神経細胞は,樹状突起,細胞体,軸索という構造を分化させた極性のある細胞であり,この極性がどのような分子機構によって起こるかを知ることは,細胞生物学の中心的な課題である。近年,神経特異的に微小管に結合してその重合を調節する蛋白である微小管関連蛋白(MAPs)のいくつかが発見され,試験管内(in vitro)での作用からこれらの蛋白が神経細胞の極性の形成や神経突起の伸長に重要である可能性が示されている。これらの微小管関連蛋白(MAPs)のうち,タウ蛋白は軸索に多く含まれており,微小管間の架橋の主な成分と考えられている。タウcDNAを培養細胞に導入することで軸索様の突起伸長がみられること,またアンチセンスDNAを用いてタウ産生を抑えると培養神経細胞の軸索伸長が抑えられることから,タウ蛋白は軸索の伸長に必須であると考えられた。しかし,非神経細胞に,主要なMAP cDNAの形質導入をした結果,タウのみならず,MAP2,MAP2c等が各々微小管束を形成し,突起を伸長させた。この結果,軸索の伸長がタウのみによっておこるのか,又は複数のMAPsがグループとしてこれらの役割を果たしているのかが重要な問題と考えられる。本研究はこの問題を検討するため、標的組み換え(ジーンターゲッティング)法を用いてタウ欠失マウスを作製し、その解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 (1)タウ欠失マウスは正常に発育し,神経学的異常は特に認められなかった。神経組織や他の組織についても,光学顕微鏡レベルでの異常は特に認められなかった。 (2)細い軸索中の微小管の減少と微小管間の架橋の減少が認められた。 (3)他の微小管関連蛋白であるMAP1Aの量の増加が認められた。 (4)海馬及び後根神経節培養細胞において軸索の伸長に異常は認められなかった。 (5)平衡感覚、学習には異常が認められなかったが、筋力の低下や動きの空間的パターンにおいて軽度の異常が認められた。 以上からタウは (1)細い軸索において、微小管の安定性及び構築に重要な役割を果たしていると考えられる。 (2)他の微小管関連蛋白とともに、グループとして太い軸索の微小管の安定性及び構築に重要な役割を果たしていると考えられる (3)他の微小管関連蛋白とともに、グループとして軸索伸長に関与している可能性がある。 (4)筋力や行動パターンの成立にも関与している可能性があるが、その機序については現在不明である。 以上、本論文は微小管関連蛋白(MAPs)の一つであるタウ蛋白の生体内での機能を解明するため、標的組換え法によってタウ蛋白欠失マウスの作成および解析を行い、その機能の解明に成功した。本研究はこれまで未知であった、生体内での微小管関連蛋白(MAPs)の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |