学位論文要旨



No 212894
著者(漢字) 尾野,雅哉
著者(英字)
著者(カナ) オノ,マサヤ
標題(和) 肝転移大腸癌原発巣の浸潤先進部の病理学的形態の特徴と接着関連糖鎖の発現 : 有用な大腸癌再発因子を求めて
標題(洋)
報告番号 212894
報告番号 乙12894
学位授与日 1996.05.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12894号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大原,毅
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 講師 倉本,秋
内容要旨 研究目的

 本研究は大腸癌術後肝転移再発を正確に予測するマーカーを確立することを目的として行った。その方法として、研究の第一段階で、肝転移に関して臨床的に明らかに差のある群を比較し、有用な因子を抽出し、研究の第二段階として、その因子を大腸癌治癒切除症例に当てはめ、肝再発をきたした群と非再発群で検討することとした。肝転移に関し明らかに差のある群として同時性肝転移症例群とDukes’Cで治癒した症例群を選んだ。また、因子として、本研究では接着関連因子と、癌が宿主の組織と活発に相互作用し、癌細胞の増殖や浸潤を進めていると考えられる浸潤先進部の細胞形態を検討した。

研究1【目的】

 同時性肝転移を有する大腸癌症例群とDukes’C大腸癌で5年以上無再発症例群の間で大腸癌浸潤先進部での細胞形態と大腸癌原発巣の接着関連糖(sialyl Lewis X(sLe(X)),sialyl Lewis A(sLe(A)))の発現とに差があるかを検討した。

【対象と方法】

 1983年から1989年まで国立がんセンター外科において切除された大腸癌の原発巣のホルマリン固定パラフィン包埋標本を用い、同時性肝転移症例24例(同時肝転移群)、Dukes’Cで5年以上無再発症例24例(非再発群)を検討した。

 上記原発巣のホルマリン固定された腫瘍最深部のパラフィン包埋標本の切片にHE染色、抗sLe(X)抗体(SNH4:IgG3,箱守仙一郎先生(Biomembrane Institute,Seattle,WA)より供与)、抗sLe(A)抗体(ST272)を用いたABC法による免疫染色を施した。

 HE染色標本ではルーチンの病理学的な検討のほかに癌浸潤先進部の細胞形態を検討した。

 免疫染色はABC法にて行った。内因性ペルオキシダーゼ活性を0.3%H2O2メタノール液でブロックした後、2%正常豚血清で処理し、一次抗体を反応させ、2時間室温に放置後、二次抗体抗マウス抗体で30分反応させ、ABC複合体処理、DAB反応で発色させ、核染後包埋した。

免疫染色の評価方法

 陽性細胞の判定に関しては、細胞表面が染まるものも、細胞質が染まるものも区別せず、その細胞は染色陽性と判定した。染色程度は陰性、弱陽性、陽性、強陽性の4段階に分けて判定した。

 統計処理は、2x2表となるものはFisherの正確な検定、順序のある場合は傾向性の検定(Mantel検定)、順序の無い場合は2検定、連続変数はt検定を用いた。

【結果】1)臨床病理学的特徴

 同時肝転移群、非再発群間で有意な差の認められたものは、術前CEA値、リンパ節転移個数、リンパ節転移群、原発巣深達度であった。ly、vの陽性例は同時肝転移群により多く認められたが有意差はなかった。特に、原発巣の大きさは2群間でほぼ等しかった。

2)癌浸潤先進部の形態

 肝転移を有する大腸癌の原発巣の癌先進部に、1個から数個の癌細胞が孤立して小胞巣状に存在することがしばしば認められた。この形態に"focal dedifferentiation"(以下FDとする)の名称をつけた。FDの程度を明らかにするために、癌と正常組織の境界において、癌が単独で、または、腺管を形成しない孤立した小胞巣で、間質に存在しているものをFDの1単位と定義し、その量で、FDの程度をわけた。この単位数がたくさんある場合(50単位以上/代表切片)をFD高度、少ない場合(20単位以下/代表切片)をFD軽度、その中間をFD中等度とし、まったく存在しない場合をFD陰性とした。

 FDは、高度な場合でも癌浸潤先進部の全体ではなく、一部(focal)に認められた。高度なFD像は同時肝転移群に11例(46%)見られたのに対し、非再発群では僅か1例(4%)であった(p=0.0034)。FDを認めない症例が非再発群で3例あった。

3)sLe(X)の発現

 染色様式は細胞の表面のみが染まるものや細胞全体が染まるものがみられ、それらが同一症例で混在しているものもみられた。癌全体が一様に染まる例はなく、sLe(X)の染色は、癌の浸潤先進部で認められることが多かった。sLe(X)の染色程度が陽性、または、強陽性であったのは、同時肝転移群で12例(50%)であったのに対し、非再発群では3例(13%)であった(p=0.011)。

4)sLe(A)の発現

 sLe(A)は多くの症例で陽性を示した。染色形態も細胞全体が染まるものが多かった。同時肝転移群では18例、非再発群では10例が強陽性を示した。

5)FDとsLe(X)、sLe(A)の関連

 FDと原発巣全体でのsLe(X)の発現は相関する傾向があった。FDが高度で原発巣全体でのsLe(X)の発現が陽性以上であったのは、同時肝転移群に8例あった。

 sLe(A)に関してもFDが高度で原発巣全体でのsLe(A)の発現が強陽性であったのは、同時肝転移群に11例あった。

6)FD部でのsLe(X)、sLe(A)の発現

 sLe(X)の検討範囲をFD部だけに限って、染色程度を陰性、弱陽性、陽性に分類した。FD部におけるsLe(X)の染色程度が陽性であった例は同時肝転移群で17例(71%)に対し、非再発群で4例(17%)であった。(p=0.0004)

 FD部でのsLe(A)の発現は、同時肝転移群ではほとんどの症例(92%)で陽性であった。しかし、非再発群との間には有意差を認めなかった。

研究2【目的】

 大腸癌治癒切除症例のFD、sLe(X)、FD部でのsLe(X)の発現が肝転移再発予測に有用であるかを検討した。

【対象と方法】

 東京大学医学部第一外科及び国立癌センター外科で5年以上前に治癒切除された大腸癌症例102例(Dukes’A;15例、B;12例、C;75例)の原発巣のホルマリン固定パラフィン包埋標本を材料とした。

 一般的な臨床病理学的な因子と、FDとsLe(X)の発現を検討対象とした。FDの判定やsLe(X)の染色、評価は研究1と同様に行った。

 統計処理は研究1と同様の方法で行った。また、Dukes’C症例では、logistic回帰により、肝再発を最も良く予測するモデルを検討した。

【結果】

 肝再発と非再発のみを検討対象とし、他病死、肝再発以外の再発は除外した。肝再発の有無による臨床病理学的な結果、および、FDとsLe(X)の発現とFD部でのsLe(X)の発現の結果を全症例とDukes’C症例に分けて検討した。

1)全症例

 臨床病理学的検討において、肝再発群と非再発群で有意差を認めたのはDukes分類、深達度、リンパ節転移の個数と拡がり、ly,vであった。FD,sLe(X)及びFD部でのsLe(X)の染色度に関しても、この両群間で有意な差があった。

2)Dukes’C症例

 Dukes’C症例のみに限って検討すると、臨床病理学的検討において、肝再発群と非再発群で有意差を認めたのはリンパ節転移数、ly,vであった。しかし、FD、sLe(X)及びFD部でのsLe(X)の染色度はすべてこの2群間で有意差を示し、FD部でのsLe(X)の染色度が最も低いp値を示した。

3)Dukes’C症例の肝再発を予測するモデル

 既知の因子のみで再発を予測するとsensitivity、specificityはそれぞれ70%、79%であるのに対し、今回検討した因子を加えるとsensitivity、specificityは77%、87%と上昇し、より正確に肝再発が予測できた。

まとめ

 1)大腸癌原発巣の"focal dedifferentiation"(FD)は非再発例に比べ同時性肝転移例で有意に高度であった。

 2)大腸癌原発巣のsLe(X)の発現は非再発例に比べ同時性肝転移例で有意に強かった。

 3)大腸癌原発巣のFDにおけるsLe(X)の発現は非再発例に比べ同時性肝転移例で有意に強く、FD、sLe(X)単独で2群を分けるよりも、さらに有効であった。

 4)大腸癌治癒切除後の肝再発症例と非再発症例の間にはDukes分類、ly、v以外にFD、sLe(X)、FDにおけるsLe(X)の発現に有意な差を認めた。

 5)Dukes’C大腸癌治癒切除後の肝再発症例と非再発症例の間にはly、v以外にFD、sLe(X)、FDにおけるsLe(X)の発現に有意な差を認めた。

結論

 大腸癌の原発巣のFD、sLe(X)とFD部でのsLe(X)の発現があるものには術後肝再発の可能性が高く、これらの症例は肝画像診断を中心としたサーベイランスプログラムを立てる必要があると考えられた。

審査要旨

 本研究は大腸癌術後肝再発を正確に予測するマーカーを確立するために、大腸癌浸潤先進部での細胞形態と大腸癌原発巣の接着関連糖鎖の発現に注目して進められた。大腸癌浸潤先進部での細胞形態は1個から数個の癌細胞が孤立して小胞巣状に存在する形態(focal dedifferentiation:FD)を、接着関連糖鎖はsialyl LewisX:sLe(X)を検討対象とし、下記の結果を得ている。

 1、大腸癌原発巣のFDは非再発例に比べ同時性肝転移例で有意に高度であった。

 2、大腸癌原発巣のsLe(X)の発現は非再発例に比べ同時性肝転移例で有意に強かった。

 3、大腸癌原発巣のFDにおけるsLe(X)の発現は非再発例に比べ同時性肝転移例で有意に強く、FD、sLe(X)単独で2群を分けるよりも、さらに有効であった。

 4、大腸癌治癒切除後の肝再発症例と非再発症例の間にはDukes分類、ly、v以外にFD、sLe(X)、FDにおけるsLe(X)の発現に有意な差を認めた。

 5、Dukes’C大腸癌治癒切除後の肝再発症例と非再発症例の間にはリンパ節転移数、ly、v以外にFD、sLe(X)、FDにおけるsLe(X)の発現に有意な差を認めた。

 以上、本研究は、大腸癌原発巣のFD、sLe(X)、FDにおけるsLe(X)の発現を検討することにより、大腸癌肝再発が正確に予測できる事を明らかにした。この結果は、大腸癌の肝再発を早期に発見するための指標となり、大腸癌の治療成績の向上にも寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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