c軸長が減少する。これはFe3+がCu2+を置換することによって、電荷補償のために導入された酸素原子がBi-O層に"過剰酸素"として入ることによって説明される。この現象は、銅原子のまわりの酸素原子が八面体構造をとっている(2201)相において顕著に観察された。

 メスバウアー効果の測定の結果、いずれの相においてもドープされた鉄原子は+3価の高スピン状態をとり、(2201)相では八面体サイト、(2212)相ではピラミッドサイト、(2223)相ではプレーンサイトにはいることが推察される。鉄の価数から考えて、いずれのサイトにおいても鉄は八面体構造に酸素を配位させると考えられるが、四重極分裂の大きさの比較から(2223)相に入った場合が最も立方対称性に近いと考えられる。低温でのメスバウアー効果の測定から、鉄原子は6K以下の温度で超電導体の内部磁場を持つことが明らかになった。この磁気分裂の原因としては、鉄原子がCu-O面上の銅原子を介して磁気的相互作用を起こしているためと考えられる。

審査要旨

 酸化物超伝導体は、1986年の発見以来、多くの研究者によりその基礎物性の解明と材料としての実用化の努力がなされてきている。本論文は実用化の最も期待されるビスマス系酸化物超伝導体を中心として、その基礎物性の解明、組織形成における反応解析、並びに線材応用についての研究成果を述べたものである。

 第1章は序論であり、超伝導体の全般と実用材料としての利用について概説している。

 第2章は、主としてビスマス系超伝導酸化物であるBi2Sr2CaCu2Oy(2212相)について、超伝導相生成時における相変化を高温X線回析法およびオイルクエンチ後の組織観察によって調べ、生成メカニズムを研究したものである。その結果によればビスマスリッチな液相とBi-(SrCa)-O7(SrCa)-Cu-O結晶相との混合状態(部分溶融状態)にある試料を冷却すると、(2212)相が晶出し始めるが、それに伴って液相組成が変化し、これを補償するために高温で存在した固相の融解が起こる。良質な(2212)相を得るためには10℃/h以下の冷却速度でなければならない。

 本研究で用いた有機酸塩法による超伝導体膜作成法においては、銀基板上で熱処理を行った場合に最も良い組成が形成される。その理由として、銀は(2212)相には入らず、かつ不要な固相を不安定化させることを明らかにした。また熱処理雰囲気中の酸素濃度を下げることによって不用な結晶が不安定化し、良質な(2212)超伝導体が得られることがわかった。

 第3章は、有機酸塩熱分解法を用いての超伝導線材作製についての研究成果を述べたものである。論文提出者はビスマス(2212)相およびイットリウム系(123)および(124)相について線材化を試み、他の方法との得失を明らかにした。ビスマス系においては膜中に銀を添加することによってJc特性が向上しこの方法が実用化に有用であることを示した。また、イットリウム系では焼結密度の高い膜を作製することを可能とした。

 第4章は、ビスマス系超伝導体のCu原子に対するFe原子の置換効果を調べるともに、Cu-O面の電子状態及び磁性と超伝導との相関を57Fe核メスバウアー分光法によって調べたものである。Bi2Sr2CuOy(2201)相,(2212)相、Bi2Sr2Ca2Cu3Oy(2223)相のメスバウアースペクトルは、異なった四重極分裂の値を示し、Fe原子がこれらの相においてCu原子を置換して、それぞれ八面体サイト、ピラミッドサイト、平面サイトを占めると結論された。またCu原子に対し、Fe原子を3%置換した試料のスペクトルはヘリウム温度で磁気分裂を示し、磁性と超伝導の共存もしくは混在の状態を示した。また、このような少量のFe置換によって、超伝導転移温度が低下するのみならず、超伝導化合物の超伝導領域がいちじるしく減少することがX線回析と磁化率測定の対比からわかった。これらの結果は、Fe原子の磁性がCu原子のスピンのゆらぎに大きな影響を与えることを示しており、超伝導の起源を考える上で大きな示唆を与えるものと考えられる。

 第5章は本論文の総括であり、酸化物超伝導材料の実用化および超伝導体の基礎物性の解明における本研究成果を要約し、その意義について述べている。

 以上を要するに、本論文は、材料学分野の重要な研究課題である酸化物超伝導体の学理の発展に寄与するところ大きく、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51006