内容要旨 | | 近年,多くの分野の研究発表でin vivoあるいはin situという言葉がみられ,生体計測や状態計測の重要性がクローズアップされてきている.特に,動植物等の生理学的研究にin vivo計測は欠かせないことであり,医学の分野では,既に,動物(人体)の臓器の形状をin vivoで画像化するX線,NMR等を用いた画像診断装置が,研究,疾病の診断等において実用化されている.しかし,これら形状計測装置の最大の欠点として,臓器の形状変化がガン等の悪性腫瘍によるものか良性腫瘍によるものかの判断ができないことである.このため,生化学反応に関与する化学物質の分布状態と変化の過程を追跡できる画像化装置の開発が緊急課題となっている. 本研究では,まず,PASあるいはL-バンドESRイメージング法におけるオンラインデータ計測法の基礎的研究として赤外(IR)分光光度計のオンラインデジタル化システムを構築し,計測応用としてポリスチレンおよびインデンのIRスペクトル測定を行い,波数再現性および波数精度とも充分に満足できる結果が得られた.さらに,IR定量分析への応用では,キシレン異性体の混合物中の各異性体の濃度を精度良く定量することができた. PASは,最大1mm程度の表面層の情報であるが,動植物等のヘモグロビン,カロテノイド,クロロフィル等の色素の深さ方向の分布状態とスペクトルの経時変化をサブミクロンオーダーの分解能で非破壊分析できる手法である. PASによる生体試料のin vivo,in situ計測法を確立することは,動植物の生理学的研究に貢献するのみならず皮膚科の領域における診断にも大きく貢献するものと考える. しかし,PASによる動物(人体)のin situ計測に関する報告は少なく,音響差動型末端開放セル(差動OEセル)を用いたヒトの上腕部に色素を塗ったモデル系での測定,あるいは,経皮投与した薬剤の吸収挙動に関する研究等であり,皮膚疾患が治癒する過程をPAスペクトル変化として追跡した報告は発表されていない.また,植物のin situ測定でも葉中のクロロフィルやカロテノイドの量の変化を議論した報告があるものの葉中の色素の存在状態とそのPAスペクトルについて論じている報告は皆無である. 本研究では,まず,in vitroではあるが,マウスの血液や家兎の肺および肝臓の測定を行った結果,PASによりメトヘモグロビン血症マウスの回復過程を追跡することが可能であることがわかった.また,家兎の肝臓の測定では,草食動物に特有のビリベルジンと考えられるスペクトルが観測できた.さらに,新たに開発した差動OEセルを用いて,急激な日焼けによる皮下出血を起こしたヒトの皮下出血後から角質層剥離までのPAスペクトルの経時変化を測定し,メトヘモグロビンの生成や角質層剥離後のPAスペクトルの変化等の新たな知見が得られた. また,層構造試料中の色素の存在状態とPAスペクトルを同時に計測するために相関分光法の技法と高速フーリエ変換(FFT)の技法を結合させ,試料の深さ方向のスペクトル変化(断層スペクトル,あるいは,一次元PASイメージング)のin vivo計測を短時間で行えるFT相関PASシステムの開発を行った. 本システムの応用性を検討するため,まず,層構造モデル試料あるいは写真用フィルム等,各層の厚さが既知の試料の断層スペクトルの測定を行い,リバーサルフィルムとネガフィルムの各色素層の厚さの違い,および,印画紙の層構造がフィルムとは逆になっていることを明瞭に観測することができた.ペチュニアの葉の断層スペクトル測定では,NOx暴露による葉の層構造破壊の状態が明確になった.また,桜の葉の季節変化の測定では,緑葉中の黄色の色素であるカロテノイドのスペクトルを検出することができた.さらに,紅葉は,カロテノイドが分布している位置にアントシアンが生成して起こることも判明した.この現象の植物生理学上の解析はまだできていないが,FT相関PASシステムの有用性を示す一例であり,この成果は,現在,盛んに議論されている光合成のメカニズムの研究や植物の代謝過程の研究に貢献するものと考える. PASによる層構造試料の厚さ,あるいは,熱伝導率などの熱的パラメータ測定の試みは,AdamsとKirkbrightがRG理論に基づいて,光源の断続周波数を変化させて測定した位相から高分子膜の厚さの測定を行ったことから始まり,その後いくつかの理論的な解析が試みられているが,多層構造試料の各層のスペクトル分離まで踏み込んだ解析法はまだ発表されていない. 層構造試料の各層の厚さおよび熱物性とPAスペクトルの同時計測による層構造材料の光・熱物性の評価,ひいては,生体試料中の各色素の存在位置とPAスペクトルの分離計測による生化学反応のメカニズム解明の可能性を追求するために,一次元熱伝導モデルを用いたコンピュータシミュレーション法の開発を行った.本法により求めた材料の熱伝導率は文献値に良く一致した.さらに,多層構造試料の層別スペクトルの完全分離測定の可能性を見いだすことができた.今後,さらに複雑な熱伝導解析が必要となるが,生体試料中の各色素の存在位置とPAスペクトルの分離測定が可能になれば,生化学反応のメカニズム解明に極めて大きく貢献するものと考える. PASの手法をラジカル計測に応用したPADMR法では,励起マイクロ波の周波数を高めることによってPADMR信号強度が極端に増加する現象を観測し,PADMR法を用いたミリ波,サブミリ波領域のESR顕微鏡開発に向けて大きく前進したものと考える.また,FT相関PADMR法によるモデル試料の測定で,ESR法では不可能である層構造試料のスペクトル分離が可能となった. 一方,L-バンドESRイメージング法は,現在,各種疾病との関わりが議論されている生体内ラジカル(生物ラジカルと呼ぶ)の分布状態とその変化の過程を追跡できる手法である.このため,疾病の原因となる生物ラジカルの直接測定を可能とするためのESR法の高感度化,および,イメージング法による生物ラジカルの分布状態の画像化は注目されており,その実用化が待たれている. 著者らが世界に先駆けて開発したL-バンドESRイメージングシステムでラット頭部における標準ラジカル分布状態のCT画像化に成功した.しかし,このシステムは,画像データ計測のために膨大な時間を要し,生体内で時々刻々と変化するラジカルの分布状態を画像化することは全く不可能であった. 本研究では,新たに開発した空芯コイル型電磁石を用いたL-バンドESRイメージングシステムを構築した.また,生体中のラジカルの時間変化を画像としてとらえるために,高速磁場掃引法を開発した.本法により,従来のESRイメージングシステムの1/40の時間でCT測定が可能となり,少なくとも2分以下の時間間隔でCT画像の変化を観測できるようになった. 本システムを用いた砂ネズミの測定では,C-PROXYLを腹腔内投与して測定した頭部の血管が集中している目,鼻がCT像にも現れていることがわかった.また,C-PROXYLの脳内の分布は見られなかった.さらに,ニューロスピンを左脳に投与した試料では,脳の左側にニューロスピンが偏って分布している状態がCT像にもはっきりと現れており,本システムの信頼性の評価にもなった. ラットの測定では,C-PROXYLのような水溶性のラジカルは,脳内に入らないが,脂溶性のラジカルの一種である16-DSは,脳の中に入り込むことがわかった.また,肝臓中で半減期が約3分であるC-PROXYLの時間変化を2-DイメージングおよびCTで画像化することができた.さらに,C-PROXYLを腹腔内投与したラットの頭部を測定したところ,脳動脈中のC-PROXYLの時間変化の新たな知見が得られた. |