不妊治療において、体外受精胚移植は一治療手段として定着したが、その成績は十分といえず、また逆に多胎妊娠も問題となっている。そこで、胚の凍結保存が急速に普及してきている。これまでに、凍結融解による胚の形態学的変化については多くの報告があるが、胚の機能に対する影響についてはほとんど知られていないまま臨床応用が進められている。 初期胚のエネルギー代謝は、成熟分化に伴いglucose非依存型からglucose依存型に移行することが知られている。そこで本研究では、胚の機能の指標として糖代謝機構の発達に着目した。そして、糖取り込み能と糖輸送担体(glucose transporter、GLUT)を測定することで、凍結融解が胚の機能に与える影響を定量的に解析することを試みた。 胚の凍結法は、急速凍結法により行われているが、近年ではさらに簡便化された超急速凍結法が注目を集めている。急速凍結法はほぼ確立されているが、超急速凍結法に関しては様々な点が改良途中である。本研究では、この2つの凍結法についても定量的に比較した。実験の方法としては、in vivoで発育した胚、in vitroで発育した胚、急速凍結または超急速凍結後融解し培養で得られた胚の4群についてそれぞれの項目を検討した。糖取り込み能とGLUTに加えて、卵割率と胞胚形成率、胞胚を形成する細胞数、胚移植実験における着床率に関しても検討した。 Pregnant mare’s serum gonadotropin、human chorionic gonadotropin(hCG)により過排卵処理を行ったマウスを用いて、hCG投与43、67、91時間の2細胞期胚、8細胞期胚、胞胚のそれぞれを卵管及び子宮より採取して実験に用いた(in vivo群)。また、同様の処理を行ったマウスより2細胞期胚を採取し、これらを3群に分けた。in vitro群としては、培養液mBWWで培養し8細胞期胚、胞胚を得た。急速凍結群、超急速凍結群としては、この2細胞期胚をそれぞれの方法で凍結融解した後培養して8細胞期胚、胞胚を得た。 急速凍結法は、凍結保護剤に1.5M propanediolと0.1M sucroseを用い、プログラムフリーザーを用いて行った。超急速凍結法は、凍結保護剤に40%ethylen glycol、30%Ficoll、0.5M trehaloseを用い、これに胚を4℃で5分間平衡した後、液体窒素に投入する方法で行った。胞胚を形成する細胞数は、胞胚にHoechst染色を施した後、蛍光顕微鏡下で核数を数えて測定した。糖取り込み能は、3Hラベルしたglucoseの非代謝型analogueである2-deoxy-D-glucose(2-DG)を含むmBWW中で、胚を1時間培養し、scintillation counterで胚1個当たりの2-DGの取り込みを測定した。GLUTにはGLUT1〜GLUT5の5つのisoformが明らかにされているが、初期胚にはGLUT1が発現していることが明らかにされつつあるため、本研究ではGLUT1をウェスタンブロット法により測定した。胚移植実験のrecipientには偽妊娠マウスを用い、精管結紮雄マウスとの交配により腟栓の確認された日を偽妊娠day1として、day3に左右子宮角へ互いに異なる群の胞胚を7個ずつ移植した。移植後7日目に着床数を数えて着床率を測定した。 これらの結果を表にまとめた。8細胞期胚形成率、胞胚形成率はともに、in vitro群より2つの凍結群で有意に低下した。凍結群で卵割速度が遅延したためにこのような結果になった可能性を否定するため、胞胚を形成する細胞数を測定したところ、4群間で有意差がない、つまり卵割速度に有意差がないという結果を得た。従って、凍結融解は、卵割速度には影響を与えずに卵割率を低下させることが確認された。2つの凍結群を比較すると、8細胞期胚形成率、胞胚形成率ともに超急速凍結群で低下傾向を認めた。 糖取り込み能を凍結群と新鮮胚で比較すると、凍結融解の直後の2細胞期胚では影響を受けないが、8細胞期胚、胞胚へと発育するにつれて障害が出現し、その障害の程度が胚発育に伴って増大するという結果であった。この現象は、凍結融解の後発の障害(delayed effect)と考えられる。そして、凍結融解操作は、糖取り込みを司る機構(膜蛋白など)を直接障害するのではなく、糖取り込み機構の発達を蛋白の発現レベルで障害しているのではないかと推察された。糖取り込み能はin vivo群とin vitro群でも差を生じており、この方法が、qualityの異なる胚の代謝機能を評価する上で有用な方法であることが示唆された。in vitro群での糖取り込みの低下は培養条件の不完全さによるものと考えられ、胚の培養方法を改善する必要があると思われた。2つの凍結群を比較すると、8細胞期胚では有意差がなく、胞胚においては超急速凍結群で有意に低下した。凍結方法の違いによる凍結障害の程度の差も、凍結融解の直後でははっきりしないが、胚の発育に従ってその差が明らかになってくるものと思われた。 胞胚におけるGLUT1の発現量は、in vivo群:in vitro群:急速凍結群=1:0.7:0.2であり、超急速凍結群では検出されなかった。この発現量は2-DGの取り込みと相関を認めた。この結果より、凍結融解はその後のGLUT1蛋白の発現を障害することにより、delayed effectとして糖取り込み能の低下をもたらしていると示唆された。これは、凍結融解が胚の機能に与える影響として新たな知見であり、そのメカニズムを考える上で、重要な意義を持っている。 胚移植実験における着床率は、in vivo群、in vitro群、急速凍結群、超急速凍結群の順に着床率は低下し、in vivo群と凍結群の間には有意差を認めた。この結果は、糖取り込み機構の発達(2-DG取り込み、GLUT1蛋白)を指標とした実験結果とよく合致するものであり、胚の生体内での指標である着床能でこのような結果を得たことは意義深いと思われる。 超急速凍結群は、卵割率と着床率においては、急速凍結群に比べ低下傾向を認めた。糖取り込み能においては、2細胞期胚、8細胞期胚では有意差がなかったが、胞胚では急速凍結群に比べ有意に低下した。これらの結果から、現時点では、超急速凍結法は急速凍結法に比べ凍結障害が大きいものと思われた。 以上のように、凍結融解が胚に与える影響を様々な指標によって評価してきたが、いずれの指標も同じように障害されるという結果を得た。従って、機能の指標である糖取り込み能やGLUT1は、従来用いられてきた形態学的指標や着床能と共に、凍結融解が胚に与える影響を評価する上で有用な客観的指標と思われた。またこの指標は凍結方法を比較する上でも有用であり、凍結保護剤や凍結方法の改善にも一助となり得ると思われた。 Table1.8細胞期胚形成率及び胞胚形成率 Table2.胞胚細胞数 Table3.[3H]-deoxy-glucose-uptake Table4.GLUT1 immunoreactivity Table5.胞胚の着床率(胚移植実験) |